第209話 プレゼントを送る相手がいるのは幸せの証
時は午前中早くに巻き戻る。
負傷した羽海を静流に任せ、雫は澪とクリスマスプレゼントを買いにショッピングモールまで来ていた。大瀧家にはサンタは来ないのでいつもこの時期にプレゼントを買いに行くのだ。澪から雫へは普通のクリスマスプレゼントで、雫からは手作りのものを送るのが通例だった。
自転車を停めた後、ショッピングモールを横断してトイザらスに向かっていたが、歩きながら澪が聞いた。
「何事もなくトイザらスに向かっているけど、携帯ゲーム機でいいの? 静流くんの携帯ゲーム機を私物化してるからいらないんじゃないの?」
「そもそもみんなと集まったときしか遊ばなくなっているから、携帯ゲーム機もいらないな。興味なくなっちゃった」
「じゃあトイザらスに行く理由がないな。じゃあ、何が欲しいんだい?」
「なんだろう。満たされているな。スニーカーかな。革の3Wayバッグかな」
「実用品だ」
「実用品の方がいいに決まってる」
「だいぶ静流くんに毒されているな。もっと子どもらしく遊んでもいいんだぞ」
「うーん。それを言われるといっぱい遊んではいると思うんだ。ただそれが世間一般の基準で言う子どもの遊びとずれているだけで」
「大坂さん家で和服着せて貰ったり、那古屋さんちでネコと戯れたりコスプレしたり、確かに遊んでるな」
「だから、わざわざゲームを買うほどじゃない。そのほかのコンテンツはウチの周りにやりきれないくらいある。ただのトランプだってみんなでやればとても楽しい」
最近、雫たちの間ではトランプがマイブームだ。
「それは雫の行動力が生み出した価値観だから、みんながみんなそうじゃないんだよ」
「分かってるよ」
「押しつけは良くないよ」
「それも分かってる。面白い楽しいは人それぞれ」
「よろしい」
「じゃあスニーカーにするか。お!」
期間限定の金物屋の出展があり、日本製の調理道具が並んでいた。
「見ていこうよ」
「家になくて、静流くんが欲しそうなものはないかな」
「チーズを削る奴を欲しがってた」
「チーズおろし器ね。燕三条製だ」
「この前ストリートビューで調べた納豆工場がある三条市?」
「燕市もあるんだよ。合わせて燕三条って言ってる。どっちで作られたんだろうね」
「そうだったんだ。燕三条市だと思ってた」
「燕市と三条市だとそれ、禁句らしいよ」
「覚えておこう。どこに出身者がいるか分からないからな」
そんな雑談を母子でしながら、調理道具をみてみる。するとチーズおろし器も売っていて、意外といい値段がしたが、メイドインジャパンであることを思えば、お手頃価格でもあった。
「じゃあこれを静流くんのプレゼントにしよう」
「お母さん、センスある」
レジに行って澪が店員さんに言う。
「プレゼントなので包んでください」
「臨時出店なんだから包んで貰えないよー」
そう雫が言うが、店員さんは笑って包めますよと答えてくれた。それはそうかもしれない。だってクリスマス直前だもの。そう気づき、雫は苦笑した。
静流へのプレゼントはクリスマスカラーできちんと包装され、マイバッグの中に収まった。
「あ、ひらめいた」
「どうした、娘よ」
「ウチ、自分専用の包丁が欲しい」
「そうきたかー いいんじゃないかな。うちにあるのは100均の穴あき包丁だしね」
「静流はそれを砥石で研いで、しっかり使いこなしてる」
「静流くんは倹約家だからね。でも、あの包丁で雫も問題なく料理してるじゃない」
「それもそうか。じゃあ、鉄のフライパンが欲しい。テフロン加工してないやつ。静流が欲しがってたから」
「中華鍋みたいに手入れが必要なのよね。でも、静流くんが欲しいものを雫が欲しいの?」
「いいの! 一緒に使うの」
澪は呆れたように笑った。
「なるほど。合点。わかった。そうしよう」
大きめの鉄のフライパンもその臨時店舗で追加購入した。鉄のフライパンはテフロン加工していないが、しっかりと手入れを続けるうちに焦げ付かなくなるのだ。もちろんテフロン加工のフライパンと違って手入れさえしていれば半永久的に使えるのだ。しかも中華鍋のようにお玉で叩いても大丈夫なのも魅力だ。
雫は結構重い鉄のフライパンをエコバッグに入れ、ずっしりとした重みを感じる。
「ようし。まずはこれでオムレツを作るかな!」
「それは楽しみだ。しかしアレだね。少し早く決まりすぎたね。もう少し見ていこうか」
「せっかくだからチーズおろし器が使えるチーズの固まりを買っていこうよ」
「それは大切だ。セットだね」
澪と雫はショッピングモールの中のスーパーに向かい、パルメザンチーズの固まりを買う。家でおろして、サラダやパスタの上におろしたてのチーズがかかっているのは格別な体験になるだろう。もちろん他の生鮮食料も買い込んだ。
そのあと、雫は澪と一緒に手芸売り場に行く。目的は毛糸を選ぶことだ。
「またミサンガ?」
「ううん。今度は、ペットボトル編み物。2リットルのペットボトルで作ったら大きいのが作れるかなと思って」
「凄いアイデアだけど編むの大変そう」
「大きい分、確かにね。でも完成したら、お母さんと、ウチと、静流でお揃いのマフラーだ!」
「宝物だ」
澪は微笑む。毎年、この時期に見る笑顔だ。去年はマグカップにステンシルシールを使ってデザインしたオリジナルマグカップを作った。学童で開催された講座で作ったものだが、今でも澪は使ってくれている。それを渡したときもこの笑顔だった。
毛糸を3色セットのものを買い、今日の買い物は終了だ。さくらや美月へのプレゼントは別の日に買うつもりだ。
2人は自転車置き場まで歩いて行くが、ショッピングモールはとても広いので、まだ結構な距離があった。
ふと家に帰ることを思い出すと、雫は急に不安な要因を思い出してしまった。
「怪我をしているから大丈夫とは思うが、少し心配になってきた。早く帰ろう」
「『怪我をしているから大丈夫』って言うのも、おかしな日本語ね。どうしたの?」
「羽海ちゃんが静流にエッチなイタズラをしてそうで怖いんだ」
「静流くんの方からする勇気は無いから大丈夫よ」
「それもそうだ。しかし万が一ということもある。あの究極兵器にたぶらかされないとも限らない」
「あれはすごい武器よね」
もちろん究極兵器とは羽海の胸にある巨大な双丘のことである。澪は大きく頷いたが、すぐに小さく首を横に振った。
「でも、大丈夫だと思うな。思いたいな」
含みがある言い方の澪だった。
「けど、こうやって、相手のことを考えながら、プレゼントを選べるのはとっても幸せなことだね。そう思わない?」
澪は雫に語りかけるような調子でそう口にした。
「ははは。静流のために鉄のフライパンを買ってもらったようなものだからね。それはそれでウチも幸せかもしんない」
「ううん。それもなんだけど、相手のことを考える――その相手がいるってことが幸せなんだよ」
そうだった。澪は雫の父親である颯介を早くに亡くし、母子家庭で頑張ってきた。そんなときに頼りになる実家は交通事故でとうに誰もいない状態だ。どれだけ心細かっただろう。きっとプレゼントを買う相手は、まだ言葉もろくに話せない自分だけだった年もあったはずだ。それを思えば、娘が、誰かのために、誰かと一緒に使おうと、クリスマスプレゼントを選んで、それを気軽に買ってあげられるというのは、幸せとしか表現できないことだろう。
「――そうだね。ウチも、さくらちゃんやみーちゃんやゆうきちゃんのことを考えて、プレゼントを何にしようか考えると幸せを感じるな」
「羽海もその中に入れてやってくれよ」
「そうだね。羽海ちゃんも仲間だもんね」
「先生なのに仲間かー!」
「だってお休みの日の羽海ちゃんはだらだらしてて、面倒くさがり屋で、甘えん坊だもん。ウチらと大差ないよ」
「とても本人には聞かせられないな」
「でも、昨日は格好良かった」
自分の身を投げだして、人助けしたのだ。誰にでもできることではない。
「それは聞かせてやってくれ」
「リスペクトできる、大好きな先生だよ」
雫は心からそう思う。羽海と過ごしたこの8ヶ月。本当に充実していた。
「それにお母さんが元気でいてくれて、静流もいて勉強を教えてくれて、料理作ってくれて、そんな2人のことを考えながらマフラーを編むんだと思うと、それだけでなんか満たされる気がする」
澪は軽く雫を小突いた。
「こいつ、調子いいぞ!」
「でも事実だもん!」
雫はそう言って走って行く。ショッピングモールの出口はすぐそこだ。出口のエスカレーターを降りたら、自転車置き場に到着だ。
「走るなって!」
澪は雫を追いかけて走り出した。
ゆっくりしていたのでマンションに戻ってきたときにはもうお昼の時間を過ぎていた。
「ただいま~~ あートマトソースの匂いだ!」
雫はリビングに急ぎ、静流が魔王・羽海の魔の手に落ちていないか確認する。2人はこたつでポドモーロを食べていた。
「もうお昼ご飯食べてる!?」
待っていてくれてもいい時間なのに、がっかりだ。
「澪さんと雫ちゃんの分のソースを残してあるから、すぐパスタを茹でて作るよ」
「やった!」
それならまあ許す。静流に世話を焼かれるのはとても贅沢なことだ。
澪もリビングに戻って来て、立ったまま羽海を見下ろして言った。
「ずいぶん甘やかされたようで」
「否定しません」
「今度、私も甘やかして貰おうっと!」
お母さんが甘やかして貰うって、何をするつもりなんだろう。雫は澪も静流をからかう常連であることは理解している。静流がトラウマになるようなことにならないといいのだが、今日はプレゼントを買って貰えた手前、突っ込みづらい。
「いいプレゼント、買えた?」
静流はまだエコバッグを手にしている雫に聞いた。中にはチーズおろし器と鉄のフライパンが入っている。
「クリスマスまでのお楽しみだよ!」
雫は答え、エコバッグをお尻の方に隠す。静流は微笑んで頷いた。そして静流はこたつから立ち上がり、パスタを茹でるために、キッチンに立ったのだった。
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