第203話 冬休みの計画を立てる

「大瀧さんの1日を私にください!」


 朝の教室で美月が教室に入ってくるやいなや雫に頭を下げた。


「落ち着けみーちゃん。年末の大イベントなら受験生が息抜きだとか言って行くところではないぞ。風邪ならまだしもインフルエンザでも貰ってきた日には目も当てられない」


「全部分かってらっしゃる! でも、違う!」


 美月はさすがという顔をしたあと、でへへと今まで見たことのないような蕩け顔をした。


「――ということは、細野さんたちがコミケに行くというのを止めたんだな。みーちゃん偉い。でも、行きたいからつきあえっていうことだな?」


「正解、正解、大正解です! パパがね、コスプレ衣装を買ってくれるって言うの。一生懸命お裁縫の練習をしてたから、実際に直しをしてみたいだろうって!」


「なるほど」


 美月パパらしい。娘に激甘だ。この分ではコミケにはついてくるに違いない。美月も文句は言えない感じだ。


「それで、エレメンタルコレクターの、エリカちゃんと晶ちゃんの衣装を買ったの」


「買った! 過去形か!」


 エレメンタルコレクターというのは学園もののアニメで、広大な学園の中に存在する魔法的存在、エレメンタルを集めて、大きな謎を解く、全部で8クールもやった大作だ。今でも根強いファンが多いし、リメイクもされた。自分たちが小学生であることから、小学生編のコスに違いない。


「思い立ったが吉日だから」


「夏服は寒いから着ないぞ」


「大丈夫、冬服。で、私がエリカちゃんで、大瀧さんが晶ちゃん!」


 ちなみにエリカがお嬢様キャラで晶が元気な主人公だ。


「さくらちゃんの分は?」


「年末年始はお父さんとおじいちゃんが帰ってきているんだって。ね、ズッ友(死語)でしょ。つきあって!」


「ぐ。1日くらいはいいか。直しも付き合わないとならないしな」


「やったあ! そうこないと!」


「で、いつ?」


「初日の29日がいいでしょ? 館山に戻りたいだろうし」


「静流、もうその頃は帰ってるかもしれん」


「館山までは、羽海ちゃん先生にまた引率をお願いすればいいんじゃないかな」


 確かに。学校の先生は仕事が28日まであるのだ。


「静流に撮影を頼みたいし、おねだりするか」


「それがいいです! あと、ゆうきちゃんにもお願いしようと思ってるの。小虎シャオフーくん!」


「似合いすぎる」


 小虎は最初はライバルだが、後々、晶の恋人になる美少年だ。


 引率はもちろん美月パパ。そして話次第で静流も加わることになるだろう。


「それでゆうきちゃんにはいつ頼むんだ?」


「今」


 スマホで連絡を入れると即、既読がついた。


〔わたしは新しいことにはオールウェルカムする主義だ!〕


〔素晴らしいぃ~~ 素敵! 小虎くん!〕


〔年末はエレメンタルコレクターのコスで決まりだ!〕


 そんなわけで美月に誘われるがままに年末の最初の予定が決まってしまった。この先、12月29日のコスプレ参加を軸に、全てのスケジュールを調整するのだ。


 これは早々に静流に相談しないとならんな、と雫は腕組みしたのだった。




 帰宅して静流にコミケでコスプレする話をすると特に驚いた様子もなく、即座に答えが返ってきた。


「人混みは苦手だけど、いいよ。前振りも聞いていたし、1度は行きたかったし、デジカメ持って行くよ」


「館山にはいつ帰るんだ?」


「30日? 雫ちゃんは羽海ちゃんと一緒に電車に乗ってくれれば安心なんだけど」


「やっぱそうなるよな」


「29日でもそうなるよ。1日くらいたいしたことない」


「また静流はクロスバイクか」


「楽しいからね。宿が保証されてるのは荷物が少なくて済む」


「本当に静流は自転車が好きだよな」


「身体を動かすの、気持ちがいいよ」


 まあそれはそうなんだろうが、1度は一緒に館山に行ってみたいものだ。


 ふうむ。年末年始もさくらと美月と一緒に館山に行きたかったのだが、さくらの方は難しそうだ。それでも連絡はしてみる。


〔さすがにおとんとじいちゃんが帰ってきたばかりでコミケに行って家にいないのは問題があるけど、最初から年末年始は館山のつもりだったよ〕


〔そっか! それは良かった! もちろん、みーちゃんも呼んでいるんだ〕


〔美月のパパはまた館山に来たがるんじゃないかな〕


〔それはそれでよし。帰りが楽だ〕


〔コミケとか桃華ちゃんのお父さんが馴染んでそうだけど〕


〔桃華ちゃんもウチらと一緒なら楽しいかな!〕


 1つのことが決まるとどんどん話が進んでいく。やはり、コタツに入っているだけではダメだ。いろんな経験をしたほうが楽しいに決まっている。その点はゆうきの新しいことはオールウェルカムという意見に大賛成だ。ゆうきちゃんたちにも館山を経験して貰いたい――いや、それは悠紀がついてきて静流を独占される可能性があるので慎重にしないとならんな、と雫は思い直す。


 そんなわけで冬の計画をノートに書くことにした雫だった。




・みーちゃんの田舎で落ち葉焚き

・できればクロスバイクで行く

・クリスマス、クリスマスデート!

・↑羽海ちゃんと師範代を会わせる

・ケーキ作る?(いや、ムリ)

・初詣

・おもちを食べる

・館山に行く

・コミケ!

・学校の花壇の手入れ(もう終わった花壇)




 あと、何かあっただろうか。思いついたら書き足そう。


 こう考えるとイベントがいっぱいある気がする。どうせこれだけで終わらないのだし。実に充実した冬になりそうだ。


 パタンとノートを閉じてから、まだ近くにいた静流に聞く。


「ウインタースポーツはやらないの?」


 それを聞いた静流は露骨にイヤそうな顔をした。


「なんでタダでさえ寒いのに、苦労してもっと寒いところに行って雪で濡れないとならないんだ」


「確かにそうだけど好きな人、大勢いるよ」


「僕がイヤなだけ」


「じゃあ、アイススケートに行こうよ。篠崎水門を越えたところにスケートリンクがあるんだよ」


「僕はスケート、できないなあ。でも、スケートならそんなには濡れないね」


「ウチは何度か行って滑れるからさ、みんなで行こうよ」


「教わる側かあ」


 静流は苦笑するが、静流に教える側なのも新鮮だ。これは是非、行かねばなるまい。


 雫はノートを開けて、付け加えた。




・アイススケートを静流に教える




 そして雫はにんまりとする。2人でデートの方が良かっただろうか。でも、アイススケートなら、みんなと一緒の方が楽しいに決まっている。早速できることの1つだ。


 そしていろいろ派生イベントを考える。コミケに行くなら、既製品のコスプレ衣装を自分たちにフィットするように手直しする必要がある。美月1人に任せるのは無責任だと思う。これも書き足す。


「まずはコスプレ衣装の手直しかな」


 ゴールが決まっているので先に済ませた方がいいに決まっている。


「コミケに行くのは美月ちゃんとこと雫ちゃんと僕とゆうきちゃん?」


「桃華ちゃんにも声を掛けたい。なんかお父さんがコスさせそうだし」


「間違いないわー しかしそこまで声を掛けて、羽海ちゃんに声を掛けないと怒られそうだな」


「それは分かる。怒られたばかりだもんな、静流」


「来る来ないは別として、両方、声を掛けよう」


 そして静流が連絡を入れると桃華ちゃんのお父さんからは即答があった。


〔行ってみたかったんだよね! エレメンタルキャッチャーなら、桃華をおもちちゃんのコスをさせよう〕


〔おもちちゃんですか〕


 おもちちゃんというのは劇中のマスコットキャラクターで、白くまだかなんだか分からない可愛らしい魔法生物だ。


〔似合いそう〕


 これで主要キャラクターが揃ったわけだ。


 羽海からは29日はぶっ倒れているという返事があった。年末年始の先生はやはり忙しいらしい。30日から一緒に館山に帰省する話はOKになった。これで安心だ。


「しかし、行ったことのない人間だけでコミケにコスプレしに行くのは無謀だな」


 改めて考えると不安要素がたくさんある。


「じゃあ、つむぎちゃんに声を掛けよう。確か、推薦決まったって言っていなかったっけ?」


「もうみーちゃんから当然、声がかかっているだろうな」


 つむぎに連絡すると帰ってきた。


〔もちろん随伴する気だったけど、そんなに大がかりな合わせをするのか。これは参戦しないわけにはいかないな。龍太郎さんのコスプレをしよう。龍太郎さんは学ランだから問題なくできる〕


 龍太郎さんは晶の初恋の年上の人だ。これでこっちも安心だ。今のところ、自分たちの都合のいいように話が進んでいる。どこかでつまずきがないとは限らないが、その都度、頑張るしかない。


「冬の計画は滞りなく進んでいるな」


 雫は自画自賛する。


「忙しそうだから僕は僕で博物館巡りを悠紀くんとしよう」


「あ、そんなのウチも行くに決まっているじゃん」


「ホントかなあ」


「行ったら行ったで楽しい」


「じゃあまた羽海ちゃんにも声を掛けよう。怒られないように」


「松戸の博物館と同じメンツだな」


「どこに行くかは検討しておこう。江戸東京博物館か浦安か、はたまた芝山はにわ博物館か」


「最後が本命来た」


「芝山は雫ちゃんたちには遠いからね。まあ、検討します」


 はにわときたら古墳だ。古墳好きな静流が行かないはずがない。芝山、どこだろう。雫はタブレットを取り出して調べてみる。芝山はにわ、と。


「こんな遠いところ、クロスバイクで行けるはずない! 成田の先だ!」


「そうだよね~~ 往復、佐倉から輪行だね。そういえばその先に旭市ってあるんだけど、そこで天体観測をしようと思っていたんだ」


「それもノートに書いておく!」


 天体観測。それはとても楽しそうだ。


「キャンプ場があったから、バンガロー泊もできそう」


「イイネ!」


 どんどん夢が広がる冬休み。


 どんな冬休みになるのか、今から楽しみな雫だった。

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