第3話 大瀧さん家のご近所と雫のお友達

「そうだ。お土産を持たされていたんだった」


 静流は座卓から離れてDバッグを持ってきて、中から袋を取り出し、雫は目を見張った。


「干物のセットだ。お約束!」


「同じお約束ならびわゼリーの方が良かった?」


「ううん。夕飯のメインが決まった!」


 雫は素直に嬉しい。干物を焼いて汁物を作れば夕ご飯のできあがりだから、楽でいい。


「スイーツより干物で喜ぶ女子小学生って……」


「だって館山じゃ普通に出たじゃん。この辺じゃ高くて買えないし、それじゃあお魚食べないよね。美味しいのにね」


 雫は袋を受け取って念のため冷蔵庫に入れる。


「ねえねえ、これからどうする?」


「荷物を開けて……」


「え~~」


「冗談。お箸貰ったのに何も用意していなかったからね。なにかお返しものがしたいな」


「いいよ、そんなの。でも、外を歩こうよ。あんまりこの辺、分からないでしょ?」


「駅とここまでの道しか知らないからね。じゃあ、駅までの道、ちょっと変えて行ってみようか」


「うん!」


 雫はさっそくウィンドブレーカを羽織って静流を玄関で待ち構える。 


「静流とお出かけ、嬉しいな」


「いつまでそう言ってくれることやら」


 靴を履く静流はやや寂しげに見える。友達たちから聞く彼女らのお父さんの台詞のようだ。


「いつまでだって言っているよ」


 雫はそれを確信している。


 マンションの外に出ると風はまだ冷たい。春と言ってもまだ3月中旬だ。しかしお日様が出ていれば暖かい。ようやくマンションのエントランスから出てきた静流の腕をとり、2人は歩き出す。


 駅までの区画はだいたい碁盤の目のようになっているので、どの道を通っても距離は変わらない。雫はメインから一本入った道を選んで歩いて行く。


 そして国道に並行して走る旧道に入り、静流は少し驚く。


「こんな商店街があったんだね」


「昔はもっとお店があったってお母さんがいっていたよ」


 それでもコンビニはあるし、クリーニング店、喫茶店、とんかつ屋などがあり、それなりの人通りもある。二郎系のラーメン屋の前には行列があるくらいだ。しばらく歩くと花屋さんの前に至り、店先には春の花が苗や鉢植えで陳列され、2人は足をとめる。


「雫ちゃんはお花とか育てないの?」


「去年は理科で育てたのがヘチマで、今年はインゲン」


「ヘチマタワシ作ったなあ。インゲン、楽しみだね」


「でも、静流が言っているのはお花でしょ?」


「庭が寂しかったからね」


「選んでいい?」


「うん」


 パンジー、プリムラ、わすれな草、いろいろな苗が売られており、雫は目移りしてしまう。結局その名前が気になって、雫はわすれな草の苗を選んだ。わすれな草は小さな青い花をいっぱいつける花で、苗の今も、小さな青紫色の花を4、5輪つけている。家にはプランターも何もないというとお店の人が発泡スチロールの箱で代用できるから家で調べてねと教えてくれた。わすれな草の苗を2鉢と土を1袋買って、雫が苗を、静流が土の袋を持ってまた歩き出す。


 花屋さんから駅前までは歩いてすぐで、ドンキホーテ前で折り返すが、また別の道を歩く。細いので車はほとんど通らず、通行人が真ん中を堂々と歩いている道だ。お店がまばらになった辺りで広めの公園の前を通りかかり、雫が声をかけられる。


「大瀧さんだ~! どうしたの?」


 ベンチから髪の長い、スカートを履いた子が走ってくる。やや遅れてボブカットのデニムパンツが似合う女の子も来る。


「隣にいるのはうわさの従兄のお兄ちゃんだな」


 髪の長い子は那古屋美月なごや みつきで雫はみーちゃんと呼び、ボブの子は大坂おおさかさくらで、さくらちゃんと呼んでいる。2人とも今はクラスメイトだが、5年生に上がるとクラス替えがあるので、一緒になれるかドキドキだ。2人の目があるので雫は静流の腕から手を離した。


「2人とも何してんの?」


「最新作のキラモン対戦」


 キラモンは四半世紀の歴史を有する、対戦もできるRPGだ。2人とも携帯ゲーム機を手にしている。雫は今の携帯ゲーム機を持っていないので羨ましくて仕方がない。


「いいなあ。やりたいなあ」


「やればいいじゃないか。まだ60レベルくらいだけど家から持ってきてるよ」


「やっぱり持ってきてくれてた! 静流大好き!」


 苗を持っていない方の手で雫は静流の背中をバンバン叩く。


「お兄さんもキラモンやるんだ」


 美月は静流を不思議そうに見上げるが、さくらは明らかに見定めている様子だった。静流は少し血の気が引く。


「えっとね、今日、館山から来た従兄の静流。言ったと思うけどウチに住むんだ」


「シズ×シズだ」


 美月が少し意外そうに言う。


「静流お兄さん、どこ大学?」


 さくらが目を細めて静流を見上げる。


「M大」


「悪くないな。学部は?」


「文学部史学科」


「食えないな」


「この子、本当に小学4年生かい?」


 静流は雫に苦笑しながら目を向け、雫は肩をすくめる。


「さくらちゃんはウチのことが心配なんだよね」


「あたしの雫に手を出したら承知しないぞ」


 マジでさくらは静流にガンを飛ばし、美月が間に入る。


「まあまあ大坂さん、そんないきなり~怖がらせちゃダメでしょ」


「そうだな」


「追い詰めるなら真綿で締めるように。最初は先生に、次に児童相談所に、最後に警察でしょ」


「どうして君の友達はこうなの?」


「そうだった。今日、ちょうど児童相談所から来た人の授業があったんだ」


 雫は思い出す。静流は2人の雫の友達を見る。


「逮捕されたら洒落にならないからお手柔らかにね。大瀧です――って、雫ちゃんも大瀧だから大瀧静流です、がいいかな」


「那古屋です」


「大坂だ」


 美月は深々と頭を下げたが、さくらはちいさく会釈する程度だった。雫は露骨に話題を変えることにする。


「明日、最新のキラモン教えてね」


「大して変わらないから雫ならすぐできるよ」


 さくらが雫を安心させるように穏やかな声で言う。さくらは姉御肌なところがあり、クラスの中でもひときわ存在感を発揮し、先生にも信頼されている。


「あ、お花の苗持ってる。えーっと、なんだっけ、わすれな草だ」


 美月が気がついて雫のもつ苗を見て言った。よく知っているなあと思う。


「うん。これから庭に植えるんだ」


「引き留めないよ。静流お兄さんと仲良くね」


「じゃあな」


 さくらが言い、美月は小さく手を振る。


 雫が静流を見上げて表情を確かめると彼はまだ苦笑していた。公園から離れても、雫はまだ静流の腕を取る気になれない。どこで誰が見ているかわからないからだが、すぐに、ま、いっかという気になる。後で誰かに何を言われようと今、静流の腕を取ることの方が大切だ。


「ぴしっつ!」


 擬音を言いながら雫は再び静流の腕にまとわりつく。


「驚いた」


「驚かせた」


「いいの? 腕組みして」


「だって別に犯罪じゃないから」


「それはそうだけど」


「静流分の補給が大切」


「まだ足りてないんだ?」


「静流は雫分のチャージいらないのか?」


「ううん。今、チャージして貰っているじゃないか」


 ふふふふと雫は自分でも思わないような笑い声が出てしまう。


 マンションに戻る前に2人は近くのスーパーに寄ったが、残念ながら発泡スチロールの箱はご自由にお持ちくださいコーナーには出ていなかった。仕方なく、家に置いてある発泡スチロールの箱を使うことにする。今回使ってしまってもそのうち、手に入るだろう。


 家に戻って発泡スチロールプランターの作り方を検索する。そして冷蔵庫の上にピクニックや冷凍食品の買い出し用の保冷箱として保管して置いた発泡スチロールの箱を取り出し、2人はリビングで工作を始める。発泡スチロールに割り箸で水通し用の穴を無数に開け、蓋の方は細かく割って割り入れてできあがりだ。雫が穴を開け、静流が蓋をカッターで細かく切り刻む。


 散らかさないように気をつけていたつもりでも細かい発泡スチロールの破片がリビングに無数に散ってしまっていた。箱の中に細かい発泡スチロールを入れ終えてから、雫は掃除機をかけて破片を吸い取りきれいにする。


 そして掃き出し窓を開けて庭に出て、作った発泡スチロールプランターを置き、土を入れて苗を植え替え、去年ヘチマを育てるときに使ったペットボトルじょうろで水をかける。小さな青紫色の花に水滴がついて、午後の陽に当たって輝く。


 静流がスマホで育て方を調べる。日当たりのいいところに置くといいようだ。


「6月くらいまで楽しめるみたいだね」


「種がこぼれてまた咲くって書いてあるね」


 雫は学校で支給されたタブレットで調べている。


「どうしてわすれな草にしたの? もっと大きな花をつけるのでも良かったんじゃない?」


「今日の気持ちを忘れないようにしたいなって思って」


「どんな気持ちなの?」


「いったじゃん。ずーっと静流のこと好きだよって」


 静流は小さく口を開ける。まだ自分の本気度が伝わっていないのだとわかり、少々がっかりするが、わすれな草のことを調べてまた分かったことがあり、自分の選択が正しかったことを確信した。


「静流はわすれな草の花言葉って知ってる?」


 静流は首を横に振った。


「見当はつくけど」


「真実の愛っていうんだって。ウチ、知らなかったんだよ、本当に」


「そっか。それでも雫ちゃんはわすれな草を選んだんだね」


 静流は笑顔になる。


「じゃあ、お茶にしよう。いい時間だ」


「うん!」


 雫は早くわすれな草が大きくなるといいなと思いながら家の中に戻り、掃き出し窓を閉めたのだった。

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