第66話 いよいよコスプレイベントです 2

 メインの撮影会場のバラ園は、着替えた場所からは少し離れていた。幸い、まだコスプレ参加者はそう多くなかった。しかし撮影をする人たちが多く集まっており、三脚やレフ板を用意しているカメラマンたちが、円環状の遊歩道を囲むように植えられたバラの数々をバックに撮影を始めていた。


「画角を気にしてあげないといけないんだなあ」


 静流は難しそうなことを言った。

 

 つむぎが撮影ポイントを見つけ、一同を集める。バラの生け垣で、背後に通路がないので映り込むものもなく、いいポイントだと思われた。逆光にもならない。最初はマジカル・ジェダイトとクリスタルの『2人は魔法少女』からの定番ポーズで撮影を始めるとカメラを持った、腕章をした男の子たちが集まって囲み始める。


「何これ? 何が起きてるの?」


「るりりんの親衛隊」


 撮影をするつむぎがハアとため息をつく。親衛隊がいるほどなのだ。マジカル・クリスタルのかわいらしさを思えば素でも相当かわいいのだろう。


 雫も2人の間に入り、2シーズン目の定番ポーズ撮影に入る。静流が澪から借りているミラーレス1眼を構えて自分を撮ってくれるのがなんとも言えず快感だった。シャッター音が気持ちいいなんてことがあるのかと思った。


 シャイン・メタルが参戦して、初めて叔父がスマホを構えた。


「こんなことならデジ一持ってくるだったよ!」


 後悔先に立たずである。


「静流さん、しっかり撮影をお願いしますね」


「はいはい」


 すっかり静流はカメラマン扱いである。つむぎと静流は撮影してはミラーレス1眼の液晶で写り具合を確認しているので、なかなか先に進まない。つむぎの中にしか撮影計画がないので静流も困惑しているようだった。


 場所を変え、同じポーズで撮影を再開する。


 正直、長い。疲れる。


 しかし親衛隊以外にも撮影してくれる人たちが来てくれるとテンションが上がる。


「オパールちゃん、目線くれない?」


 若い男性カメラマンが雫に声をかけるが、雫は自分に声をかけられているのだと気づかず、クリスタルに促される。


「従妹ちゃん、目線、目線」


「おお、ウチか、ウチだよな。オパール……」


 そしてそのカメラマンが向けるレンズを見る。


「オパールちゃん、表情硬い~ 笑って」


「ええっ! 笑うの?」


「そうだよ。笑うの。最近、面白かったことを思い出せば笑えるよ」


 そう、ジェダイトに言われて、笑ったときのことを思い出そうとする。ここ最近だと静流がくすぐったら犯罪だと自嘲したことだろうか。静流にくすぐられたことを想像してみる。ちょっと恥ずかしい。


「かわいい、かわいいよオパールちゃん」


「雫ちゃん、すっごいいいよ」


 静流にも言われるが、静流にくすぐられていることを思い浮かべての表情だ。どんな恥ずかしい顔をしているか考えるだけでも恥ずかしい。


「いいね。雫ちゃん。恋をしている表情だ」


 ジェダイトが誉めてくれると自然に笑えた。


「蒼くん!」


 クリスタルがキツい口調でジェダイトの中の人の名前を呼んだ。


「え、僕、何かした?」


「他の女の子にそんなこと言っちゃダメ! 許さない!」


「そうなの? 僕は客観的に言っただけ――」


 そこまで言いかけてジェダイトは黙った。クリスタルは眉をつり上げていたからだ。


「お2人は恋人同士なんですか?」


 雫はシンプルかつ、聞くまでもないようなことを口にした。


「そう見えるでしょ? でもね、本人たちは否定しているの。正しくは本人たちだけは、かな」


 シャイン・メタルが教えてくれる。雫にそう聞かれただけなのに、ジェダイトとクリスタルは恥ずかしそうなはにかむ笑顔を浮かべている。それはおそらくジェダイトがいうところの恋をしている表情だ。


 自分もこんな表情を浮かべていたのだろうか。


 そう思うと雫は幸せな気分になれた。


 90分近く撮影を続けたせいか、そろそろ疲れてきた。


「ごめんね。雫ちゃん」


 つむぎが気を遣って声をかける。


「でも大人気。悪い気がしない。けど、やっぱり慣れないね。交代していい?」


 そして美月に視線を投げた。


「え、いいの?」


「じゃあ、休憩にしよう。その間に雫ちゃんは美月ちゃんにチェンジだ」


 つむぎの休憩宣言がやっと出た。


「よかった」


 雫は解放された気がする。1度、着替えに宿泊施設に戻り、ついでに早いお昼もとってしまう。マジカルの衣装はそれほど着脱に問題がないのでトイレも可能だ。すぐに雫はコスチュームを脱ぎ、美月にバトンタッチする。美月は下にスパッツを履いており、準備万端だった。


「2人とも素がいいからさくっとメイクも終わるわ」


 つむぎはありがたやありがたやと続けた。つむぎと美月もおにぎりを食べて、再出発する。バラ園で再び撮影した後は、もう少し奥にある観賞植物園と銘打たれた巨大な温室に入る。そこでも撮影は可とのことで、南国の花々をバックに撮影を開始する。他のコスプレの人たちは来ておらず、来園者に少し異様な目で見られた以外は楽しく撮影が出来た。


「ウチもあんな顔して撮られていたのか……」


 様々なポーズを要求され、応えるマジカルたちを見て雫は思いを言葉にする。


「うん。魔法だね、コスプレは」


 そしてまた静流は1枚、パシャッとやった。石段の上でポーズをとっていた美月がポーズ変更のリクエストに応えようとしたのだが、その際、足下不案内で踏み外しそうになり、ジェダイトに支えられた。


「大丈夫かい? オパールちゃん」


 ハスキーな声でジェダイトに抱きとめられ、美月=オパールは赤面した。


「静流、シャッターチャンス!」


「撮ってる撮ってる!」


 そんな美月の顔を見たことがない雫はそれを貴重だと思う。オパールはジェダイトに抱きかかえられてきちんと着地させて貰う。そしてそれから自分の足で立ち、ようやくジェダイトにお礼を言えた。


「ありがとうございます」


「気をつけてね」


 ジェダイトは笑顔になった。オパールは赤面したまま、己を失っている。


 これはヤバいかもなーと雫は客観的に思った。




 無事、満足するまで撮影をして、雫と美月初のコスプレイベントは終了した。意外だったのが最後まで叔父が娘の写真を撮り続けていたことだった。


 研修室前で待っていると雫と静流と叔父の3人で待っていると男子更衣室代わりの第二研修室から女顔の地味な少年が出てきて3人に頭を下げた。


「今日は大変お世話になり、ありがとうございました」


 叔父はお疲れ様と返したが、雫と静流には疑問符しか浮かばなかった。しかしその声はマジカル・ジェダイトだと気がつき、雫は声を失った。


「――えーっとジェダイトさん、ですか」


「細野です」


 雫の問いに蒼は頭を掻いた。まるで別人だ。そういえば前にマジカル・ジェダイトの画像をつむぎから見せられたことがあった。あのジェダイトも蒼だったのだ。かわいかったが、男の子だったのだ。


「うーむ、コスプレ、奥が深いね」


 静流は腕組みをし、続けて叔父が補足した。


「細野くんも雫ちゃんと同じでウチの子に巻き込まれたんだよね」


「ハイ……」


 蒼はあまり乗り気ではなかった様子だ。


「あれ、ウチ、細野さんのことみたことあるかも。朝、るりりんと一緒にいません?」


 雫の問いに蒼はこくりと頷いた。


「朝、堤防を散歩しているんだね……」


「つい最近。そっか。やっぱつきあってるんだ」


 蒼は赤面しただけで答えなかった。微妙な時期なのだろう。


 研修室から着替え終わった女子組が出てきた。つむぎと瑠璃は帰り支度が済んだようで大荷物を手にしていた。


「うわー、るりりん、親衛隊がいるの分かるわ~」


 素の瑠璃もハイパーなかわいさで、そう雫に言われてはにかんでいた。


「親衛隊がいてもあんまり嬉しくないので――助かったこともありますが」


「もしかして、ジェダイトさんですか?」


 美月が初めて見る蒼の素の姿を見て口をあんぐりと開け、見上げる。2人の身長差は20センチほどもある。


「細野です。従妹ちゃんのお友達の、えーっと」


「那古屋美月です」


 美月は珍しく両の人差し指をツンツンして、照れ照れしていた。


「美月ちゃん、従妹ちゃん、お疲れ様でした。きちんとポーズ決められて2人とも頑張っていたね。たぶん体力的に交代したのは正解だったんだね。無事に事故なく終えられて良かった。本当にかわいかったよ」


 そして蒼は美月の頭をポンポンとやった。それを見ていた瑠璃に蒼は手を強引に引かれ、瑠璃は自分も頭をポンポンしてもらった。


 小学生相手に嫉妬するなどあれほどの美少女なのに――と美月に同意を得ようと思って、目を向けると美月はまだ呆けていた。


「みーちゃん。みーちゃん大丈夫?」


「う、うん……」


 美月は赤面したまま俯いた。


 こうして雫と美月の初のコスプレイベントは終了した。車組は先に出発し、お互い手を振って別れを惜しんだ。美月は自転車にまたがったまま、車が角を曲がって見えなくなるまで見つめていた。


 マズいな~~と雫は美月の異変の原因を直感していた。


「2人ともかわいかったよ」


 静流がそう言ってくれるのは最低限にして絶対条件の報酬だ。これがなかったら絶対にコスプレイベントには参加していなかった。


「かわいかったですか?」


 美月が呆けたまま聞いてきた。


「もちろん」


「細野さんもかわいいって言ってくれてたなぁ」


 確定だ、と雫は驚愕した。それは静流すらも感じ取っていたようだった。


「さあ、帰るよ。あとで雫ちゃん経由で画像を送るから、楽しみにしていてね」


「はい。よろしくお願いします」


 美月が息を吹き返し、ペダルに足を乗せた。美月はジェダイトの画像で今日の思い出を更に焼き付けたいだろうという静流の憶測が見事に当たったのだ。


 そして静流を先頭にして、3人は帰宅の途についたのだった。

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