第98話 今も昔も恋心は切ないものです

「さて、旧図書室まで貝合の道具を持ってきましたが、今日はもういい時間です」


「ではどこか鍵のかかるところにしまっておきます」


 みつきの宣言に静流は腕組みをして唸る。


「ここには鍵がかかる棚はあるけれど鍵がない」


「破魔の眼鏡も置きっぱなしなのか」


 しずくが言うと静流が答える。


「旧図書室には鍵がかかるよ」


「では破魔の眼鏡を入れている鍵がかかるけど鍵がない棚に入れて今日は帰ります。桜さん、帰りましょう」


「うん。一緒にお風呂入ろう」


「どことなく百合の響き」


 静流が言わなくていいことを言う。


「じゃあウチも家に帰るか。しずるはもう帰ってるかな」


「しずるくんは家で工作しているよ。太鼓のミニチュアを作っているみたいだね」


「また変なのにはまってるな」


「彼の性格から言ってしばらくは夢中だろうね。さて寮の方は?」


「食堂でご飯食べて、お風呂入って、復習して消灯時間に寝ます」


 みつきの宣言に桜は有無すら言えなかった。


「桜ちゃんはなにかやることある?」


「貝合をネットで調べる」


「おお、重要だね。ウィキペディアに書かれていることはみんな分かる。360個あって、絵柄が対になっていて、大名の婚礼道具だったこととか。貝殻って上と下に分かれるけど別の貝殻は合わないから夫婦仲が長く続きますようにってお呪いになっていたんだね。あ、普通は箱が2つあるみたいだね」


「え、持ってきた箱は?」


「しずくちゃんはいいところに気がついたね。1つだよ」


「じゃあ、もう1箱、資料室に眠っているのかな」


「桜ちゃんはそう思いつつ、もう眠くなってきたので寝ることにした」


「強制展開に入りました! 桜は寝る」


「素直でよろしい。すぐに眠れました。特に朝まで何もありません。朝起きて異変に気がつくのは、そうだなあ、しずくちゃんかな」


「え。何々?」


「『気がつく』チャレンジで」


「ぜんぜん失敗。10だ」


「しずるくんは朝からまた太鼓のミニチュアを作っていて、朝ご飯も食べませんでした」


「しずるが朝ご飯すら作ってくれないなんて!」


「この世界のしずくのお母さんは朝ご飯を作ってくれます」


「現実のお母さんディスられた! ふーむ。夢中になるとこんなことがあるのか、くらいで登校します」


「学校では異変がありますか?」


 みつきの質問に、再び静流が『気がつく』チャレンジを要求。みつきは成功する。


「職員室にいく機会があったんだけどなんかとげとげしい」


「どうしたんでしょうね」


「機嫌が悪い先生が多い。若い先生はどうってことない顔している方が多いかな」


「既婚者?」


 桜が聞く。


「桜は職員室にいません」


「ぬおおお。非情のゲームマスター」


「じゃあ、教室に帰ったところで桜ちゃんに報告。今日、職員室がギスギスしてたの」


「しずるもウチに冷たかった」


「そう言われると僕が傷つくなー。まあ、ゲームの話だ。先に進めよう。羽海ちゃん先生のHRが始まるけど、羽海ちゃんは何の変化もない」


「ああ、この世界の羽海ちゃんも特定の人がいないんだね」


 しずくが小さくため息をつき、静流が答える。


「この世界にだけ特定の人がいたら、それは伏線というものだよ」


「なるほどです。羽海ちゃん先生に質問します。朝、職員室にいったら雰囲気悪かったんですけど、原因をご存じですか?」


「羽海ちゃん先生は少なくとも隣の席の先生が旦那さんの愚痴を聞かされたと教えてくれる。それも些細な、夕食のメインが鶏肉か豚肉かくらいなことでケンカになったと」


「マジでどうでもいい」


 桜が呆れ、その後にしずくが怒っている演技を始める。


「『今夜、俺はポークソテーが食いたかったんだよ。なんでチキンソテーなんだ!』みたいな?」


「そんな感じ。普段はそんな愚痴を聞いたことがないそうだよ」


「まあ、普通、そんなことでケンカにはなりませんからね。はて」


 みつきが首を傾げ、桜がここぞとばかりに発言する。


「じゃあ、みつきにかくかくしかじか、貝合の箱は2つあるはずという話をする」


「破魔の眼鏡のスキャンに入ったんだから、貝合の箱には何かあるということですね。放課後、資料室に行って探します」


「ところが国語の先生が今日は定時退勤して、資料室の鍵を間違えて持って帰ってしまったことが判明」


「ゲームマスターの陰謀だ!」


 しずくが声を上げる。


「国語の先生の家もケンカしていたみたいだから、それどころではなかったんだね」


「なんということだ。予備の鍵を探しに職員室に行く」


 桜は冷静に判断し、職員室に行くが、先生の数がいつもの放課後より少ない上、『気がつく』チャレンジにも失敗し、見つからない。


「みつき、しずく、ヘルプだ!」


「残念ですが、旧図書室に向かっていればトラブルに見舞われますが、向かってます?」


「――貝合の箱を確認するために向かっていると思います」


「ウチもだ……」


「ではトラブルに巻き込まれます。旧図書室に入ると異様な雰囲気に気づきます。チャレンジするまでもありません。そして貝合の箱を入れてある棚の前に人影があります」


「鍵がかかっていたんですよね?」


「みつきちゃん、いい質問だ。もちろんかかっていたよ」


「ということは妖怪の類いですね」


「うん。でも妖怪というかなんというか十二単じゅうにひとえを着た女の人が座って泣いてる」


「十二単?」


 しずくの質問に静流はタブレットで画像をささっと見せる。


「これか。平安時代の重い衣装だ」


 少なくともしずくとみつきには、あさきゆめみしで馴染みがある衣装だ。


「宮中は吹きさらしだから防寒具説があるね。平安時代は温暖だったらしいけど。雨露はしのげても建物に壁が少ないから冬はずっと火鉢に当たっているという。それはさておき、女の人は2割くらい透けてる」


「魑魅魍魎の類いだ。話しかけてみるぞ」


「しずくは中1なので何を言っているのかさっぱり分かないし、向こうも分かっていない様子」


「もしかして昔の言葉?」


「たぶん。その女の人は『けり』とか末尾につけてる」


「私たちもギャル語とか全く理解不能ですから、昔の言葉は分からないでしょうね。逆も当然。ああ、国語の先生!」


「みつきはいいところに気がついた。国語の先生ならチャレンジくらいはできるね」


 桜がようやく自分のターンだぞという表情を浮かべて言った。


「話せはしないだろうな。よし。羽海ちゃん先生なら連絡を取れるだろうから、ご家庭の事情はさておき、鍵だけでも回収したい。戻ってきてもらおう」


「OK。一番現実的な対応策だ」


「貝合の箱が家庭不和の原因なら、解消につながるかもしれないですからね。桜さん、お願いします」


 みつきがオカ研会長らしい台詞を口にして、桜が頷く。


「では職員室で羽海ちゃん先生を探します」


「いましたよ。小テストの採点で忙しそうですが、どうしますか」


「緊急事態なんです。かくかくしかじか」


「ああ、そうなの――先生には気をつけてねって言っておいたんだけど、霊感がないとこうなるのね。分かった。すぐ戻るように連絡するね」


「お願いします――よし。これでひとまず待ちだ」


「では旧図書室に話は戻る」


「彼女がなんて言っているか聞き取れますか? 分からなくていいので」


 静流はみつきに『勉強』チャレンジを要求。失敗する。


「じゃあ、スマホでAiに聞いてみる」


「ずるいな、しずく。それを思いつくか『気がつく』チャレンジ」


「2。成功」


「しずくさん、すごいです!」


「じゃあ女の人にスマホを近づけて検索」


「『嘆きつつ ひとり寝る夜の 明くる間は いかに久しき ものとかは知る 作者:右大将道綱母』とあるよ」


「訳、訳は?」


「あなたがこないと嘆きつつ寝ている夜はとっても長いのです」


「貝合の片方の箱と分かれてしまったから泣いているのですね」


「みつきがそういうと、彼女は内容はわからなくても理解をして貰えたような素振りをする。面を上げてみつきとしずくを見上げるね」


「うむ。知らなかったとはいえ、かわいそうだ」


「早く鍵が戻ってこないかしら」


「ごめんなさい! まだバスが来なかったからすぐに戻ってこられた、ようなことを言って先生が旧図書室に来て、鍵をくれるね。先生にも女の人が見えて、びっくりしているよ」


「かくかくしかじか。後ろから桜が現れます」


「『そうだったの。悪いことをしてしまったわね。本当にごめんなさい』先生は鍵を渡してくれ、女の人に謝りに行ったよ」


「この学校の先生だけあってちょっと変」


 しずくが正直な感想を述べ、静流は苦笑する。


「程度の差はあると思うけれど、魑魅魍魎がこの学校にいることは周知の事実なんだと思うよ。怪談だらけなんだろうね」


「学校の怪談TRPGだけに」


 さくらが小さく笑う。


「さて、国語の先生が貝合の箱の箱を手にして――まあ、棚にあることは誰かが教えたことにしよう。1階の資料室に降りるよ」


「じゃあ鍵を持っているのは私と言うことで、みつきが資料室の鍵を開けます」


「ではみつきさん、精神力でチャレンジ」


「わあ。やられた。8です。ギリ失敗」


「さくらとしずくも続けて精神力チャレンジ。みつきの驚きでなにかあったことがわかって心構えができているので、トランプの数字から1を引いてください」


「何が起きているんだ。しずくは3。余裕で成功」


「桜は8おお。下駄がなかったら失敗してた」


「みつきさんは一時的に精神力が1下がります。そして声を上げます。『信じられない!』」


「マスター、何が起きているんですか! とみつきは動揺しているので美月が聞きます」


「うむ。中では平安時代の衣装、朝服っていうんだけどを着た男の人が、翼と杖を持ったローマ風の衣装を着た女の人――まあ勝利の女神像の付喪神なんだけど――を軽薄そうに口説いています。勝利の女神像はとても迷惑そうです」


「うぬぬぬぬ。貝合の片方がなくなったとたん、浮気に走るとは許すまじ。無駄と知りつつ、ダッシュしてキックします!」


 このゲームシステムに戦闘ルールがないため攻撃は基本的に無効である。


「しずくがダッシュして貝合の男の付喪神に跳び蹴りを食らわすと、男は尻餅をついて、来た一行にやっと気がつくね」


「意外にも効果が。しかしキックは桜の役目だ~~」


「宣言したもの勝ちってやつだね!」


「国語の先生がつかつかと歩いて行って、十二単の女の人もスタンドよろしくついていって、女の人が男をはっ倒したよ。これは効果ありだね」


「付喪神は付喪神を攻撃できるんですね。みつきは正気に戻ってもよろしいでしょうか」


「もちろん」


「破魔の眼鏡でもう1つの貝合の箱を探します」


「チャレンジするまでもなく、先に持ってきた貝合の箱が置いてあった下の棚に普通に置いてあったよ」


「がーん。ただの私たちの手落ちとは……」


「みーちゃんが『がーん』とか日常では絶対に聞けない」


 雫が笑い、さくらが続ける。


「では貝合の箱を国語の先生が持ってきた箱に近づけます」


「では、2体ともすーっと消えた。残った勝利の女神像の付喪神は頭を下げてから消えたよ」


「勝利の女神像の付喪神、いい迷惑。本体はどこにあるんだろ?」


 さくらが首を横に振って探すジェスチャーをする。


「未整理の山の中。整理していけば見つかるでしょう。アイテム『勝利の女神像』のフラグが立ちました。本体を発見できれば、任意の機会で1回戦ってくれます」


「一反木綿がいつ来てくれるかわからないことを思うと有利なアイテムだ」


 しずくが自分のキャラクターシートにアイテム名を書くと、みつきがわなわなと震える。


「そ、それは共有財産では?」


「キックしたもの勝ちだと思われます」


 静流の裁定にみつきは肩の力を落とした。


「さて、前半のエンディングです。貝合の道具を1式揃えて旧図書室に仕舞います。国語の先生は自宅に帰っていきました。おそらく旦那さんはけろっとしていることでしょう」


「先生! 今日の夕食のメインは牛肉がいいですよ」


「しずくも家に帰れば分かるけど、しずるもけろっと普通に戻っているよ」


「異変は付喪神の寂しさからだったのか。ウチは気がつかなかったけど」


「まあ、何事もなく平常に戻って何よりだと皆、思います」


「旧校舎、侮れませんね。次々怪異が起こりそうです」


 みつきがきりっとした顔を作って言った。そして桜が続ける。


「今回は長引かずに異変を押さえ込めたけど、次は上手くいくかわからないからな。なんといってもまだ貝合の箱の中身を掃除する仕事が残っている。心してかからないと」


「桜ちゃんの危惧は的中するのでした。後半に続きます」

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