第102話 衝撃の合流です!

「先生、お腹減ったんだけど、食べていいかな」


「ボックス席だし、いいと思うぞ。というかそれっぽい」


「遠足みたいですね」


「静流がつくったおにぎりを持ってきたよ」


「ナイス。大瀧さん、ちょうだい」


「いっぱいあるからさくらちゃんとみーちゃんもどう?」


 夏なので梅酢を効かせてある小さなおにぎりが9個ある。静流としては1人3個の予定だったのだろう。急遽、羽海が加入したので1人2個ずつだが、朝、食べてきたという美月が1個で、大人の羽海が4個になった。


「しずるちゃんのおにぎり、ありがたいが美味しくはないな」


「静流のおにぎりは傷まないように梅酢が効いているからな」


「でも梅酢とこのかつおぶしは合いますよ」


「もちろん梅干しにも合うぞ」


「梅、苦手なんだけどこれもしずるちゃんの心配り。ありがたくいただく」


 羽海は苦手と言いつつ、1番最初に完食する。さくらがそれを見て言う。


「だいたい好き嫌いなんて慣れの問題だからさ。あたしなんか親に厳しくされてるから大体なんでも食えるぞ」


「私も~」


「ウチも~」


「みんなは給食楽しいんだろうな~」


 羽海には苦手なものがあるらしい。大人なのに。


 電車は姉ヶ崎を過ぎ、いい感じで房総まできた。雑木林や畑や水田がちらほら見える車窓風景は、見覚えのある房総の風景だ。雫にはいい思い出がない。澪において行かれる寂しさだけが、この光景にはある。静流を好きにならなかったら、今でもこの光景は寂しいものだったに違いなかった。


「みんなは10日くらいいるみたいだけど、その間、なにするの?」


 羽海が話題をふってきた。答えるのは雫の役目だろう。さくらと美月はお客さんだ。


「海水浴と花火大会以外は決まっていないよ。でも、肝試しとかしたいかな~」


「肝試しだって?」


「楽しそうですね~」


 さくらと美月には話をしていないのでさくらは怪訝そうな顔を、美月は興味を引かれた顔をした。


「静流の家の近くに第二次世界大戦のときに作られた地下壕があって、見学できるんだ。幽霊が出るって噂。小学生100円」


「うおお、それっぽい! けど100円。妙にリアル」


「悠紀くんが聞いたら行きたがったでしょうね」


 雫とさくらは美月の顔を思わず見つめてしまう。


「ええ、どうしたんですか。私、何か変なこと言いました?」


「いや、みーちゃんの口から悠紀くんの名前が出るとは」


「避けているんだと思ってた」


「あの女装少年ね」


「そんなことないですよ。みんながくっつけたがってるのかと思ってちょっとへそを曲げていただけです」


「いや、くっつけようとまでは思ってなかったよ。でもサービスしてあげてもよかったのではとは思っていた。悠紀くんはクラスの男子と比べたらかなりマシだからな」


 雫は素直にそう思うので口にした。


「でも悠紀くんは男子ですよ。かわいくて女装していて、比較的マシでも同じ歳の男子です」


「確かに」


 雫とさくらはハモってしまう。同い歳の男子のガキさ加減にはいい加減うんざりしている2人だ。羽海がにやりと笑う。


「3人とも年上がいいんだ? あ、委員長は分からないけど」


 美月は少々驚いたようだ。美月が蒼に恋したことを、羽海が知っているのかと思ってしまったようだ。だが、それは考えすぎのようだった。


「私も、年上の、頼りになる男の人がいいです」


 雫はそう美月に言われると難しい顔をせざるを得ない。


「え、いや、そんな、気にしなくっていいんですよ」


「私は年下もありだな」


 羽海の爆弾発言でまた話が蒸し返される。雫の血圧が上がる。


「下僕って言っておいてやはり油断ならん!」


「雫、そんなことわかりきっていただろう!」


 さくらは目を細めるが、羽海は意に介さず、続けた。


「悠紀くんも館山に誘ってあげればよかったんじゃない? 友達でしょ?」


 話題を変えられたが、雫は乗ることにした。


「誘うのなら桃華ちゃんを誘いたかった。けど、桃華ちゃんとはまた別の約束があるんだ。江戸川から東京湾にカヌーで出るんだってさ」


 その話はさくらと美月にはしてあるが、羽海にはしていない。


「何それ面白そう」


「桃華ちゃんのお父さんが何艇もカヌーをコレクションしていて、6人ならライフジャケットも含めて余裕なんだそうです」


「うお。私も混ぜて」


「人数的に可能なら、話に入れ込むよ」


「いいなあ、小学生はいっぱい予定があって」


「悠紀くんとも予定があるとか言ってなかったか?」


「あれ、さくらちゃんに話したっけ? ああ、有紀ちゃん経由で聞いているのか。考古博物館で火起こし体験会があるから予約してきたんだ」


「火起こし体験会! それも面白そうだね」


 羽海は担任している児童の守備範囲の広さに驚くやら喜ぶやらという感じだ。


「あと、TRPGもできそうですね」


 美月がまとめてキャラクターシートを持ってきている。


「徹夜でできる」


「それは動画投稿サイトみたいですね」


「ああ、やるときは私も呼べって言ったんだけど、誘われてないな」


 雫とさくらと美月は思わず哀れみの目を向けてしまう。羽海が自分を指さす。


「あ、私、ハブられた?」


「この前、TRPGをやったばかりですなんですよ」


「『学校の怪談TRPG』にはNPCで羽海ちゃん先生が出てくるから、静流お兄さん的には誘い辛かったんんだろうな」


「むしろTRPGの話を羽海ちゃん先生に静流がしていたことの方が問題だ」


「え~~そうかなあ。遊んでよ~~」


 羽海は寂しそうな声を出すので、仕方なく雫は頷く。


「それと、静流がきっと神社とかお寺にに行こうって言い出すから、1日は覚悟しておくように」


「ああ、それはなんとなく。故郷の神社を見せたいんだろうなあ」


 さくらが大きく頷く。美月は首を小さく横に振る。


「私、静流さんのコメンタリー嫌いじゃないですよ」


「いやまあ、でもねえ。女子小学生に神社はないよね、羽海ちゃん」


「そうなんだ。史学専攻とは聞いていたけど、寺社仏閣好きなのね。人には長所ばかりではなくて欠点も必要なのよ。そうでないとうまくバランスとって人と付き合えないものだから」


 どうやら静流の神社好きは羽海には欠点にカテゴライズされたらしい。


 そんな話をしている間にもう木更津で乗り換えになる。1時間ほども話し込んでいた。4人で話をしていたら電車旅なんてあっという間だ。木更津で快速電車を見送り、同じホームに入ってくる始発の安房鴨川行を待つ。朝6時半なので部活の高校生が先に並んでいるくらいであまり乗客はいない。それでも先頭車両までいって、また4人はボックス席を占領する。


「これで乗り過ごさなければ館山~~ もう寝ます~~」


 羽海は電車が発車すると同時に目を閉じ、すぐに寝息をたてた。


「ウチらを連れていたから責任感じていたんだなあ」


「本当は眠たかったのかもしれませんね」


「大人だな、羽海ちゃん」


 だから3人とも羽海が好きだし、助けてあげようと思うのだ。


 君津を過ぎるともう田舎の風景だ。車窓から国道で併走する車と海が見えるとさくらと美月は声を上げる。外は薄曇りだったが、暑い夏の光景である。向日葵が線路沿いに植えられているエリアがあり、黄色が目に焼き付く。


「観光に来たって気がするなあ」


「観光ですよ、大坂さん」


「そうか。あたしらは観光だな」


「静流に連絡入れておく。無事に乗り換えたって」


「静流お兄さん、自転車で館山まで行ったんだろ?」


 さくらが心配そうに聞く。


「うん。楽しそうだったよ。大学まで毎日、自転車に乗っていって、1日40キロは走っているから普通に大丈夫なんだと思う」


「静流さん、すごいですねえ」


 美月もちょっと驚く。


「ウチらも自転車で走れる距離を伸ばしたいな」


 そして何事もなく電車は走り、南房総市に入る。


 車内アナウンスが那古船形を知らせ、美月が口を開いた。


「大瀧さんが乃木坂のMVの再現をした駅ですね!」


「ああ、見せられたな」


「ウチら3人でもやりたい気はする」


「時間があったらやりましょうよ」


「確かに雫1人だと寂しそうだったからな」


 那古船形を過ぎ、ついに館山のアナウンスが流れた。雫がスマホを確認するが、乗り換えた旨のメッセージは既読がついていない。


「静流、寝てる」


「起こしてあげれば?」


 さくらが促し、もう到着するとのメッセージを入れた後に音声通話を入れる。11コール目でやっと出た。


『ああ、ごめん、寝てた』


「だよね。もう着く」


『改札口で待ってる』


 そして音声通話を終え、美月が羽海を起こす。1時間以上眠って羽海はすっきりしているように見えた。


 忘れ物がないか網棚の上をのぞき込み、指さし確認、忘れ物なし。電車は何事もなく館山駅のホームに停車する。荷物が少ない羽海がドアのボタンを押してドアを開け、4人は降車し、館山駅のホームに降り立つ。


「帰ってきた~~!」


 羽海が両手をあげて伸びをして、帰郷の喜びを表現する。


「羽海ちゃん、やっぱり地元が好きなんですね」


 美月は穏やかな笑顔で、とても担任の先生を見るような眼差しではない。まるで近所のお姉さんを見るような目で羽海を見ていた。雫もその気持ちが分かる。


 安房鴨川行きの電車は発車した。


「ようし。行くか!」


 そして羽海は我先にエスカレーターに乗る。雫たちは大きな荷物を両手に抱えているため、ワンテンポ遅れてエスカレーターに乗る。そしてエスカレーターで改札階まで行き、出口方向に歩いて行くと、自動改札の外に静流の姿が見えた。


「お、しず……」


 そこまで雫が言いかけたところで先行する羽海が駆け出し、秒でSuicaを取り出してタッチして自動改札を抜けると、静流にがしっと抱きついた。


「しずるちゃん! お出迎えありがとう!」


 静流は動揺しながら羽海の肩をとり、距離を作った


「そんな、ダメですよ! いきなりなんですか!」


「だってしずるちゃんが待っていてくれたのが嬉しいんだもん!」


 雫は追いかけて走り出そうにも荷物はあるし、Suicaを取り出すのに時間が掛かる。


 ようやく自動改札を通り抜けたときには羽海は静流から離れていた。


「ぐぬぬぬぬ」


 羽海と静流の間に割って入り、雫は羽海を見上げ、そして静流に視線を移す。いきなりハグする羽海も羽海なら、それに鼻の下を伸ばしている静流も静流だ。羽海は平然とした顔で雫に言う。


「あ、大瀧さん、しずるちゃん、とっちゃったね。ごめんごめん」


「でーい!」


 さくらは少し遅れてやってきて羽海にタックルして、更に2人の距離をとらせる。


「いた、痛い。大坂さんまで」


 羽海は事態をよく分かっていないようだ。さくらは吐き捨てる。


「澪おばさんのいうとおり、セクハラ教師だったか!」


 美月は苦笑いしてさくらが置いていった荷物を引き摺っていた。


 楽しみだった館山の夏休み。


 羽海の参入で、どう転がるか分からなくなった館山の夏休み。


 雫はワナワナと震えるばかりだった。

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