第205話 豪華なアウトドア料理の会
3人娘は黙々とマチ針で仮止めし、みんなでどんな風に見えるか見当し、手直しを続けている。しつけ糸で縫うので衣装はすぐに元に戻せるが、織り目や穴はどうしても残ってしまうので、次に着ることを考えると慎重にならざるを得ないのだろう。その様子を静流は時折庭から眺めていた。
庭では作業が進み、前回、大家さんの家でやったときと同じくらいの枯れ葉が集まった。
「静流。今回も派手だな」
縁側から雫が枯れ葉の山を眺めて言った。
「2度目だからね。手際よくいくよ」
そして静流は新聞紙で着火し、数分後には見事なたき火となる。お父さん会の3人は見張りの美月パパを残し、さつまいもとジャガイモを洗って、焼く物の準備を始める。それだけでなく桃華ちゃんのお父さんは保冷バッグから牛モモ肉固まりを2本取り出した。
「ローストビーフですか!?」
驚く静流に桃華ちゃんのお父さんは応じる。
「ふふふ。前回は自粛したからね。今日は遠慮しない」
ローストビーフにジャガバタも加わると相当豪華なお昼ごはんになりそうだ。ローストビーフはもう塩こしょうして寝かせてあるということなので、あとはアルミホイルに包んで、濡れた新聞紙にくるむだけだ。
「こっちもいい感じだよ」
美月パパが一斗缶で作った燻製器を確認してきて言った。桃華ちゃんのお父さんが応える。
「那古屋さんも一斗缶燻製器とはアウトドア雑誌、読んでますねえ」
「図書館でバックナンバーを借りてきました」
「アウトドア雑誌なんて流行はあんまり関係ないからいつ読んだっていいんですよ」
「流行のない趣味、いいですよね」
静流も会話に加わる。桃華ちゃんのお父さんが聞いてきた。
「静流くんは『くだらない』の語源って知ってる?」
「いいえ。つまらないって意味ですよね」
「まあ、転じてそうなんだけど、実際には京でブレイクして、日本各地に広がったものが『くだったもの』で、京でブレイクしなかったものが『くだらない』ものなんだ」
「なるほど。世間に広まらない、が元の意味なんだ」
美月パパは合点がいったようだ。
「じゃあ、世間にくだらないものってあんまりありませんね。だいたいのものは日本中に知られている。ローカルなものだけがくだらないんだ」
「くだらないんじゃなくって、好みに合わないとか興味が無いとか、結局個人的なものだと思うんだよな。流行だってそうよ」
桃華ちゃんのお父さんは一家言ある人であった。静流は頷く。
「じゃあコスプレがくだらないって言う人にはそう返すことにします」
「なんでもこれで返せるけどね」
「だいたい、くだらないなんて相手に言える人は了見の狭い人だ」
美月パパは頷く。桃華ちゃんのお父さんが吐き捨てる。
「河原でバーベキューしてゴミを放置する奴らはくだらない連中なんじゃなくて単にダメで社会不適合の連中ってことさ」
「日本語は難しい」
静流は何度も頷いた。美月パパが聞いた。
「ということはコスプレはくだらなくないね?」
「私が若い頃はオタクの中でも見る目が違ったけど、今はもう1ジャンルとして確立しているからね」
桃華ちゃんのお父さんも何度も頷いた。
「美月がコスプレに夢中になってどうしようかと思っていたけど」
「それにしては既製品のコスチュームを買ってあげるとか甘々ですね」
静流は美月パパの甘さに本当に呆れる。
「だって肌色面積が少なかったり、よくわかんない派手なのよりは、架空の学園の制服の方が遙かに安心できるじゃないか」
「なるほど~~ 誘導したわけだ。それは合理的だね」
桃華ちゃんのお父さんが感心する。今後の子育ての参考にするに違いない。
「今日はさ、美月ちゃんがコスプレの準備するっていうから来てくれたけど、本格的にアウトドアとかしようとすると桃華、嫌がるんだよね。小さい頃に連れ歩いていた反動で、自業自得なんだけど。なんかいい手、ないかなあ」
「ああ、それで野外映画会だったんだ?」
美月パパも納得いった様子だ。
「あれは良かったですよ。じゃあ、今度、僕がキャンプの企画を立てますから、そうしたら桃華ちゃんも来てくれるんじゃないかなと思います」
「どんな企画?」
「銚子の下の旭市ってところのキャンプ場で星空観察をする会です。冬だし、他のお客さん、少なさそうだし、バンガローだからそんな寒くないだろうし、楽しいかなって。あと旭市が畜産が盛んで、ホルモンとウインナーソーセージが美味しいのが買えるのもポイントが高いんですよ。お土産にも吉」
「男だけでバンガローで飲み会」
美月パパがにやりと笑う。
「キャンプ場内禁酒だそうです。そもそも僕19歳ですし」
「あら残念。でもアウトドア料理にはいいところっぽいね。それに雫ちゃんたちが来てくれるなら桃華も行きたがるだろう」
「女の子たちは女の子たちでバンガローでまとめて。羽海ちゃんに引率頼みます」
「雫ちゃんのお母さんは来ないの?」
あれ、と静流は思う。桃華ちゃんのお父さんがそんなことを言うなんて。確かに澪は未亡人で独身で、桃華ちゃんのお父さんも独身だ。
「いやいや。そんな目で見られても。美人が来てくれると嬉しいだけだよ」
どうかなーと思う。以前、桃華ちゃんのお父さんを見たとき、澪はなかなかいい男と言っていた気もするし。それはそれで2人とも独身なので問題ないのか。
ちょっと、いや、かなり複雑な静流であるが、矢印が羽海に向いていない分、まだマシだ。少なくとも年齢が干支1周分は違うだろう。
「聞いてみますけど。たぶん、僕と羽海ちゃんは自転車で行けますし、バンガロー泊なら、車も2台でなんとかなるでしょう?」
「うん。調理道具は車のルーフに乗せるから行ける」
桃華ちゃんのお父さんが頷く。美月パパもノリノリだ。
「うち、寝袋あるよ」
「なかったら毛布をレンタルすればいいし。バンガローなら暖房器具を保っていけばいいんだし。封筒型のインナーさえ買っておけば安心ですよ」
桃華ちゃんのお父さんがさすがのアウトドア力を発揮し、美月パパにアドバイスする。
「よし。妻に交渉する。妻はそんなにアウトドア好きじゃないからね。来ないだろ。うん。OK出るといいな」
「奥さんが来るなら来るでいいじゃないですか」
静流はのびのびとした美月パパの台詞に苦笑する。
「羽根を伸ばしたいんだー!」
美月ママはそんなに怖いんだろうか、と静流は考え込まざるを得ない。
「あんな美人の奥さん貰っておいて……」
「うん。私のところはいつでもいいよ。前向きにかつ具体的に検討しよう。星空観察か。久しぶりだあ」
桃華ちゃんのお父さんは天体望遠鏡を持ってそうな雰囲気だ。
さて、焚き火は勢いよく燃え、いい感じで灰の山になった。もうサツマイモやジャガイモ、そして牛肉の投入時期である。灰を掻いてくぼみを作り、その中に調理するものを収め、また熱い灰を上からかける。まだちろちろと火の下が出ているのが理想的だ。
こうするともうあとはやることはない。風もそんなに吹いていないので、火が余所に移る心配も無い。
縁側の方を見るとマチ針を刺し終わり、もう着て着た服に着替え終えて、仮縫い作業に入っていた。
桃華ちゃん扮するおもちちゃんは、寸法直しが終わっており、もうパッツンパッツンという様子ではなくなっていた。
「那古屋さんのお母さんはいい腕してますねえ」
「洋裁が大ブームだった時代を生きた人間ですから」
「聞こえてるよ。悪いかい!?」
縁側の美月祖母が大きな声で息子に言った。
「悪いなんて言ってないだろ! お陰で美月のお友達を連れて遊びに来るなんてイベントにもなったんだからさ!」
美月パパの口調が、子どものそれで、可笑しくて、静流と桃華ちゃんのお父さんは声を上げて笑った。
庭で燻製されたものと灰の中で調理されたものはお昼ご飯でみんなのお腹の中に収まった。
燻製はチーズとはんぺん、そしてポテトチップス。意外とポテトチップスの燻製は美味しく、子どもたちが競って食べてすぐになくなってしまった。
ローストビーフは見事に中が桃色に染まっていて、包丁で切って供すると歓声が上がった。
ジャガバタは間違いの無い美味しさで、もちろんサツマイモもねっとりして美味しく焼き上がり、お腹がいっぱいになった。
お父さん組は後片付けをし、その間に子どもたちは残りの作業を進めた。
静流は3人娘の作業を目を丸くして見ていたが、外から声を掛けた。
「桃華ちゃん、今度、みんなでキャンプ場でお泊まりして、星空を見に行こうと思うんだけど、桃華ちゃんはどうかな?」
「行くー! ぜったいに行くー!」
すごい食いつきで桃華ちゃんのお父さんが苦笑いしてしまうほどだった。
「今度っていつ?」
「お正月のあとの3連休のつもり」
「すぐじゃん!」
娘が大喜びするので、お父さんはほろりとするジェスチャーをした。
「やっぱキャンプはお友達と行くのがいいよな」
「女の子はお父さん離れするのは早いんですよ」
美月パパも実感の伴う同情をしていた。
「それってわたしもカウントされてる?」
「ゆうきちゃんも行こうよ!」
雫がゆうきの手を引く。
「そりゃ行きたいけど、金もかかるし、親にも説明しないとだし」
「大丈夫。僕じゃない大人が説明するから」
静流は大人2名に目を向ける。それが大人の役割というものだ。
「大丈夫。なんなら私が説明に行くよ」
「パパ! 見直した」
「見直したか。トホホ」
美月パパは娘に見直され、評価が低かったことを自覚し、複雑な表情をしたのだった。
午後2時過ぎには仮縫い作業も無事に終わり、コミケの準備はまず整ったと言っても良くなったらしい。なので帰り支度をしながら、2度目の訪問となった那古屋家を眺める。
古い集落の中なのでかなり田舎に思えるが、実はここは南の森の向こう側が千葉ニュータウンで、2キロ圏内にイオンのショッピングモールとコストコがあるような場所なのだ。静流は今回、ここに来るまで国道沿いに走り、千葉ニュータウンの中を通ってきた。地図上で走ってはいたが、実感はしていなかったため、驚いた。
注意してみると森の切れ目に高層ビルが見える。本当にすぐ近くにある。
買い物には困らないし、医療機関ももちろん大病院すらある。印西は住み心地がいい街として房総の中では知られている地域なのだ。
うーん、と静流は思う。こうやって近くに鉄道が通り、首都圏へのアクセスも可能なニュータウンだからこうなるのだ。将来、自分が館山に戻ったとき、こんなに住みよい街になるよう、頑張れるだろうか。静流は行政マンを目指している。それは歴史の知識が観光振興に役立つと考えるからだ。
しかし自分が就職したとき、そしてそれから先、人口減少は避けられないだろう。そのとき、生まれ故郷の力になれるのか。
静流は印西を知り、本当の田園都市として今あることを感じ、いろいろ考えてしまったのだった。
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