第101話 夏です。南国館山へ(3人娘+美女1人サイド)

 10日ほども館山に行くとなると結構な大荷物になる。雫は荷造りを前日の内に終えて、静流を見送ってから寝た。


 そして4時に起きると静流から連絡が来ていることに気がついた。羽海ちゃん先生がちょうど帰省するというので同行することになったという話だった。まったくけしからん話である。こんなことでは海水浴にまでついてくること間違いない。少し遅れてから羽海からも連絡が来た。おそらく家にいるのだろうから、自転車で走っている静流よりも先に連絡が欲しいものだ。


 それはさておき、さくらと美月にもその旨を伝える。ご両親は安心するだろう。そして約束した時間に美月のお父さんが車で迎えに来てくれた。もうさくらを同乗させていた。


「いよいよだ!」


「雫から館山の話ばっかり聞いていたからいよいよ実際の館山が見られるかと思うと楽しみだよ」


「私も~~ 水着も買いましたし」


「買わされました」


 運転する美月の父が笑った。


 静流から館山駅到着の連絡が入った。家に戻る時間がもったいないので駅で休んでいるということだった。寝てても起こすから、と連絡して、雫はメッセージ画面を閉じる。となり駅には快速が停まるので車は隣駅のロータリーまで行く。乗り換えを1回でも減らして間違わないようにという理由だが、羽海が来るなら別に最寄り駅でもよかった。まあそれは今更だ。


 早朝のロータリーはガラガラで、タクシーも1台しかなく、悠々と荷物を下ろす。3人分の荷物はかなりの量だ。


「おーはーよー」


 Dバッグにダッフルバッグだけの羽海が現れ、4人に挨拶した。


「那古屋でございます」


「美月さんにはいつもお力添えをいただいております。本郷でございます」


 大人の挨拶が始まり、3人は苦笑する。


「館山までは責任持って送り届けます。ご安心ください」


「大瀧くんと同郷だったんですね」


「実は小学校も同じで幼なじみなんです」


「世間は狭いですねえ。先生はいつまであちらにいるんですか? 私も花火大会には行って、翌日に帰るんですが、車で一緒に帰ります?」


「先生業には夏休みがないんですよ。あ、お盆休みはありますけどね。来週の半ばには帰ります」


「そうなんですか! 日頃、忙しいのに」


 大人の事情が顧みられる会話だった。


「羽海ちゃん先生、そろそろホームで待とうよ」


 雫が促す。もう5時25分だ。あと10分ほどでホームに快速電車が入ってきてしまう。大荷物なだけに心配だ。


「そうだった。あと10分だもんね」


「心配だなあ」


 さくらの言葉に羽海が小さく舌を出す。


 美月のお父さんに見送られ、4人で改札口に上がるエスカレーターを上った。両手に大荷物、背中にDバッグを持つJS3人と軽装の先生の4人は何事もなく快速ホームの一番前に行き、先頭車両のクロス(ボックス)シートを占領する。先頭車両に乗っている他のお客さんは1桁だ。羽海が網棚に荷物を納めてくれ、苦労せず4人で腰掛けることができた。美月と羽海が、雫とさくらがそれぞれ座った。


「4人掛けの席ってそのうちなくなっちゃうんだって。来たのが古い車両でよかったよ」


 羽海が3人に言う。美月は感心する。


「羽海ちゃん、よく調べましたね」


「うん。寝過ごさないように徹夜したからね。ちょっとシミュレーションした。あと、新型車両は車椅子も使えるトイレになっているらしいよ」


「豆知識ですね」


「やっぱりバリアフリーは重要だよね。今の自分の身体が普通に動くからありがたさって分からないけど、少し考えて『もし自分が』の視点から見てみたらとても大切なことだと先生は思うんだ」


「羽海ちゃんが休みの日なのに先生だ」


 雫は思わず難しい顔をしてしまう。さくらもつられたのか難しい顔をする。


「『もし自分が』の視点は小学生には難しいですよ。特に男子」


「男子は女子に比べるとやっぱり精神年齢的には遅れがちだよね。先生はそれは狩りとか交易とか外の技術を習得するためだったのかなと思っていて、そういう屋外活動が楽しいと思えた方が有利だから。女子は早めに子どもを産むこともあるから精神年齢が早く発達して、共同体のことを考えられるようになる――なんてね。『もし自分が』の視点は社会的な参加をどのくらいするかの自覚でもあるからね。でも最近は女性でも狩りに従事していた研究成果が出ているみたいだし、あまり関係ないかな?」


「羽海ちゃん、難しい、難しいよ。何を言っているのか分からないよ」


 雫はパニックになる。たぶん、半分くらいしか分かっていない。


「うーん。つまり、今の生活をするようになったのはものすごく最近だから、それまで男性と女性の役割がまた違ったわけで、適切な精神が育つようにできていたはずだから、って話」


「ああ、静流と悠紀くんと考古博物館に行ってきたから分かる。今みたいに電気や水道があって電気でご飯が炊けたわけでも洗濯できたわけでもないもんな。昔の洗濯機もあったぞ。大変そうだった」


「なにそれ? 先生聞きたい」


「大きな丸い金属の玉で、中に洗濯物と洗剤とお湯を入れて人力で回す洗濯機が展示されていた」


「すごいですねえ。洗濯板と洗い桶の時代から今の全自動洗濯機の間にそんな洗濯機があったんですね」


 美月も興味を惹かれたようだ。


「上のところに氷を入れる冷蔵庫もあったぞ」


「なんだそりゃ。氷はどこから来るんだ?」


 さくらの疑問ももっともだ。雫もわからない。


「氷屋さんってたまに看板見ない? 学校のお祭りだとかき氷の模擬店の氷を買っているんだけど、大きな氷を作って売る商売があるのよ。昔はそこが配達していたのよ」


「へー」


 3人娘で同時に感心する。羽海が自戒する。


「いかんいかん。休みの日なのに職業病だな、これは」


「羽海ちゃんは静流お兄さんの前とあたしたちの前だと全然違うよね」


 さくらが目を細めて羽海を見る。当然、さくらも訝しく思っているだろう。


「しずるちゃんは幼なじみだもの。今でも私の中ではしずるちゃん1年生ですよ」


 羽海は楽しそうな顔をする。雫は悔しく思う。


「静流が通っていた小学校に行きたいなあ」


「いいね、私も行きたいよ」


 羽海が笑顔で3人に言う。美月が小さく首を傾げる。


「そんなに館山にいないのに、行く時間あるんですか?」


「予定は今日、同窓会っぽい飲みがあるくらいだからね。まだ結婚しろとか言われないし、気楽な帰省だよ」


 雫が窓の外を見るともう東船橋駅のホームが流れていくところだった。


「じゃあ寝た方がいいのでは?」


 雫は徹夜だったという話を思いだした。


「ところがテンションが高くて眠れない。だって大好きな担任児童が3人揃っているんだからさ」


 羽海は大好きと気軽に言えるキャラクターだとは思うが、いざ面と向かって言われると雫は照れてしまう。それはさくらと美月も同じようだった。美月が応じる。


「私達も羽海ちゃんのこと、去年から大好きですよ」


「えへへ。照れるな。しずるちゃんとどっちが好き?」


「静流」


「静流お兄さん」


 ん、と羽海は首を傾げる。


「大瀧さんはともかく、大坂さんまでそうとは夢にも思わず」


「雫が好きなのとはちょっと違うよ。精神安定剤的に好きって感じ」


「そうだったんだ」


「いや、前から言っていたじゃん。安心するんだよ。静流お兄さんが好きだってだけで。どうせ恋愛的には相手にはされないけど優しくして貰えるし、女の子としてきちんと扱ってくれるし、割と満足。空手の方に忙しいのもあるけど」


「うーん。ウチには分からない感覚だ」


「あー、ちょっと分かります」


 美月は同意するが、さくらと雫は難しい顔をせざるを得ない。


「まあ、これから青春ですから、3人とも頑張ってください」


 羽海はにっこりと笑う。


「ところでさ、みーちゃんはどんな水着買ったの?」


「レモン色のワンピですよ。お腹のところは大きく空いてますけど」


「かわいい」


「あたしも新しい水着だ~~」


「私は去年の黒ビキニ持ってきてる」


 ん、とさくらと雫は同時に羽海の顔を見る。


「あの写真の黒ビキニか?」


「ていうか羽海ちゃん、誰と海水浴に行くの? 同窓会のお友達?」


「ううん。みんなとだけど、付き合ってくれないの?」


「ダメ。ダメだよ。あんな黒ビキニで静流の前に出るなんて。あれは凶器だよ。グラビアアイドル真っ青なんだからさ。百歩譲って水泳の授業で使ってる水着だよ」


「あれは家に置いてきた」


「大人の武器を最大限使う気だな!」


 さくらは激高する。雫も正気ではいられない。美月が間に入る。


「まあまあ2人とも落ち着いてください。羽海ちゃん先生だって静流さんと遊びたいんでしょうからシェアしないと」


「できるか~~!!」


 あのバッキュンボンを目の当たりにして正気でいられるほど静流は悟っていない。しかもいつものようにべったりしてきたらその破壊力は小学生の比ではない。


「審議、審議だ!」


「やあねえ。ちょっとしずるちゃんを借りるだけじゃない~~下僕として最大限使って、ちょっとご褒美あげるだけだよ」


「うわー! 静流の前の羽海ちゃんが戻ってきた~~!」


「油断ならんな、この幼なじみ」


 雫とさくらは互いの顔を見合わせ、目で静流に防御網を張り巡らせることで意見一致した。このあたりはさすが親友同士というところだ。


 車内アナウンスが千葉を知らせている。


 この辺りでようやく3分の1。長い電車の旅はまだ続きます。

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