第185話 お家で世界旅行です
「静流、不満だ。デートしたい」
金曜日の夜、雫が静流の部屋に来て正座をすると、静流を真っ向から見て言った。
「そうだね。確かに、久しくしていない気がする」
「2ヶ月も経った」
「そうか。動植物園に行ったときは、まだまだ暑かったものね」
「そうだぞ」
「いろいろなところに行ったり、いろんなことをやったりしたけど、皆一緒だったもんね」
「楽しくなかったとは口が裂けても言えないが、やっぱりデートは別腹だ」
「来週はさくらちゃんの応援に流山まで行くし、行くならこの週末だね」
「そうだそうだ」
しかし明日はお天気があまり良くないので、出かけるにはあまり適さない。
「お出かけするのは日曜日にして、明日はお家デートにしようか」
露骨に雫は不満そうな顔をした。
「なんだその、お家デートって言うのは」
「前からやってみたいことがあったんだ。ストリートビューでお出かけカフェ」
「静流は普段から下調べにストリートビューを使っているが、何が違うんだ?」
「それは明日になってからのお楽しみだよ」
「楽しくない~~」
「仕方ないな。じゃあ、簡単に説明すると輸入菓子とか輸入食品縛りでお買い物をして、それを食べたり飲んでいる間、ストリートビューでその国の名所を散策するという遊び」
「半日くらい保ちそうだな」
「まあそれくらいだろうね。でもお買い物にいって、それくらい遊べればいいんじゃないかな」
「静流を独占できるならそれで良しとしよう」
うむ。なかなか雫はシビアだ。
そういいながら、雫はなかなか静流の部屋から出て行こうとしない。
「だが、せめて静流分の補給はしたい。今日は一緒に寝るぞ」
「寝ないって」
「もう暑くないし、いい季節だろう」
「いや、寝ないから」
久しぶりにラッキースケベに遭遇し、雫の育ち具合を確認したばかりだ。自分の理性を保てる保証がない。
「ぶー」
「ブー垂れてもだめ」
しぶしぶ雫は静流の部屋を後にした。適当にガス抜きをして上げた方が自分のためになりそうだ。明日は雫にべったりしようと静流は考えた。
翌朝は小雨と言うほどもない降りだった。静流は雫と一緒に例によって業務用のスーパーに傘を差して向かう。
「相合い傘しようよ!」
「濡れちゃうし、傘持あるし」
「そういう問題じゃないの」
「不許可。濡れるでしょ」
「ぶー」
雫の不満は募るばかりのようだ。それでも2人で話ながら歩いていると雫の機嫌は直っていくように思われた。雫が振ってくる話題は当然だが、学校での話題だ。
隣のクラスが荒れている話や、支援学級の子が授業中に廊下を走っている話。朝、学校に来られなくて、途中から授業に入ってくる子がいる話。
「学校の先生は大変だ」
「雑務を引き受けるみーちゃんも大変なんよ」
「それは容易に想像できるな」
羽海もきっと大変なのだろう。
業務用のスーパーまで歩くと20分近くかかってしまうが、話をしていると割とすぐに着く。降りは相変わらずだったのでそれほど濡れずに済んだ。
「よし。お買い物開始。基本、輸入国を確認してから購入」
「お菓子だけ? 輸入品だけ?」
「そうでもない。国産なら工場の場所が分かればそこで」
「意外と面白そうだ」
せっかくなのでいつも買っている納豆を買い物かごに入れる。
「いきなり納豆か」
「想像できないし。大豆の生産国とかでもいいかも」
「うん。これは面白そうだ」
雫も乗ってきた。
「じゃあウチはこれでいこうか」
調味料の棚からナシゴレンの素を買い物かごに入れる。ナシゴレンなだけにインドネシア産だ。
「ナシゴレンを作れと。いいけど具はなんだろう」
スマホで調べると挽肉やエビ、カシューナッツにフライドオニオンらしい。半熟目玉焼きも忘れない。フライドオニオンも別の棚で見つけたのでかごに入れる。中国産だ。カシューナッツは澪がつまみに常備しているので買わない。挽肉は冷凍してあるのがある。
「あれ、これ、もしかして面白い?」
「うん。面白い。次は飲み物を考えよう。お茶がいいかな」
そしてお茶やコーヒーが置いてある棚を見つける。
「これ、面白そうだよ。これにしない?」
雫が手にしたのはココナッツフレーバーのインスタントコーヒーだ。インスタントコーヒーはあまり好きではない静流だが、どうも冷たい牛乳にも溶けるらしい。使い勝手が良さそうなので買い物かごに入れる。ベトナム産である。ベトナムもコーヒーで有名な国だ。
「次はデザートだ」
「最初はお菓子だけのつもりだったのにね」
「実は気になっているお菓子を買おうと思う」
「ふむ。なになに?」
「トルコのお菓子。ターキッシュデライトっていって、何百年もの歴史があるらしい」
「へえ。探そう探そう」
輸入菓子がいっぱいある中で、けっこうしっかりした箱のそれを見つける。ローズとヘーゼルナッツの2種類がある。
「雫ちゃん、どっちがいい?」
「ローズにしよう。ピンク色で面白そうだ」
「うん。じゃあ、ローズ」
買い物かごに入れる。お菓子はもう1種類、甘くないのが欲しいところだ。
「なんだこりゃ。塩味のバナナチップス?」
「甘くないバナナを使っているんだね。ペルー産だって」
「これは縛り故の醍醐味だ。これにしようよ」
「異議なし」
というわけで他に少し日用品も買って、帰宅する。
「朝からどこに行っていたんだ?」
澪に出迎えられる。雨の日に2人でどこに行っていたのか心配されたらしい。
「業務用のスーパーでお買い物だよ」
「お疲れ様です」
澪としてはそういうしかない。なにせ最近はもっぱら食べる専門だ。
「お母さん、リビングのテレビ使うね~~」
「何するんだよ」
「バーチャルトリップというか、輸入品から見える世界経済の動き、ですか」
静流は簡単に説明する。
「まあいい。見た方が早そうだね」
澪はリビングのカウンターで仕事に戻っていく。
静流はお買い物を整理した後、さっそく大型液晶TVをインターネットモードにする。最近、ポインター操作が面倒くさいのでBluetoothキーボードを接続した。
「まずは工場から」
生産は新潟県三条市だった。住所に納豆工場のキーワードを入れて検索。
「おお。すぐ近くに新幹線が走ってる」
「ストリートビューにしようよ」
ストリートビューにすると新幹線の高架と畑の中の工業団地だと分かった。
「ここからこの納豆が出荷されているかと思うと面白い」
「三条市っていうと金属加工業のイメージが強いよね」
澪が乗ってきた。
「そうですね。調べてみるとアウトドア用品の本社があるみたいでテントとかの展示会場の画像が出ますね」
「いきなり面白いなあ。次!」
雫も大きく頷いている。
「次はアメリカ、大豆畑で検索してみよう」
すると地平線まで伸びる緑の列が画像で出てくる。大型の収穫用農耕用作業車が動いている様子も出る。
「では、MAPにしよう」
すると出てきたのは『アメリカ大豆輸出協会』だった。虎ノ門にある。
「なるほど、こうきたか~~」
澪が笑い始める。
せっかくなのでそこのHPに行くと『ソイストーリー』なるアニメがあった。3分くらいなので見てみる。大豆のソイくんというアメリカから日本に来た転校生が学校に来て、しょう油や味噌のキャラクターと話をするというもので、ソイくんの帽子にはサスティナブル認証を受けた大豆につけられるマークがあったという話だ。
「なるほど。アピールするのは環境なんだな」
雫は感心してくれたようだ。
HPには大豆の資料がたくさんあり、その中でもレシピコーナーを見に行くと大豆で作るチリコンカンがあった。
「静流くん、作ってみたいんでしょう?」
「すっごい簡単。これは今度、作ってみましょう」
「静流は完全にアメリカ大豆輸出協会に乗せられているな」
「まあいいじゃないか。じゃあ、せっかくだからコーヒーにしよう。なんか牛乳と合わせてカフェオレにするといいらしい」
静流は鍋で牛乳を温め、ココナッツフレーバーのインスタントコーヒーを溶かす。雨降りで寒いのでホットがいい。
ミルクとコーヒーとココナッツの匂いが鼻を刺激し、新鮮な思いがする。これは知らない飲み物だ。カップに入れてトレイでリビングに持っていく。
「いい匂いだ」
「ほんのりココナッツフレーバーだ」
「じゃあ、ベトナムだね」
味は普通のカフェオレだった。フレーバーなので味はあまり関係ないらしい。
ベトナムコーヒーで地図検索するとホーチミンの南西のカフェが何故か出た。多くの河川が流れていて、堆積してできた土地なのではと想像された。
ストリートビューで見てみると南国の様子が映し出される。大きな葉っぱの椰子のような木が道路脇にずーっと並んでいる。手前を見るとハンドルバーが映っていて、撮影しているのが車ではなくオートバイだと分かる。なるほど。撮影するのは車だけではないんだと気づかされる。
2車線の舗装路で、大きなお宅が多い。オートバイとすれ違っている様子も映っているが、カブみたいなオートバイだ。日本製だろうか。
定期的に赤に黄色い星の国旗が掲げられている。アメリカの侵略から国を守り切ったベトナムだ。国に誇りがあるのかもしれない。
しばらく道を進んでいくと雑貨屋さんが見えた。店先にはカラフルな段ボール箱が積まれている。そして冷えたドリンクを入れているショーケースも見える。
「中には何が入っているのかな」
「ベトナムビールだったりして」
澪が飲みたいなあという顔をする。ベトナムはビール大国なのだ。
「買ってきていませんよ」
「19歳には買わせないよ。静流くんが年齢より上に見えるといっても年齢確認されそうだし」
「そうです!」
「うん。今度、買ってこよう。飲みたくなった」
店と店の間隔はかなりあるが、けっこうあるので街道筋らしい。
ひたすら真っ直ぐの道だった。途中、何カ所か橋があった。拡大しないと出てこないような小河川が多い土地なのだろう。雫が気がついたように言う。
「それにしてもオートバイばっかりだ」
「停めてある車はあるけどね」
「お国柄を感じられましたね。静流くん、次に行こうか」
フライドオニオンを試してみるが、不発に終わった。タマネギでもダメだ。
「じゃあ、ナシゴレン、インドネシアだ」
「大丈夫か?」
雫が訝しげな目で見る。
ナシゴレンで検索すると無事、インドネシアのお店が出てきてくれた。
「おお、あった!」
引いてみるとバリの南端の街にあると分かった。澪が呟く。
「この辺も地震の被害があったんだろうねえ。あの地震、何年だったかな。く、2004年か!」
「僕も生まれてない」
「ウチもだ」
「それはそうだ。まだ私だって中学生だ。静流くん、さっそくイン!」
やはり街道筋で、ベトナムと似た空だが、植生は日本っぽい。低い灌木が街道に沿って自然に繁茂している。やはり2車線の道路だ。
「自動車が多いね。観光地だからかな」
「オートバイもあるね」
ベトナムはフランスの植民地だった名残か、西洋風の邸宅が多かったが、インドネシアは華僑が多いからだろう。赤い屋根の中華風の邸宅が目立つ。お国柄の違いがわかる。
「左車線だ。国旗もたまに見えるね」
「ベトナムほどじゃないけど。日本だと祝日くらいしか掲げないから、やっぱり違うんだね」
お弁当屋さんはイートインできるし、現地のコンビニみたいなのもある。日本と似た雰囲気がある。
「あ、祠がある!」
雫は思わずクリックする指をとめて後戻りする。
「どこまでも静流は静流か」
「こういうのがストリートビューの面白さだよ」
コンクリート製っぽいが、街道沿いのお店の前、辻に祠のようなものが見える。インドネシアは大半がイスラム教徒だったはずだが、やはり現地の神様も習合しているのだろうか。澪がスマホで調べてくれる。
「インドネシアは無宗教が認められず、イスラーム、キリスト教プロテスタン ト、キリスト教カトリック、ヒンドゥー教、仏教のいずれかを選ぶ必要がある」
「言われてみるとヒンドゥーか仏教の寺院に見えなくもない」
「いや、ここも面白かったね。じゃあ、最後にトルコだ」
しかし残念ながらターキッシュデライトも不発だった。日本にも専門店があることが分かったくらいだ。
「美味しいのかな」
「じゃあ、実食してみよう」
箱を開けるとバラの香料が強い。食べてみると固い練り切りという感じだ。甘さも甘いが控えめというか、強くないが、しっかり奥まで甘い。
「これはお茶だね」
「澪さんもそう思われますか」
「なんかお土産物って感じ」
雫が言うのも分かる。世界三大料理のトルコのお菓子だ。日本で言う赤福や生八つ橋に該当するお土産物のような気がしなくもない。
「楽しめた。だが、静流には最後の仕事がある」
「はいはい。先に甘いものを食べちゃったけど、ナシゴレン、作るよ」
「ウチはもちろん手伝う!」
「お母さんは出来上がるのを待ってる!」
静流はキッチンに行き、ナシゴレンを作る準備を始める。
買い物縛りでストリートビュー。なかなか楽しめた。
今度はどこに行こう、と冷凍挽肉を冷凍庫から出しながら、考えるのであった。
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