第175話 そろそろさくらの誕生日
さくらの誕生日は11月3日。あともう2週間を切っている。雫はどうやってお祝いをしたものか、大変悩んでいた。そんなわけで金曜日の夜、美月とビデオ通話をすることになった。
「実はウチ、友達のお誕生日をお祝いするの初めてなんだよね」
『そっか。学童に通ってましたもんね。その習慣自体がなかったんですね』
「だから、今年、さくらちゃんとみーちゃんにお祝いして貰って、とっても嬉しかった」
本当に嬉しかったし、楽しかった。
「そう言えばさ、パパさんがいたからツッコまなかったんだけど、先週の輪行でサイクルキャップ、お揃いのじゃなかったね」
美月とさくら、そして雫の3人は色違いのサイクルキャップを持っている。それは2人から雫への誕生日プレゼントだった。なのにあの日に被っていたのは違う帽子だった。
『え、え、え、大瀧さん、気がついてた?』
「それはそうだよ。だってあの帽子――」
『い、言わないで! 返そうとは思ってるの。返そうとは思ってるの』
美月は2度そう繰り返した。
先週、ヘルメットの下に彼女が被っていたのは運動会の時に借り物競走で蒼から借りた野球帽だった。美月がもういいかという気になるまで預かっていることになったのだから、そんなに慌てることでもないだろうに。しかし瑠璃に知られたら知られたでマズいだろうから、気にしているに違いない。
「誰にも言わないよ」
『ありがとう……』
美月は頬を真っ赤に染めていた。初恋の人から預かった野球帽は彼女にとって、とても特別なアイテムになっていることは容易に想像できる。
「そうだね。3人が共通して持てるアイテムがいいかな」
『そうですね。考えましょう。でも1つだけ決まっていることがあります』
「え、なんかあったっけ?」
『大瀧さんが、前に大坂さんが着たメイド服を着ることです!』
そ、そうだった。不用意にもあのとき、そんな発言をした覚えがある。次は大坂邸でメイド喫茶の巻だ。
「パンケーキはやって貰ったから今度はオムライスだな」
『大瀧さん、期待してますわ!』
料理については美月より雫の方がずいぶん手慣れているからそういうことになる。
「みーちゃんも何か考えてくれよ」
『そうですね~~ また、チェキでも持っていきますよ』
「あのチェキ、誰のなんだ?」
雫は自分の誕生日のときに美月とさくらが持ってきたチェキを思い出す。
『パパが持ってる』
美月パパのやることは雫にはあまりよく分からない。ただ、アイテム好きだということはこの前でもなんとなく分かった。新しく手に入れたクロスバイクに夢中だった。チェキもその類いのことがあったのだろう。
「ふむ。メイド喫茶風にはこれでなりそうだな。あとはなんかボードゲームでもする」
『いいですねえ。メイドとボードゲーム、鉄板ですね』
「ゆうきちゃんはどうしようか?」
『声を掛けない理由はありませんわ』
となるとさくらのお誕生日会のメンツはこんなところだろう。あとは羽海よけに悠紀に声を掛けておこうと雫は考える。11月3日は静流は手空きだぞ、と。そうすれば勝手に何か企ててくれるに違いない。
『ところで、空手センパイ、どうします? 怪しいですよね、あの2人は最近」
「あ、ああ……」
空手センパイがさくらに振られた話をしていいものか悩む。美月にもしまだ話をしていないのだとすると話すわけにもいかない。
「誕生日プレゼントを送るつもりなら預かっておくくらいはするか」
『呼ばないんですね?』
「それはさくらちゃんに聞こう。だってさくらちゃんのイベントだから」
呼ぶことはないと思うし、来て貰って榊にメイド姿を見られるのもイヤだが、一応そういうことにした。榊には学校で知らせればいいだろう。
「じゃあ、ゆうきちゃんに連絡を取ろう」
ゆうきに連絡をとったところ、それは面白いとエントリーしてくれた。しかも自分でメイド服も買うという。ノリノリである。トレーニング中とのことでビデオ通話はすぐに切られてしまった。
『すっかりゆうきさんも内輪ですね』
「他校生なのにな~~ サイクリングで結束力が上がった気がする」
『帰りなんてみんな無言でしたもんね~~ あれは大変でした』
でも、楽しかったのだ。
「あ、美月ちゃんとお話中か」
風呂上がりの静流がリビングに戻ってきた。雫はカウンターでビデオ通話している。
『こんばんわ、静流さん』
「この前はありがとうね。楽しんで貰えたらよかったんだけど」
『たぶん、パパの方が次を楽しみにしてます。私、未だに筋肉痛が残ってます』
「それは日を置かないで自転車に乗った方がいいね。せっかくのトレーニングの成果が台無しになる」
『トレーニングですか』
「実践でもあるね。今日は何の話題?」
「さくらちゃんのお誕生日会について」
『そうか。すみれさんによろしくね』
「静流も来るか?」
今はもう、さくらが静流のことを好きだと言うことを本人も知っている。恋愛的な意味とは、ずれていることも分かっている。それでも来てくれればさくらは喜ぶのではないかと雫は思わなくもない。
「すみれさんがいいって言ったら」
『それは即座にOKが出ますよ。だってすみれさん、静流さん推しじゃないですか』
「恥ずかしいね」
「11月3日だぞ」
「空けておくよ」
静流は髪の毛を乾かしに洗面所に戻っていった。
『さくらちゃんの家は広いから、人が多くても安心ですね』
「オムライスの練習をしないとな。人数が多いと作るのが大変だ」
もしかしたら大きな中華鍋を持っていった方がいいかもしれない。
『ところで話を戻して、何をプレゼントしましょうか』
「みーちゃん、何か考えある?」
液晶画面上の美月は考えがあるから言っているように見えた。
『よくぞ聞いてくれました。お揃いのミサンガを作ってはどうでしょうか。だって空手大会が近いでしょう?』
「うん。それはいいかも。でもライバルのゆうきちゃんもいるよ」
『ゆうきちゃんにも差し上げてはどうでしょうか』
「ミサンガの力がどっちに効くんだ!?」
『直接対決すると決まったわけでもありませんから、いいじゃないですか』
「確かに。よし。じゃあ明日と明後日で作ってみよう!」
『さすが。行動力溢れる大瀧さんですわ!』
「けど、ウチ、ミサンガなんか作ったことないよ」
『私にもありません。でも、ネットで見ればなんとかなるんじゃないかなって』
「みーちゃんママに助っ人を頼むことになりそうだ」
そしてハタと気がついた。
「みーちゃん、実は細野さんの受験合格祈願のミサンガも作るつもりでしょう!?」
『えええっ!! どうして分かるの?』
「ズッ友(死語)だし」
『そっかズッ友(死語)だったね』
美月は恥ずかしそうに俯いた。
『でもね、でもね、ちゃんと瑠璃さんのも作るよ!』
「それがいい」
蒼と瑠璃にお揃いのアイテムを作ってしまうことになるが、それはそれで美月と瑠璃の関係性もあるのだから、美月的にはいいのだろう。
こうしてミサンガを作りに、明日は美月の家に行くことになった。
美月の家の方が駅に近いので、集合は美月のマンションの前である。駅前の100均ショップに行って、刺繍糸を買ってくる。調べたところ、勝負運アップは赤とオレンジというので、さくらとゆうき用にその色を選んだ。自分たち用にはレモンイエローとパステルグリーンだ。レモンイエローと赤を組み合わせて美月が、オレンジとパステルグリーンを組み合わせて雫が、自分の分を作る予定だ。
美月のマンションに戻り、美月ママに教えを請う。
「ミサンガなんて久しぶりねえ。ブームになったのは私が小学生の頃よ」
「そんなに前なんだ」
雫は意外に思う。割と普通に存在するアイテムだ。しかし手作りというのはあまりしないかもしれない。
「記憶を頼りに、ネットで調べてミサンガを編むアイテムを作りました」
ありがたい。牛乳パックを洗って円形に切り出して8つの切り込みを入れてあり、更に⓪~⑦の数字がそれぞれの切り込みに振ってある。そして真ん中に穴が開いている。刺繍糸を50センチに切って、7本。まずは自分たちの分のミサンガを作る。本番のミサンガは後だ。2色なのでバランスよく3-4で分ける。そしてそれぞれ真ん中の穴に通す。
「そして、③の糸を空いている⓪に持ってきて、反時計回りに回して手前に③の空いたところを持ってきて、今度は⑥を③に持ってくる」
「じゃあ次は⑥を手前に持ってきて、今度は②だね」
「1回編むと、1つずつ数字がずれていくのよ。あとはひたすら続ける」
「根性がいるな」
「ファイトですよ、大瀧さん」
本当にひたすらそれを続ける。何度か間違えるが、すぐ気が付いて戻す。
美月ママが暇だろうからとスピーカーから古典落語を流してくれる。
「落語か!」
「音声だけでも落語は楽しめるものよ」
雫は落語には馴染みがないが、1人で演じていることを聞いている側が忘れてしまうほど、面白い。
せっせと手を動かしながら落語を聞き、2時間ほどでなんとかある程度の長さまで編むことができた。雫は美月に感想を言う。
「なんか編んでいくのはやっぱりアンギン織りに似ているね」
アンギン織りは縄文時代から現代まで伝わっている古代の織物だ。
「縦糸に横糸を通すのは同じだものね。ミサンガは横と縦じゃなくて7本でクロスしていくけど、考え方は同じだね」
「編むことを考えた昔の人は凄いね」
そして切り出し、輪を作り、白い輪ゴムをやはり編み込んで長さを調整できるようにする。
「できた!」
「大変だったね。いや。これから本番か!」
雫と美月はいったん休憩にする。2人は自分が作ったミサンガを手首に通す。
「けっこういい感じ」
「休んだら頑張ろう」
「お昼にしない?」
「ありがとうございまーす」
美月ママがきつねうどんを持ってきてくれた。
「お揚げは自分で煮たのよ。自分で味付けできるとそれだけで美味しく思えるわよね」
雫は頷く。自分でお揚げを煮ただけでもなんかプレミアム感が生まれる。
お昼ご飯を食べた後、今度は音楽を流してくれ、頑張ってゆうきとさくらの赤とオレンジのミサンガを完成させる。もう午後3時を過ぎてしまっていた。
「肩こったー」
「こんなに長い時間、根を詰めることもあまりないですからね」
お互いの肩を揉むなんてレアなイベントが発生する。
「そういえばパパさんはどうしてるの?」
「クロスバイクで遠出してる。と言ってもそれほど遠くじゃないと思うけど」
そんな話をしていると美月パパが帰ってきた。
「ただいま~~ お、誰か来てる」
玄関の雫の靴を見たのだろう。リビングにきたので雫は挨拶する。
「お邪魔してます。今日はどちらまで?」
「船橋の辺をぐるぐると。そうだ。鎌ヶ谷大仏って知ってる?」
「名前だけ」
「じゃあ、写真を撮ってきたから見てよ」
美月パパがデジタル1眼の液晶を見せてくれる。確かに大仏だが、備えられているお花と比べてみるとたぶん、人の背の高さくらいしかない。
「大仏?」
「千葉県のガッカリ大仏と言われているらしいよ」
「今度、実物を見に行こう」
面白そうだ。
「交通量が多いから、子どもだけで行っちゃダメだよ」
「はーい」
行きたいところが増えた。
小休憩したあと、お暇し、雫は帰宅する。帰宅すると静流はリビングで読書していた。羽海対策をしていなかったが、大丈夫だったらしい。
「今日はどこにいってきたの?」
「みーちゃん家でミサンガ作ってた。初めて作った」
「へええ。見せてよ」
雫はオレンジとパステルグリーンのミサンガを見せる。腕時計はしていないので左の手首にしている。
「初めて作ったのによくできているね」
そして静流はスマホで何やら検索をして言った。
「オレンジはエネルギッシュ、希望、黄緑は友情と優しさだって。雫ちゃんにぴったりだね」
「そっか。意味まで調べなかったな」
静流にそう言ってもらえて偶然でも嬉しい。あとはさくらの誕生日までにもう少し何か考えよう。考えれば、きっともっと楽しくなる。雫はそう思いつつ、自分で編んだミサンガを見つめたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます