第115話 おっぱいの数は2から4に、そして育ったので6になりました

 外が薄暗くなった頃、羽海がやってきて、静流は少し安心感を覚えた。靴屋さんで会ったときの彼女は、買い物くらいしか楽しみがないというだけあってストレスを溜めているように見えたからだ。しかしリビングにエコバッグを持ってやってきた羽海は朗らかな顔をしていた。


「澪さん、お邪魔します」


「うん。ちょうど今、一仕事終わったところだ」


 座卓でノートPCを用いてオンライン編集をしていたらしい。お盆もなにもあったものではない。雫が釘を刺しに来た。


「羽海ちゃん、今日はしっかり監視するからね」


「やだなあ、しずるちゃんは共有財産でしょ」


「どこでその話を聞いたんだ」


「少なくともセクハラ教師と静流くんを共有財産化した覚えはない」


「まあまあ。じゃあ、始めますかね。羽海ちゃん、マッコリ買ってきました?」


「うん。今日は韓国料理なんだって?」


 あらかじめ羽海にはその旨を伝えておいた。どうせアルコールを買って貰うならマッコリがいいだろうと考えたからだ。


「静流くん、やるう」


 澪が満足げに頷いた。


「でも、半分は冷凍食品ですよ。あしからず。最初は冷凍食品なんで、チーズホットクとチヂミ、どっちを先にします?」


「チヂミかな。雫も食事をしたいだろう?」


「まず腹を満たさねば」


 まずは解凍したチヂミをコンベクションオーブンに並べる。レシピには冷凍のまま焼くだけでいいと書いてあるが、どう考えてもこっちの方がいいはずだ。しかし焼き時間が分からないので、コンベクションオーブンの前で庫内を睨むしかない。


 リビングの方からはさっそくプシューと炭酸が開けられる音が聞こえてきた。つまみも何もないのに飲み始めたらしい。ダメな大人だ。7分ほどで、チヂミを試食してみる。カリッとそしてもちもちに焼けている。コンベクションオーブンの力は偉大だ。そしてリサイクルショップで買い集めた落ち着いた色合いの茶色い皿に並べ、レタスとプチトマトを彩りに添える。


「雫ちゃん、よろしく」


「任された!」


 雫が皿と箸を持っていく。カウンター越しに美味しく焼けているという声がリビングから聞こえてきた。どうやらご満足いただけたようだ。続けてチーズホットクをコンベクションオーブンで焼く。小麦粉とタピオカでん粉の生地を発酵させ、チェダーチーズのソースを挟んで平たく焼き上げたものだ。日本で比べるとすると大判焼きチーズ入りだろうか。これも解凍済みなので、気易く焼ける。チヂミより厚いので、低温にして長く焼く。焦げ目がついて芯まで熱が通ったことを試食で確認して、また雫に持っていって貰う。


 これでしばらく時間が出来た。次はチャプチェだ。春雨の甘辛焼き麺である。冷蔵庫から下ごしらえしたものを取り出す。春雨はお湯で戻して水分を切っておいた。タマネギとピーマンも刻んでレンジ加熱してあり、冷凍牛肉も解凍が済み、買ってきたチャプチェのタレに漬け込んである。


 両手持ちの大きな中華鍋を強火で加熱する。バイト代で自分で購入した。大瀧家にはこれまでも中華鍋があったが、比較的小型の片手のものだった。キャンプの料理本で両手持ち中華鍋を勧められていたのでいつかは買おうと思っていたのだが、今回ようやく手に入れた。中華お玉もセットで買った。ガンガン叩けるセットである。


 中華鍋がもうもうと煙を立てている中に牛肉を投入。一瞬で火が半分以上通るので即、春雨を投入、野菜を投入、残りのタレを投入。火を止め、余熱で調理。ものの2分でチャプチェが完成する。中華お玉で中華皿に盛る。中華皿はあまり大きいものでもないので山盛りになる。雫が中華お玉の音が止んで、完成したことを悟り、キッチンに来る。


「すごいなー 中華鍋」


「今日のメインがこれだね」


「炭水化物の行進だ」


 雫がそう言いつつ、中華皿をリビングに持っていく。韓国料理が炭水化物だらけなのかどうかは不勉強な静流には分かりかねるが、実際、今日の料理が炭水化物メインなのは間違いないことだ。


 さて、作るものはあと1つ残っている。トッポギだ。甘辛ソースでで細く切った餅を似たものだ。正月の残りのパック切り餅を強引に細く切り、買ってきたソースで煮るだけだ。小鍋を火にかけて、しばらく放置する。


 座卓に行くといい感じで澪と羽海ができあがっていた。


「おお、静流くん、やっときたね」


「まあ座りたまえよ。しずるちゃんも試食以外に食べないと」


 そして羽海と澪の間に挟まれる形で座る。向かいが雫になる。


 小皿にとって、それぞれの料理を食べるが、それぞれ美味しい。しかし1番美味しいのは、まだ温かいというのもあるだろうが、やはり自分で作ったチャプチェだった。


「あー 美味しい。これはリピート確実だな」


「静流くん、さすが。料理上手だね」


「いや、全部、出来合いのソースと冷凍食品ですよ」


「そういうのを買ってくるのも含めての料理だよ。しかしこういうのは便利だねえ。美味しいねえ。外で食べたら大変な金額になるよ」


 羽海は嬉しそうだ。澪と呑めるのも静流に料理を作って貰えるのもストレス解消に役立っているに違いない。


「結局、同じ冷凍食品やタレを使っているお店も多そうですしね。偏見ですが」


「静流くん、いつもありがとう」


 澪が静流の方に移動して、腕をからめ、胸を押し付けた。柔らかいとしか言いようがない。水風船のようだ。その柔らかさに静流自身が瞬時に反応する。


「あ、そういうの、この場でありですか。では私も感謝を込めて」


 羽海も移動し、空いている腕に腕を絡め、大きなおっぱいを押しつける。澪とは違って柔らかいと言うより弾力に富んでいる。押しつけられた腕が跳ね返されるほどだ。弾力は空気入った軟式テニスボールだが、大きさはハンドボールだ。いや、大きさ的にはもっとあるかもしれない。もう限界を超えるほどに静流自身は固くなる。


「ダメダメ! 2人ともそういうのダメだって!」


 雫が飛んできて、澪と羽海を引き離し、自分は後ろから静流に覆い被さる。そして小さな胸の膨らみがしっかりと静流の背中に感じられる。ささやかだが、確かに感じられるそれは静流の想像力をかき立てて止まない。


 もう静流が治まる時は皆無だ。


「お礼だよ、お・れ・い」


「お姉さんがこき使うだけじゃないって分かって貰わないと、もうつまみを作ってくれないかもしれないからね」


 澪と羽海は軽口を叩く。


 最初は2、そして4、最後に6。静流はどうしても脳裏に2の倍数を浮かべてしまう。今までは最大4だったのに、ついに6になった。これではダメだ。素数、素数だ。昔の聖者が素数で己を落ち着かせたと聞く。とんでもない聖者だが。そしてやっと思い出す。


「トッポギ! トッポギを煮ているんです!」


「ウチも見る!」


 雫は首に腕を回し、離れる気配がない。静流は大きくしながら、キッチンに逃げる。おそらく2人ともバッチリ確認できたはずだ。恥ずかしい。2人にはからかわれてばかりだ。


 小鍋の中のトッポギはいい感じで煮詰まっていたが、ソースが焦げそうだった。シリコンスプーンでかき混ぜ、雫は静流におんぶされたまま言う。


「辛そう」


「コチュジャンの赤だね。これは雫ちゃん、食べない方がいいかも」


 雫は静流から降り、小鍋に顔を近づけて匂いを嗅いだ。


「少しだけ食べよう」


「韓国料理と言えば唐辛子系の辛さのイメージだから、少しくらいは体験した方がいいよね。気をつけてね」


 そして小鍋に入れたまま、リビングの座卓にトッポギを出した。


「今日は量も数もあるね」


「マッコリの出番だ」


 羽海がマッコリをあけ、白い液体がコップに注がれる。


「あー、独特ですな」


「気分、気分だよ」


 大人の女性2人は韓国料理づくしでご満悦の様子だった。2人の口元に白い液体が少し残っているのを見ると静流はよからぬ連想をしてしまった。それに気がついたのか、羽海が悪戯っぽく言った。


「どう?」


「ど、どうって何が?」


「言ってみただけ」


 おかずに使えるかという意味だったのだろう。もう完敗だった。


 今回、2人は飲み過ぎることもなく、日付が変わる前に解散した。雫は眠そうにしていたが、2人が静流にセクハラしないように見張るためだろう、眠い目をこすって起きていた。雫と一緒に歯を磨く。


 明日の朝にはバイトがある。少し寝ておこうと静流は思う。シャワーは起きたとき。後片付けはその後、バイトが終わってからにしようと思う。澪と羽海は少しくらい自分に気を遣って欲しいと思う。


「……よかったね、今夜は」


 歯を磨き終えて、眠る前に雫がそう言った。彼女はもう半分、眠っていた。


「うん。楽しいね。知らない料理を試すのは」


「ううん。セクハラが最低限で済んで、だよ。おやすみ」


 そして雫は自分の部屋に入った。静流も部屋に戻り、マットに倒れ込む。


 今日は楽しかったなあ。


 瞼を閉じ、そう、自然に思えた静流だった。

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