第84話 都庁から東京を一望です

 都庁の入り口はもう開いており、展望室直通エレベーターには何十人も並んでいた。展望台にはトイレがないらしいので、まずはトイレを済ませ、列に並び、手荷物検査を受ける。20分ほど待ちになりそうだ。


 雫は都庁の見学用パンフレットをダウンロードして、同じ画面を静流と一緒に眺める。高さ243メートルで展望台の高さは202メートルもあるとのことだった。東京タワーの展望室の高さを調べてみると150メートルとあったので都庁の展望室の方が高い。


「しかも無料だ」


「いや、東京タワーはもうTV電波塔の役割をしていないから入場料が重要な収入源だから仕方ないよ」


「そもそも電波塔って何? 電波を出してるって訳? つまりTVの電波は昔、東京タワーから出てたんだ?」


「そのための塔だよ。今はスカイツリーだと思うけど、なんのための塔だと思っていたんだ?」


「観光施設! そっか! そういう役目を果たしていたのか! 電波ってどっから飛んでくるんだと思ってた! 漠然と放送局のパラボラみたいのから放射されるんだと思ってた気がするよ」


 エレベーターに並んでいる人たちからくすくすと笑い声が漏れるが雫は気にしない。静流が東京タワーを調べ、一緒にスマホ画面を見る。そしてNHK-FMとJ-WAVEはスカイツリーに送信施設を移転したという記述を見つけ、静流が声を上げた。


「だからNHK-FMとJ-WAVEは雫ちゃん家だととってもよく聞こえるんだ。近いもんね」


「土手からよく見えるもんね」


 調べ物をしていると時間の経過が早い。やっぱり待ち時間にスマホでゲームなんかしているものではないと思う。この時間だけでいっぱい雑学が増えた。


 すぐに展望室の開室時間になり、ギリギリ1回目のエレベーターに乗ることができた。200メートルも昇るエレベーターに乗るのは雫は初めてだ。


「すごーい。変な感じ~」


「僕もこんなに長く乗っているの初めてだ」


 変な感じとしか言いようがない。ふわーっとする。気圧差だろうか。そして意外と早く展望室に到着し、ほとんど人がいない展望室にエレベーターからかけ出した。


「静流、こっちこっち!」


 すごくデートな気がする。展望室の中にはカフェやお土産屋さんもある。横長に写真パネルで解説されており、何がどれと分かるようになっている。しかし今日は雨なのであまり見通しがよくない。晴れた日の方がよかったかなと思うが、久しぶりの静流とのデートだ。そんな贅沢は言っていられない。


 そして東側を眺められる方に向かい、白い屋根の東京ドームやひときわ高いスカイツリーを見つける。


「家、見えるかなあ」


「晴れていたら見えるのかもね。市川駅前の図書館が入っている高層マンションは見えそう」


「お母さん、起きたかな。2人ともいないの驚いているだろうな」 


 マグネットボードに出かけるとは書いてきたが、寝坊する澪が悪いと思う。まあ、起きていても来なかっただろうとは思うが。


「こんな雨なのにってきっと呆れているよ」


「違いない」


 外が薄暗いので映るのか怪しいと思いつつ、自撮りで記念写真を撮る。一応、窓の外には東京の鳥瞰図が映り込んでいたからよしとする。


 それから西の方に移動して窓の外を見る。多摩丘陵が見えるはずだが、雨のせいでまったく分からなかった。天気がよければ南西に富士山が見えるらしい。そういうときにまた来てみたいものだと思う。


 2人でベンチに座り、ボトルで水分補給をする。もうけっこう飲んでしまっていたので残りが少ない。


「そうだ。水を汲めたはずだ」


 静流が立ち上がり、展望室の中を歩く。雫もついていくとウォータークーラーとボトル給水用の装置が一体化しているコーナーを見つけた。


「水を入れてきたのはこのため?」


「ううん。偶然」


「静流は節約が好きだな」


「節約が好きなんじゃなくて、節約することを考えるのが楽しい」


 確かに。都庁に来たのも都営1日券を使うのもケチといえばケチだが、それで十分、デートを楽しむという目的は達成できている。ここで水を補給できたのもちょっとしたイベントだと思えば楽しい。


「じゃあお土産を買っていこう」


「節約が好きなんじゃないのか」


「実用品を買っていけばいいんだよ。そうだなあ……」


 そしてお土産売り場に歩いて行く。お菓子や民芸品なども売っているので、ここで海外旅行客も日本土産を購入できるように考えられたラインナップに違いなかった。東京の工芸品売り場で雫の目に留まった。


「これがいいよ」


「手ぬぐいだね。いいね。柄を選ぼう」


 静流に即座にいいねと言われて雫は嬉しい。


 柄を選び、オレンジ色の波の模様が入った手ぬぐいに決めた。静流は紺色のベーシックなものだ。手ぬぐいはバッグに忍ばせておこうと思う。タオル代わりにも使えるし、もちろんハンカチにも使える。


「手ぬぐい1本で銭湯とか行きたいなあ」


「ウチもまだこのくらいの髪の長さならギリ行けるかな」


 割と髪が伸びてきた。髪型をどうするかはさておき、そろそろ毛先を整えて貰いに行きたいと思う。静流がクリスマスプレゼントにくれたヘアゴムを使ってツインテールにしてみたいとは思うが、そうするには先は長い。


「じゃあ今度、石けん持ってきてどこかの銭湯に行こう」


「銭湯じゃ男女別々だ」


「家でも風呂は別々に入るだろ! 公共の場で通報されるようなことを言わないでくれ!」


 静流は誰かに聞かれていないか、キョロキョロと辺りを見回した。大丈夫らしい。


「ごめんごめん」


 お会計を済ませて、下に降りるエレベーターに並ぶ。まだそんなにお客さんが来ていないので、1回で乗れそうだった。


「これからどこ行く? まだ11時にもなってないよ」


「これが平日なら都庁の資料室に行くんだけど」


 雫は静流を睨んでしまう。静流は今日がデートと言うことを忘れそうになっているらしい。一応、平日ならとつけてくれたので許す。エレベーターに乗りながら、都庁案内を見る。


「オリンピックコーナーがあるんだって」


「せっかくだから寄ってみようか」


 2階で降りて、オリンピックコーナーにいくとミライ・トワの大きな人形や聖火トーチや写真パネルなどが展示されていた。2人でミライ・トワと一緒に記念撮影をして、これで都庁の観光を終わりにする。


「じゃあ、新宿駅に行こう」


 雫は今のうちにと、静流と腕を組む。


「何するの?」


「バスに乗って早稲田まで。そして路面電車に乗る」


「路面電車って何よ?」


「え、路面電車知らないの? うん、まあ、荒川線はあんまり路面走っていないけど」


 しぶしぶ荒川線をキーワードにして自分で調べてみるとレトロカラーで塗られた小さな電車が花壇や桜と一緒に写っている画像が出てくる。


「おお、こんな電車があったんだ」


「都電ね。結構楽しいらしいよ。僕も初めてだよ」


「オススメスポットとか紹介してるミニ雑誌がダウンロードできるぞ」


 見てみるといい感じの喫茶店やアクセサリーショップが紹介されている。


「寄りたい~~」


「行きたいね。雨の日にはちょうどいい」


 そして静流の歩くままに腕を組んで地下道を歩いて行くと動く歩道に入った。


「うわー、すごい。初めてだ」


「腕組んでいると幅が狭いから歩きづらい」


「歩かないとダメなの?」


 雫が後ろを振り返ると結構な人がきている。仕方がないので腕を放してすたすたと2人で歩いて行く。ずっと動く歩道ではなく、1回終わってまた先が動く歩道になっている感じなので、腕を組んでいたら危なかったかもしれなかった。


 動く歩道のお陰かすぐに新宿駅に着いた。新宿駅までの地下道はお店もいっぱいあり、そろそろ開店時間だったので店の前で店員さんが忙しそうに準備していたりと、新宿が大勢の人が働く、常に動いている街であることを実感できた。


 新宿西口から都バスに乗り、早稲田へ。比較的空いているので2人掛けの、タイヤの上の狭い席に座る。雫はしっかりと静流の手を握っている。


「ウチ、路線バスに乗ることがないから新鮮。お正月以来だと思う」


「そっか、温水プールはマイクロバスだったもんね」


「前乗りで一日乗車券を見せるだけでいいなんて戸惑うね」


「戸惑わないのは東京人だけだ」


「もう、元取れた?」


「325円で小川町まで。本郷三丁目駅から220円で都庁まで。そしてこのバスで210円。計750円。もう元が取れた。あとはもう乗れば乗るほどお得になるだけ」


「すごいなあ。このあと、路面電車に乗ってどこまでいくの?」


「終点の三ノ輪までいって、また都バスで浅草までいって、浅草線、新宿線かな」


「すごい! 乗り放題満喫旅!」


「いいでしょ。1度やってみたかったんだ」


 雫は笑い、静流も思わずつられて笑ってしまう。


 土曜日の明治通りは平日ほどではないのだろうが、少し混雑していた。普段の移動が自転車の静流としては少しストレスを感じるかと思っていたが、そんなことはない。雫がいれば何も気にならなかった。


「バスいいねえ。ゆっくりで、静流と一緒にいられる気がする」


「嬉しいことを言ってくれるなあ」


 静流は目を閉じる。雫の手のひらからぬくもりが伝わってくる。それがとても大切なものだと分かる。理屈ではない。感じるだけだ。


「どっかでみんなにお土産買う? 都庁で買わなかったし、浅草?」


「みんなのお土産はいいよ。東京だもの。でも三ノ輪商店街でお惣菜を買って帰ろう」


「お母さんへのお土産だね」


「摘まみになるものにしよう」


 雫はまた笑う。今度はふふふと笑う。雨粒で車窓が濡れていて、少し曇り始めた。外はあまりよく見えないが、同じような街並みが続いているのは分かる。


 車内の液晶表示を見るともう少しで早稲田に到着するようだ。そもそも10停留所くらいしかない。都内は広いようで狭いのだ。


 静流と雫は折りたたみ傘の準備をして、降りる用意を始めたのだった。

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