第186話 お待たせされました、デート? です

「明日こそデートだぞ。分かっているのか、静流。明日は晴れだぞ」


 静流にとってはデジャブだろう。雫は静流の部屋に今夜もパジャマ姿で念押しに来ていた。昨夜と同じように正座で圧をかける。


「もちろん分かっているよ」


「じゃあ、どこに行くんだ? 決めてあるんだろうな」


「バーチャル博物館でスミソニアン博物館」


 自分の目尻が瞬時に上がるのが分かった雫である。


「冗談、冗談だよ。きちんとお出かけしますよ」


「ならば良い。ではどこへ行くのだ?」


 静流の表情を窺う。これは絶対に何も考えていなかった顔だ。もうさすがに分かる。


「今夜はここで寝る」


「ええっ!」


「だって決めてあるんだろう? 支障ないよな」


「それとこれとは話が違――わないです」


 今の自分はどんな顔をしているのだろう。静流に首を縦に振らせた。雫はロフトベッドからマットと毛布を持ってきて、静流の部屋に敷く。


「寝る!」


 自分の機嫌が悪いことは、雫自身が1番知っている。こうして少し意地悪したくなるのも仕方が無いのではないか。


 ハア、と大きなため息が聞こえてきたが、雫はそのまま寝ることにした。




 翌朝はいつものように早起きする。5時前だ。静流はもう布団から出て、キッチンでなにやら荷物をまとめていた。


「何しているの?」


「コーヒーを入れる約束だから、道具一式持っていこうと思って」


「誰と?」


「美月ちゃんのパパさんと」


「はい? 今日はデートじゃないの???」


「今日のデートは美月ちゃんのパパさんの実家で猫カフェごっこです」


「うわああああああああ!!!」


 朝から嬉しすぎて大きな声を上げてしまった雫である。


「あの子たちに会えるんだ! 嬉しい!!!」


 美月の祖母の家の猫は2匹おり、3人娘グループにいっぱい画像が上がっている。薄い三毛っぽい前髪パッツンの男の子とロシアンブルーっぽい女の子の2匹だ。いつかは会いたいと思っていたがついにこの日が来たのだ。


「驚かそうと思って秘密にしておいたんだ。パパさんが車で迎えに来てくれるんだよ」


「みーちゃんは何も言っていなかったぞ。みーちゃんも秘密にしていたのか?」


「美月ちゃんは用事があって行かないみたいだよ」


「じゃあつむぎちゃん関係かな。ウチらだけでいいのかしら」


「いいんじゃない。家族ぐるみのお付き合いだし、お邪魔しても」


「なんかデートっぽくなったぞ」


「一応、デートだよ」


「僕はコーヒーを入れる。パパさんは燻製を作る。おばあちゃんがお昼ご飯を作ってくれるみたいよ。お菓子はターキッシュデライトと塩味のバナナチップスが残っているから持っていく」


「いいねえ。みーちゃんのおばあちゃんの家はどこなの?」


「印西だって」


「印旛沼の近くだ。通ったね」


「実はパパさん、自転車で走ったのが初めての道だったみたいよ」


「そっか。今度は自転車で行くのもいいかもね」


「そうだね。遠出するにはいい季節だ」


 雫は急いで出かける準備を済ませ、軽く朝ご飯を食べ、澪の分も用意し、美月パパが迎えに来る時間になる。マンションの前まで来てくれて、美月パパが車から降りてくる。


「昨日の今日ですみません」


「正確には金曜日の今日だ。大丈夫。しばらく実家に行っていなかったからいい機会だよ。ちょうど様子を見たかったし」


「そう言っていただけると助かります」


「おはようございます。今日はよろしくお願いいたします」


「あれ、いつもの雫ちゃんじゃないみたいだ。猫に会いに行くのに早速借りてきた猫?」


「うまいこと言われた~~!」


 雫は苦笑してしまった。


 印西までは下道で行くとのことだ。木下街道というのが通っていて、ほとんど真っ直ぐだ。途中に踏切が3カ所もあるので渋滞が激しい道だ。なので朝早く出て渋滞を回避する。


「2人ともお客さんなんだから後ろに乗ってね」


「すみません」


「いいんだよ。後ろでくつろいでくれれば」


「くつろぎまーす」


 よく知る美月パパの運転だ。すみれと違って安心できる。


 朝早いので渋滞は全くなく、車はスムーズに進む。踏切も普通に信号程度の待ちだった。


「そうだ。この道ね、例のものが見られるんだ。一瞬だから気をつけて見てね。近くなったら言うから。3つ目の踏切のすぐ先だからね」


 2つ目の踏切を渡ったところで美月パパが言った。京成馬込沢駅を過ぎた辺りだ。


「なんだろう」


「すぐ分かる」


 そして3つ目の踏切前のお店に鎌ヶ谷大仏店と書いてあるのを見つけ、雫は声を上げた。


「あ、鎌ヶ谷大仏ですね!」


「そうなんだ。左側を気をつけて見てね! 今まで車で通っていて1度も気がつかなかったくらい小さいから。自転車で来て初めて見つけたよ」


「あの千葉県一のがっかり大仏と言われる……」


 3つ目の踏切で停車し、そして遮断機があがって再び走り出してすぐ、美月パパが叫んだ。


「ここだから! 見逃さないで!」


 一瞬、霊園が見えて、その中に高さ2メートルくらいのいわゆる大仏っぽいポーズで高い台に座っている青銅製の仏様があった。


「見えた!」


「あれ、あれが大仏?」


「びっくりするよね」


 あれを大仏というのは誇大広告の類いだと雫は思う。奈良の大仏も鎌倉の大仏も見たことはないが。


「けど地元の人が大仏とありがたがって駅名にもなっているんだから、これでいいんだよね」


 そう静流に言われるとそう思う雫である。大切なのは、地元の人たちの崇敬の念なのだから、それでいいのだろう。


「でも話のネタになるよね」


「なりますね」


「ウチも学校で話題にすること間違いない」


 初っぱなからいいものが見られた。ありがたい大仏様だ。


 鎌ヶ谷大仏から20分ほどで街道から外れて台地の間に水田が作られている地域に入り、狭い道を行く。


「一瞬、佐倉ふるさと公園の帰りに通った道を通った!」


「うん。実はクロスバイクでも来られるかなと思ってる」


「来れますよ。クロスバイク、慣れてきたでしょう?」


「うん。ちょうど休憩してお袋の様子見て帰るといいかも」


 そして台地沿いの細い道から台地に上がる坂道を上る。


「典型的な谷津の集落だ」


「本当だね。道に沿って家があって畑もある」


「なにそれ」


「松戸の博物館で勉強してきたんです。こういう地形を谷津というそうです」


「津田沼の津だね」


「なんですか、それは?」


 雫は美月パパに聞く。津田沼は船橋の先の快速停車駅だ。


「津田沼はそういう地名はなかったんだ。谷津と久々田、鷺沼だったかな」


「センス無いなあ」


 静流が呆れる。


「それぞれの1字をとることで住民のコンセンサスを得たんだろうね」


 なるほど。そういうものかもしれない。


 少しして墓地と鳥居の前を通り過ぎた。


「この集落の氏神様かな」


「うん。和泉鳥見神社っていうんだ。たぶん静流くんのお気に召すと思うよ」


 また静流の悪いクセが出た。必ず行かねばならなくなるだろう。


 そしてすぐに車が民家の前の庭に停まった。どうやら那古屋家らしい。家はさくらの家のようないかにも農家ではなく昭和40年代風の木造2階建てだ。


「お疲れ、着いたよ」


「1時間くらいで着いちゃうんだ!」


 それなら美月も泊まることもないだろうに。おばあちゃんへのサービスか。


「じゃあ、ご挨拶しよう」


 車が到着したのに気がついて、美月祖母が現れる。どこにでもいそうな普通のおばあちゃんだが、美月に似てもいる、結構な美人さんだ。静流と一緒に車を降りる。


「いらっしゃい」


「大瀧です。美月さんにはいつもお世話になっています」


 雫が頭を下げる。


「おまけの雫の従兄の静流です」


「聞いているよ。雫ちゃんは学校の美月の話をおばあちゃんに聞かせてくれると嬉しいな」


「ええ。もちろん!」


 静流はコーヒー道具一式とカメラバッグを抱えている。


「お兄ちゃん、撮る気まんまん?」


「猫2匹が目的です。この辺だとまだ外飼いですか」


「世間じゃ室内飼いが主流らしいけど、田舎だからね。ちょっと呼んでみようか。グレース!」


 確か、グレースの方がロシアンブルーっぽい女の子だ。美月祖母が呼ぶと、どこからか無言でグレーの毛を陽に輝かせながら走ってきた。


「いい子だね。この子は触れるから大丈夫だよ」


 触れるどころか、雫と静流の目の前でごろんと転がってお腹を見せた。お腹は白い。


「触る触る!」


「適当に切り上げてね。あんまり触っていると急にひっかくから」


 グレースはごろんとした後、小さくゴロゴロと喉を鳴らし始める。雫はこわごわと喉の辺りや首の辺りを撫でる。


「来て良かった!」


「撫でてくれる人がいると、わたしが撫でずに済むからありがたいよ」


 静流が無言だから何をしているのかと振り返るとさっそくミラーレス1眼を構えていた。


「静流は触りたくないの?」


「猫様のご機嫌による。タイムリミットがあるなら雫ちゃん優先だ」


 グレースはしばらく好きに撫でられるに任されていたが、急に起き上がり、前脚で獲物をもてあそぶように雫の手を狙った。警告されていなかったら引っかかれていたはずだ。


「おおう。急変」


「この子はね。もう1匹は大丈夫だけど……」


 縁側の方に目を向けると前髪パッツン系男子の茶白の猫が昼寝をしていた。雫が目を向けると視線を感じたらしく、誰こいつ、という目をして、香箱座りから警戒態勢に入った。


「野良上がりだから知らない人への警戒心がとっても強いの」


「触らせて貰えなさそう」


「たまに油断するから狙ってみてね」


 雫は隙を狙う気まんまんになった。


 さて、猫2匹と過ごす美月のおばあちゃんの家での休日。


 静流がコーヒーを入れようと、縁側でカセットコンロを使い始める。


 美月パパも車から荷物を下ろして何かを勝手に始めている。


 雫は、今日がどんな休日になるのか楽しみになってきた。

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