第197話 美月、1人でもコスプレを志す

 月曜日の朝、少し遅れて教室に来た美月は手作りの巾着袋を持ってきていた。そしていつもはロングにしている髪を今日はシュシュでまとめてポニーテールにしていた。


「シュシュをつけてるとイメージが違うね。それに巾着袋もかわいい」


 美月を見て雫は素直に感じたことを言葉にした。


「実はどっちも自作なの」


「そうなんだ。どうしてお裁縫始めたの――あ!」


 雫はすぐに思いついてしまった。美月がお裁縫を始める理由なんて1つしかない。


「そっか。みーちゃんはすごいな」


「大坂さんに触発されまして」


 なるほど、そうか。


「みーちゃん、コスプレへの一歩を踏み出したんだね」


 そう言われた美月の顔は輝いていた。


「まだまだ先は長いけど、まずは針と糸を持って、ハサミを持って、布を切る。まずは平面を立体にする回路を頭の中に作らなきゃ、始まらないもの」


 最後にさくらがきて、やっぱり同じように目を見張った。


「ポニーテール! シュシュ可愛いな! 巾着も新調したのか? どこで買ったんだ?」


 美月は嬉しくて仕方がない様子だったが、ぐっとガマンして自慢はしなかった。


「みーちゃんの自作なんだって」


「マジで? うーん。着物着て、なんか思うところあった?」


「そういえばそれもそうかも。でも1番は大坂さんが空手で頑張ったことかな」


 さくらはほえ、という顔をした。


「どうしてあたしが優勝したことと自作したことが関係あるんだ?」


「大坂さんが頑張ったんだから、私も頑張ろうと思ったの」


「嬉しいな。友達って気がする」


「さくらちゃんはズッ友(死語)だから」


「私はズッ友(死語)だと思ってるから」


「なんだズッ友って」


 さくらが知らない言葉のようだった。さすがに死語である。かくかくしかじか説明するとさくらが照れ始める。


「いやそんな。そんなこと思ってても言えないよ」


「だから茶化し半分なんですよ」


「(死語)だから、その分恥ずかしくない」


「おかしいな、雫も美月も」


 さくらは照れ笑いしていると予鈴が鳴って、羽海ちゃん先生が入ってきた。3人はそれぞれの席に着いて、HRに参加した。


 帰宅後、夕ご飯の時に、美月がお裁縫を始めた話を澪と静流にする。


「でも十分練習する間にいっぱいシュシュや巾着を縫ってしまいそうだね」


「みーちゃんのことだから溢れて、ウチらに配られそう」


「それも限界があるよね。雑巾を縫えばいいんだよ、雑巾を」


「雑巾って買うものじゃないの?」


「買っている人が多いと思うけど、もちろん縫えるんだよ」


 なるほど。それはそうだ。売っている雑巾だって誰かが作ったものに違いない。


「我が家のへたったタオルをみんな雑巾にしてみるのはどうかな。新品のタオルにするいい機会だ。使い込んだタオルの方が吸収性がいいし」


 澪としては雫が小さい頃に自分で雑巾を縫ったことを思い出して言っているに違いない。感慨深げな顔をしている。


「そういえば静流はいつもクロスバイクを拭いている汚いタオル、どこで手に入れているんだ?」


 静流が話題に入ってこないと思ったら、何か言いにくそうにしている。


「基本、道ばたに落ちているのを拾ってるんだ」


 雫と澪はえーという顔をする。


「だってそのままゴミになるよりいいだろ? チェーン拭いたら捨てるし」


「貧乏性にもほどがある」


「そりゃエコだけどやり過ぎじゃん?」


「いいの。僕がそれで楽しいんだから」


「楽しみは人それぞれとは思うが、本当にいろいろあるな」


 澪が呆れ顔になる。


「静流は頑固だな」


「江戸時代は着ていたものも仕立て直して、繕って、着られなくなったら最後は雑巾にまでして使い切っていたんだよ。それを考えれば道ばたのタオルを拾って使うくらいささやかなエコだ」


「うーん。まさか歴史オタに道ばたのタオルが繋がるとは」


「オタク、ここに極めりだね」


 話題がずいぶんそれたが、話はお裁縫に戻る。澪が言う。


「あと、サイズ違いの仕立て直しをしてみてはどうかな。市販のコスプレ衣装を直すときのスキルアップになりそうじゃないか?」


「さすがお母さん。それはいいね」


「お母さんが昔着ていた服を、今、雫が着られるようにするイメージかな。雫が美月ちゃんにつきあってお裁縫をするか知らないけど、美月ちゃんもそれならできるし、いい練習になると思う」


「お母さん、すごーい」


「美大にも服飾系の子がいたからな」


 なるほど。人に歴史ありである。


 そんな話題をそのまま美月にスマホで振ると、なるほどと返ってきた。


〔それは大変いい勉強になりそうですね〕


〔あと、自分の着られなくなった服をばらしてみても展開図になっていいかもだって〕


〔それも考えませんでしたね。参考になります〕


〔そんなわけで雑巾作りをウチもしようと思う。災害時の備蓄にする雑巾を募集しているところがあるんだって〕


〔どれだけ作っても邪魔になりませんね!〕


 というわけで、週末は美月と2人で雑巾を縫うことにした。


「静流は土曜日どうするんだ?」


「うん。美月ちゃんのパパと印西の紅葉を撮りに行こうと思っているんだ。美月ちゃんのパパは車でクロスバイクを持っていくって言うから、もしよかったら雫ちゃんたちは車に乗せて貰って、猫ちゃんに会ってかつ、雑巾縫えばいいんじゃないかな」

 確かに紅葉が見頃である。週末まではもつに違いない。それにまたグレースとしぐれに会いに行くというのはとてもいいアイデアだ。


「採用! そのアイデア採用!」


 というわけで週末は再び、印西の美月祖母の家へ行くことになった。


 土曜日は朝早く出発し、朝8時には美月祖母宅に到着した。静流はずっと早く出発していたから、3人を出迎えてくれた。


 美月パパのクロスバイクは輪行状態で輪行袋に入れられて、後部ハッチバックに収まっていた。一般車と違って前後輪が外せると、ハッチバック車なら問題なく積載可能になるのがスポーツ自転車のいいところだ。


 静流たちはカメラバッグを手に、休憩もせずに出かけていった。


「やれやれ。男はいつまでも男の子だね」


 美月祖母があきれ顔で息子と静流を見送る。


「さあ。お茶をしたら雑巾、縫ってみようか」


 美月と雫は大きく頷き、縁側に上がり込んだ。縁側の掃き出し窓を閉め、カーテンを開けたままでいると日光が差し込んできてとても暖かい。だからだろう。グレースとしぐれもうとうとしている。しぐれは警戒心を持っているようだが、2度目だからかそれほどでもない。美月には警戒心を抱いていない。今日、またどれだけ仲良くなれるかで次につながると思う。


 縁側に小さな折りたたみ座卓を出して、美月祖母から雑巾の縫い方を教わる。まずタオルを広げ、半分に切る。これで2枚分の雑巾になる。そして端のほつれないように縫ってあるところも切ってしまう。切った両端を縫い、筒状にする。そしてそれを裏返して四辺を縫い、対角線上にX字に縫う。


「雑に縫うと練習にならないからね。1回の縫い目の大きさを揃えるようにして、見栄えを良くしないと。ただ雑巾を縫うだけじゃなくて、洋裁を始めるための練習なんだろ?」


「洋裁と言えば洋裁だけど、洋裁ってそもそもなんだろ」


「お洋服を縫うことよ。おばあちゃんの若い頃は既製品の服なんてそんなになかったから、自分で作ったのよ」


「必要は発明の母ってことか。なければ作る。基本だね」


 雫は納得する。いつだったか静流がファストファッションの功罪を熱く語っていたことがあった。手軽に服を買えることは豊かな証拠なのかもしれない。しかしそれは貧しい国の労働力があってのもので、また、それに使われるエネルギー量、資源量もハンパないものになっている。一方、自分で手縫いすれば、愛着も湧くだろうし、長く使えるように手直しやリユースもしやすくなるだろう。それが必ずしも必須ではなく、楽しみとしてできるのなら、いいのではないかと雫は思う。 


 さっそく雑巾を自分たちでも縫ってみる。とても大変な作業だった。まず針と糸を使うことになれてない。糸が途中で絡まってしまうこともある。それは伸ばしてほぐすが、慣れていないといろいろなことが起きる。


「コスプレってなんか、漠然としてるけど、『最初』は何にでもあるよね」


 美月が縫いながら雫に話しかけてきた。


「コスプレにとってそれがなんなのか気がついたみーちゃんが流石だよ」


「市販されている衣装を買うにしたってさ、手直しした方が見栄えが良くなるに決まっているわけで、それを考えるとお裁縫は必須かなって」


「きっかけはなんでもいいんだ。チャレンジすることが大切でさ」


 美月祖母の言うとおりだと思う。


「まさに今のウチがそれですよ」


「コスプレってあのコスプレなんだろうけど、雑巾を縫うことから始めたっていいじゃないか。地に足が着いていると思うよ」


 祖母に言われ、美月は嬉しそうに頷いた。


 1枚縫うだけでもかなり疲れた。指が自分の指じゃなくなったみたいだが、自分が持ってきた古タオルはまだまだある。縫い目の大きさを揃えたつもりだが、完成してから見てみるとかなりバラバラだ。とにかく指のストレッチをして2枚目に取りかかる。美月は黙々と縫っている。真面目な美月にお裁縫は合っているのかもしれない。


 雫は2枚目を縫い終えて、一休憩。美月祖母に言われる。


「そんなに根を詰めないでね」


「そうします。みーちゃんはすごいな。集中力が違う」


 美月は応えず、黙々と縫っていた。


 午前中で休み休み雑巾を縫い、3人で30枚近く縫うことが出来た。雫はもうギブアップだ。グレースが撫でてくれと寄ってきたので喜んでモフる。グレースはごろんと転んでお腹を見せて、いわゆるへそ天をしてくれた。ふふふ、と雫は笑う。


 その後、3人の雑巾を比べる。美月祖母は安定している。美月もなかなか上手くなってきている。雫はそれなりだが全然だ。


「まあ、仕方ないね」


「みーちゃん、すごいな」


「まだまだ」


 美月の士気は高い。


 お昼前に静流たちが帰ってきて、撮影してきた紅葉を見せて貰った。印西は緑が豊富なので、いい紅葉が撮れていた。静流の写真の腕も上がってきているのが分かる。


 さくらは空手の県大会で優勝し、美月はコスプレを始めようと真面目に考え、手を動かし始めた。では、自分は?


 考えざるを得ない雫だった。

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