第60話 直した衣装を合わせるよ
「今週もお邪魔します」
そういって従妹のつむぎは2週連続でやってきて、出迎えた静流は肩をすくめた。
「好きだねえ」
「はい、好きです」
「情熱を注げるのはいいことだ」
「私もそう思います」
つむぎは先週より遙かに大荷物だった。
「つむぎちゃん来た~!」
リビングから雫がけてきて、つむぎに抱きつく。
「雫ちゃん、おはよう。澪おばさんは?」
「お母さんはまだ寝てる」
つむぎは笑顔で雫と一緒にリビングまで歩いて行く。
「はい、今日のお土産です」
静流にお菓子を箱を手渡し、つむぎに言う。
「じゃあ、早速始めようか」
「りょうかいだ!」
そして2人は雫の部屋に引きこもった。
先週、マジカル・オパールのコスプレをした雫は確かにかわいかった。雫は別人のようになっており、ドキドキした。マジカル・オパールの年齢設定は雫より少し上だから、ちょっと大人になったように自分には思われたのかもしれなかった。今日はカツラも装着するそうなので、ちょっと楽しみでもある。スマホに新しいフォルダを作ろうと静流は思う。
ほんの少しの差でまたインターホンが鳴り、美月がやってきた。
「お邪魔します」
「美月ちゃんまで来るなんて、コスプレに興味あるの?」
「ちょっとでも気になったものはチェックしたいと思っています」
「いいことだ」
美月は静流の応えを聞いて笑った。もう着替えに入っていると聞くと美月はリビングで待つと言うことだった。女の子同士なんだから部屋に入ればいいと思いつつ、美月のためにお茶を入れる。
カウンターでお茶を飲みながら静流と美月が談笑していると、部屋から雫とつむぎが出てきて、リビングまでやってきた。まだカツラはつけていないが、衣装の方は微調整を経て、雫にフィットして、既製品特有の余裕部分がなくなり、よりアニメの雰囲気に近くなっている。そしてついているイエローオパールがプラスチック部品ではなく、おそらく模造のガラスパーツになっていた。それだけでクォリティーが上がって見えた。
「静流、どうだ?」
「衣装がぐんと良くなった」
その答えに不満だったらしく、雫はふくれた。
「かつらを着けるのが楽しみだね。いっぱい写真を撮るよ」
「うん」
少し機嫌が直ったようだった。
つむぎがカウンターの椅子に座る美月に気がつき、雫に目を向けた。
「お友達の美月ちゃん。コスプレに興味があるんだって」
「いい素材連れてきたね」
「うわ、コスプレさせる気満々」
「はじめまして。那古屋美月です」
「大瀧つむぎです。2人の従姉妹なんだよ。どうぞ、見ていってね。しかしなんだな――なんだろうこの既視感」
「何が?」
雫が聞くと、2人を見比べた。
「前から思ってはいたけどつむぎちゃんとみーちゃんってよく似ているよね」
「私、生き別れの妹がいたんだ!」
「お姉さんって呼んでもいいですか?」
つむぎが美月を抱き寄せ、頬ずりした。
「こんなかわいい妹なら大歓迎だよ」
「えへへへへ。私、一人っ子なのでこういうの憧れてました」
「私も下がいないからなあ。妹欲しかったよ」
「WINーWINだ」
雫は温かい目で2人を見ていた。
お茶をしたあと、いよいよ本格的に雫がマジカル・オパールに変身する段階に入る。つむぎはメイク道具一式を取り出し、ファウンデーションを塗り、陰影を作り、チークを入れ、唇にグロスのリップを塗る。
「初リップだ!」
雫は見たいと言い、つむぎに手鏡で自分の唇を確認させて貰い、にんまりしていた。
「ねえ、ねえ、静流どう? かわいい? キスしたくなる?」
「雫ちゃん――このメンバーでそれを言ってはいけない」
「静流さん! 逮捕案件ですよ」
「児童相談所に通報します!」
新造姉妹は同じタイミングで警告し、静流は肩をすくめ、雫はごめんと苦笑した。
メイクは進んでいき、ひと段落すると、今度はつむぎはヘアネットを取り出し、雫の頭にかけていく。いよいよカツラの出番だ。金髪のツインテールキャラのマジカル・オパールのカツラはボリュームがあり、鞄から取り出したときは少々異様だが、ヘアネットを被ってコンパクトになった雫の頭にかぶせ、形を整えて、ツインテールの場所をアニメのそれに近づけるともうシルエットがアニメキャラのマジカル・オパールに見える。
「おお。すごいね。マンガ雑誌のグラビアで見る程度だけど、こんなに変身できるんだ」
静流が感嘆するとつむぎが得意げに言った。
「変身、いい言葉ですよね。私もコスプレに相応しい言葉だと思います」
「いいなあ。私もしてみたい」
そう美月が言うのでつむぎが答える。
「見たところ美月ちゃんと雫ちゃんはそんなに体形が変わらないから、あとで美月ちゃんもマジカル・オパールに変身しよう」
「本当ですか?!」
「本当、本当。私は美月ちゃんをコスプレ沼に引きずり込む気満々だから」
「イヤな沼だ。そうか。じゃあお昼のメニューは変更だな」
「何を作る気だったんだ? 静流」
「レバーペーストとローストポークで各々パンに挟んで食べて貰おうかと考えていたんだけどコスプレが長引くようだったら汚れずに食べられる方がいいよね。おにぎりにしよう」
「それは残念! 美味しそうなのに!」
つむぎはそう言いつつ、マジカル・オパールのかつらの調整を終わらせた。
「完成です!」
おお、と静流と美月は声を上げる。静流の目の前にはとてもかわいらしいマジカル・オパールが実体化していた。いわゆる2・5次元という奴だろうか。もともと雫がかわいいのは言うまでもないことだが、メイクとカツラで全くの別人に見える。別人ではない。単にマジカル・オパールに変身したのだと思う。
「見たい見たい!」
雫はそう言って洗面所にいって鏡を見ると、大きな声を上げた。
「ウチ、ウチがいなくなってる!?」
「変な言葉だ」
静流は苦笑する。リビングに雫が戻ってきて撮影会が始まり、しばらくいろいろポーズをとって撮影しているといつの間にかつむぎの姿が消えて、代わりにシャイン・メタルが現れた。シリーズ後半で味方になる悪側の幹部だ。確か、コミケの写真がこれだった。
「メイクしている時間が惜しくて」
シャイン・メタルは、マジカル・オパールと違って頭は軽装なので、これからでもメイクはできそうだが、つむぎは早々に撮影会に混ざりたかったのだろう。
「いいよ。メイクしてきて。それまでにおにぎり作るから」
米は炊いてあるし、レバーペーストとローストポークもできている。おにぎりを作ってレバーペーストを載せて、コンベクションオーブンで焼く。ローストポークは細かく刻んで、塩こしょうしておにぎりに混ぜ込む。あとなんかないかと思って野菜室を見るときゅうりがあったので塩もみして水分を出す。あとでおにぎりに入れようと思う。そうこうしているうちにシャイン・メタルのメイクが完了した。
室内での撮影会では足らず、庭にまで出て撮影を始める。陽光の下だとまた違った雰囲気で、面白い。シャイン・メタルとマジカル・オパールの合わせも面白い。
「おお、完成してる」
澪が起きてきて、掃き出し窓から庭での撮影会を見る。つむぎたちが来ることは知っていたから、もう着替えている。
「おばさま、どうですか?」
「いいねえ。ちょっと待っててね」
そして澪は小型の一眼レフとカメラバッグを持ってくる。
「仕事で一時期使っていたミラーレス1眼。使ってみて。全部、マニュアルでもできるし、モードもいっぱいついているから好きな方で。レンズもあるよ」
「趣味のカメラだ」
「静流が目を輝かせている」
「私にも使わせてくださいね」
「もちろんだよ」
「とにかくお腹が減ったのだが、なにかあるかね静流くん」
「あと1品で完成しますよ」
そしてキッチンに戻ってきゅうりを水切りし、塩昆布とごま油でおにぎりにする。
「今日のお昼は3種のおにぎりです。衣装を汚さないように気をつけて食べてね」
そしてコスプレ組にはアルミホイルの上に乗せて手渡す。汚さないように食べて貰うためだ。澪が手を合わせる。
「いただきます」
「静流、この肉何? やわらかいのに歯ごたえがある」
「ローストポークを刻んだんだ」
「これ、レバーペーストが入ってる。苦手なんです、私」
「頑張って食べてください。食は慣れです」
「――比較的食べやすいですけど……」
美月はがんばって1個食べていた。
「キュウリと塩昆布はいいね!」
澪が大きな口で頬張る。
「ごま油、合いますよね」
「静流さん、甲斐甲斐しいなあ」
つむぎが1個食べ終えて腕組みする。
「こんなことなら我が家の方に来て貰うべきだったか」
「もうつむぎちゃんにはあげないよ~~ウチのだもん」
雫がそう言ってくれるのが静流は嬉しい。
おにぎりを2、3個食べて、昼食を終え、今度はマジカル・オパールを交代する。マジカル・オパールに変身した美月はテンションが超上がっていた。
「はまるな、こりゃ」
雫は苦笑いし、シャイン・メタルのつむぎは満足そうに頷く。
「手駒が増えた」
「つむぎちゃん、怖い」
全員、衣装を脱いだ後、コスプレについての話が盛り上がった。今度、ターゲットにしているのが、市内で初めて行われるコスプレ撮影会で、植物園で行われるのだという。参加料も比較的安く、1000円とのことだったので、つむぎはお友達と参加したいと盛り上がったらしい。
「その日は是非、撮影に行くよ」
静流は頷いた。
3時過ぎにつむぎと美月は帰宅の途についたが、あとで聞いた話では、2人は歩きながら話が盛り上がり、連絡先も交換したようだった。いつもとちょっと違う美月を見られて楽しかったが、マジカル・オパールに変身した雫を目の当たりにできたことが、静流の今回の大きな収穫だった。
そしてもう1つ、大きな収穫が澪さんから借りられたミラーレス1眼だ。確かにスマホの方がいろいろな加工ができるし、最適な画像を撮影することができて、素人には最高の撮影機材だと思う。しかし少し勉強して、レンズも変えてみれば、新しい世界が広がるのがミラーレス1眼だろう。
「新しいおもちゃを買って貰った子どもみたい」
静流を見て、雫が言った。
「概ねあってる」
静流には自覚がある。もう少し勉強したら、外に撮りに行こう、そう思いながら、昼の後片付けを今頃始める静流だった。
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