第177話 野外で映画鑑賞会をやってみる
寒くなる前にやりたいことがあるんだと桃華ちゃんのお父さんから“お父さん会”という名前をつけたグループに連絡が入ったのはさくらのお誕生日で雫たちが何やらバタバタしている頃だった。
〔今度はアウトドアで映画を見ない?〕
桃華ちゃんのお父さんは映画も大好きである。静流も大好きだが。
〔いいですねえ。絶対参加しますよ〕
美月パパはノリノリだ。最近、楽しいことが増えたと家でも言っているらしい。それが自分がきっかけの1つになっていたのなら嬉しく思う静流である。
〔どうやってやるんです?〕
素直に疑問に思う静流である。確か桃華ちゃんの家にあるプロジェクターはバッテリー駆動するモバイル型だったが、スクリーンはどうするのだろう。
〔旧行徳橋の橋桁に模造紙を貼るのさ〕
〔ローコストで具体的だし、トイレもまあ歩いて行けますね〕
音響はBluetoothで各々ヘッドホンなりイヤホンなりを用意する方式で、あとは自由。アウトドア用の椅子でも、レジャーシートにマットでも各自に任せる。食べ物、飲み物は持参。ただ、準備と撤収にヘッドライトがある人は持ってくることになった。美月パパは買うと言っていたので、静流はオススメをする。
〔単3電池1本で稼働するGENTOSのがオススメです。この辺のディスカウントストアでも安いですよ〕
〔ありがとう。探してみる〕
探すのも楽しみの内だと思ってくれるといいのだけど、と静流は願う。
ちなみに旧行徳橋は夏にカヌーを出艇させた場所だ。江戸川の河川敷内だが、車も近くに停められるし、馴染みがある。すぐ隣にバーベキューサイトがあり、火の使用も許可されている。ロケーションとしてはとてもいい。
〔でも桃華ちゃんはどうするんです?〕
〔母親の方にお泊まりなんでね。フリーなんだ〕
うーん。聞かない方がよかっただろうか。美月パパが即、話題を変える。
〔映画は1本くらい?〕
〔遅い時間だと寒くなりますしね〕
〔そうだね。私が決めてもいい?〕
〔雫ちゃんが来たがるかもしれないので、子どもでも見て楽しめる映画がいいですね〕
〔心得た〕
〔美月も来たがったら〕
〔是非。そうだな。アクション映画にしよう〕
そして10月最後の土曜日の夜にアウトドアでの映画鑑賞会の開催が決まった。なので、怒られないように羽海にも声を掛ける。即答だった。
〔行く行く! アルコール持ち込み可だよね!!〕
〔帰りは歩いてくださいよ。自転車でも飲酒運転なんですから〕
〔最初から歩いて行きますよ。ああ、しずるちゃんのつまみ、楽しみだな〕
〔はいはい〕
そしてもちろん澪と雫にも声を掛ける。澪も即答だ。
「おー 行く行く。でも何を見るんだ?」
「当日までの秘密みたいです」
「面白そうだね。みーちゃんも来そうだし、ウチも行くよ。もちろんさくらちゃんにもゆうきちゃんにも声かける」
「もしなんならもっと広げようかな」
「つむぎちゃんとか、細野さんとか、るりりんとか?」
「気分転換になるならね。追い込み時期だし」
「せっかくだから榊くんも呼んでみようかな」
「え……そなの?」
雫は動揺した。榊と何かあったらしい。
「止めておく?」
「いや、静流に任せる。ただ、さくらちゃんと微妙なんだよね、今」
微妙、か。分からないでもない。夏祭りのときから、榊がさくらのことを好きなんだろうなと静流は思っていた。男の子の初恋だ。自分にも覚えはあるし、友達のそれを見てもいる。そんな感触を久しぶりに感じてもいたのだ。そして告白して振られた後だ。しかし同じ道場だし、関係性を取り戻して欲しくもある。
「うーん。声は掛ける。そのあとは榊くんに任せるよ」
「分かった」
化学反応が起きるかもしれないし。
うむ。バーベキューコンロを持っていこう。もちろん、肉は焼かないが、はんぺんやウインナーだのは焼ける。あまり手間を掛けると映画が頭に入らなくなる恐れがある。
蒼らへの連絡は美月に、つむぎへは雫にお願いすることにして、静流は榊に連絡を取る。ペンキ塗りの一件以来、繋がっている。
〔考えます――〕
という返信が来た。本当にどうやら微妙らしい。
〔無理せず〕
〔お声がけ、ありがとうございます〕
静流はスマホ画面の前で頷いた。
さて、土曜日の午後はちょっとだけ映画鑑賞会の準備をして、静流は昼寝をして夜を待った。雫はさくらのお誕生日会の準備をしていた。ミサンガだけではプレゼントが不足していると思ったのだろう。そんなことないのになと思う。
10月下旬の落日は早い。17時にはもう真っ暗だ。小学生でも参加しやすいように映画鑑賞会の開始を18時に設定した。ちょっと早く大瀧家は出発する。静流と雫は自転車だが、澪は歩きだ。何故なら呑む気満々だからである。羽海と待ち合わせしているらしい。
旧行徳橋までは自転車ならすぐそこだ。暗い中、橋の下に到着するとLEDランタンの明かりが煌々と点り、1人で桃華ちゃんのお父さんが準備をしていた。
「さすがに1人では貼れなかった」
大きな模造紙を2枚、静流と力を合わせて橋桁のコンクリートに貼った。100インチくらいはある巨大スクリーンのできあがりだ。それに河川敷なのでここでだったらどれだけ騒いでも迷惑にならない。
桃華ちゃんのお父さんはアウトドア用の椅子と小さな折りたたみテーブルを用意してあり、その上にモバイルプロジェクターをセッティングしていた。画面サイズと角度を調整して、もう準備はおしまい。その後の呑みの準備を始めた。
「終わったよ~~」
その間に雫がブルーシートを敷き、四隅に石を置いて風で飛ばないようにしていた。そして100均で買った折りたたみクッションをばらまき、何人でも座れるようにした。
次々と参加者が現れる。最初に来たのはつむぎたちだった。
「雫ちゃん~~ 静流さん~~ 犯罪を犯してないでしょうね?」
「最初にそれかい、つむぎちゃん」
静流は苦笑するしかない。
「お久しぶりです、従兄妹さんたち」
「元気だった~ オパールちゃん」
蒼とるりりんも来てくれた。その後ろに大きな人影もある。
「おお、沢田くんだ! 夏ぶり! 進路どうなったの???」
静流は気になっていたことを即座に聞いた。
「ええ。おかげさまで行きたかった高校にスポーツ推薦で入学できることになりました。応援に来てくださったんですよね。ありがとうございました」
「いやいや、アマレス面白いって分かってこちらこそありがとうだよ」
雫の物言いが、自分に似ているなと静流は思う。
「つむぎちゃんは勉強どうなの?」
「頑張ってる、頑張ってるよ」
「1番頑張んないとならないのは細野だよな」
沢田が蒼の顔を見て言う。
「坂本さんと同じ志望校で、B判定でました!」
「この時期にB判定ならまだ上げられるよ。頑張ろうね」
静流は蒼を激励する。
「苦労して教えた甲斐がありました」
るりりんは本当に嬉しそうだ。それはそうだろう。あと3年間一緒にいられるかいられないかは、今後の関係性を大いに左右する。そしてどちらかというとるりりんの方が蒼にご執心に見えるから、本気で勉強を教える気にもなるだろう。
それはともかく沢田くんは本当によかった。努力が報われ、また3年間、アマレスに打ち込める時間が出来るのだ。それは長い人生の中でも貴重な時間だろう。
想像はしていたが、蒼たちもレジャーシートを持ってきていたが、カップルではなく、皆で、模造紙のスクリーンが見えるよう座った。
「さて、火起こしするか」
「あとで焼かせてくださいね」
蒼から声を掛けられる。蒼にはバーベキューコンロを持っていく旨、伝えて貰ってあった。
「好きに使って。火は見るから」
るりりんが笑顔になって、マシュマロ焼こうね、とか言っていた。
次に来たのはさくらたちだった。すみれも来ている。それはそうだろう。夜中に保護者なしに出歩かせたくはないはずだ。そして一緒に高村姉弟もいた。待ち合わせたのだろう。すみれが保護者と言うことで来られたのかもしれない。
「静流くーん!」
すみれさんが駆け出してきて、静流の手をとってぶんぶんと振った。
「会えてうれしいわ~~」
「おかん、ほどほどにな。雫にドヤされるぞ」
「やあね。度は超さないわ」
と言いつつ、すみれは静流の腕をとり、組んだ。
「NG! NGです!」
雫が垂直チョップですみれの腕を放させた。
「冗談、冗談」
さくらたちは静流たちと同じブルーシートでスタンバイする。
そして美月と美月パパが来て、美月パパは桃華ちゃんのお父さんの方に。美月は蒼たちの方に入った。それもいいだろう。
最後に澪と羽海が来て、1番賑やかなブルーシートになった。ただ、桃華ちゃんのお父さんがもう呑み始めているのを見て、大人は大人で集まり始め、悠紀は羽海とすみれに呼ばれていたが、固辞していた。そっちに行けばオモチャにされるのは目に見えている。強くてよかったね、悠紀くん、と言いたい気分の静流だ。
結局静流が小学生たちの島の支配人となった。それもいい。まだお酒が飲めない身分なのだ。そして定時の19時になった。
「これで全員お集まりのことかと思います。第1回野外映画鑑賞会にお集まりくださいましてありがとうございます。まずは自己紹介から。本成寺と申します。みなさんとは娘の桃華つながりだと思います。本人はいませんが、今夜はよろしくお願いいたします」
そして知らない間柄の人たちもいるので自己紹介となり、それが終わると桃華ちゃんのお父さんは本日の上映映画の前口上を披露する。
実は全員ではないのだが、桃華ちゃんのお父さんに榊のことは言っていないから、当然のことだ。時間になっても来なかったのだから、仕方が無いだろう。
「本日上映するのは、2004年日本公開のタイ映画。『マッハ!』です。ムエタイアクションが中心の、あんまりストーリーがない難しくない映画なので頭を空っぽにして見ましょう」
「先生、見所は?」
先生が本職の羽海が手を挙げて質問した。
「全編です。格闘技経験者が4人もいるので、『ムエタイ最強! ムエタイに転向だ!』とならないように心を強くして見てください」
ドッと笑いがとれた。
そして大人たちがビールのプルトップを上げて、モバイルプロジェクターのスイッチが入り、LEDの明るい輝きが、映画のタイトルを表示する。
マッハ!がどんな映画なのか、静流は知らない。とても楽しみだった。
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