第82話 お勉強会をしてみたい!

「今度、お勉強会しませんか?」


 そんなことを美月が言い出して、雫は唖然とした。特に何もない下校中のことだった。


「美月、また何か変なマンガでも読んだんだろう?」


 さくらにツッコまれ、美月は素知らぬ顔をする。


「だって小学生には落第も補習も期末テストもないんですもの。やってみたいと思いませんか?」


「GWのお泊まり会の時にやったじゃん。それに大きくなったら必要になってやるに違いないから今からやることないよ」


 雫は美月の提案にうんざりする。


「あれは日々のお勉強だけでしょ。そうじゃなくてお勉強会。静流さんが教えてくれたりして、楽しそうだと思いませんか?」


 美月のその一言でさくらが敵に回った。


「おお。雫の家でやるなら乗った」


 これはどうも勝ち目が薄いっぽい。ならば方向転換だ。


「じゃあ桃華ちゃんも呼ぼう。2年生の勉強を教えてあげるのもいい経験になると思うよ」


 こうなれば数で拡散するしかない。さくらの魂胆は分かっている。静流に教えを請うて接近したいのだ。桃華がくればまた別の意味合いになってくれる。それに桃華とまた遊びたいと雫は思っていたのだ。


「名案ですね。静流さんには家庭教師兼パティシエになっていただきましょう」


 美月が勝手に話を進めていく。さくらが更に思いつく。


「ゆうきと悠紀はどうする?」


「そんなにメンバーを広げなくても」


「一応、声をかけて、くる来ないは決めて貰っていいと思います」


 美月が言うのならそれがいい。雫としては悠紀のことを美月がまだ警戒していないか心配したからという理由だけだ。


「でも羽海ちゃん先生を呼ぶのは仕事の延長になってかわいそうだからやめましょう」


 美月の言うことはもっともすぎた。そんなわけで土曜日の午前中11時頃に集合と言うことになった。翌朝、学校で桃華と一緒に花壇の水やりをしているときに話をすると雫ちゃん家に行ってみたいという強い語気で返事があった。


「そっか、来たことなかったんだっけ」


「桃華、行きたい」


「うん。じゃあ、お勉強道具を持ってきてね。お父さんには別にこっちからきちんとお話しするから」


「うん。待ってる」


 スムーズに話が進み、静流から桃華のお父さんには話を通して貰った。


「なんか健全な集まりになるね」


「いや。餃子を食べたりTRPGしたりゲーム大会したりも健全だよ。大人がお酒を飲まなければいいんだ」


「もっともな話だ」


 静流は苦笑するしかないようだ。悠紀とゆうきは家の用事があるとのことで、ホッとするやらちょっと寂しいやらだった。澪に勉強会の話をするとやれやれという顔をして言った。


「あんまり静流くんをこき使わないで、お弁当を持ってきて貰ったらどうかな」


 もう昼ご飯は静流に作って貰うとばかり雫は思っていたので、澪の言うことは青天の霹靂だった。


「おお。考えてもみなかった」


「ホント、あんたこのところ静流くんに頼りっきりね。それじゃ愛想尽かされちゃうわよ」


 澪は完全に、呆れたという顔をしていた。


「確かに」


 ならば自分のお昼ご飯もお弁当で自作にしようと雫は思った。土曜日の朝には静流のバイトがあったのでその間に自分のお弁当を作る。学童に行っていた頃は自分で作っていたから楽勝だ。ご飯部分は鰹節と海苔で二層にする。おかずは100均の目玉焼きの型で真ん丸に作り、レタスとプチトマトを詰める。これだけでお弁当に見えるが、あと1品欲しくてちくわの中にキュウリとチーズを詰めて輪切りにしたものをプラスする。久しぶりに作ったにしては完璧だ。


 家の中の掃除をして、澪を起こしてご飯を食べて貰い、洗濯を済ませると静流が帰ってくる。そして一緒に干して、あとは勉強会のメンバーを待つだけだ。


 最初に来たのは桃華だった。お父さんと一緒にインターホンのカメラに映っていた。


『本成寺です』


 そして玄関まで一緒に来てくれた。澪が出て、桃華のお父さんから菓子折を貰って恐縮していた。桃華のお父さんが玄関の扉を閉めてから、澪は言った。


「想像していたより若かったわ」


 桃華の話はいつもしているので、澪もどんなお父さんか気になっていたらしい。


「母さんはどんな人なのかしら」


「桃華の家にお母さんはいません」


「あらそうなんだ。うちもお父さんがいないから同じね。初めまして、雫のママです」


「はじめまして、本成寺桃華です。2年生です」


「かわいい。雫はかわいい女の子とお友達になるのが得意ね」


「そうらしい」


 雫は桃華の手を引いてリビングに案内し、掃き出し窓からプランターの草花を見て貰う。ローズマリーが収穫時期だ。バジルもそろそろパスタ1回分くらいにはなりそうだ。


「静流さん、おはようです」


 桃華が丁寧にお辞儀をして静流も笑みを浮かべる。


「おはよう。お弁当は持ってきた?」


「お父さんが作ってくれました」


 保冷バッグを手に、自慢げな顔をした。


 遅れて美月とさくらが来て、座卓に小さな座卓を合わせて4人分の勉強場所を作る。静流はカウンターに腰をかけ、本を山積みにして待機態勢だ。


 特になにもいわず、皆、勉強を始めて、雫は少し驚いた。無駄なおしゃべりでもするのかと思っていた。1番、集中できないのは桃華で、買ってきたばかりと思われる問題集を開いて形を作ることから始めていた。


「桃華、おやつのためにがんばる!」


「じゃあ僕は桃華ちゃんのためにスイーツを作ろう」


 そして静流はキッチンに立った。


「し、静流、その言い方は……」


「雫お姉さんはお兄さんが本当に好きなんだぁ?」


 桃華がくすくすと笑う。雫が桃華に嫉妬心をジェらっと燃やしたのがあからさまだったらしい。


「みんなの為に作るよ。さあ、勉強、勉強」


 静流が勉強を促す。桃華は漢字の書き取りをしている。だが、すぐに飽きる。なので、静流が雫のために用意した復習問題の1年生の漢字の書き取りをプリントアウトし、一緒に解き始める。桃華はすらすら解いていく。


「1年生のならカンタン!」


「簡単なら100点とらないとね」


 そして静流に解答用紙を提出し、静流が採点すると95点だった。


「う……やり直す!」


「じゃあ、1度、頭から問題を追い出すために、漢字の練習をしようか」


「えー やだ!」


「だって続けてやったら100点になるに決まってるでしょ?」


 ぐうの音も出ない桃華だった。漢字の書き取りを10字を10回やったあと、静流が再テストするとさすがに100点になる。


「じゃあ、これで漢字テストだ。さっき覚えた10個を書いてみよう」


 桃華が再テストする間に手書きで問題を作っていた。


「こんなん解けるよ」


 しかし漢字を1つ、一画抜けていたので90点になる。そして桃華は悔しがり、静流は1年生の漢字の読みがなテストをプリントアウトして置いたものを桃華に渡す。そしてまた2年生の漢字を再テストし、と静流はこの繰り返しをしていた。テストと再テストをうまく使って2年生の学習と1年生の復習を交互に進めている。


「うまいなあ」


 さくらが感嘆した。雫もそう思う。ここまで露骨ではなかったが、雫も5年生の予習とそれまでの復習をこんな感じで交互にさせられていたのを思い出す。


「じゃあ最後は系統立てて復習するんだ?」


 雫が静流に聞くと首を横に振った。


「いや。飽きさせないだけの目的だよ」


「桃華、手玉にとられた」


「手玉にとるなんて言葉、よく知ってるね」


 静流がそう誉めると桃華はとても喜んでいた。


 飽きないで勉強をするのはとても大切なことだと思う。10個やって1個でも残ればいい。その1個が今度やるときのとっかかりになるものだと雫は思う。美月は黙々と勉強していたが、静流が疲れを見せると桃華の勉強を代わってみてあげた。今度は算数で、桃華が定番の質問をしてきた。


「どうして1+1は2なの?」


「私はいつもこう答えているんだ。それは10進法で決まっているから。桃華ちゃんは時計、読める?」


「うん。1年生だもの」


「時計の長い針が12から12まで回ったら何時間?」


 桃華は時計を見て考えてから答える。


「1時間」


「1時間は何分?」


「60分」


「30分足す30分は何時間?」


「それも1時間。あ、足して60なのに1だ。どうしてだろう」


「それはそう決めているから。60進法っていうの。逆に別に1+1は2といわないこともあるんだよ」


「そうなの?」


「うん。1余り0っていうこともあるんだよ」


「2進法かい!?」


 静流が声を上げる。美月は面白そうに言う。


「桃華ちゃん、算数、面白いでしょう?」


「わからないけど、面白そう」


「だから、「1+1」は「2」になるんじゃなくて、10進法では「1+1」を「2」としているの。理由はただそれだけ」


「それ、聞いているだけだと難しいな」


 雫も混乱してきた。さくらに至っては自分の勉強に集中している。


「よく5年生でそこまで理解しているな。美月ちゃんすごいや」


 静流は感心する。


「プログラムを組みますから。それで2進数に興味を持って」


「必要は発明の母だ」


 静流はまた感心する。今どき、ラズベリーパイを使ってプログラムを組む子は大勢いるが、2進数まで自力で調べて理解する美月はすごい。雫も感嘆する。


「学校じゃここまで教えないよなあ」


「でも興味を持てればそれで勝利だ」


 静流は大変、感心していた。


 こんな脇道にそれて、お昼の時間になる。お昼ご飯はみんなお弁当だ。それぞれ個性的なお弁当だ。美月はサンドイッチ。さくらはいなり寿司。桃華は三色弁当。


「みんなそれぞれ美味しそうでなにより」


 静流が冷たい麦茶をいれてくれ、そして静流自身はインスタントラーメンをすすっていた。


「珍しいな」


「1人のときくらいしか食べないな。でも工夫はしているんだよ。鰹節入れて、塩昆布で野菜を炒めて、美味しいよ」


「今度、それ作ってよ」


「ううう。手抜き感半端ないけどご要望であれば」


「静流くん、私の分は作ってくれてないの?」


 自分の部屋から何か用意されていると思って澪が出てきたがラーメンどんぶりは1つだ。


「あ、今、作りますよ。ラーメンの具は用意してありますから」


「ああ、見捨てられたかと思った」


 澪は心底安堵した様子だった。


 午後も3時頃まで勉強をして、勉強会は終了となった。そしてお楽しみの静流が作ったスイーツが登場する。


「フルーツ羊羹です。今回はスイカと夏みかんのミックスだよ」


 空になった牛乳パックをまるまる1つ使った羊羹で、かなりダイナミックだった。


「静流お兄さん、これ、すごくいいね。簡単なの?」


「すんごい簡単。後で作り方、教えてあげるね」


「おう!」


 さくらが気に入ったらしく、大きな口でフルーツ羊羹を頬張る。スイカと夏みかんはそれぞれ食感が違うので面白かったが、夏みかんはともかくスイカはまあ雰囲気だなという感じだった。それでも最後まで美味しくいただけた。


 その後は桃華のお父さんから貰った菓子折を開けて、ゲーム大会になり、夕方の5時には桃華のお父さんが迎えに来て解散した。


 実に長い1日だったが、雫はみんなが帰ってから本音を漏らした。


「勉強会も悪くない。美月の意外な一面を知ることが出来た」


「それを思うとあんたはフルオープンなんじゃない?」


 澪にからかわれ、雫はうーんと唸った後、そうかも、と認めた。


「静流はまだ隠し球ありそうだな」


「さあ、僕は僕だから何が隠し球になっているのか自分では分からないから」


「静流くんは謎に器用だからねえ」


 澪はふふふと笑った。


 勉強していたはずなのに、何故か楽しい休日になったのだった。

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