女子小学生と大学生の楽しい夏休み

第88話 自転車を買いに  

 雫の誕生日が近づいており、買いに行くのならこの週末という日が来てしまった。あまりしたくはなかったが、静流は金曜日の夜に美月のお父さんに督促の電話を入れると軽くOKが出た。どうやら静流からのアクションを待っていたらしい。


 そんな訳で当てをつけていた近所のスポーツ自転車を扱っている個人の自転車屋さんに雫と美月とそろって行くことにした。ただ行くだけだとそれで終わってしまうので、澪から借りている小型のミラーレス1眼を持っていくことにする。その自転車屋さんはどうしてこんなところにというような住宅街の中にあったが、静流が使っているクロスバイクのメーカーの幟が立っていたので、意中のクロスバイクも扱っていると思われた。


 行く途中で美月と彼女のお父さんと合流することにして、静流は雫とマンションを出る。


「やっと新型自転車買えるのか~」


 雫はいかにも待ちわびてましたという風に言った。


「お誕生日プレゼントだからね」


「そうか。そういうことだったのか」


 静流がいうと納得していた。歩いている途中できれいに咲いている紫陽花を見つけ、その傍らに雫に立って貰う。美月たちのと待ち合わせ時間にはまだまだ余裕がある。


「この辺でいいの?」


「紫陽花も雫ちゃんも撮りたいと思うけど主役は紫陽花で、でもセンターには置かな

いで、咲いている感を出す」


「紫陽花を撮りたいのに真ん中じゃないの?」


「センターにしたら記録写真みたいになっちゃうから。上手い人はいいんだろうけど、僕なんかじゃ無理」


「写真、難しいんだね」


「自動加工全盛だから気にする人もいないかもね」


 と、いいつつ静流は何回かシャッターボタンを押す。ミラーレス1眼は面白い。絞りを工夫して背景をぼかしてみたりする。紫陽花を活かして雫をぼかしたり、その逆をやってみたり。撮った画像を雫にも見て貰う。


「デジカメで遊んでる」


「いいおもちゃだ。何気ないことでもこんなに楽しい」


「静流が楽しいっていうの久しぶりな気がする」


「そうかな」 


「あ、でも、この前、節約が楽しいって言ってた」


「間違いない。ストレスになったら節約なんてしないけど。スポーツ自転車を買うのも長い目で見ると節約になるからだからかもしれない」


「交通費がかからないから? この前の都営1日券と比べたら元を取るのが大変だよ」


 美月との待ち合わせ場所に向かって歩き始める。


「運動になるから。フィットネスクラブに行くことを考えたら安い」


「無理矢理な理由な気がする」  


「自分が納得することが大切」 


「それはわかる」


 雫が納得したところで待ち合わせの角に美月とお父さんが見えた。もう日が昇っているのでかなり暑い。そういえば天気予報では梅雨明けしたらしいと言っていた。2人は日陰で待っていた。


「どうもお待たせしました」


 待っていた方の美月のお父さんがそう言うのは、自転車購入を待たせた、ということだろう。


「いえいえ。こちらこそ彼女の誕生日に合わせようと思っていたので」


「大瀧さん、お誕生日近いですもんね」


「みーちゃん、お祝いしてくれる?」


「もちろんもちろん。大坂さんとも考えてますよ」


 雫の誕生日は7月20日。1学期の終業式の日だ。


「ありがとう!」


 そんなやりとりをしながら自転車屋の前に着く。一般自転車は置いていない。店舗脇の自転車のパーツが雨ざらしになっているが、お店の中はきれいだ。高級自転車がお店の中にかかっている。静流のクロスバイクの何倍もする自転車ばかりだ。少し気圧されるが、メーカーの幟が頼りだ。きっと大丈夫だ。そう思いながらお店の人に声をかける。


「クロスバイクが欲しいんですが」


 お店の人は40代くらいのヒゲの人で、自転車カルチャーの中の人という感じだった。


「たまにウチの前で見ますよね。やっときてくださいましたね。お待ちしておりました」


 店主はにっこりと笑った。どうやら偵察していたのがバレていたらしい。


「はは、田舎から来たものですから。田舎者は臆病なのです。今回はこの2人の自転車をと思ってきたんですが、どうでしょう」


 そして雫と美月を前に出し、店主が小さく首を傾げる。


「身長140センチくらいかな? 長く乗れた方がいいよね。ウチに来るってことは真面目なクロスバイクがいいってことでいい?」


「もちろんです」


 静流は大きく頷く。


「真面目なクロスバイクってことは真面目じゃないクロスバイクがあるってこと?」


 美月のお父さんが首を傾げ、静流が答える。


「世の中にはルック車というのがありまして、それっぽい自転車って意味です」


「何が違うの?」


「値段が違いますが、使っているパーツが違います。重さも変速性能も。1番はホイールが簡単に取り外しできるのでパンクしたときにチューブ交換で復帰できるので気軽に遠出できることだと思います。もちろん私見ですが」


「ボルト止めでもスパナを持っていけばできるけど、その一手間二手間がけっこうハードルが高いよね」


 店主さんが相づちを打ってくれる。美月のお父さんも納得したようだった。


「重いといろいろ大変だからね。わかった。そうか。自分でチューブ交換できるのは確かにメリットだね」


「自転車屋さんを探さないで済みますからね」


「それで、買いたい車種は決まっているの?」


「はい」


 メーカーサイトを開いてすぐに見せられるようにしておいたので静流はスマホの画面を店主に見せる。


「身長から考えるとこのメーカーで2択だね。27・5か700Cか。700Cの方が安いけどエアボリュームにも魅力がある。好みだね。ちょうど女性用じゃないけど同じシリーズの男性用のクロスバイクが置いてあるから見てみる?」


「言っている意味がさっぱり分からない~」


 雫が声を上げ、静流は解説する。


「最近のスポーツ自転車は各メーカー女性用モデルを別に作っているんだ。女性と男性では身体のつくりが違うから人体工学的な視点からパーツを変更してる。サドルなんかわかりやすいかな。男性の方がお尻が小さいし、だいたい。男性用の小さいサドルに女性が無理して乗ることはない」


「羽海ちゃんとかお尻大きいもんな」


「セクハラ発言ですよ、大瀧さん」


「27・5とか700Cってのは?」


 美月のお父さんの疑問に店主が答える。


「タイヤの直径のことです。だいたい同じですけどタイヤの太さが違うので中に入っている量の空気が違う。だから乗り心地も凸凹の走破性も違うんです。でも細い方が軽いし早いんです」


「なるほど。どっちがいいのかな?」


「遠出するなら700C。近場なら27・5。でも体力がついたらそんなに変わらないかな。でも巡航速度は明らかに違いますよ。700Cが早いですよ」


「静流の自転車は?」


 雫に見上げられつつ、静流は答える。


「僕の自転車は700C。さくらちゃんのはサイズが小さくで24。まだ小さいときに買ったんじゃないかな」


「静流さんが700Cなら700Cですね。合わせた方が何かと有利ですよ」


 美月が即答したが、お父さんは聞いてくる。


「大瀧くんが乗っているクロスバイクとやらにうちの美月が乗れるの?」


「同じクラスの女性用モデルで、フレームのサイズがXXSになります」


「自転車を選ぶの、タイヤのサイズじゃないんだ」  


「スポーツ自転車だとタイヤのサイズよりフレームサイズで選びますね。メーカーによっては160センチからしか乗れないような自転車も出てますし。まあ、日本の市場なんて狭いですから仕方がないんですけど」


「欧米人の方が大きいから、小さいサイズはあまりないんだね」


 店主が話をしている間にクロスバイクを持ってきてくれる。700Cのクロスバイクのタイヤは一般車に比べて細い。美月のお父さんが不安な声を上げる。


「大きいね。子どもでも乗れるの?」 


「自転車の前三角部分の大きさが小さいので乗れるんですよ」


「いいね。高級感がある」


 雫は期待感を抱きながらクロスバイクを眺めていた。


「今はもう新年度前の新モデルがあるので注文すればすぐ来ます。もしかしたらカラーによっては前年度のモデルがあるかも」


「7月なのに新年度なのかい?」


「アメリカ基準なのです」


「9月から学校始まるからかあ」


 美月のお父さんは勉強になるという様子で頷く。


 店主がPCでメーカー在庫の確認をする。


「XXS、幾つか前年度の在庫がありますね。SとXSのような売れ筋はもうないですが。定価より少し安いし、標準でキックスタンドがつきますよ」


「色を見たいのですが」


 美月がカウンターのPCをのぞき込み、店主が教えてくれる。


「水色とオレンジがあるよ」


「さくらちゃんのが緑で、静流が白だからちょうどいいな。ウチ、オレンジがいい」


「私は水色で!」


「お父さんはこれでいいですか?」


「安いのがいい。今は物価高だから新年度モデルは値上がっているでしょう?」


「正解です。お得だと思いますよ」


「あ、そうだ。ヘルメットを買い換えてあげてください」


 静流が美月のお父さんに言う。


「ああ、娘から聞いているよ。ヘルメットも一緒に注文しよう」


「ああ、でも、サイズが合うかどうか、一応確認してみましょうか」


 店主が店の奥に引っ込んでいった。そして出してきたのが、ホイールのない、フレームとサドル、ハンドルだけの道具だった。


「まあ、なんとなくですけど、イメージが湧くかなと」


 そしてフレーム部分をスライドさせて、メーカーページを見ながらフレームサイズに近づけていく。


「ああ、サイズが小さすぎて調整しきれなかったので、少しまだ想定より大きいですけど、乗ってみます?」


「乗る乗る!」


 雫が採寸する道具に乗ると、確かに少しまだ大きいようだった。


「たぶん、乗れる。ペダルに足がつくし」


「もっと大きくなりますから、今、これくらいでないと長く乗れないですよ」


「何年くらい乗れるものなんですか?」


 美月のお父さんは不安そうだ。


「整備すれば何年でも。ホイールがダメになるまで乗れればいいかなあ。公称160センチまで乗れるサイズなので、中学生までは乗れると思いますよ」


「安心だ」


 ようやく美月のお父さんは納得したようだ。美月も乗ってみてイメージが湧いたのだろう。


「大坂さんの自転車は24インチだったと記憶していますが、一緒に走れるのかな」


「少し大変かもしれませんね。巡航速度に差が出ます」


「そうかあ」


 雫は少し困ったような顔をする。さくらの自転車はまだまだ乗れそうだ。買い換えにはならないだろう。


「でも、タイミングの違いは仕方がないよ。これにしよう」


 雫と美月は大きく頷いた。


「これで公約が果たせました。」


 美月のお父さんは満足そうに頷いた。発注書を書き、届いて整備が終わったら連絡をくれることになった。


 美月たちとは途中で別れ、静流と雫は2人で歩く。


「ついにウチもクロスバイクデビューか」


「練習も、遠くまで行く体力作りもしないとね」


「合点だ!」


 雫はいつも通り元気だ。


「みんなとどこに行こうかな」


「考えるだけでも楽しいよね」


「お母さんに、どんな自転車にしたのか報告しないと」


「そうだね。きっと驚くと思うよ。想定よりずっと安く済んだから」


「そっか。違う自転車にしたし、型落ちだからね」


「でも、競技用じゃないから型落ちでもあんまり関係ないし」


 静流は満足だ。雫に言われるまでもなく、どこかに連れて行ってあげたい。いや、自分が、雫と一緒にどこかに行きたい。


「到着が楽しみだね」  


 雫の言葉に大きく頷き、静流は雫と一緒に家路を辿ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る