第62話 さくらの悩みごと 2
雫がさくらと美月と再集合したのは4時半過ぎ。ショッピングモール近くの大きな図書館前のベンチだった。
「2人の行動力に引っ張られてるなあ」
さくらは雫と美月を見て、ため息をついた。
「だって落ち込んでいるさくらちゃんなんて見ていたくないから」
「前進できるときはしましょうよ!」
「ふふ。2人とも好き」
「ウチも~」
「私も~」
そんなやりとりの後、雫は2人と一緒に図書館に入った。正直、高村のことは試合を見学しているときに1度見ただけだ。空手をやるような女の子には見えなかった覚えがある。それくらいである。それでもなんとなく覚えているが、弟というのが心許ない。さくらの記憶力に頼るしかないなと思っていたら、閲覧机に座って本を読んでいる、栗色の髪の、色白の子をすぐに見つけた。思わず雫は声をあげてしまったくらいだ。
「いた。でも、本人じゃないかな。ウチにはそう見える」
「いや、微妙に違くね?」
さくらの記憶の彼女とは違うようだった。
「行きましょう」
美月は閲覧机で読書している高村の弟と思しき子の前に立った。そして少し前屈みになり、耳元で囁いた。
「ちょっとお話よろしいでしょうか?」
その子はぎょっとしたように顔を上げ、美月を見た。美月も思わぬところで行動力を発揮するものだ。
「僕、ですか?」
僕という辺り、そっくりだがどうやら弟の方らしい。美月はにっこりと笑った。
図書館の外のベンチに戻り、3人で交互に、高村弟に事情を話す。彼は
「悠紀くんは、空手やるの?」
美月が聞くと悠紀は苦笑した。
「僕は合わなくてすぐにやめちゃったんだ。でも姉さんは性に合ったみたいで……」
「それはよく知ってる」
さくらは苦々しい笑みを浮かべながら頷いた。悠紀はさくらを見て言った。
「大坂さんですよね。この前の大会で1番苦戦したって姉が言っていました。たぶん、大坂さんが会いたいと言ったら喜んで会うと思いますよ。連絡しましょうか?」
悠紀はスマホを取り出した。
「ええ、早! どうしてあたしの周り、こんなに移動力が高いユニットばっかりなんだ!」
「がーん。ユニット呼ばわりされた」
美月はショックを受けているようだった。
「ウチらスパロボか。まあいい、突貫しよう」
雫は悠紀に連絡をとるよう促す。悠紀がスマホをいじるとすぐに返事があった。
「今すぐ来るそうです」
「マジか!」
さくらはオタオタし始めた。この展開はさすがに予想していなかったに違いない。
「悠紀さんは普段、何を読んでいるんですか?」
まだ彼の姉、ゆうきが来るまで時間があるだろうと思ったのだろう、美月が聞いた。
「歴史系が好きなんです。時代関係なく、気になったタイトルを読む感じです」
「歴史雑学系なのかな」
雫が聞くと悠紀は少し首を傾げる。
「そうですね。でも全く別の本を読んでいたのに、前に読んだ本と記憶がつながるのが楽しいです」
好きなものがあるといいな、と美月と話をしたばかりなので、少しその話を掘り下げたく思ったが、ちょうどそのとき、声をかけられた。
「雫ちゃんたち、珍しいね。図書館に来てたの?」
大学から帰ってきた静流がやってきて、雫は嬉しくなって思わず飛びついてしまった。
「静流~~!」
「静流さん、もう言い逃れできませんね」
「通報していい?」
「ご勘弁を。そっちの子は?」
雫もさすがにここまで言われては静流から離れる。
「ウチらも初めて会う子。この前の空手大会で優勝した高村さんの弟さん」
「あーそっくりだ。ということはさくらちゃん関係のイベント発生中?」
うんうんと3人娘は頷いた。
「はじめまして。でも、たまに歴史の書架の前で会うね」
「はい。僕も覚えてます」
双方が図書館の常連で同じ興味を持っているとこういうことが発生するらしい。
「歴史マニアの会だ。静流はね、M大の史学専攻なんだよ」
「史学の名門じゃないですか! うわあ、すごいなあ。お話聞かせてください」
「まだ大学生になったばかりで話せることがない」
「じゃあ大学のお話を聞かせてください」
「いいよ。もちろん」
男の子2人は大学の話から始まり、歴史の話題でもちきりになる。静流のこの顔はときたま見る顔だと雫は思う。直近だと市川橋の戦争の話の時だろうか。突貫した身なので多くのことは望めないが、蚊帳の外感が半端ない。しかしそんな時間は長くは続かなかった。
「悠紀! 大坂さんはどこ?」
スポーツ自転車で乗り付けたゆうきが現れ、静流と話し込んでいる悠紀を呼んだ。ゆうきはジャージ姿だったのでトレーニングをしていたのだと思われた。
「あ、姉さん。大坂さんなら目の前にいるじゃない?」
ゆうきは自転車から降り、さくらと目を合わせた。
「失礼。2度も対戦しているのに自己紹介もまだだったね。私、高村ゆうきです」
ゆうきは栗色の髪に色白の愛らしい女の子だ。なのに、空手が強い。雫は不思議な子だと思う。
「大坂さくらです」
「県大会以来だね」
ゆうきがそう笑顔で言うと、さくらは悔しそうに頷いた。この悔しさを思い起こすことができただけでも、引き合わせた甲斐があったのではと雫は思う。
「わざわざ来て貰って済まない」
「いいえ! 私の方こそ、近くにいるのを知っておきながら、何もしなくて、でもなんか大坂さんの方から呼んで貰えて、嬉しいですよ」
「え、そうなの?」
「だって同じ年頃の女の子でこんなに強くて、かわいい子なんてそういない」
「かわいいのは高村さんだ」
「ううん、大坂さんも」
えへへ、と2人で顔を見合わせて笑っているが、雫はもうこのやりとりが既視感が半端ない。お約束というやつだろうか。
「それでね、連絡を貰ったのが嬉しくて急いで来ちゃった。何か私に用があるならそれだけで嬉しい。もし私と一緒に練習してくれるなら、もっと嬉しい!」
「一緒に――練習?」
「だって同レベルの女の子が近くにいるんだもん。練習に誘うよ」
「同レベル?」
「うん。でもたぶん、大坂さんと私の実戦経験には大きな差があると思う」
「なるほど。盗めって?」
「望むところ。モチベーションがアップするなあ」
本当にゆうきは空手が好きなのだと雫は横から見ていても思う。
「こちらからお願いする」
さくらは大きく頷いた。
「やったああ!」
ゆうきは跳び上がって喜んだ。2人は連絡先を交換し、日はまだ落ちていないが、そろそろ暗くなりそうなので解散となった。もうすっかりさくらの憂鬱は吹き飛んだようだ。
「うん。頑張る」
別れ際、さくらは決意した顔を雫たちに見せて別れた。美月もそこで別れ、うんうんと頷いていた。雫は静流と2人で歩いて帰る途中、いきさつを話す。
「なるほどね。男の子に負けた、か」
「ショックだったと思うんだ。高村さんに続けて負けたショックを引き摺ったままだったからより大きいって言うか」
「うん。でも雫ちゃんたちに話をして、言葉にして自分の中で整理できたからよかったんじゃないかな。2つのショックは別物だからね」
「そうだね。気持ちを整理するのは大切だね。でもね、正直言うと今、ちょっと引っかかっているんだ。聞いてくれる?」
「もちろん」
「さくらちゃんが高村さんとトレーニングを始めたら、きっとウチらと過ごす時間が減っちゃうんじゃないかなって。そう思ったらイヤだなって思ったんだと思う」
静流は少し考え込んだようにうーんと言ってから答えた。
「それはそうかもしれないけど、こう考えたらどうかな。高村さんも機会があったら僕らの輪に引きずり込んでしまう、というのは」
そして静流は微笑んだ。
「名案だ。さすが静流。ウチも友達になっちゃえばいいんだ!」
「きっと、彼女は雫ちゃんが知らないことを知っているよ。いい刺激になるといいと思うな」
「少なくとも双子の弟がいるという経験はウチにはないからな」
「興味あるよね。どんな生活しているんだろ。2段ベッドの上と下かな」
「マンガみたい」
「高村さんもスポーツ自転車に乗っていたから、美月ちゃんと雫ちゃんが自転車を新調したらポタリングに誘おう」
「ポタリング?」
「自転車散歩って意味だよ。ちょっと観光して美味しいものを食べて、帰ってくる」
「楽しそう。絶対やろう、絶対誘おう!」
そう考えると人の輪が広がるのは楽しい。
そのうち、そんな機会も生まれるだろう。そのときに仲良くなれればいいな、と考えながら、雫は静流と一緒に帰宅したのだった。
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