第79話 大葉で餃子の会

 必要なものをスーパーで買って帰る途中、雫たちはさくらと美月とも合流できた。


「おう。ゆうきも来てた――」


 さくらが悠紀を見て言い、はたと違和感に気づいたのだろう、台詞が止まった。


「いや、だってゆうきちゃんはさっきまで組み手してたよね。ということは……」


「はい。那古屋さん」


 悠紀は小さく頭をかわいらしく下げる。


「嘘。悠紀くん?」


 美月は目を大きくして輝かせる。彼女が蒼に惹かれたのは女性キャラクターであるマジカル・ジェダイトのコスプレをしているときのことだ。もしかしたら羽海と同じく美月にも女装少年好きの気があるのかもしれない。


「はい。悠紀です」


「お姉さんかと思った」


 美月は本気で驚いている様子だった。


「美月ちゃん、朝はありがとう。さっそく大葉で餃子の会だよ。3分の1くらいはウチの大葉なんだ。みんなで餃子を作ろうね」


 静流は話題を変える。悠紀はほっとしたような顔をした後、静流の後ろに隠れた。まだ美月に照れているのかもしれない。雫は耳打ちする。


「悠紀くんはまだみーちゃんに興味あるの?」


「それはだいたい落ち着きましたけど、だって好みのタイプなんです。ぜんぶ気持ちがなくなるわけでは……」


 ふむ。それは仕方がないだろう。みーちゃんはかわいいのだ。


「まあ、なにもしないよ」


「そうしてください」


「しかしアレだな。JS美少女4人を引き連れて歩く静流は客観的にはどう見えるんだろうな」


 先を歩くさくらが振り返って言い、静流はぎょっとする。


「――単にJSにこき使われている大学生に見えると思うぞ」


「ごめんなさい、静流さん」


 美月が頭を下げて静流を気遣う。


「いいんだ。どうやら僕は女性に気を遣うことでいろいろできるようになるタイプみたいだから」


「え、そうなんだ?」


「雫ちゃんは知ってるじゃない。館山では料理もそんなにできなかったの」


「でも、作ってくれてたよ」


「手間がかからないのをね。でも料理を始めて見たらどんどん手間がかかるものも作れるようになった。面白いね。これも雫ちゃんと澪さんのお陰だ」


「羽海ちゃん先生はそれに相乗りしているんだな」


 さくらの問いに静流は大きく頷いた。実際、自分の分のアルコールを買ってくるよう静流に言ってしまい、しまった、まだ18歳だったと嘆いていたから、こき使う気満々なのは間違いない。悠紀が険しい顔をして皆に聞く。


「あの人、本当に先生なんですか? 今ひとつ信じられなくて」


「学校では先生だよ」


 美月が的確な返事をして、悠紀以外は大笑いした。


 マンションに戻ると酔っ払い始めているくせに、澪が新兵器を用意して置いてくれた。


「ついに買いました。ホットプレート」


 座卓の上に真新しいホットプレートが置かれていた。それも大きめだ。


「素晴らしいですよ、澪さん」


 静流は感激している。大きめなのはお友達が来ることを想定してだろう。


「本当はお好み焼き会のつもりだったんだけど餃子ありありでしょう?」


「とってもいいです。すぐ餡はできますよ」


 静流はミキサーを取りだし、雫にキャベツとニラを洗うように指示した。雫が洗い、静流に手渡し、ミキサーに詰め、粗めで終わりにして、ボウルに入れる。ボウルに入れた段階で大葉と挽肉を混ぜ、塩こしょう。


 餡をさくらに座卓までもっていって貰い、買ってきた餃子の皮の袋を開ける。餃子の皮の包み方は袋に書いてある。


「よし。やるぞ~~」


「私、初めてです」


「僕も」


「どれ、先生もやるかな」


「羽海ちゃんは酔っ払ってるから禁止」


 さくらに釘を刺されて羽海はカウンター越しに静流に目を向ける。


「今のウチに自分のお酒を買ってきてください」


「昼間っから出来上がってる酔っ払いって思われる~~」


「楽しそうだなくらいしか思われません。いってらっしゃい。その間に新しいつまみを作っておきますから」


「ならば仕方がない」


 しぶしぶ買い出しに羽海が出かける。その間に静流は四角いフライパンで卵の白身をゆっくりと焼く。羽海が帰ってきた頃には餃子の餡も卵も出来上がっている。餡は2種類。挽肉入りとなしだ。挽肉なしには、チーズをトッピングするものも作る予定らしい。静流は白身焼きは正方形にカットして、上に大葉味噌を載せる。


「静流くん、これはいいね!」


 澪が笑顔になり、自分でレモンハイを作る。


「大葉味噌が味わえるでしょう」


「どれどれ私もいただきますか」


 羽海もカウンターに腰掛け、白身焼きを味わう。その間にも膨大な量の餃子が包まれていく。


「皮、破けちまったぜ」


「私も……」


 さくらと美月は破けてしまった餃子を別の皿によけてあった。


「破けたのは別にしておいてくれればいいよ。そのままレンジ加熱して、熱々ご飯に載せてしょう油とラー油でいただく餃子丼も美味」


「うわあ。それ美味しそう」


 悠紀が声を上げる。悠紀はゆっくりだが、まだ包むのに失敗していないようだった。静流が洗い物をしている間に雫は餃子包みに参戦する。縁をぬらして中に餡を包んで寄せて綴じるのだが、意外と時間が掛かる。


「慣れてきた」


「私も」


 さくらと美月が呟くが、自分は初心者である。時間が掛かって焦る。


「120個作れるからね。皮が余ったら摘まみを作るから大丈夫。ゆっくりでいいんだよ。みんなまだお腹空いていないでしょう」


 静流がカウンター越しに焦らないよう雫に言ってくる。


「うん。ゆっくり慣れる」


「あ、でも、さくらちゃんはお昼食べてきたの? 組み手だったんでしょう?」


 静流がさくらに声をかけ、さくらはぱーっと笑顔になる。


「プロテインを飲んできただけなんだ」


「じゃあ、さっそく餃子丼にするかい」


 さくらは大きく頷いた。さくらは手を休めて皮が破けた餃子をキッチンに持っていく。


「はい。よろしくお願いします」


「うん。ちょっとだけ待ってね」


 静流はレンジ加熱して餃子丼をあっという間に完成させる。しょう油差しとラー油の瓶をトレイに載せて合わせて持ってくる。


「薬味は長ネギを散らしたからちょっと辛いかも」


「大丈夫!」


 さくらは嬉しそうだ。すぐに餃子丼を食べ始める。


「大葉が高級感ある。いっぱい食べられそう!」


「はは、河川敷の雑草が3分の2だけどね」


「きちんとウチでも作ってるじゃん」


「ウチのは薬味が欲しいなってときにすぐ採れるようにしたいからやや少なめ」


 雫のツッコミに静流の本音が出る。


「餃子丼、いいなあ」


 羽海が言うと澪が応える。


「あんた、豚の角煮丼を食べたばっかりでしょ?」


「角煮丼……」

 

 さくらと美月が反応する。


「今度ね。また作るよ」


 大葉の角煮丼は本当に美味しくできていた。静流は本当に料理が上手で作るのも好きなのだと思う。そしてみんなで黙々と餃子を包み、餡は100個程度でなくなり、まるまる皮の25枚入りが1袋余ってしまった。


「まあ、いいでしょう。じゃあ夕方までゲーム大会にしようか」


「TRPGがいいです!」


 美月の一声に静流が苦笑する。


「残念だけどシナリオを用意していないし、なによりつまみを作らないとならないから」


「残念~~ 今度は用意しておいてくださいよ」


 美月の嘆きに静流が答える。


「つまみの作り置きとシナリオをね」


 美月は満足そうに頷いた。




 小学生は携帯ゲーム機でレースと大乱闘を始めて時間を有意義に過ごす。静流はカウンターの注文に応えるためにキッチンに待機している。悠紀はゲームがうまく、かなりの勝率を誇っていた。やりこんでいるのだろう。


「お姉さんは?」


 雫が対戦中に悠紀に聞く。


「いや、知らないです」


「え、たぶん、悠紀くん経由で話が行っていると思ってるよ」


「あ、あたしもそう思っていたから話してない」


 さくらまで言ってきて、悠紀は明らかに動揺した。そしてその隙に悠紀のキャラを2人してぶん殴り、脱落させた。


「やばいな~ 怒られるな~」


「今から連絡入れればいいじゃないですか」


 美月の言葉に従い、早速悠紀は姉に連絡を入れていたが、ゆうきはもう別の用事ができてしまっていたらしく、来られなかった。


「これでアリバイはできた」


 悠紀の隙をつくには姉の話をすればいいらしい。あとは美月に流し目でもさせるといいかもと思ったが、それは悪趣味だと反省する雫だった。


 ゲームをしているといい時間になり、大人たちは出来上がりつつもペースを落として餃子の時間を待った。


 そしていよいよみんな待ちきれなくなり、まだ5時過ぎというのに大葉餃子を焼き始めた。大葉餃子を焼くとごま油と大葉の匂いが一面に立ちこめ、いかにも美味しそうだ。ホットプレートで1度に30個以上焼けるので7人いても全く問題がない。蓋を開けて水分を飛ばし、いったん、加熱を停止して食べ始める。


「味がついているからタレはいらないけど、ラー油としょう油、あと追い大葉で大葉味噌もあるから好きに食べてください。ごはんは各自お好みでよそってね」


「いただきまーす」


 揃って大葉餃子を食べ始める。雫が餃子を口の中に入れると肉汁と大葉の香りが腔内に広がる。


「美味しい。大葉の香りでなんかいつもの餃子より何割増しかで美味しい」


「本当に美味しいな」


 澪もちょっと驚いている。さくらはもう2個目に箸をつけている。


「自分で作るとまた格別だ」


「チーズ入り、美味しいです」


 美月に静流が応じる。


「それ当たりだ」


 羽海が大葉餃子を満喫しつつ、嘆く。


「しずるちゃんがいるとウェストの危機だ」


「それは運動してください」


「大瀧さん――静流さんはすごいですねえ」


 悠紀が大葉餃子を食べながら感心する。確かに静流はすごい。できた男だ。悠紀が憧れるように言うのも分かる。この方向性が性に合うなら、真似てもいいと思う。肉なしの餃子は少しパサパサしていたが、それもまたしっとりしたご飯に合った。2回目も焼き、3回目も焼いたが、さすがに少し余ってしまった。


「余った餃子はどうするの?」


 お腹がいっぱいの中、雫は静流に聞く。


「もう一回焼いてもいいし、軽く揚げて揚げ餃子にしてもいい」


「揚げ餃子いいなあ」


 羽海は食いしん坊だ。みんなで分担して後片付けをして、大人2人が洗い物をする。酔っ払っていてもある程度はまだ大丈夫の様子だった。


 まだ夏至が過ぎてからそれほど経っていないがもう外は暗い。ちょっと時間が遅いので、雫と静流はそれぞれの家に送っていく。


「静流の餃子美味しかったね~」


「今度はなにするのかな。静流お兄さん」


 さくらの問いかけに静流は間髪入れずに答える。


「大葉でパスタでその後、TRPGやろう」


「いいですねえ!」


 美月が食いつき、悠紀が聞く。


「なんですか? TRPG?」


「検索しろ! 説明が面倒だ」


 雫は思わず言ってしまう。悠紀は少し落ち込んでしまった。


 さくら、美月の順番でマンションに送り、最後は悠紀となった。悠紀は自転車で来ていたので自転車で送ろうかと言ったが、1人で帰るとのことだった。


「だって僕、男ですよ」


「万が一襲われて男の子だと分かったら襲った方がびっくりするな」


 雫があらためて悠紀を見るが女の子にしか見えない。


「空手の心得もありますし。それじゃ」


 そして悠紀はミニスカートを盛大に翻して去って行った。


「うーむ。静流がミニスカートで自転車に乗るなと言っていた意味が分かった」


「ショートパンツを履いていても見た目がマズいでしょ?」


 雫は大きく頷いた。


 静流と雫が前庭から室内に入ると羽海がリビングで横になっていた。


「澪さん~ 帰りたくない~ 泊めて~」


「家、近いのに……酔いが覚めたら、帰るんですよ……」


「気持ち悪い……」


 羽海はダメな大人の見本になっていた。澪もかなりアルコールが回っている。


 今夜はどうも、長い夜になりそうだった。

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