第99話 夕方になって

 ちょっとお茶をしたあと、4人はゲームを再開した。高校生時代に静流が友人達とTRPGをしていた頃は食べながらやっていたものだが、雫たちにはそういう提案をしていない。というのもやはりそんなに長丁場をする気がないからだ。学校の怪談TRPGに戦闘システムがないのもそこに理由がある。さくっと簡単にストーリーをみんなで楽しむ。しかも子供でもゲームマスターができるというコンセプトだ。このシステムを作ったのは高校2年生のときだが、まさか本当に使う機会が訪れると思っていなかっただけに静流の感慨は深い。もちろんベースとなった元のゲームはある。しかし静流には自分のオリジナルという思いがある。


 そのオリジナルのTRPGで雫たち3人が楽しんでくれているというのは、静流にとっては無上の喜びだ。もっとやりたい気がするが、雫たちには雫たちの楽しみもある。せがまれるくらいでちょうどいいと思う。


 本日のシナリオは2段構えだ。前半が無事に終わったので後半に入る。後半のシナリオは貝合の箱をあけて、いろいろな絵が描かれた貝殻を丁寧に筆でそうじしてあげるというものだ。そしてややかび臭かったので日なたに干しているときに、貝殻を1枚、開け放たれた窓から侵入したカラスに盗まれるという展開だ。


 窓を開けさせるのに苦労するかと思ったが、かび臭いけどどうする、の促しですぐに開けてくれたから、やはり3人はTRPG初心者である。


 しかし誘導に乗せられただけではやらされている感が出てしまう。なのでそれを払拭するべく、一反木綿が都合よく遊びに来て、盗まれるタイミングを一反木綿と近況報告をしあっている内にした。これでバランスをとって自分たちの失敗感を強調する。


 盗まれた後、3人はもちろんカラスを追おうとするが、相手は空を飛ぶ鳥なので苦戦する。一反木綿に協力を仰いでも一反木綿は小回りがきかないため、最終的にはカラスに逃げられてしまう、という結果になる。


 その後、カラスを再発見するが、すでに貝殻はどこかに隠された後。カラスがどこに隠したのか、一反木綿の協力と、猫、そして盗まれた貝殻が女の方だったため、男の方の付喪神が意を決して学園内を捜索するよう、みつきが促し、汚名返上とばかりにカラスが隠した場所、子育て中の巣を発見する。だが、雛がいるため、カラスは手強く、また、空中戦なので男の方の付喪神ではどうにもならなかった。一反木綿も戦っているカラスが○太郎のカラスヘリコプターの一員と判明したため、中立を宣言してしまったので役に立たない。


 妖怪ポストまで行かなければならないのか、と本気で悩んだあたりで雫が勝利の女神像を資料室で発見し、女神像の付喪神の力で、カラスの隙をついて無事、貝殻を回収。貝合の箱に戻り、貝殻もきれいになりました。めでたし、めでたしでゲーム終了となった。


 終了後の感想会が始まる。


「まさかカラスヘリコプターの一員だったとは夢にも思わなかったな」


 さくらが経験ポイントを書きながら言った。美月が一反木綿を鉛筆でさらさら描きながら続ける。なかなか上手だ。


「じゃあ一反木綿のデザインはあのデザインなんですね」


「それはご想像にお任せします」


「いずれゲゲ○の森に行く機会があるやもしれぬ。楽しみだ」


 雫はキャラクターシートのイラスト欄に自画像を描き始めた。


「でも、勝利の女神像の伏線が今回のシナリオで反映されるとは思いませんでした」


 美月の感想ももっともだ。


「いや、確かに安全に回収する手段として用意したけど、逆に貝合の箱をカラスの巣の近くにおいて、カラスの雛が巣立つまで付喪神にカラスの雛の子守をさせててもよかったんだよ。カラスを退治するのはバッドエンドだけどさ」


「そんな展開までは考えなかったな。勝利の女神像の付喪神を使ったのはイージーモードだったかな?」


 雫が少し考え込んでしまったので、それにも静流は応える。


「物語としては伏線を回収するのが正しいので、そこはそうでもない。付喪神にカラスの雛の面倒を看させるのも絵的に面白いからいいとも思うし。無事、雛を傷つけずに貝殻を回収したんだからこれでいいんだよ。バッドエンドでなければ成功なんだ」


「男の方の付喪神が女の方の付喪神の一部である貝殻を探しに行くのも物語としていいんですよね?」


 美月が聞いてくるので素直に答えた。


「正直、それは考えていなかった。ゲームマスターが考えていなかったからといって、それが物語として間違っているわけじゃない。その方がいい展開だと思ったら、優先して採用するよ」


「じゃあ、あたしたち、どうやって貝殻を見つけられたんだろう」


 さくらが首を傾げる。


「一般的なカラスの行動範囲を調べて虱潰しにするとかね。猫の協力や一反木綿の協力があればそれもできた」


「自由度が高い~!」


 雫が思いっきり声を上げる。


「結局、オンラインゲームも人間が楽しかったりするからね。TRPGは自由さが一番の優位点かもしれない。もちろん自由の意味をはき違えなければだけど」


「みんなで楽しむこと、ルールブックに書いていない一番大切なルール」


 雫は前に静流が言ったことを覚えていたようだった。


「そうだね」


 そして皆はキャラクターシートを片付けた。


 もう日が暮れかかっていたので、さくらと美月は帰り支度を始める。夕食の時間も近い。静流は2人に言った。


「朝も言ったけど、僕は近日中に館山に戻ろうと思っているんだ。戻りはお盆前」


「そうなのか。あたしは日程は初耳だな。雫はどうするんだ?」


 さくらが雫の方を見た。


「静流がさ、やっぱり自分1人で自転車で館山まで行くって言うんだ」


「ああ。雫、置いてけぼりの話な」


「だからさくらちゃんさ、みーちゃんと一緒に館山に行こうよ」


「行きたい! もちろんだよ。でも、親はなんていうかな? まだなんも話してないよ」


「私も話してませんけど、行きたいです。静流さん、お父さんに口添えしてくれますよね?」


 静流は美月の言葉に頷いた。


「うん。電車で3人でおいで。分からなくなったり困ったことがあったら僕が駆けつけるから。やってごらん。けど、いきなり自転車を持っていくのはやめようね」


「3人で館山まで電車で行くのは冒険だな! 静流お兄さん、あたしの親にも言ってくれるよね?」


 さくらはやる気十分だ。


「じゃあ今夜はご両親にお話しして。そして結果を雫ちゃんに教えてね。僕からの連絡はそれからだ。計画の詳細もそのとき話すから」


「わかった!」


「連絡しますね!」


 そして美月とさくらは家に帰って行った。


「去年の夏も楽しかったけど、今年の夏はまた格別に楽しそうだ」


 雫が2人を見送った後、感慨深そうに言った。


「また花火を見ようね。今年は4人でだけど」


「また静流の知り合いと会ったら今度はなんて言おうかな」


「うーん。美月ちゃんもさくらちゃんもいるから、雫ちゃんが何を言っても重度のロリコンにしか思われないだろうな」


「そうだな。間違いない。あれ、もしかして羽海ちゃんも帰っているかもしれないのか?」


「そうだね。その可能性は高いね」


「油断できん。どうせ聞いてくるだろ。静流が答えない選択肢はない」


「よく分かっているね」


「今年の夏は、どうなるのか全く先が見えない。でも、楽しいことだけは分かってる」


 雫は静流の顔を見て、ふふふと笑う。


「じゃあ、澪さんが帰ってくるまでまだ少し時間がありそうだから、ちょっと夏の楽しみを前倒ししよう」


「え、何かするの?」


「線香花火買ってきておいた。実は4人でできるかなと思ったんだけど、まあ1束くらい使ってもいいよね」


 雫は大きく頷いた。


「大賛成! 静流と2人で線香花火、いいじゃん!」


 そして頭が回ることに、雫は蚊取り線香の準備をする。


 静流は線香花火とろうそくの準備をする。ろうそくは叔父さんのお仏壇から拝借した。


 バケツを用意し、掃き出し窓からマンションの前庭に出て、ろうそくに火を点す。


 もう完全に日が落ちているので、空はかなり暗かった。それでもろうそくの明かりが小さく見えるのは部屋の明かりがついているからだということに気づき、静流は部屋の電気を消す。周りが明るいのは仕方がないが、直近の照明がなくなったことだけでも意外と暗くなった。


「じゃあ、やるか」


 静流は線香花火の束から1本、引き抜き、雫に渡す。そしてもう1本抜き、ろうそくで火を点ける。


 瞬時に鮮やかな、しかしささやかな閃光が放たれ、枝分かれする火花が網膜に残像として残る。残像が線香花火の醍醐味だと思う。そして最後は小さな小さな火の玉になって、ポトリと地面に落ちる。


「夏の始まりにやる花火じゃないね。寂しいや」


 雫が静流の顔を見上げて言う。暗い中、雫の顔は陰影が濃く落ちていて、いつもかわいいが、今の雫はよりかわいく見える。


「そうだね。もう1本ずつやったら、残りは館山に持っていこう」


「そしてみんなでやろうよ」


 雫の言葉に静流は小さく頷いた。


 もう1本だけ線香花火を楽しみ、2人は掃き出し窓から室内に戻った。


 しばらくして澪が帰ってきたが、そのときにはもう2人は夕食の準備を済ませてあった。夕食の席で雫は澪に計画を説明する。


「さくらちゃんと美月ちゃんが一緒かあ。責任は重大だけど、まあ、乗り換え2回でホームも変わらないし、いいんじゃない? で、どのくらい行ってるの?」


「第2週の花火大会まではいます」


「だいたい2週間かあ。2週間もいないと飢え死にしちゃうなあ」


 澪は笑いつつ冗談を言う。


「ちょうどいいんじゃない。行ってらっしゃい。帰ってきたら私にもうんとサービスしてね」


「はは。承りました」


 雫は小さく頭を下げた。どんなセクハラが待っているのか分からないがそれもご褒美だ。娘が近くにいるのならそんな酷いことにはなりようがない。大丈夫だろう。


 美月とさくらから雫のスマホに連絡が入った。基本的にはOKということだった。いつまでいられるかは分からないが、これで一緒に館山の夏を満喫できるわけだ。


 静流は簡単に計画書と滞在先である静流の実家の情報をPCで作り、さくらには雫のスマホを使って、美月のお父さんにはそのまま自分のスマホでデータを送った。実家には事前に雫の友達も泊まりに来るかもと話をしてあるので安心だ。


 あと決めなければならないのは肝心の出発日だ。


 どうするかなあ、と思いつつ、今日はもう遅くなっていたので寝ることにした。雫はデータを送り終えた時点で、もう自分の部屋に行って寝た。朝のポタリングで疲れ、TRPGでまた疲れたのだろう。そう考えると濃い1日だった。


 自分も寝ることにする。明日はでかける準備をしよう。澪のために作り置きもしなければならない。


 明日は割と忙しい1日になりそうだった。

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