第195話 落ち葉焚きで焼き芋をつくる
静流に羽海から連絡がきたとのことで、土曜日は羽海の借家の大家さんのお宅の庭で落ち葉焚きをすることになった。大家さんの庭が広いとは言え、そんな大勢で集まるのはご迷惑なので、雫方面だけ声を掛けることになった。
その結果、残念ながらさくらとゆうきは欠席。どうやら2人は別の道場に出稽古に行くらしい。武者修行の始まりだ。やる気十分らしいので、頑張って欲しいと思うだけだ。桃華ちゃんと美月はこられるとのことだった。桃華ちゃんのお父さんは参加したがったが、親がそんなにでしゃばるイベントではないと自粛したらしい。
当日、馬頭観音像前に集合する。静流、美月、桃華、羽海、そして雫の5人だ。羽海も静流も手ぶらだ。
「どうしてお芋、用意しなかったんだ?」
「大家さんが用意してくれるって」
羽海が答えると美月が申し訳なさそうな顔をする。
「至れり尽くせりですね。スイカもいただいてしまったし」
「桃華も食べたかった~」
「あれはペンキ塗りのご褒美だから、桃華ちゃんにはまだ難しかったかな~」
雫は桃華を宥める。
「そういうことだよ。お芋を用意してくれているってことは、そういうこと」
羽海の言葉を静流が継ぐ。
「働かざる者食うべからず」
「わかった。落ち葉集め、ウチらがやるんだ」
「正解。そのための戦力も用意した」
「さすがしずるちゃん」
そして悠紀が現れる。これは想定の範囲内だ。そしてもう1人が現れる。
「空手センパイだ」
雫は目を丸くした。
「呼ばれたから来ましたよ」
「うん。恩を返してくれ」
「お安いご用です」
「さくらちゃんがいなくて良かったね」
「それがわかって静流さんも呼んだんでしょう?」
雫と美月は耳打ちし合う。
「戦力だと割り切ろう」
雫はまだ先週のショッピングモールの噴水前でのさくらとのやりとりが記憶も新ただ。どんな会話をしたのか、榊の方からも聞きたくもある。しかしそれが野暮であり、単なる好奇心に過ぎないことも雫は分かっている。ガマン、ガマンだ。
そして7人が大家さんの家に行くと、庭には既にいろいろ道具が並べられていた。
「羽海ちゃん。こんなに人手を集めてくれてありがとう」
大家さんはご満悦だ。羽海は頭を下げる。
「たき火でお芋を焼けるなんて機会、21世紀では貴重ですから」
「もっと人手を集めるべきだったか」
静流は目に手を当てて後悔のジェスチャーをした。
「お父さんにも来てもらえば良かった……」
「桃華ちゃん、奇遇だね。私もパパに来て貰えば良かったと思ってる」
美月も言う。しかし今更である。
道具は熊手取っ手のない大きなちりとり――後で調べてテミというと知った――と竹箒だ。もちろん大きなゴミ袋も用意されている。
大家さんに案内され、江戸川堤防沿いの梨畑へ行く。もうすっかり落葉しているので梨の木の下は落ち葉の絨毯状態だ。幸い、晴れの日が続いていたので、乾いている。
「ではよろしくね~~」
笑顔で大家さんは去って行った。場所と芋を提供するだけでこの広い梨畑が綺麗になるのだから、安いものだ。雫はすっかり葉っぱがなくなった梨の木を見て言う。
「あの美味しい梨、ここで採れたんだね」
「静流さんが作ってくれたコンポート、美味しかったです」
「くう。那古屋さん、羨ましい」
「羽海ちゃんはカラメルソテー食べたでしょ?」
「桃華、どっちも食べてない~~」
「もう梨がないから来年、作ってあげるね」
静流が桃華を宥める。
「約束ね!」
「うん、約束だ」
もう来年、実を付けてくれることに思いを馳せながら、一行は梨畑の掃除を始める。熊手を持つのは主戦力の男子と羽海だ。羽海はこの話を承諾した責任払いみたいなものだ。
残る雫、美月、桃華はテミを手に、ゴミ袋に入れる役目だ。テミに落ち葉を入れていると、意外とビニールゴミが多いことに気がつく。
「堤防沿いだから風で飛んでくるんだな」
「めだつね」
桃華はイヤそうな顔をし、美月も真面目に頷く。
「プラスチックごみ問題が身近だと分かりますね」
どうやらこれは、いい環境問題学習にもなりそうだ。プラスチックごみは、コンビニ袋が多い。軽くて風で飛びやすいからだろう。雫はあまりのコンビニ袋の多さにうんざりする。
「だいたいさ、コンビニ袋の有料化って、こういうゴミの抑止なんだよな」
「ヤフコメ欄を見ると無料化復活させろとかけっこうありますよね」
美月が雫のぼやきに応じてくれる。
「趣旨がわかっとらん。そういう奴は1度、ゴミ拾いをしてみればいいんだ」
「うち、エコバッグきちんと使ってるよ」
桃華が胸を張る。雫がツッコミを入れる。
「エコバッグを大量に持つ羽目にならないよう」
「配られたのいっぱい桃華の家にあるよ」
「やっぱり本末転倒だ」
「でも、風に飛ぶほど気軽に無意識に使わないから、エコバッグ、いいんじゃないでしょうか」
美月の言うとおりだと雫は思う。他にはペットボトルもいっぱいある。ペットボトルは中身を捨て、別の袋に入れる。どうしてペットボトルが、柵をしてある梨畑の中にあるのか理解に苦しむ。きっと投げ込む輩がいるのだろう。
男子3人はおりゃああとか言いながら、熊手を手早く動かしてあちこちに枯れ葉の山を作っている。遊び感覚だ。たまにはいいのだろう。静流はノリノリだ。楽しくなるのなら、それに越したことはないのだった。
90分ほども奮闘し、梨畑の落ち葉はすっかりなくなり、綺麗になった。
「考えてみればスイカだけじゃなくて、ここの梨も貰ってたなあ」
静流は熊手を地面に放り投げ、肩の力をどっと抜いて、放心していた。
「働かざる者食うべからず。ウチらは働いたぞ。さあ、本番だ」
雫は男子に枯れ葉が詰め込まれたゴミ袋を持たせる。もちろん、3人だけでは運びきれないが、とりあえず、大家さんの庭で落ち葉炊きをするために使う分だけだ。
大家さんの家に戻り、今度は庭で落ち葉の仕分けをする。できるだけ乾いた落ち葉を集めて最初の燃料にするのだ。湿った落ち葉はあとで少しずつ足していくのに使うらしい。
大家さんの監督の下、仕分けが終わった乾いた落ち葉を山にしてたき火が始まる。新聞紙をくしゃくしゃにして火を点けて落ち葉の山に投じる。ケチる必要は無いのでいっぱい投じる。そのうち、落ち葉に着火し、あとはテミでちょっと仰いで風を送る。これは男子の役目だ。
その間に女の子たちは焼き芋の芋の方の準備を始める。芋は濡らした新聞紙に包んで、更にアルミホイルに包む。こうすることで直接加熱されることを防ぎ、オーブン効果でじっくり熱を加えられるというわけだ。
落ち葉の山はすっかり燃え上がり、いい感じになる。ちょっと湿った落ち葉も投入する。そのうち乾いて着火するようだ。やりたいと桃華が言いだしたので、静流が見守る中、少し落ち葉を投げて貰った。上昇気流に少し乗って、その後、無事、炎の中に落ちて、桃華は大喜びをした。雫は感嘆する。
「いい経験だなあ!」
「私、初めてですよ、たき火」
「桃華はキャンプでやった」
「そうだね。キャンプではやるね」
桃華に雫が相づちを打つ。
「私が小学生の頃はもう、学校でも落ち葉でたき火とかしてなかったよ」
羽海が感慨深そうに落ち葉のたき火を眺める。
「通報されないといいけどなあ」
大家さんが縁側から声をかける。静流が聞く。
「やっぱり通報されますか」
「ゴミを燃やしていると言われると禁止だから。これは料理ですと言い切る」
「なるほど~~」
悠紀が感心したように言う。ひと段落して休憩している榊が静流に聞く。
「いつ芋を入れるんです?」
「ネットで調べた限り、
静流は大家さんにお伺いを立てる。
「当たり前だろ。燃えちゃうだろ?」
それはそうだ。熾火というのは炎が出なくなってくすぶっている状態を指すことくらいは雫も知っている。持ってきた落ち葉の袋は4袋。まだまだ燃やし続ける。
大家さんの奥さんがお茶を入れてくれた。縁側でお茶菓子もいただく。
先週のことを考えるととても落ち着いた時間だ。
「ここはみーちゃんのおばあちゃんの家みたいだ」
「ここほど立派ではありませんけど、似てますね」
「猫ちゃん、かわいかった。しぐれちゃんに慣れて貰うために通いたいくらい」
「ネコちゃん!? 会いたい!」
桃華が食いついたので、雫はスマホでグレースとしぐれの写真を見せてあげる。
「すごーい。会いたいいー!」
「またみーちゃんのパパにお願いしたいな」
「じゃあ次はみんなで行こうか。でもうちの車、5人乗りだよ」
「静流はクロスバイクで行ける距離だって言ってた」
「じゃあ問題ないですね」
「ネコちゃんに会えるのたのしみ~~」
雫もまたグレースとしぐれに会えるのが楽しみだ。
男子がごみをはさむトングでたき火をかき混ぜる。まだまだ炎が上がる。落ち葉を足して灰の山を高くする。男子はたき火に夢中だ。
たき火をすること1時間。ようやく灰の山ができあがり、準備した芋を丁寧に灰をわけて入れ、埋める。静流が大家さんにまたお伺いを立てる。
「どれくらいですかね?」
「40分から1時間かな。火が通ったか串で刺して確認するんだよ」
それは料理でも同じだ。いや、これも料理か。
「わかりました。いやあ、楽しみだな」
静流ら男子は笑顔で縁側に座る。事前に申し合わせたのか、珍しく携帯ゲーム機でゲームを始めた。時間を持て余すことが分かっていたのだろう。
そんなことをしなくても、ここでの時間を楽しめばいいのにと雫は思う。
空は高く、青く、風は穏やかで、1番いい季節だ。暑い時期が長くなってしまったといわれる昨今、こんな気温の時期はそんなに長くは続かない。この季節を思い切り楽しみたいと思う。それでこの落ち葉焚きで焼き芋の会があるわけだが。
大家さんがCDラジカセで演歌を流し始めた。演歌を聴くことがほとんどない雫にとっては新鮮に聞こえる。
音楽もさまざまだ。でも、どんな音楽も人の心に入り込んでくることに変わりはない。ちょっと悲しい歌も、愉快な歌も、恋の歌も、みんなそうだ。
穏やかな時間。
それは本当に貴重なものであることを、まだ子どもの自分は本当の意味では知らないと思う。毎日働いているわけでもなく、学校に通う日々だ。それでも、貴重だと思うこと自体は悪いことではないはずだ。メリハリが付く。
芋を灰の山に入れてから40分ほどで静流が様子を見て、串で刺してみる。もう少しと判断したらしくまた灰に埋める。結局1時間後に、全ての芋を灰の山から取り出した。
暑いので軍手をしながら、静流がアルミホイルと新聞を剥いてみんなに手渡す。みんなも熱いのでなんらかを手にして芋を持つ。
みんなでいただきますして食べ始める。
芋は黄色く、宝石のように輝く、とてもつやつやしたお芋だった。とろけるように柔らかく、甘く、口の中で蕩ける。
「これはたき火だから美味しいんじゃなくて、元からよほどいいお芋なんですね!」
羽海が感嘆して、提供してくれた大家さんに目を向けた。
「みんなが一生懸命仕事をしてくれることは分かっていたから奮発したんだよ。美味しく食べて貰って何よりだ。働いた者は食べる資格があるんだよ」
いい言葉だと思う。
生まれて初めて口にするような美味しい焼き芋を食べながら、雫は再び秋の青い空を見上げる。忘れられない1日になった今日と一緒にこの青空も忘れないようにしようと、雫は思ったのだった。
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