第204話 コスプレの準備と再びたき火をする
次の週末まで、いろいろなイベントの調整をする静流であった。雫はその様子を見て、やっぱり自分は愛されていると思う。小学生の自分のために、こんなにも懸命に動いてくれて、一緒の時間を過ごしてくれるのだ。やっぱり、好きだと思った。
まず、次の土曜日は印西に行ってコスプレ衣装の直しをすることになった。ゆうきも空手で忙しいだろうに、ネコに会いたいがために、一緒に印西まで来てくれることになった。美月パパが車を出してくれるので、結局小学生は車に乗ることになった。
朝、外環の交差点でゆうきと美月と待ち合わせして、美月パパの車に乗る。静流はもちろんクロスバイクで自走で、桃華ちゃん家は自分たちの車で現地集合だ。
助手席に美月が座り、後ろに雫とゆうきが座る。
「雫は今日も可愛いな」
王子様フェイスで微笑しながらゆうきにそう言われると女の子と分かっていてもドキッとする。
「そ、そんな。ウチには静流という心に決めた人が」
「君が誰を好きでも、君が可愛いという事実は変わらないんだよ」
どこでそんな台詞を調達してきたのか、朝から王子様ムーブ全開のゆうきだ。
「大坂さんは外見だけ王子様だけど、高村さんは本当に王子様だよね」
助手席から美月が後ろを見て言うと,ゆうきは人差し指で美月の唇を指さした。
「前に、ゆうきって呼んで、って言っただろう?」
「ダメだ。私までドキドキしてきた」
「昨日、宝塚の番組を見たんだ」
「種明かし早い~~」
雫はちょっと残念に思う。
「けど悠紀くんと同じ顔なのに、絶対的にゆうきちゃんの方が王子様だよね」
「愚弟に王子気質は皆無だ。残念ながらこの姉が頭を押しつけて育ってしまったので……」
「なるほど。分かりますわ」
「悠紀くん、本当にかわいそう」
美月パパが呟く。ゆうきが素に戻って美月パパに聞く。
「ところで、今日はたき火で焼き芋って本当ですか? この前、参加できなかったから」
「うん。サツマイモも当然焼くけど、ジャガイモやって、バターでほくほくってのもやってみたいねって話して」
美月パパは楽しそうだ。雫はやや心配になる。
「この前は落ち葉を集めるのが大変でしたよ」
「神社を掃除した枯れ葉が山になってるっていうから燃料には困らない」
それは朗報だ。しかし心残りはある。
「さくらちゃんも来られれば良かったのにね。ゆうきちゃんはどうして今日、来なかったか知ってる?」
「うーん。空手が面白くて仕方が無いんだろうな。わたしにも覚えがあるよ。だからそっとしておこうと思って」
ゆうきはさくらのことをよく分かっている。ゆうきはさくらつながりの友人だが、自分たちと同じくらいさくらを大切に思っているのが分かる。
「けど、ゆうきさんがお相手するのが1番の練習になると思うんだけど、一緒に練習は誘われなかったの?」
ゆうきは頷いた。美月と雫は同時に言葉を発した。
「「怪しい!」」
「怪しいって、何が?」
ゆうきはそこまで思い至っていないようだ。
「空手センパイ――ああ、榊のことなんだけど、空手センパイに惚れたんじゃないのか? 惚れっぽいさくらちゃんのことだ。あり得る!」
「そうなったらそうなったで面白そうですけどね」
「いやあ。それはないと思うな。でも、いい組み手相手にはなっていると思うよ。体重も身長も違うから、格闘技歴とかセンスとか以外の部分でさ」
ゆうきがそう言うのならそうなのだろう。
「なるほど。榊もさくらちゃんに頼られたら嬉しいしな」
「どうしてそんな楽しそうなイベントを見られないんでしょう」
「みーちゃんがさくらちゃんの立場だったらウチらに見られたくないだろ? そういうことだ」
「そうだね」
「私にも見られたくないだろうしね」
ゆうきは少し寂しそうな顔をする。この半年、かなり仲良くなった友人が、自分の知らない顔を持っていることに気づけば、それはそうだ。自分たちと大して変わらないショックを受けているに違いない。
「榊くんか。応援団長。野外映画会の時にも来てた子だよね。結構マメにバーベキューコンロを見て、焼けたのを端にやったりしてたね」
美月パパからそんな情報を得て、雫は驚愕する。
「そんなことを空手センパイがしていたなんて! 静流みたいじゃないか」
「周りの大人を真似てるんじゃないかな」
「なるほど」
美月は大きく頷いた。
美月パパが1時間ほども車を走らせると印西に入る。そして大きな運動公園の脇から細い道に入り、和泉の那古屋家に到る。
早く出ていた静流は汗だくだったが、少し先に到着していたようで、縁側でもう美月祖母の歓待を受けていた。お茶にどら焼き。最高だ。汗を拭きつつお茶を飲み、どら焼きを食べる。さぞ美味しいことだろう。
「いらっしゃい」
「待ってたよ」
車から降りた3人娘(今回はさくらとゆうき入れ替え)を2人と2匹が出迎える。もっとも、白と茶の元野良猫のしぐれの方はかなり距離をとって黙ってみてるだけだ。ロシアンブルーっぽい女の子のグレースは静流のことを覚えていたらしく、彼の隣で静かに香箱座りをしている。
自己紹介もそこそこに荷物を車から降ろすと桃華とお父さんの車もやってきた。桃華は車から降りるなり、一同の目を引いた。
「みなさんごきげんよう~」
「おお。もう、おもちちゃんコスしてる」
美月が驚きの声を上げる。寝間着として売られているタイプの衣装で、パーカーになっていてフードを被るのだが、桃華がかわいいので十分ありだ。しかし幼児用なので今の桃華には小さいようだ。桃華ちゃんのお父さんが挨拶する。
「やあ。お邪魔するよ。昔のをさっそく引っ張り出してきたんだけどね、さすがに小さい」
「手直しします」
そう美月が断言して、桃華がはしゃいだ。
「ホント? 美月お姉さん」
「ホント、ホント。私だけじゃ力不足だったらおばあちゃんの力を借りるから」
「ちゃっかりした孫だ」
美月祖母が苦笑する。
美月祖母に自己紹介した後、さっそく各々、いろいろ始める。
美月パパは燻製作りの第二弾。静流と桃華ちゃんのお父さんは落ち葉集め。そして女の子たちは衣装直しだ。美月祖母は女の子たちの監督だ。
つむぎの力を借りずに、自分たちで直せる分だけ、既成のコスに手を入れるというのが今回のコンセプトなので、せいぜいウェストや丈を詰めたりするくらいになるのだが、それでも雫には見当すらつかない。
「まずはおもちちゃんから始めるかな」
美月祖母が桃華の側に寄ってきて、足りなさそうな寸法を測る。
「袖の方は同系色の長い手袋を探せばいいと思うんだけど、脚の方がね」
腕の方は手が出るようになっているが、脚は袋状になって閉じている。
「開いてあげる。そうすれば今の白い長靴でおもちちゃんにちゃんと見えるよ」
美月祖母は桃華を安心させるように言った。
「やった。お気に入りだったんだ。ほいくえんのときは冬の間、ずっと着てたんだ」
どうりで年季が入っている。大きさから言ってこの冬コミが最後の出番になるだろう。
おもちちゃんコスの直しは美月祖母が引き受けてくれ、3人娘は各々、自分たちの既製品コスに袖を通す。メイド服に着替えたときに静流に見られた経験から、慎重になって2階で着替える。
再び縁側に戻ってきたときには美月パパが庭で燻製を作り始めていて、チップのいい香りが漂ってきていた。
「で、着たけどみーちゃん、これからどうする?」
既製品のコスプレ衣装は3人が通っている学園の制服だ。だからエリカの晶の衣装は同じで、小物だけ違う。小虎の衣装はパンツルックになる。
身長150センチからの衣装なのでけっこうぶかぶかだ。このままでは格好悪い。
「せっかく買った衣装だから長く使いたいので、しつけ糸で仮止めして、終わらそうかなと。1日だけなら持つ……よね?」
誰に聞いているのが美月は最後にクエスチョンマークをつけた。
「晶! 俺はお前にいつまでも負けてないからな!」
ゆうきが小虎くんの決め台詞を発した。
「小虎くんと仲良くしたいんだけどな……」
これも晶の決め台詞だ。続けて美月もエリカの決め台詞を発する。
「胸キュンですわ♡」
もう3人ともなりきり遊びである。
「けど、ゆうきちゃんは本当に小虎くんみたいな美少年になったな」
「元がいいからな」
「そういえば運動会でそこそも悠紀くんに黄色い悲鳴があがってましたね」
「わたしほどじゃない」
ドヤ顔のゆうきはいつものゆうきの顔になって、美月と雫は笑った。
晶とエリカの衣装はスカートなのでかなり寒い。本番では厚手のタイツをはくことになるだろう。
グレースがすりーと雫の脚に頬ずりしてくれ、ゆうきと桃華が声を上げる。
「いいなー」
「ずるい~~」
「大丈夫だよ。グレースはサービス精神旺盛だから」
そしてその場にごろんと寝転んでお腹を見せる。いわゆるへそ天だ。
「やったー!」
桃華が喜んでお腹をさすっていると美月祖母が注意した。
「別にへそ天は喜んでお腹を見せているだけで、お腹を撫でて欲しいわけじゃないからね。嫌がると噛んだりひっかいたりするから」
え、とばかりに桃華は手を引っ込めた。雫が付け加える。
「だって猫ちゃんにも気持ちがあるんだもん。当たり前だよね」
「そっか――おもちゃじゃないもんね。どこを触って上げればいいの?」
「喉の下?」
ゆうきが人差し指でさするとグレースが小さく喉を鳴らす。
「首輪周りがいいよ。あと額と尻尾の付け根」
それを聞いて桃華がおそるおそる額を指で撫でて上げ、雫が尻尾の付け根をさする。
「女王様」
美月がその様子を見て呟いた。遠巻きにしぐれがじーっとその様子を見ていた。撫でられたいのかもしれないが、知らない人が怖くて近づけないのだ。美月祖母の方に行って、頭突きし、自分を撫でろと要求する。
「しぐれちゃん、かわいい!」
ゆうきが反応すると、自分の名前を呼ばれたのがわかったしずくは1度ゆうきの方を見た後、すっと奥に逃げていった。
「あれが正しいネコの姿です」
「いつか触りたいなあ」
雫は遠巻きに見ているしぐれに目を向けて心からそう願った。
そして不意にグレースが頭を上げ、すぐに前脚も上げたので、一同は手を引っ込める。
「危なかった」
「引っかかれるところだったよう……」
「ネコの目のように変わりやすいと言うけど、態度もそうなんだ!」
雫には発見があった。美月が続ける。
「大瀧さんに静流さんはネコに鰹節」
「うちの庭はネコの額」
「わたしのお嬢様ムーブは借りてきた猫」
ゆうきものってきた。桃華が嘆く。
「え~~ わかんない!!」
「そのうち習う」
「衣装の直しに猫の手も借りたい」
黙々と手を動かしていた美月祖母が最後に決め、3人娘は答えた。
「はーい。手を貸します~~」
そして皆で笑った。
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