第173話 コスモス畑で撮影会
静流は缶コーヒーを飲み干した後、人気がほとんどないコスモス畑に繰り出す。お父さん2人と静流は写真撮影が目的だ。
「特に、さくらちゃんと高村姉弟は僕がばっちり撮るから。親御さんに今日のご報告をしないとならないからね」
「えー おかんに? 別にいいよ~~」
さくらはうんざりした顔をする。ゆうきもと悠紀も同じくだ。
「しばらく撮ってないし。ああ、大会の時くらいだな」
「それを言うと僕なんて撮ってない」
「ならば撮らねばならない。子どもが大きくなればなるほど撮影しなくなるからな。運動会の写真も一緒に送るよ」
「わたしたちの親なんか運動会にも来なかったよ。ま、好き勝手やってるからね」
ゆうきが目を細くする。
「その割には姉弟、行動一緒のことあるじゃん?」
雫が不思議そうに聞く。
「それはさくらの――引いては2人の大瀧さんのお陰かな」
ゆうきはありがたそうに雫の方を見た。雫は両方の拳を固めた。
「そう言ってもらえるとありがたい。ゆうきちゃん、さくらちゃん、一緒に写真に写ろう!」
静流は思わず破顔してしまった。美月と桃華のペアはもう撮影会を始めていた。風車のの正面が見える方まで回り込み、満開のコスモスをバックに、その奥に風車を画角に入れてまずはお約束の写真を撮っている。静流も同じように撮る予定だ。
小学生組が合流して同じ構図で記念写真を撮る。何枚も何枚も撮る。
「美月、笑顔、笑顔」
美月パパに言われて、苦々しくも笑顔を作る美月である。やはり反抗期らしい。
「さくらちゃん、ゆうきちゃん、フュージョンしない!!」
静流は笑いを堪えつつ、注意する。おふざけポーズの定番、フュージョンを2人でやるのは仲が良い証拠だ。
記念撮影が終わったと思ったら、羽海の姿がなかった。
「あれ? 羽海ちゃんは?」
雫が気がつき、周囲を見回すとコスモス畑の入り口辺りで、他のロードバイク乗りに捕まって話をしていた。明らかにナンパだ。
静流はダッシュして羽海のところまで行き、声を掛けた。
「羽海ちゃん! 集合写真撮りますよ!」
「やーん、しずるちゃんが来てくれた~~ 嬉しい~~」
羽海にたかっていたロードバイク乗りはだいたいがおっさんで、1人で来ていたと思われた羽海にこの先一緒に行かないかと誘っていたようだ。
「なーんだ、彼氏いるんじゃないの」
「1人で走っている子も今はいるからなあ。勘違いしたよ」
「じゃあ、コスモスを楽しんでね~~」
ロードバイク乗りはコスモスを愛でつつ、散策に戻っていった。
「ナンパされちった♡」
「危機感がなさすぎです」
「しょうがないよね~~女の子を1人にするのがよくないんです」
「そんな身体の線が出まくりの格好をしているからです!」
羽海のフィットネスウエアは彼女のスタイルの良さを一切隠さない。でっかいおっぱいのカタチも、キュートなお尻も、よく分かるのだ。1人でいたら声を掛けもするだろう。魅力的すぎる。
「でも~~ 外からはしずるちゃんが彼氏に見えるんだあ?」
静流はよほど必死の表情をしていたのだろう。
「僕が老けてるってことですよ」
「つまんない~~イケず~~」
羽海はそう言いつつ、記念写真に加わろうと先に歩いて行った。
「世話の焼ける……」
そう言いつつも、彼氏と言われて悪い気がしない静流であった。
その後は撮影する人を交代をしつつ記念写真を引き続き撮り、最後は犬の散歩に来ていた人にシャッターをお願いし、全員での記念撮影もできた。
その後は、散歩中の犬と遊ばせて貰って、多くのシャッターチャンスができた。コスモス畑と風車を背景に、雫が頬をワンコにペロリとなめられるシーンを撮れたのは、エモーショナルだった。
羽海に至ってはワンコの前脚がおっぱいにかかり、巨大なおっぱいがぐにゅりと歪むところを撮ることができた。こちらはセンシティブだった。
桃華は最初はおっかなびっくりだったが、最後はワンコの頭を撫でることができた。
「お父さん感動! ありがとう、静流くん!」
「本成寺さんが車を出してくださったから、可能になったイベントですから、僕に感謝するようなことでは……」
「謙遜することないよ。おっさんになると何かイベントをしようなんて元気、早々出なくなるからさ」
美月パパは娘を追わず、コスモスと風車の撮影を始める。なんでもやってみる主義の美月パパらしい。これで写真に目覚めてしまうかもしれない。
小学生組はコスモス畑に人が少ないことを良いことに、鬼ごっこを始めた。羽海も加わり、結構長い時間遊んでいた。大人たちは休みつつ、カメラを構え、充実した時間を過ごすことができた。
「春はサイクリングロードの桜が綺麗だそうですよ」
「このコスモスが終わったら、チューリップを植えるそうだよ」
「そのときは印旛沼でカヌーしようか」
「いいですねえ」
大人たちはもう半年先の話をする。しかし子どもたちにとっては今が大切だ。懸命に遊び、懸命に走る。とてもいいことだと静流は思う。こんなに一生懸命に遊べる時間は実は限られていると思うからだ。
1時間ほどもコスモス畑で過ごしても、まだ7時過ぎだった。またちょっとアウトドアテーブルで休憩した後、いろいろ調べる。
「遊覧船が出てるみたいだね。初回が9時半だ」
静流が言うと、悠紀が聞いてくる。
「どうして風車は動いていないんですかね」
「それも9時半稼働らしいよ。風車の回りにある池の水は風車の動力で揚げてるみたい」
「ホントの風車なんだ」
雫が感心したように言う。美月が腕時計を見てから聞いてきた。
「静流さん、これからどうするんですか?」
「ちょうどいいから
「時間つぶしだと思えば苦にならないな」
「雫ちゃん、最近、歴史系に辛辣」
「だって静流は最近、自分の趣味丸出しなんだもん」
羽海と桃華ちゃんのお父さんが吹き出すのを堪えていた。
「好きなものを持つことも大切なんです!」
悠紀が助け船を出してくれるが、姉がダメ出しする。
「女の子に対してそんなんじゃ理解は得られん」
悠紀は姉の言葉に、強い語調で反応した。
「僕は、歴史好きな女の子を彼女にする!」
「あー このところ歴女がどうこうとかいうから、それはワンチャンスあるかもね~~ ガンバレ~~」
美月パパが頷いてくれて場が和んだ。
その後、各々クロスバイクに乗り、少しサイクリングロードを走った後、橋を渡って対岸にある印旛沼公園に向かった。印旛沼公園は野球場もあり、公園として整備されているが、印旛沼のほとりに建造された平山城で、房総では珍しく、かなり構造が残っている城址として知られている。歴史好きの人が作ったHPやブログには行って感動したとか正直嬉しい誤算だとかいう感想に溢れている。これには静流も期待が高まり、下見のときに見学したが、本当に状態よく残っていた。
10分ほどで到着し、駐輪場にクロスバイクを停めて公園の中を歩く。歩きながら、土塁のあとや空堀がよく分かる。通路以外は起伏が激しく、攻めるのは大変だろうと思われた。
「すごいな。想像できるや。こんなのが残っていたなんて!」
不平を垂れていた雫が感動するレベルだ。中央部の野球場は広い平地になっている。悠紀が声を上げる。
「ここなら大勢の兵が待機できたでしょうね」
「ああ。こういうの全く興味が無いから来たことなかったけど、こんな隠れた観光資源があるんだねえ。第五福竜丸もそうだったけどね」
桃華ちゃんのお父さんが本当に感心していた。悠紀が応える。
「僕らが住んでいる町の中にもいっぱいそういうの、あるんですよ」
「ああ、手児奈霊神堂のことだね」
雫が得意げに言う。この中でそこに行ったのはこの2人だけだ。
「そうなんだ? 発見があるね。うん。歳をくってもこんな感覚を得られるのはありがたい」
桃華ちゃんのお父さんは大きく頷いた。
「つまり、敵のぐんぜいがおそいかかってきたときは今まで通ってきた道より高いところからおそって、お城を守っていたんだね」
桃華が父親に聞くが、応えられず、代わりに静流が応える。
「そうだよ。あとね、もっと印旛沼が大きかったから――香取海っていって、霞ヶ浦くらいまでつながっていたくらいなんだけど、この下に船着き場もあったみたいだよ。兵の機動性も確保していたんだね」
「海とかよくわかんない。ここ、陸地のど真ん中じゃない」
「これは人間が努力して川の流れを変えて、陸地にしたんだよ」
「それはわからないくらいすごいお話だ。じゃあさ、でも、ここのどこにお城があったの?」
静流は困ってしまった。
「えーっとね、お城っていうのは守る拠点のことで、別にいわゆるあの天守閣があるお城みたいのがなくてもお城っていうんだよ。むしろ姫路城みたいな天守閣を持つお城の方が少ないんだ」
「そうなんだー!」
これも桃華だけでなく、他の子たちも新発見だったようだ。
「知らないことは多いね。説明看板を見ただけでも楽しめた」
さくらはこの機会に知ることができることを知ろうと思っているらしい。
「ここに大勢の兵士が待機していたんだ。どこから襲われるか分からなかったから、それはそれは神経をとがらせていたと思うよ。でもね、茶道の話がここで出てくるんだけど、多くの武将の間でお茶がブームになることで、別々の国だった日本に共通の価値観が生まれたんだ。お茶という共通の話題と作法が、日本の統一に果たした役割は少なくないんだよ」
「お茶が緊張を緩和したんだ?」
さくらが静流に聞く。
「そういうこと」
「あのときも最初からそう説明すれば良いのに」
さくらがうーんと困ったように腕組みをする。静流は苦笑いして誤魔化す。
「ごめん。自分でも消化不良で」
そして公園の端、ようするにこの高台の端まで来て印旛沼を一望する。風車とコスモス畑も小さく見える。沼の水面が輝いている。羽海が真面目な顔をしてその光景を見渡しながら言った。
「戦国時代の武士が見る風景とは全然違うんだろうね」
「いつ敵が渡ってくるか分からなかった時代だからね。平和って大切だね」
静流は自分が今まで考えたこともなかったことに思い至ったことを、嬉しく感じたのだった。
城址見学をして佐倉ふるさと広場に戻ったのが9時過ぎで、ちょうどいい時間調整になった。少し休憩した後、遊覧船に乗った。遊覧船は割と風が強くなってきたため、揺れた。水面にも波が立った。しかし穏やかな秋の沿岸の光景が見られて、楽しい。子どもたちも遊覧船に乗る機会など早々ないからか、とても賑やかに話をしていた。
「あ、水鳥!」
桃華は声を上げ、お父さんが答える。
「あれはカワウだね」
江戸川でも見る黒い鳥だ。灰色のスマートな水鳥もいる。
「あれはアオサギ」
すぐに桃華ちゃんのお父さんが答えた。いかにもカヌーイストのお父さんらしい。水鳥の知識もあるのだ。
遊覧船は印旛沼公園の方にも行き、高台にある師戸城址を沼から眺める。戦国時代もこうやって船乗りが見上げたのかと思うと感慨深かった。
また、遊覧船のガイドのお姉さんが印旛沼の龍の伝説を話してくれた。人々の雨乞いの声に応えた低位の龍が、龍の大王の怒りを買って、3つに割かれて天から落ちてきた。その頭の部分が龍角寺だということだった。
「龍角寺って?」
雫が聞いてくる。
「かなり最初期のお寺がこの辺にあるのさ。房総はヤマト王権が関東を掌握するために、経営に力を入れていたんだ。ああ、お寺ができた頃はもう大和朝廷って言っていいのかな。1300年くらい前かな。だからこの伝説は相当古い。でも、どうして龍なんだろう」
それはこれからの自分の勉強次第できっと理解できるだろう。
遊覧船が戻ったら風車見学だ。きっと興味深いはずだと静流は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます