第83話 今度こそ、デートです
お風呂から上がった後、リビングに戻るとまだ雫は眠らずに座卓に座っていた。
「静流、明日の用事は?」
「特にないよ。筋トレして本でも読もうかと思ってた」
雫は非常に真面目な顔をして、静流を見上げた。
「最近、何かしていないと思わない?」
そう言われると静流がすぐに思いつくのはこれだ。
「TRPG」
「違う! わざとボケてるだろ!!」
「そんなことないよ。2ヶ月も間が開いてしまったから、美月ちゃんやさくらちゃんに悪いなと思っているんだ」
「確かにそうだけどもっと間が開いているものがあるだろ!」
雫の言葉には怒気がはらんでいた。
「静流が館山から来てから1回しかデートしてないよ!」
「そうだったっけ。そうだったかも。お買い物とか図書館除く、だね」
「そう。デートらしいデートをしたい!」
静流は腕組みをしてうーんとうなった。
「今日の明日で考えつかないな」
「別にウィンドウショッピングしてランチかスイーツを食べに行って終わりで十分だからさ~~静流を1日独占したい~~!」
なるほど。そういう意味では最近は羽海の方が静流を独占したことになる。羽海本人が欲しかったのは労働力だったのだが、それはさておき、だ。
「うん。わかった。じゃあ、明日、朝起きるまでに考えておく」
「やったー」
入浴中の澪に聞こえないように雫は歓声を上げた。
しかし一晩寝ても、静流の頭には全くデートプランが思い浮かばなかった。そもそもデートをしたことなど雫としかないのだ。さすがに今回は自分が行きたいところに行くのはどうかと思ったが、ふと雫の言葉を思い出し、布団から出た。前からやってみたいことを実行に移すことを決めたのだ。
まだ朝の5時だったが、リビングには既に雫の姿があった。彼女の顔からは何を言ってくれるのかという期待の笑顔の眩しい輝きが放たれていた。
「おはよう」
「おはよう。決めたよ」
「ホント、どこ行くの?」
「こんな時間に起きると、長くなるよ。都営1日券使い倒しツアー」
「なんだそれ?」
本当に分からないという顔をして雫が静流の顔をのぞき込んだ。
「都営1日券で都営地下鉄と都営バスに乗り放題なので、都内を散策します」
「ほう!」
「ノープランですが、電車の中で沿線の情報を調べながら途中下車しましょう」
「なるほど」
「雫ちゃんが前に言っていたから。何をするかじゃなくて誰とするかだって」
「そうだよ静流!」
雫が笑顔になり、立ち上がったかと思うとタックルしてきた。
「ぐふ」
「耐えろ」
雫の圧はいつもよりずっと強かった。お着替えして、ボトルに飲み物、ちょっとしたお菓子、そしてタオルを持ってお出かけする。外は雨。梅雨時だ。仕方がない。しかし今日の移動は電車とバスなので問題はない。最寄り駅までの徒歩13分を水たまりを避けながら歩いて行く。
「ねえねえ、最初にどこに行こうか」
「うーん。東京タワーかな。都庁かな。都庁ならタダだな」
「じゃあ都庁で。どっちにしろ行ったことないし」
「千葉都民だけどね」
最寄り駅に着き、折りたたみ傘を畳んで、都営1日券を購入する。スイカやパスモにつけてもいいのだが、記念にしたいというので電磁チケットを購入した。チケットには東京都のマークが印刷されており、千葉で東京都の緑のイチョウマークを見るのは何か変な気がする。ついでにスタンドにあった都営沿線を紹介したチラシと都バスの路線図を貰う。
まだ朝の7時だ。まったく急ぐ旅ではない。というか時間を持て余している。都庁の展望台が開くのは9時半だ。どう考えてもどこかで途中下車する必要がある。
ガラガラの各駅停車に乗り、並んで座る。
「さすがに早いから途中下車しよう。湯島天神か神田明神」
「やっぱ神社か。静流らしい」
「朝から開いているしね。神田明神は少し駅から歩くけどラブライブの舞台になっている」
「じゃあ神田明神で」
小学生の雫でもラブライブは知っているらしい。彼女が生まれる前か生まれた頃かその辺のアニメだが、今もシリーズが続いている有名な作品だけのことはある。
「いいね。じゃあ小川町で下車して歩こう」
そして都バスの路線図を開く。小川町から北上して秋葉原をかすめて神田明神までだいたい1キロほど。バスに乗るまでもない。それから都庁に行くのならば大江戸線に乗った方が便利なので神田明神から本郷まで歩くことにした。もう暑くなっているが、雨降りなので寒いくらいだ。傘が邪魔だが、苦労して雫は静流と手をつなぐ。晴れたら夏でも暑さに耐えられて腕を組めるうちは組むつもりに違いない。もはや執念だ。
「本郷って羽海ちゃんと関係あるのかな」
「逆だろ。羽海ちゃんが本郷と関係あるのかなだろ」
「あ、そっか。調べてみるか」
調べてみると本郷は元々の郷という意味合いで本郷なのでどこにでもある地名のようだ。羽海とは関係ないだろう。
小川町まで地下鉄で30分ほど。そして秋葉原方向に北上し、昌平橋を歩いて神田川を渡る。
「ウチ、秋葉原に行ったことないんだよね」
まだ朝早いので通勤客らしき人たちしか歩いていない秋葉原を右手に眺める。看板などでメイド喫茶などが見えるのでおそらく間違いない。
「僕もだ。用事がないからな。秋葉原まで来ないと手に入らないものとかあるんだろうけどそれに興味がないからな。あ、ブラタモリでやっていた船着き場とか見たい気がするけど今日はやめておこう。別に大学に行く途中で見ればいいんだから」
「そっか、静流の大学はこの辺か」
「大雑把に言ってそう」
「じゃあ本当は都営1日券がなくても都庁まで行けたんじゃないのか?」
「でも雫ちゃんがついてこられないから。今日はデートだもの」
「さすが静流!」
雫の腕の力が強くなる。そして交差点を越えて少し坂を上るともう神田明神だ。
「うわあ、本当だ~~」
アニメの舞台が確かにそこにあった。社殿の造りや色、狛犬の配置などまさにアニメそのままだ。いや、これも逆だ。アニメがそのままだ。朝早くからもうお守りなどが売っていて、絵馬には劇中で巫女さんをやっているキャラクターがプリントされている。
「いわゆる聖地巡礼だなあ」
お香が焚かれていて、独特の香りが境内に漂っている。
「東京の街中を歩いてきたのに、ここだけ不思議な雰囲気だあ」
雫がいうのも分かる気がする。神社は都会の喧噪をかき消す力を確かに持っているのだと実感できる場所だ。静流は雫に小銭を渡し、拝殿にお参りする。
「ここは何の神様なの?」
「時系列では大己貴命と平将門、そして少彦名命。来る前に調べたんだけどね。てっきり平将門だけだと思ってた」
「歴史博物館に展示パネルがあった平将門のことだね」
「よく覚えてるね。この辺には平将門が大きな影響力を持っていたんだ」
「日本はまだまだ安定していなかったんだよね」
「当時、東北はまだ大和朝廷とは別の勢力が支配していたからね。関東で叛乱が起きても何の不思議もない」
「どうせそんなこと習わないんだろうな」
雫もどうも自分の影響を受け始めているらしく、申し訳なく思う。参拝を済ませて、本郷まで歩く。秋葉原を抜けると普通のビジネス街のように見える。静流も大学に通っていてもあまり来ない方向だ。春日通りまで出て、青い道路標示を見る。
「高崎まで104キロだって群馬県だよね。すごいね。館山くらいだ」
「雫ちゃんにとっては館山が1つの基準なんだね」
「そりゃそうだ。だって1番行っているとこだもん。そう考えると距離感が湧いてくるな」
「とってもいいアイデアだと思います」
静流が誉めると雫は照れて笑った。本郷3丁目で都営大江戸線に乗ると、まず、ホームまでの深さに驚いた。都心の地下鉄では最も新しいので、もう地下が開発されていたから、それより深く掘らないといけなかったのではと想像する。静流が館山に住んでいた頃、上京するのに使うこともあった京葉線の東京駅ホームと同じだ。そして大江戸線の電車に乗ったら乗ったで、その小ささに驚いた。空いているのですぐ座るが、扉と天井までの間隔が短い。そして天井の角が丸くて低い気がする。そういえばそもそもホームから見えているトンネル部分も狭く、低く思えたことを思い出し、錯覚じゃなかったんだなあと静流はスマホで調べ始める。
「リニアメトロっていうんだ……」
隣に座る雫の方が先に調べがついたようだった。どうも浮遊式のリニアモーターカーではなく、鉄車輪支持式といって、レールの間に磁石となるプレートが敷かれ、車両部分に電磁力を発生させることによって進むらしい。回転力をモーターに頼らない分、低くできて、その分、トンネルも小さくなると動画で説明しされていた。
「世の中知らないことばかりだ」
「静流がそういうんだから、普通の人も知らないね」
「都営大江戸線ってリニアモーターカーだったんだなあ」
あとで誰かに話したい話題だが、大学では興味を持って貰えそうな知り合いがいない。知り合いはみんな歴オタだ。残念だ。帰省したときに高校の友人に話そうと思う。
「なんか意外に面白いぞ。まだ都庁に着いていないのに」
雫は楽しそうで静流にとっては何よりである。
「スマホだと思いついたら調べられるからすごいね」
「スマホでゲームばっかりやってちゃダメだよね。ウチはやってないよ!」
「いや、ツッコむ気はなかったよ。知ってるから」
「こんなにスマホで調べられるのにさ、気にしなかったら調べないんだから結局、持っている人間の問題だよね」
雫が真顔になる。何か言いたげだ。
「さては何か思うところがあるね」
「タブレットが学校で配られたんだけど、みーちゃんみたいに自分で勝手にプログラムを始めてみる子もいれば、動画サイトでゲームの配信を見ているだけの子もいて、圧倒的にゲーム見たり面白おかしくしてるだけの子が多いわけ。結局、持ち手次第だなあって」
雫は不満そうだ。
「人間は弱い生き物だから楽な方を選ぶよね」
「動画撮って、面白い紹介動画を作る子もいる。すごいなあと思う。けど、大多数はそんなことしない。じゃあ、なんなんだろう、このタブレットっていつも思っていた」
「少数の出来る子を育てるけど、それ以外は自分に甘いから自分でそれじゃダメだって気がつくまで放っておくよね――」
「羽海ちゃんも悩んでたよ」
「そっか……もともとの子どもの資質が先にベースとしてあって、ITC教育はその上にしか存在しないから、自分に甘い子は甘いままだってことだよね?」
雫は頷いた。
「読書をいくら勧めたって、動画の方がわかりやすくて面白いから苦労して、頭使って、想像しながら、本なんか読まないよ。動画なんかたいした中身ないのにさ」
「それに気がついている雫ちゃんは大したものだと思うよ。でも僕が小学生だったらずっとアニメを見ていたかもしれない。でもWikiばっかり読んでいたかもしれないけどね」
「Wikiすごいよね」
雫が目を輝かせる。
「奈良県の古墳だけでもWiki読み切れないし、気がついたら普通の人が作ったサイトを見てるし、図書館で目星つけた参考資料を探している……」
「それもどうかと。ウチは気になったこと調べてるな。この前はギターのことを調べたよ。細野さんが弾いていて、格好いいなと思って。みーちゃんのキーボードも格好良かったけど、細野さんはギター歴1年だっていうから」
「そうなんだ」
「ウチも頑張れるかな」
「やる気があればやってみればいいと思うよ。細野くんっていういいセンパイもいるんだし」
「うん!」
笑顔の雫は本当にかわいい。こんな話をしている間に地下鉄は都庁前駅に到着した。時間的にもいい頃合いだった。
「じゃ、降りるよ」
「うん、行こう、静流!」
そして腕を組んだまま、静流と雫は地下鉄を降りて、都庁直通の階段を上ったのだった。
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