女子高生と社会人の初めての朝

第198話 シズ×シズ 初めての朝

 雫が館山に移り住んで早くも4ヶ月が過ぎようとしていた。


 今年の3月、南房総で1番の公立進学校の特進クラスに無事合格し、雫は4月から館山の祖父母の家に住めるようになった。目的はただ1つ。大学を卒業して館山に戻り、市役所で働いている静流と一緒にいるためだ。自分の恋愛脳もここまでくれば褒められるのでは、と今でも雫は自賛している。


 雫は1学期末の期末テストも無事、好成績で終えて、もうすぐ夏休みを迎えようとしている。夏休みにはいろいろやることがある。実家に戻って美月やさくらやゆうきに再会したいし、逆にこっちにも呼びたい。また、るりりんのライブにも行きたいし、コミケでつむぎと美月と一緒にコスプレもしたい。しかしその前に雫の中では人生最初で最大のイベントが来ようとしていた。


 それは16歳の誕生日である。


『刑法および刑事訴訟法の一部を改正する法律(抜粋)

 第百七十六条次に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、わいせつな行為をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、六月以上十年以下の拘禁刑に処する。

(中略)

十六歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者(当該十六歳未満の者が十三歳以上である場合については、その者が生まれた日より五年以上前の日に生まれた者に限る』


 まあ要するに同意があれば罪にはならないが16歳未満で相手と5歳以上離れている場合は、同意であっても拘禁刑になる可能性があるということだ。ことあるごとに静流が性行同意年齢が、と言っていたのはこのことによる。


 しかし、だ。


 ついに雫は今度の7月20日に16歳の誕生日を迎えるのである。


 これで静流を襲っても静流が刑罰に陥ることはなくなるわけである。


 長かった。とても長かった。10歳の夏に静流が好きだと気がついてから、6年が経つ。そのうち、4年間は一緒に暮らしたが、その間、静流はキス以上のことはしなかった。途方もない自制心である。もちろん雫の方も悶々とし続けた。しかしそんな夜ももう終わる。


 雫は静流を襲う気満々であった。静流もイヤとは言うまい。自分で言うのもなんだが、この6年で、街を歩いていたら若い男が振り返るような美少女に育ったのである。しかしそれでもお堅い静流のことだ。事前に言えばああだこうだと避けられる可能性がある。そんな事態は絶対に避けなければならない。


 雫は意を決し、ドラッグストアで0.01ミリの避妊具を購入し、悦に浸る。もちろん買うときは恥ずかしかったが、なければ静流に拒まれることは必然だ。外堀を埋める必要がある。ちなみにドラッグストアの店員さんは特に表情を変えなかった。別に高校生が避妊具を買うことくらい、それほど珍しいことではないのだから、雫が自意識過剰なだけだったのだ。


 祖父母の家の自分の部屋で避妊具の箱を見つめながら、雫は無言でニヤニヤする。夜這いすればきっと静流は驚くことだろう。しかし今までのガマンが報われると分かれば、絶対に喜んでくれるはずだ。ブレーキばっかり掛けてきた静流はそう簡単にアクセルを踏めない。ならばアクセルを踏むのは自分の役割だ。


「ようし! あと1日」


 雫はカレンダーにまた1つ、×をつけたのだった。




 さて、どうしたものかな。


 静流は定時に仕事を終えて、ショッピングモールの宝石店へ行く。社会人2年目の静流だが、実家暮らしなので資金は豊富にある。雫の16歳の誕生日には婚約指輪を贈って驚かせる予定で、注文したものが、完成して受け取れるようになったのだ。指輪のサイズは去年のクリスマスにペアリングを作ったから大丈夫だ。太った様子はないから、ぴったりはまるだろう。シンプルなペアリングは革紐に通して首から掛けている。雫は左の薬指にはめようとしていたが、それは止めさせた。やっぱり初めてはめる左の薬指は婚約指輪にして欲しかった。


 静流は宝石店のカウンターで完成した婚約指輪を確かめる。


 今回作ったのはベースのリングをプラチナにして、小さな緑色の楔石スフェーンと呼ばれる宝石を1つあしらったものだ。楔石はルビーと並ぶ7月の誕生石である。雫のイメージにルビーは合わないな、と考えたから雫は楔石に決めた。それほど高価ではないが安くもない。雫が喜んでくれることを期待する。なにしろこの6年間ずっと好きでいると宣言し続けてくれた雫に報いることができるのは静流にとって奇跡にも等しい喜びだ。


 帰り道、クロスバイクのペダルを踏みながらポケットの中に指輪が入ったケースを潜ませて帰宅する。静流が住む離れの方の台所には雫がいる。最近はもっぱら雫が夕食を作っている。姪で嫁予定の雫の働きに静流の母は大船に乗った気持ちで雫に家事を任せている。静流が雫も進学校の学生なんだからと言うと静流の母は、本人がやりたいっていうんだからいいじゃない、とだけ返していた。まあ正論ではある。


 ちなみに明日の誕生日にはケーキを予約してある。4号と普通の大きさだが、この辺で人気のパティスリーのイチゴケーキで、今度はもう16歳になるというのに、子どものようにネームプレートもお願いした。雫が恥ずかしながら喜ぶ顔が目に浮かぶ。


「どうしたの? にやついて」


「いや、もうすぐ16歳なんだなと思って」


「そうだよ。誰だって時間が経てば歳を重ねるんだよ」


 正論を返す雫はかつての女の子の雫ではない。もう大人の女への階段を上っている雫だ。少し落ち着いてきたと同時に、思慮深くもなった。


「ところで父さんと母さんは?」


「今夜は母屋で過ごすそうで。帰ってこないよって言ってた」


「そうなんだ。そんなこともあるんだ。初めてだな」


 そう言うと雫は意味ありげに笑った。


「配慮してくれているんです」


「配慮?」


 静流は全くなんのことだかさっぱり分からない。


「ところで今日は何を作っているの?」


 浅い鍋に卵を閉じたところは見た。そして中華鍋でニラとニンニクの芽、そしてニンニク本体を炒めているのも見た。以前作った肉味噌も外に出ている。


「えーっとね、柳川鍋。夏バテに効くんだって。ウナギは高すぎるからね」


「柳川鍋なんて食べるの何年ぶりだろ」


「あとね、コンベクションオーブンで一口サイズのステーキも焼いたよ。1人2枚」


「へえ。今夜は豪華だね。何かあったの?」


「いや、別に」


 雫はふふふとまた意味ありげに笑った。


 2人で柳川鍋をつつき、副菜のニラとニンニクの芽炒め肉味噌添えと一口ステーキだ。一口ステーキにはたっぷりニンニクが添えられている。夏バテ対策と言うにはやけにスタミナがつくものばかりだ。


「なるほど。このメニューじゃ若くないと食が進まないよな」


 父と母が母屋に逃げた理由がなんとなく分かって、静流は少しすっきりした。


「柳川鍋、美味しいね」


「どじょうがまるごと食べられて、カルシウムもばっちりとれるのもいいね」


「日本人は卵と甘しょっぱい醤油味が大好きなんだ」


「分かるどんぶりの卵とじ系は外れないもんね。肉味噌を添えたニラとニンニクの芽炒めも香ばしくて、肉味噌がしっとりして美味しい」


「肉味噌作ったの、静流だもんね」


「ステーキもいい肉だなあ。柔らかい。どうしたのこの肉?」


「いや、普通に買ったんだよ」


「いつも100グラム99円の豚こまなのに?」


「たまには美味しいものを食べないと舌に覚えさせられないよ」


「それはそうだ。しかし元気が出そうだね、これは」


「どうぞ、出してください!」


 雫は両方の拳を胸の前でぎゅっと握りしめた。


「――なにかお願い事でも?」


 雫は笑うだけで応えなかった。


 両親が母屋で寝るというので、雫は今日、こっちで寝るらしかった。まあ、向こうは向こうで寝るだろうし、寝る時間が違うからそれでいいのだろう。


 量は多かったが2人で完食した。どれも美味しくいただけた。洗い物は静流が引き受ける。しかしこの違和感はぬぐえない。何があるというのだろう。


 雫は風呂に入っている。やけに長い気がする。雫は女の子でも、風呂はさっぱり短く入る派だ。なのに、今夜は長く入っている。洗い物を終えて、静流が居間で麦茶を飲みつつ読書を始めても、まだ雫は出てこなかった。


 ちょっと心配になって洗面所まで行って様子を窺う。シャワーを使っているようだ。脱衣かごに雫の下着が入っている。かなり大きくなってきているがサイズまでは知らない。ジュニアブラから見てきた身としては感慨深い。そうだよ、16歳なんだよ。


 そしてハタと気がつく。


 もう、16歳なのだ。


 あれから6年。雫が16歳になれば、雫に対して静流が常日頃から言っていた犯罪を犯す気はないというその犯罪に該当しなくなるのだ。


 まさか、な。


 そう考えつつ静流は居間に戻る。しばらく経ってから風呂上がりのパジャマ姿の雫がやってきた。手にはドライヤーを持っている。ここで乾かすらしい。


「上がったよ~~ お風呂入って~~」


「うん。暑いからね、すぐに出てくると思うよ」


「そ。じゃあ、後でね」


 後でね?


 意味が分からないまま、静流は軽く風呂に入り、パジャマに着替えて居間に戻った。後でね、と言っていた割には居間には雫の姿はなかった。


 雫はもう寝たのだろうか。


 静流はそう考えて居間の電気を消し、自分の部屋で少し読書をする。今日は月曜日。まだ今週は始まったばかりだ。学生時代が懐かしい。あんなに長い夏休みは学生のうちだけだ。現役の女子高生の雫はもうすぐ夏休み。雫には高校生の夏休みを最大限に楽しんで貰いたいものである。


 そんなことを考えていると眠くなり、布団に入る。今年の館山の気温は夜になると30度を切る。なので、窓を開け、網戸と扇風機で十分眠れる。横になると静流はすぐに寝付けたのだった。


 

 7月20日の午前0時。電波時計で日本全国標準時で午前零時。誰がなんと言おうと7月20日になって、大瀧雫は満16歳になった。


 その瞬間、雫がバッターンと部屋の引き戸を開ける音で静流は目を覚まし、布団の上で半身を起こした。


 一方、部屋の前に仁王立ちする雫はいつものパジャマ姿だ。


「――えええ!? 何が起きたの? 地震?!」


「ちがーう! 日本のどこでももう今は7月20日。ウチは16歳になった!」


「うん。誕生日おめでとう。明日も仕事だし、雫ちゃんも学校でしょう? 寝よう。お休み」


「うん、お休み――んなわけあるか! もう1ミリ秒だってガマンするもんか!」


「ギャバンが蒸着する時間もないなんて! どゆこと?」


 ギャバンの蒸着と呼ばれるコンバットスーツの装着時間は0.05秒。なお、1ミリ秒は0.0001秒である。雫はジャンプして静流の敷き布団の上に正座し、小さな箱を静流に見せた。その箱には0.01ミリと書かれていた。


「準備万端だね」


「こういうのはシチュエーションがとか雰囲気がとか静流は言いそうだが、そんなのは関係が無い。静流が同世代でないというただそれだけのことで、ウチは6年間待ったんだぞ! 6年間だ! 入学した小学1年生が卒業するほどの長さだぞ。長かった――長かった」


 そういう雫の言葉には実感が伴っている。そのうちの4年間は同居生活をしていたのだ。よく分かる。彼女に攻め込まれたことは1度や2度ではない。


 静流は小さく息を吐いた後、答えた。


「もちろん。僕もずっと待っていたんだよ」


「しっずるううううう!!!」


 雫はがしっと静流にしがみついた。ハグと言うには強烈すぎる。渾身の力を込めて抱きしめられた。


「静流は、静流は、童貞ちゃんと守ってるよな!」


「大丈夫だよ。魔法使いになる前に雫ちゃんとつながれるって信じていたから」


 正直言えば危ないことは何度もあった。しかし静流は耐えたのだ。そう、耐えたという表現が相応しい。脳の芯まで熱くなって誘惑に堪えたのだ。


「うれしいよううう」


 ハグすると雫のいい匂いが鼻腔を刺激する。


 ノーブラなのも分かる。育ったおっぱいが静流の胸に押しつけられて跳ね返している力を感じる。あり得ない弾力だ。さすがJKおっぱい。


 ちょっと前後してしまったが、こっちが先でもいいだろう。


 静流は雫の唇に自分の唇を重ねつつ、彼女のパジャマのボタンに手を掛けたのだった。




 そして小一時間ほど経ったころのことだ。


「痛ーい! 痛すぎる~~!!!!」


 真夜中の大瀧家の離れに雫の悲鳴が上がったのだが、静流の両親は雫の思惑を察して母屋に避難してくれていたので、誰の迷惑にもならなかったのだった。




「ううう、痛かった。痛すぎた」


 静流と雫が仮眠から目覚めたのは朝5時過ぎだった。もう外は明るい時間だ。


「気持ちよくなるまではまだまだ時間がかかりそうだね」


「こんなことなら事前に指で広げておくんだった」


「入れただけでもう動かせなかったもんねえ」


「怪我してるのに動かすなんて拷問以外の何ものでもないよ」


 雫はそう言って脱ぎ捨てたパジャマを羽織った。


 いつだって雫は綺麗だな、と静流は思う。


「でも、静流は惜しいことしたね。JSからJCの発達中の身体を味わえないなんてさ」


「犯罪なんだから仕方ないじゃないか」


「あ、それってでも、静流もエッチしたくて仕方なかったってこと?」


「当たり前だろ!」


「嬉しい!」


 雫はぎゅっとまた静流を抱きしめる。


「でも、自撮りで成長過程は撮ってあるから、あとで確かめてね」


 雫は静流の耳元で囁き、静流は雫を離す。


「なんて児童ポルノ発言!」


「いいじゃん。自家消費なら」


 そうなのかな。流出しないといいな、と思いつつ、静流は期待する。ああ、こんな身体を味わえたのかもしれないと悶々とするだけかもしれないが。


「ウチは静流専用だから!」


 静流は頷き、立ち上がり、指輪が入ったケースを手にする。


「雫ちゃん、指、出して」


「え、それ、何?」


「プロミスリング――本当は今夜、ケーキと一緒に渡そうと思っていたけど、今がいいのかなと思って」


 静流はケースを開け、作って貰ったリングを手に取る。


「左手、出して」


 そして雫は無言のまま、左手を静流に差し出す。


 雫は期待の目で静流を見ていた。


 静流は自然とそのリングを雫の左の薬指にはめる。


「これからもよろしく」


「うん!」


 結婚するまであと何年もあるだろう。しかしこれまで過ごしてきた長い6年間と比べれば大した障害ではない。


 静流は従兄として雫に出会えたことを運命に感謝しながら、雫の左手の薬指を見つめたのだった。

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