第63話 デートに誘われてしまいました(美月が)

 さくらとゆうきが一緒にトレーニングを始めたのはその週の土曜日の朝からだった。学区が違っても住んでいる場所は近いので、合同トレーニングには都合がよかったらしい。すぐに打ち解けたと学校で報告があった。


 トレーニングは毎朝で、さくらはゆうきのトレーニングメニューに参加するような形になったらしい。朝なので自分たちとの時間が減ることはあまりないだろうと思われ、いろいろ良かったなあと雫は思った。


 次の日の火曜日、さっそく美月と待ち合わせて、2人のトレーニングを内緒で見学に行こうというという話になった。


 江戸川堤防上にある公園でストレッチや筋トレをするというので、そこで待ち伏せする予定で、2人して自転車で目的の公園に向かった。


 朝の堤防は意外と人が多い。1番は犬の散歩だろう。ラジオ体操に向かう高齢者もいるし、自転車を練習する人もいる。中にはギターや歌の練習をしている人もいて、いろいろな人がいることがわかった。


 自転車で走って5分ほどで公園に到着する。そこにはストレッチで使う器具が何種類か置いてあり、おじいちゃんおばあちゃんが2人、ストレッチしていた。


 さくらから聞いていた、彼女たちの到着予定時間になっても、まだ姿はなかった。公園の外で待っていると堤防道路の上を散歩の人たちの間を縫うようにしてダッシュで走ってくる女の子たちを見つけ、さくらとゆうきだろうと見当をつけた。近づいてくると先頭がゆうきで次がさくらだと分かった。そして意外なことに悠紀も走っていた。最後は男の子の余裕なのか悠紀が2人を抜き去って公園の前に到達した。


「かー 早くなったな悠紀」


「僕は姉さんみたいに才能振り分けてないから」


「うおおお。スタミナの源はこれだったのか。スタミナで勝てるはずがない」


 さくらは悔しそうだ。家の方角から堤防道路を走ってきたとすると2キロくらいだろう。あのペースで走ってきたとなると相当の負荷になる。全員、息を切らしており、まだ雫と美月に気がついていない。


「お疲れ様」


 美月が声をかけ、ようやく3人は顔を上げた。


「えええ、どうしてここにいるの? こんなに朝早く」


 大きな声を上げたのは悠紀だった。


「大坂さんが頑張っているところを見たいと思って。ね、大坂さん」


「刺激受けてる」


「私も刺激受けてる」


 ゆうきとさくらはやはり似たもの同士らしい。仲良くなりつつあるようだ。


「でも悠紀くんも走っているとは思いませんでした」


 美月が聞くと悠紀は照れくさそうに言った。


「僕は空手は辞めたけど朝のトーニングは付き合わされているんだ」


「そのお陰で身体が強くなったでしょう?」


 ゆうきは心配そうに悠紀を見て、悠紀は頷いた。


「そうだね。熱を出すことも減ったし、去年の学校マラソン大会で学年で男子1番になれたしね」


「我が弟ながら謙虚」


 男子1番と敢えていうということは学年では女子で上がいるのだろう。口ぶりではおそらくゆうきではないだろうか。


「さくらちゃんも続けられるといいね」


「競うのキッツいよ」


「それがいいんでしょうね」


 美月がさくらにタオルを手渡す。そういう気遣いが女の子らしくて雫は憧れる。そしてよかったらとゆうきにも渡し、悠紀と目が合う。さすがに3枚は想定外だろう。しかし新品のタオルを持ってきていて、悠紀に手渡した。


「あ、ありがとう」


 悠紀は熱を出しているかのように真っ赤になった。


「女の子慣れしていないから。しかも那古屋さん美人だし」


「美人は別にいいですけど名前を覚えていてくださったんですね、ゆうきさん」


「大阪ー名古屋で覚えてた」


「納得」


 人は関連付けでより覚えられるものだ。


「それよりせっかくなんだから勇気出しなさいよ、悠紀」


 勇気と悠紀はややこしい。ゆうきが入ると更にややこしい。悠紀は美月に何かを言いたそうだった。


「どうしました?」


「大坂さんから聞きました。最近、那古屋さんは園芸に興味があるんだって」


「ウチもだよ~~」


 しまった、と雫は自分の口を手で塞いだ。これは失言だったとすぐに思い至ったからだ。わざわざ自分たちにではなく、美月にだけ敢えて言ったのだから、理由があるはずで、さくらからはセットで情報を聞いているに違いないからだ。


「ええっと、大瀧さんも、ですが、僕も植物に最近、興味があって、行きたいところがあって、今度、一緒に市営のバラ園に行きませんか?」


 デートだ。デートの誘いだ。美月へのデートの誘いだったのだ。痛恨のミスに雫は内心頭を抱えた。


「パスです。来週の土日にイベントで行くことになっているので。それとも一緒に行きますか? コスプレイベントですが」


 そうだった。今度つむぎと一緒に行くコスプレイベントの会場が市営のバラ園だったのだ。そこまでさくらが知っているはずがないからこんな事態が発生する。


「コスプレ、ですか」


 無理を承知でいう辺り、美月も厳しい。


「でも今、バラの季節ですものね。確かに。京成バラ園とか行ったことないですけど行ってみたいですね。市営のバラ園とは桁違いでしょうから」


 美月は前向きだった。ゆうきとさくらの関係性を継続させるためにはここで気を遣わなければならないことを分かっているのだろう。


「京成バラ園ですか」


 悠紀はスマホで調べ始め、雫も同じく調べる。八千代市と意外と遠い。入園料もかかる。子どもだけでは入れない。悠紀がしょんぼりしているので、雫は思わず言ってしまった。


「静流は大人だから、ついてきて貰おうか」


「なるほど、そう来ましたか」


 美月は自分が静流とバラ園でデートしたいのだと思ったらしい。


「じゃあ、あたしも行くかな」


 さくらが手を挙げ、ゆうきも加わる。


「そうなんだ。じゃあ仲間はずれもイヤだな」


 結局、全員で行くことになった。結果、静流の予定を聞くことで翌日に持ち越しになったのだが、静流に話を持っていって更に事態は一転した。


 その日の夜、静流が言った。


「桃華ちゃんのお父さんが京成バラ園に車で連れて行ってくれるって」


「おお。すごい。そういえばイベントあったら声をかけてって言われてたね」


「でも問題が1つあるんだ。桃華ちゃんの家の車、7人乗りなんだって」


 指折り数えると8人になる。


「子どもは乗員数が違うからよね。確か。大丈夫では?」


「シートベルトがないからねえ」


「そうか。じゃあ誰か行けないんだ」


「僕がいかなければいいんじゃないかな。子どもたちばかりの中に僕が入るのも変な面子になってしまうし」


 さくらは間違いなく残念がるだろうが、まあ、いつもいつもシェアする必要はない。しかし寂しいのは自分の方だ。静流とバラ園のつもりが……泣くしかない。


「来週、コスプレで市営バラ園だからそれでいいよね」


「うう。涙を呑むか。桃華ちゃんと遊ぶイベントと思えばいいのだ!」


「その通りだね。桃華ちゃんによろしくね」


 そんな訳で、雫たち一行は土曜日の朝早くから、桃華ちゃんのお父さんの運転で八千代市の京成バラ園に向かうことになった。集合は小学校前にして、高村姉弟にも来て貰った。


「桃華ちゃん!」


 ミニバンから桃華ちゃんが降りてくる。桃華ちゃんはすっかりよそ行きのかわいいフリフリの格好で明らかにお父さんが記念写真を撮る気まんまんなのが分かった。


「雫お姉さん、美月お姉さん。たのしみにしてました」


「ふふ。ウチも今日は桃華ちゃんとデートだから楽しみにしていた」


「しずるさんいないんですね」


 桃華ちゃんはきょろきょろと辺りを見回す。


「ちょっと用事があってね」


 問題は座り順だろう。高村姉弟と、桃華とお父さんの自己紹介がそれぞれ済んだところで乗車となる。まず、桃華が雫と一緒がいいというので雫が3列目の奥に、次に桃華が座った。ゆうきが後ろだと酔いやすいので、と助手席を選んだが、これは空気を読んだ可能性が高い。さくらも空気を読んだのか事前に打ち合わせたとおりなのか、3列目に来た。


「桃華ちゃん、はじめまして。さくらだよ」


「きいてます! なかよくしてくださいね!」


 そして2列目シートに悠紀と美月が座り、スライドドアが閉まった。


 美月は計ったな、という顔で3列目をのぞき込んだが、雫は平静を装うしかない。美月はどうか分からないが、悠紀の方はわかりやすい。3列目は平和だ。さくらと桃華の自己紹介から始まり、盛り上がっている。桃華も最初は気を遣っていたが、雫と美月同様に優しいことが分かり、さっそくお姉さん呼びを始めていた。


 桃華のお父さんとゆうきは遠くてよく分からない。ゆうきは寝ていると思われた。お父さんはバックミラーに写る顔を見る限り、上機嫌そうだった。


 雫たちの地元から京成バラ園まではそんなに遠くないのだが、国道296号は渋滞があるため、桃華のお父さんは土地勘があるのかカーナビを無視して裏道をいく。踏切で少し渋滞した以外は特に問題なく、駐車場の混雑を避けて駅近くの大型商業施設に駐車する。歩いてほどなくバラ園に到着した。


 園内は広い敷地内にバラの木がいっぱいあるだけではなく、ベンチや東屋、遊歩道、池に大きな温室などがあり、しかも手入れが行き届いていた。そしてバラの季節真っ盛りなので、咲き誇っている薔薇を見ようと多くのお客さんで朝から賑わっていて、観光地に来た気分になる。


 また、館山にもあった恋人たちの聖地がここにもあり、やっぱり静流と来たかったと雫は内心嘆いた。ここの聖地はバラで作られた色とりどりのゲートで、いかにもSNS映えしそうなポイントだった。


「すごいなあ。バラ、きれいだなあ」


 桃華が大きな声で言い、雫が応じる。


「まだ学校の花壇には隙間があるから、バラも植えてみようね」


「学校の花壇が混沌の度を増しますが」


 美月が少々苦笑いしていた。


「いいじゃない。再生した特権だよ」


 美月と悠紀をあんまり露骨にくっつけるのも良くない。車内だけでいいだろうという判断で、一緒に歩いている。実はその理由だけではなく、悠紀本人が美月の後ろを歩いており、話しかけるでもなく、今1つ覇気がない。


「ゆうきさん――聞いていい?」


 さくらと歩いていたゆうきに追いつき、雫は聞く。


「どうぞ」


「悠紀くんは美月に興味があるってことでいいんだよね」


 ゆうきは頷いてから言った。


「でも小5ですもの。かわいい興味ある女の子と一緒に休日を過ごせるだけで十分でしょう」


 なるほど。それなら四六時中静流と一緒にいたい自分は小5にしては特殊なのかもしれない、と雫は自戒する。


「え? 美月お姉さんにきょうみあるんだ?」


 桃華が後ろを歩く2人を振り返って、興味津々の顔をする。


「それぞれ、それぞれだよ」


 さくらは大きく頷く。桃華が驚きの発言をする。


「いいなあ。モテて」


「え、桃華ちゃん、男の子にモテたいの?」


 驚いてゆうきが聞き返す。お父さんには聞かせられない言葉だ。桃華はさくらを真似て大きく頷く。


「うん。ちやほやされたい。けど大事な1人でいい」


「わかるわ」


 雫は桃華に諭された気がした。静流がその大事な1人ならば四六時中一緒にいてもいい気がする。桃華のお父さんに聞かれていないか一応、確認すると、先行して、デジタル一眼で娘の写真を撮りまくっていた。大丈夫そうだ。


「ああ、今日はいい日だ」


「どうしてです?」


 その言葉を耳にしたさくらが桃華のお父さんに聞く。


「こんなに自然に娘の写真を撮れることなんてそうそうないからね。この前の花壇といい、今回といい、大瀧さんと那古屋さんには感謝だ。大坂さんも高村さんも今後、機会があったらよろしくお願いね」


「こちらこそありがとうございます」


 ゆうきが笑顔で返す。


「いつもならご機嫌とりながらだから、気が抜けないし」


「おとうさん、ひどい!」


 桃華が癇癪を起こした後、笑い、みんなで笑う。


「どうしたの?」


 美月が笑いの輪に入れず、聞いてきた。雫は答える。


「おとうさんが秘密を暴露したから桃華ちゃんが怒っちゃったんだよね」


「おとうさんがぜんめんてきに悪い」


 みんなでゲラゲラ笑った。


「悠紀とは何を話したの?」


 姉としては気になるらしい。美月に小さな声で聞いた。悠紀はさくらと話をしている。どうやらゆうき対策を聞き出したいらしい。


「バラの話。ずいぶん。弟さん、予習されたみたいで、興味深く聞きました」


「それは――良かったのかな」


「最近、軟派な感じで声をかけられてばかりでうんざりしていたのですが、弟さんは知的ですよね。それにがっついてこない」


「そこがいいところでもあり、欠点でもあり」


「ゆうきさんがどうしたいかですね。お友達以上はないですけどお友達にはなれますよ」


「弟には伝えない。自分の力でやらせる」


「いいお姉さんですね」


「むずかしそうだ」


 桃華が会話に加わって、思わずみんな微笑んでしまう。そこをお父さんがパシャリと撮った。いい写真になるといいな、と思った。


 バラ園は飲食物持ち込み禁止だったので、中のパン屋さんでパンを買って、外の東屋で食べて、お昼は軽く済ませた。また、併設の園芸売り場でバラの苗も買った。そして車を停めてある大型商業施設まで戻り、桃華のお父さんはそこでもお買い物をして駐車料金を浮かせてから帰路についた。


 意外と歩いたので桃華は疲れたのか、雫とさくらの間で眠ってしまった。美月も寝てしまっていたが、悠紀は起きて彼女の横顔を見ていた。忘れがたい体験になったことだろう。さくらが言った。


「友達の輪が広がるねえ」


 そしてさくらは眠っている桃華の頭を撫でた。


「そうだね。とっても貴重な、大切なことだね」


 聞こえたのか、バックミラーの中の桃華のお父さんが頷いた。


 大人になってもきっとそれは真理に違いない。


 今度は静流と2人で来て、恋人たちの聖地で写真を撮りたいな、と思いつつ、少し渋滞が始まり、ゆっくり進む車内で、桃華と一緒に雫も眠りについたのだった。 

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