第113話 せっかくなので3人でおでかけ
叔父、颯介のお墓はない。このことを最初に聞いたとき、さすがに静流は驚いた。館山に大瀧家の墓はあるが、入っていないというのである。そういえば澪と雫が法事にきた覚えはない。ではどこにあるかというと仏壇の中に鎮座されているのである。亡くなってもう8年。鎮座と言う言葉を使ってもいい年月が経っている。世間でいう七回忌も過ぎている。とっくに仏様になっているだろう。
ではお盆のこの時期に何をするかというと、骨壺を磨いて、湿気らないようにエアコンの効いた室内で乾燥させるのだという。
「今年もきれいねえ。颯介さん」
妙な言い方をするが、蓋を開けてお骨を確認すると真っ白できれいらしい。雫ものぞき込み、手のひらを合わせるが、静流は見る気になれない。
「どうしてお墓に入らないんですか」
「颯介さんが骨は捨ててくれっていうから。いつかは散骨するけど、まあ、まだいいかなと思って」
澪はあっけらかんとして答えた。
「それにウチの記憶にお父さんはないから、骨壺だけでもあってくれてよかったと思うよ。だって自分のルーツだから」
それはあるかもな、と静流は思う。自分のルーツの一方がいないことに雫があまり気にした様子がないのはお墓がないからかもしれない。
「ふむ。澪さんのご実家はどうなんですか?」
「私の方は両方とも死んでるから、実家なんてものはないの。だから長いお休みの時に頼るのが館山の方なのよ」
「それは知らぬこととは言え――」
「だからお母さんの方のじいちゃんばあちゃんなんて影も形も見たことがない」
雫の表情が明るいのは、館山の祖父母が健在だからだろう。
「そうだねえ。孫ができたと知ったらじいちゃんばあちゃん、嬉しいだろうねえ」
となると雫が生まれる前に亡くなっていたようだ。
「お墓はあるけど、共同墓地だからね。遠いし、行くことがあれば、かな」
「そうなんですね……」
「湿っぽくなっちゃったね。そうだ。お盆でショッピングモールも空いているだろうし、どうだろう、3人でお出かけしないかい?」
澪がナイスアイデアとばかりに2人に投げかけた。
「ええ。3人でどこかに行くのは初めてですね」
「セクハラ教師の家は例外としてね」
「ねえねえ、どこ回ろうか?」
近くのショッピングモールでも意外と広い。腰を落ち着けて見るとなると時間が掛かる。雫は母親の腕を取る。
「そうねえ。普通にファストファッションだね」
「うん。数が欲しい。行こう、行こう」
そしてお昼ご飯を済ませ、3人とも自転車でショッピングモールに向かう。2キロほどしか離れていないので、すぐに到着する。
「さあ、気合い入れていくぞ!」
澪がファストファッションのチェーン店に入り、一目散にKIDSコーナーに向かう。
「まず雫ちゃんの服からなんですね?」
「それはそうさ。学校にくたびれた服を着て行かれてもね。私なんて営業用の服と2種類くらいバリエーションで組み合わせられれば十分だよ」
「とてもオシャレな澪さんのお言葉とは思えません」
「お母さん、組み合わせ方、上手だもん」
「雫の服はどんなのが家にあるのか、だいたい頭に入ってるしね。あとは組み合わせを考えるだけだし」
「じゃあ、ミニスカートはやめてください」
「ミニスカートだって組み合わせだよ」
澪が不満そうに言う。
「自転車に乗るのに心臓に悪い」
「最近はウチ、自転車に乗りそうなときはミニスカートはいてないじゃない?」
雫にそう言われると確かにそうなのは分かっているのだが、静流の心臓にはあまりよくない。たとえスパッツを履いていてもだ。美少女のミニ+スパッツの攻撃力の高さと言ったらない。
「今日はね、静流くんは荷物持ちなんだから文句言わないの」
「仰せのままに」
静流はかしこまる。そして2人が服を見るのにひたすらお付き合いをする。今は盛夏だから秋物が入ってきているが。夏が長い昨今である。2人とも秋物は気にしていない。
「もう150サイズを買うべきだろうか」
「ウチ、順調に育ってるよ」
「ちょっと合わせてみようか」
澪は雫に150サイズのブルゾンを合わせる。雫は手脚が長いのでなんとかなりそうだった。
「育つことを考えると150にしてみるか。どう思う? 静流くん」
「手脚が大丈夫ですからね。胴はかなりぶかぶかですけど、いいんじゃないでしょうか」
「難しいところだよな」
「そもそもファストファッションは罪ですからね」
「どういうことだい、静流くん」
「海外の安い労働力の犠牲の上に成り立っていて、長く着るようにも作られていない。だから廃棄物となる衣料が恐ろしいほど増えたんです。どうなんだろう。きちんとして長く着られるものを買うべきなのか。でも、子ども用ならサイズがあわなくなるからファストファッションってありだと思うので、その意味ではサイズが大きいものを買って少しでも長く着た方が罪が軽いと思います」
「静流、要するにこういうのは長く着られるものを買わなくてはいかんってことか?」
雫が頭の上に疑問符を浮かべながら首を傾け、静流は答える。
「その方がエコでしょ」
「エコで経済的だ。大きいものを買おう」
「じゃあ静流は何を着ているんだ?」
「ワークマンだよ。商品を露骨に入れ替えることもないから無駄な在庫も廃棄もない。今の日本では正しい方の衣料だと思う」
「ライフスタイルの問題だね」
澪は小さく頷く。
「生産に見合った報酬に、実のある生産に消費者がお金を投じない限り、この悪循環は続くでしょうね。たとえば農産物ですよね。もっと農産物は高価なものだったのに海外と価格の比較でどんどん安くなって、自給率が下がるのも当たり前です。海外の安い労働力がなくなって人口が増え、食料価格が上昇したときに耐える術がないのですから、愚かだ。これは政治と消費者の責任ですよ。もっと農産物の価格が適正化しないといけない。だから自分に何ができるかって言われると分からないんですが」
「静流くん、史学科だよね?」
「今どきの歴史は気候変動と経済から読み解かないと全く分からないんですよ」
「静流にとってはこういう勉強も『遊び』だもんな」
雫が以前、悠紀と一緒に歴史博物館に行ったときの話をする。
「遊びは、本当に遊んでいるだけじゃ意味がないんですよ。現代社会はそれをわかって遊びを経済活動にしてるからタチが悪い」
「ああ、芸大にいるときに同じような話をしてたよ。『遊び』のところに入れ替えられるキーワードはいっぱいあるよね」
澪は唇の端を上げて苦い笑いを浮かべる。
「いずれにせよ、服屋さんで話すことではありませんね」
お盆時期なので店内は空いているが、人が多い休日だったら何を話しているのかと他の客が訝しんだことだろう。
「少なくとも今は娘の成長に見合った服に有効投資しよう」
澪は幅広のロングパンツにジャケットを選び、色を合わせ、雫と相談し、購入した。静流は持ってきた大きめのエコバッグにそれらを詰め、荷物運び役を始める。
「では、次に行きますよ。静流くんがいると楽だなあ」
澪は率先してファストファッションのお店から出て、2人はついていく。
「どこに行くんですか?」
「当てはない」
「ウィンドウショッピング楽しいじゃん」
雫の言うとおりだ。特に目的がなくても目についたものを見るだけでも楽しい。そして見て確かめられるのがWeb上のお買い物と違うところだ。
エスカレーターを上がって、大型書店の前を通り、澪がきいた。
「雫の参考書とか大丈夫?」
「ああ、ネット上にフリーなのが転がってますから。澪さん家にはレーザープリンターがあるから困りません。自分でも作るし。公式に学校から配られているタブレットに入っているのもあるし」
「聞いてはいたけれど、本当に凄い時代だね」
「使える人にはそうですね。なので、余計に格差が生まれると思います」
「ウチ、デジタルを使いこなしてる方?」
「うん。美月ちゃんほどじゃないけどね」
美月はタブレット上でプログラムを組んで、工作したロボットを動かしたりしている。ネットの掲示板ではたまにネタが挙がることがある、大昔のマンガのプラレスの時代がもう少ししたら来るかもしれない。需要はなさそうだが。今の状況ではロボット甲子園がプラレスにかなり近いのかもしれない。
そして3人はもう少しウィンドウショッピングを続けるのだった。
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