第181話 メイド喫茶、本日開店です

「まずは気を取り直して。那古屋店長さん、開店のご挨拶をしてください」


 雫はまだ真っ赤になって震えている美月に挨拶を促す。ようやくメイド姿になったところだ。静流に責任はないと思う。なにせ居間に入ってから20分以上あった。着替えるには十分すぎる時間だ。久々のコスプレでテンションが上がってしまったのが敗因といえる。


「肝心なところは見られてないんだからさ」


 ゆうきはもうダメージからすっかり回復して、王子様顔をして美月の顎をとった。


「大丈夫、美月ちゃんのかわいさにはなんの変わりもない」


「ゆうきちゃん……」


 メイド姿の百合の花が咲いたところで、襖がパーンと開いた。


「メイド喫茶、開店のお時間です!」


 そう言って居間に入ってきたのはすみれである。


「ほら、もってかれた」


 雫はすみれのピンと張った背筋の美しい姿勢を見て、完全に場を持って行かれたことを悟った。廊下には静流がまだうじうじして立っている。


「静流、もう大丈夫だからさ……」


「ごめんね、美月ちゃん、ゆうきちゃん」


「ウチには謝罪なしか!」


「雫ちゃんは隙あらば逆に見せようとしてくるのに。でも、美月ちゃんとゆうきちゃんは完全に事故だ」


 うむ。それは認めざるを得ない。静流に謝られるような立場に雫はないのだ。


 すみれの手には大きなケーキがある。明らかに手作りのものではない。


「駅前のグランドルチェで注文した大きなモンブランです!」


「サイズ感がバグる」


 ゆうきが巨大なモンブランケーキを見て呟く。美月も我を取り戻す。


「何号? 6号くらい?」


「正解、6号です。奮発しちゃいました!」


「大きいなあ。小さなモンブランの何個分だろう……」


 雫にはちょっと見当がつかない。


「ごめんね、さくらちゃん、ロウソクは乗らないの~~」


「ロウソクなんかどうでもいい。このインパクトがすごい」


「そう言ってくれてありがとう」


 すみれは座卓の中央にモンブランケーキを置き、静流が紙パックのジュースを持ってきて、グラスに注ぐ。もう、気分は黒子のようだ。ひっそりと気配を消している。消えたいと思っているのかもしれない。


「さ、気分を取り直して、メイド喫茶開店です。本日のお嬢様は大坂さくらちゃん。11歳のお誕生日ですよ~~」


 美月が声を上げると参加者が一斉に拍手を始め、さくらは照れて頭をかく。


「いやあ。こんなに大勢にお集まりいただきありがとうございますです」


「さくらちゃん、和服、かわいい!」


「雫もゆうきもメイド服、かわいいぞ」


「私は??」


「美月は一緒にメイドコスした仲じゃん。今更。でもかわいいぞ」


「ありがとう! さて、それではすみれさんから一言お願いします」


「え、私? そういうのは先に言っておいてくれる? えーっと、さくらを産んだのがもう11年も前かと思うと信じられないのですが、経ってしまったんですね。あんなに小さな赤ちゃんがこんなに大きくなって、こんなにお友達に囲まれてお誕生日会なんて、感慨もひとしおです。すぐ大人になっちゃうんだろうな。でも、今を感じようと思います。さくら、大きく育ってくれてありがとう」


 お母さんの感慨が詰まったいいご挨拶であった。


「それではご本人からも一言」


「まだ5年生なので途中駅って感じだけど、この1年はお友達が増えた1年でした。中学に上がるときにはどんだけ友達ができてるんだろう、なんてよく思います。これからもよろしくね。みんな」


 確かに。それは雫も思うところだ。


「じゃあ、ケーキのロウソクはないので、さくらちゃんに大きなモンブランを切り分けて貰おうと思います」


 やんややんやと言っていると静流がケーキナイフを台所から持ってきた。


「お湯で温めてあるのでさくっと切れると思うよ」


「お心遣い、ありがたや」


 さくらがケーキナイフを受け取り、大きなモンブランを6等分にする。


「「「さくらちゃん、お誕生日おめでとう」」」


 小学生組が声を揃えて言うと、すみれさんがほろりとする。それはそうだろう。さっき言ったとおり、大きくなる一部始終を目の当たりにしているのだ。感慨は人一倍だ。


 雫がケーキを取り分け、皆にサーブする。


「メイドさん、こっちにもお願いします」


「みーちゃんもメイドさんだ」


「わたしはサーブするよりサーブされたい」


 ゆうきは王子様キャラらしいコメントでケーキが来るのを待っていた。


「メイド喫茶のコンセプトはどうした!」


「そうでした。静流さんにジュースを注いでもらう訳にはいかないのでした」


 美月が我に返り、自分でジュースを注ごうとするが、静流はそれを遮る。


「いいの、今日の僕は黒子だから」


「今度、黒子のコスチュームを買っておきますね」


「自分で買うよ」


 美月と静流の間になにやら変な約束が交わされていた。


 さくらはモンブランが乗ったお皿を手に、雫とさくらと美月に囲まれて記念写真。ミラーレス1眼でも撮影するが、チェキも撮る。メイドに扮している3人は指で♡を作ってポーズをとった。


 その後、実食。モンブランは地元の有名な名物ケーキなので、さすがに美味しかった。6等分でも巨大だ。通常のモンブランの1・5倍はあるに違いなかった。


「とりあえずチェキは撮りました。お嬢様のバースデーケーキ入刀もしました。さて、あと足りないのはなんでしょうか」


「プレゼントだろ、プレゼント」


 さくらがフォークを口に、モンブランを食べながら答えた。


「正解です。まずは私と雫さんからです」


 そしてキラキラした梱包からミサンガを取り出す。


「ゆうきさんもこっちに」


 そして美月はさくらとゆうきにお揃いのミサンガを渡した。手首にはめようとする2人を制止する。


「赤とオレンジは勝負運アップ。勝負運は利き足の足首だそうですよ」


「利き足かあ」


 さくらは右足首にはめ、ゆうきはミニスカートなのに脚を上げて右足にはめようとする。


「静流、見ない」


「わざわざ座卓の下まで見ようとしないよ」


 さっきのことでまだばつが悪いらしく、静流は目に手を当てた。


 2人は立ち上がり、右足首のミサンガをつけた。


「勝負運アップはいいけどさ、今度の大会でゆうきと当たったらどうなるんだ、これ?」


「さくらと当たるまで負けないためのお呪いだろ。だって同じミサンガなんだ。互角だよ、ご、か、く」


 ゆうきはにやりと嬉しそうに笑った。長い時間をかけて編んだ甲斐があった。


「あと、2人と悠紀くんに、暗くても安全に走れるように、ウチからは反射板つきの裾止めがあります」


「私は手首につけるLEDライトです」


 そして雫と美月は2人に手渡す。


「わたしにもあるのか?」


「いいのよ。安全のためだから。貰ってくれると嬉しいな」


 美月は満面の笑みを浮かべる。


「大会に応援に来てくれたら、スイーツでお返しする」


「それは楽しみだな」


「ゆうきさん、期待してますわよ」


 雫と美月はゆうきともっと仲良くなれる予感を覚えた。


「ではこのタイミングでママから」


 すみれさんが綺麗に折りたたまれた新品の道着をさくらに手渡した。


「もう、くたびれて、小さくなってたでしょ」


「助かる、おかん」


 さくらは笑顔で受け取り、ぎゅっと道着を抱きしめた。


「新品の道着にしたからってわたしに勝てるわけじゃないからね」


「わかってらあ」


 さくらとゆうきは拳を合わせた。


「わたしからはこれ」


 ゆうきは手首のサポーターを渡した。


「消耗品だからね、あるといいよね」


「サンキューだ、ゆうき」


 手首のサポーターは汗拭きに使うようだ。


 これでひと段落して美月が静流の方に目を向けた。静流は頷いたので、美月は胸を張った。


「それではみなさま、オムライスの準備をいたしましょう。お嬢様に美味しいオムライスを提供するのがメイドの務めです」


 やる気満々の美月である。


「ゆうきさんと雫さんはそのままお嬢様のお相手をしてくださいませ」


 美月は静流とオムライスのオムレツ部分を作る気らしい。炊き上がるまでおそらくあと15分くらいはあるが、6人分のオムレツを作るのなら、いい頃合いかもしれない。


 静流と美月は台所に下がった。


「あ! 静流お兄さんが何もくれないなんて、ショックだ!!」


 さくらはマジで嘆いた。


「大丈夫。無いわけないじゃん」


「だよな、そうだよな」


 さくらはそれでもまだ焦っている。恋愛的な好きから静流の存在が少しずれたとは言っても好きな人には変わらないのだ。雫はさくらがかわいそうになって、つい言ってしまう。


「ヒント・自転車用品です」


「それなら今、くれても良かったじゃないか……」


「楽しみにしてればいいと思うよ」


「じゃさ、とりあえずオムライスができるまで撮影会やろうよ」


 ゆうきがスマホを取り出した。


「和服のお嬢様とゴシック調メイドで大正ロマンな雰囲気」


 雫はむむむと指でフレームを作ってみる。古い農家で床の間に掛け軸なんてあったりするから、絵になる。


 ゆうきと雫で交代しながら、すみれも交えて撮影大会が始まる。さくら抜きで、ゆうきと雫のメイドペアで、2人で指を合わせてハートマークを作ったりもする。


「た、楽しい」


 ゆうきが満足げにスマホで撮った画像を見る。雫が撮った画像も転送済みだ。


「なんかさ、こうしてスカートを履いていると女の子だなって気がする。運動会に来てくれたなら知っていると思うけど、わたし、学校の王子様だからさ、こう、女の子受けばかり期待されて――いろいろ考えちゃうんだよね」


「それはさくらちゃんも同じよ。学校の王子様」


「そうだ。それはあたしも同じだ」


「でもこうしてメイド服着てると、女の子な気がする!!」


「ゆうきちゃんもコスプレしようよ!」


「スケジュールが合ったら!」


「ねえねえ、ゆうきさんも和服にチャレンジしてみる? さくらと同じサイズだからバッチリ着られるでしょう? 着付けはやってあげるから!」


 すみれが本当に楽しそうに言う。


「わあああ、すみれさん、そんなんウチだって着たいです!」


「じゃあ、メイド喫茶の次は和服の会ね!」


 すみれさんはウインクした。どうしてこんなに自分の周りにいる大人たちは楽しそうに自分のスキルを周りに披露してくれるのだろう。そしてそれが本当に楽しそうなのだ。それはきっと、静流と自分が、バンバン外に出るようになったから出会えたのだ。外に出れば、いっぱい出会いがある。きっとそうに違いないと雫は思う。


 そろそろ炊飯器の炊き込み機能で作っているチキンライスが出来上がる頃だ。うまく炊けたかな、と雫は少し心配に、そしてそれよりずっと大きく、楽しみが膨らんだのだった。

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