第7章 続・荒俣堂二郎の冒険 参 飛騨高山から立山

第二章 飛騨高山から立山


拾四

「ありゃ?あれは何だ?」

時刻は午前九時。場所は、昨夜『さん・ふらわぁ号』が出港した桟橋。作業着姿の男が海面を見つめて、驚いたような声を上げた。男は、フェリー会社の従業員で、朝の清掃をしているところだった。

前夜、出港したフェリーから、誤って人が海に転落したようだ!との連絡があったことは、通達を受けている。海に浮かんでいる物体は、それに関係したものかもしれない。そう感じて、男は長い物干し竿のような棒で、その物体を岸に引き寄せた。最終的には、釣りに使う『タモ』によって、その物体を岸に引き上げたのだ。

網にかかったものは、濃い紺色のパーカーだった。サイズは男性用のMサイズ。そして、その腕に絡まるように、色鮮やかなオレンジ色のハンドバッグが、網の中に入っていたのだ!

「君!そいつは重要な証拠品だ!こちらに渡してもらうよ!」

網の中のものを岸壁に取り出した彼に、男の声がかけられた。振り向くと、ベージュのコートの三十歳前後の男と、その後方に、濃いブラウンのダッフルコートを着た、学生っぽい、長髪の青年が立っていた。

「はあ?どなたですか?」

と、作業着の男が尋ねる。

「ああ、わたしは……」

と、途中まで言って、ベージュのコートの男は、スーツの内ポケットから、手帳のようなものを取り出した。それは、彼の身分を証明する、警察手帳だった。

「県警の刑事課所属の北村という!昨夜、この桟橋で、ある事件が発生した!極秘の調査だが、そのオレンジ色のハンドバッグは、その事件に関わっているものなんだよ!」

作業着の男は、相手が刑事であることを確認すると、清掃の途中で、海面を漂っていた不審なものを引き上げたのだ!と説明して、仕事があるから、と、事務所の場所と姓名を告げて、タモと長い棒を担いで足早に去って行った。

「政雄君!君が言っていた、ハンドバッグに間違いないかい?」

と、北村刑事が、側にいるダッフルコートの青年に尋ねる。

政雄は、那智勝浦の桟橋から、オトに携帯電話で連絡をして、彼の父親を通じて、この桟橋の調査を依頼したのだ。ちょうど、フェリーから墜落した人間の捜索状況を確認しに出かけようとしていた、北村刑事に、桟橋に寄るよう、父親の茂雄は手配してくれた。

政雄はサンシロウのテレポート能力が、サラやプリンスの力で、急激に上昇したおかげで、あっさりと、元の桟橋に飛んで帰ってきたのだ。リズが首につけていた、鈴の形のメダルを猫たちはつけている。リョウは、自宅に着いたはずだ。

「ええ、間違いありません!こいつを釣竿でフェリーの船尾に釣り上げ、中の現金封筒を抜き出して、着ていた上着のパーカーと一緒に海に投げ捨てたんですよ!パーカーを頭からすっぽりかぶれば、夜、あの距離だと、見られていたとしても、容姿は判別できなかったでしょうね……」

「こいつは、あまり、高級品じゃあないぜ!確か、商店街の輸入雑貨店の広告チラシに、こいつの写真と、目玉商品の文字が載っていた気がする……。購入した人間がわかればいいが……」


拾五

「事件は『ふりだし』に戻ったのね?」

と、オトが言った。

「いや!半歩進んだよ!」

と、政雄が答えた。

「あら?半歩?一歩じゃあなくて……?中途半端ね?」

「ああ、封筒に入っていた現金が半分の五十万円だったのさ!残りは、共犯者、いや、主犯の手に渡ったってことだ!」

「なんだ!お金が半分帰ったから、半歩進んだって言ったのね?事件解決の目処は?」

「だいぶ進んでいるよ!人間関係がわかってきたからね……」

「ええっ!リョウには事件の解明が見えてきたの?」

「解明まではいかない!五里霧中だったものが、白い道筋が見えてきたくらいかな?ただ方向は見つけた!事件の謎を解く鍵は、村上真澄、青柳守男、嶋岡雄大、そして、保森祥一の関係だよ!」

「保森祥一?彼は、雪崩に巻き込まれた、パーティーの一員だっただけでしょう?真澄さんと関係なさそうだけど……」

「その雪崩さ!事件はその辺りから、始まっていそうだぜ!ねえ、スターシャ……?」

「あっ!また、探偵の推理能力じゃなくて、猫の手を借りた!か……?」

「そう!大学の山岳部の集合写真さ!この写真をスターシャに見せたら、凄いことを言うんだよ!」

「凄いこと?何よ!」

「青柳守男か?嶋岡雄大か?どちらかの人間は、まだ、生きているんだってさ!」

「リョウ!違うよ!どちらか、または、両方よ!」

と、白い子猫が訂正する。

「ええっ!雪崩に巻き込まれたふたりの内、どちらかは生きている、或いは、ふたりとも生きている可能性があるの?それなら、この十数年間、その人物はどこで暮らしていたの?生きていることを知らせないままで……」

「ほら、雪崩から生還した保森さんは、記憶喪失のような状態だろう?だから、ふたりの内助かった人も、記憶を失っていたのかもしれないよ!」

「記憶喪失の人間を発見したら、身元を調査するわよ!そうか!逆に、身元を隠すために、雪崩を利用したのかもしれないわよ!どちらかが、何かの目的を持って、身を隠すことにした……」

「オト!それは、また、ミステリー小説にしたら、面白い!って君の勝手なストーリー創りの推理じゃあないだろうね?」

「あら?そうに決まっているじゃない!仮説ってそうやって組み立てるものよ!」

「それは、姉貴だけの組み立てかただよ!」

「あら、そうなの?それより、リズとフーテンは?」

「別行動さ!那智勝浦でフェリーを車で降りた乗客を見張っていたんだ。その中に、怪しいカップルの運転する車があったのさ!それが、あの海へ誰かが落ちた!って言った、つまり、目撃者の若いカップルなんだよ!」

「目撃者?目撃者がなんで怪しいのよ!」

「姉貴!この前、マサさんの高校時代のミステリークラブの同人誌を見ただろう?あの三回目のルミさんの『マーばあちゃんの事件簿』シリーズに、フェリーから、落ちて死んでしまう、って事件があるんだよ!そのメインのトリックが、死体を船の目立たないデッキに、微妙なバランスで、乗せておく。船がいつも舵を切る場所があって、その舵を切ることによる、遠心力でバランスが崩れ、死体は海に落ちる。その時、犯人は、客室のロビーで『夫の姿が見えません!とても、悩み事がある様子で、心配です!』ってお芝居をして、アリバイを作るんだ!そのお芝居をマーばあちゃんが見ていて、トリックを見破る、って噺なんだけどね……」

「それって!今度の事件とそっくりじゃあないの!」

「そっくりか、どうか?は、まだわからないけど……。ただ、あの夜の闇の中。しかも、死体は、目立たない場所にある。それを偶然目撃する確率のほうが低い気がするね!ルミさんの小説は昼間の事件だよ!だから、そっちは死体が落ちるまで誰にも気づかれなかったことが、ご都合主義的なトリックだと思うけどね……」

「まさか……?今回の犯人は、ルミさんの小説を読んで、そのトリックを参考にした、ってことなの?三回目の同人誌って、発行部数は?二百冊程度よ!再版もしていないし……」

「一高の卒業生に、犯人に繋がりのある人物がいるかもしれないよ!だって、真澄さんたちは、一高の卒業生なんだから……」


拾六

「フーテンに手首を噛まれた乗客の名前がわかったよ!遠藤浩次。N大生だ!どうやら、山内拓也の高校時代の友人らしい。病院で集中治療中。助かるかどうか……」

「こっちは、ミキさんからの情報よ!」

ミキは、政雄の高校時代のクラスメイトで、ミステリー同好会のみどりの親友だ。彼女は今、県立の女子大学に通っている。先日の成人式の日にも会ったばかりで、政雄とは、連絡を取り合っているのだ。

オトがミキに依頼した調査は、真澄の再婚話の情報だ!再婚相手は『大物議員の息子』とだけがわかっている。事件は、その再婚話がきっかけで始まったのかもしれないのだ。だから、再婚相手の情報は大事だった。

ミキの元カレ、『女タラシ』の丸山リョウマは、父親が国会議員だ。ただし、母親は正妻ではなく、お妾さんだ。その丸山に情報提供を頼んだ。男女の関係に関しては、丸山の目は確かなはずだった。再婚話がどこまで進んで、誰かが、それを阻止しようとしていないか……。

「真澄さんのお相手は、前運輸大臣の後藤亮平の息子で、勝一郎。父親の地盤を継いで、次回の選挙に立候補する予定だそうよ!それで、独身、というか、女遊びがひどい、という噂を消すために、嫁をもらう!後藤家と村上家は親戚筋だから、再婚者同士で、ちょうどいい!って話のようよ!勝一郎は、つまり、バツイチ。浮気がバレて、元総理の姪の奥さんと別れたみたいよ。子供はいないようね!」

「政略結婚か……?すると、阻止したい、人間もいるのかな?」

「そこまでは、丸山さんにもわからないんだと思うよ!ただ、勝一郎って男、自分は浮気症で、女遊びがひどいのに、奥さんが外出することも、ひどく嫌っていて、外出する時は、私立探偵に尾行させていたそうよ!浮気をしていない、かって、ね……」

「だとしたら、再婚相手の真澄さんの過去も調べるだろうね?」

「もちろんよ!そして、死んでいると思われていた、旦那が生きている、とわかったら……」

「どうするの?脅迫は、しないだろう……?」

「まあね!反対に、脅迫されるかもしれないわね!」

政雄とオトとリョウが、オトの自宅の居間で、炬燵に入って、煎餅を食べながら、会話をしている。その時、土間の辺りに、つむじ風の小さいような空気の渦が発生した。

「まったく!姉御は人(猫)使いが荒いぜ!テレポートとかいう、狐の秘術を覚えて、俺をあっちこっちへ飛ばすんだぜ!飛騨の山奥から、この街、また、どこかの街に戻った、と思ったら、ゾロの家に行けっていうんだ!気分が悪くなったぜ!」

つむじ風から登場したのは、トラ猫のフーテンだ!よっぽどテレポートを繰り返していたのか、フラフラ状態だ!オトが冷蔵庫から、ミルクのパックを持ってきて、猫用の皿に入れてやる。

「フウ!ウメェ!クインはいい女房になるぜ!」

と、フーテンはミルクをなめつくし、満足気に言った。そして……

「犯人がわかったぜ!ただし、現金の半分を持ち逃げした奴!ってことだがな……」

と言った。

「犯人がわかった……?」


拾七

「とりあえず、奪われた百万円の内、五十万円はお返しします」

大森家の応接間の座卓の上に白い封筒を差し出しながら、政雄は言った。

「犯人は、複数いて、現金を山分けしたようです。主犯格の人物は逃げていますが、ほぼ、特定できましたし、向かった場所もわかっています!」

「まあ!まだ、一日よ!そんな短時間で、犯人が特定できたの?本当に、あなたは名探偵なのね!」

依頼人である、大森清子が驚きの声を上げる。

「犯人のひとりは、フェリーから、海に落ちました。おそらく、口封じか、金の分配に関する、内輪揉めのために殺されたものと思われます。今、海上保安庁が、捜索しています。もうひとりは、那智勝浦港で、捕まえようとしたのですが、逃亡を図り、フェリーから下船してきたトラックに跳ねられました。病院に運ばれましたが、意識不明の重体です!」

と、事件の経過を伝える。

「那智勝浦?政雄さん!あなた、フェリーに乗って、那智勝浦まで行ったの?どうやって、この時間に帰ってきたの?新幹線では、無理よね?飛行機も、伊丹空港へ行く時間がかかるはずよ!」

清子が言うとおり、朝に那智勝浦港に着いたフェリーから、今の時間に、この街まで帰ってくるのには、どの交通手段を使っても不可能なのだ!自衛隊のジェット機でも、使わない限りは……。

「い、いえ!フェリーに乗ったのは……」

「探偵団のメンバーです!」

と、リョウが咄嗟に嘘をついた。

「まあ!探偵団?メンバーが何人もいるのね?」

「ええ、高校時代の『ミステリー同好会』のメンバーが助っ人で……」

「ああ、その同好会なら知っているわ!みどりちゃんが、同人誌を持ってきたわ!わたしは、探偵小説はあまり読まないんだけど……、寄付のつもりで、三冊ほど……」

「みどりさんと、知り合いでしたか?」

「ええ、お母さまが、わたしのお花(=華道)のお弟子さんで、みどりちゃんも何ヵ月か、習いにきていたのよ!ほかにも習い事が多くて、お花はすぐに辞めちゃったけど……。そう、政雄さんとみどりちゃんは、同い年だったのね……」

「それで、探偵団のメンバーから連絡がありまして……」

と、政雄は脱線しかけた話を元の軌道に乗せた。しかし、脱線したおかげで、現金五十万をどうやって取り戻したか?を説明する必要はなくなった。

「主犯の人間を我々は追跡するつもりです!大森さんから依頼されたのは、犯人逮捕ではなく、現金を届けることだけでしたが、事件──殺人と思われる──が発生しましたので、ご依頼以上の調査をすることになりますが、よろしくでしょうか?」

「もちろん、構いませんよ!費用は、そう、この五十万円を使ってちょうだい!」

「いえ、費用ではなく……、嶋岡真澄さんの家族の人間関係を探ることになります。つまり、知られたくない事実が表に出ることになるかもしれません……」

「そうね……。最初に相談を受けた時から、ご家族に関したことだ、とは思っていたわ!どんな秘密があるのか知らないけれど、秘密のままで置いておくより、真実を知って受け入れたほうがいいわ!わたしが全ての責任を取るわ!調査を続けて、悪人を懲らしめてちょうだい!費用はいくらかかっても大丈夫よ!」

「わかりました。では、さっそく、残りのお金を取り返しに行きます!」

と、政雄は立ち上がった。

「どこまで行かれるの?」

と、清子が尋ねる。

「まずは、飛騨高山へ……。最悪の場合は、立山連峰の麓辺りまで行くことになるかもしれません……」

「まあ!岐阜県から、富山県まで……?」


拾八

「マサさん!運転大丈夫?」

と、リョウが不安気に訊いた。

飛騨高山の駅で、レンタカーを借りて、目的地に向かっているのだ。場所は少し山に入ったところの集落だ。

「大丈夫さ!普通免許はトリタテだけど、バイクの免許は、高校時代に取って、ずっと乗っていたし、このカローラは親父の車と同じ型だから、何度か運転したことがあるんだ!」

「でも、初めての道だし、まあ、雪はないようだけど、『路面凍結注意』って、あったよ!」

「でも、テレポートで、いきなり、目的地には行けないよ!車でしか、行けない場所みたいだから……」

「リョウ!大丈夫よ!もし、車が崖から落ちそうになったら、キチヤがサイキックで、元の道に戻すから……」

「おいおい!スターシャ!僕の運転技術を見損なうなよ!道は一本道!法定速度で走れば、何の問題もないさ!」

「はいはい!運転に集中してください!」

坂道をカローラは法定速度で登って行く。しばらく、だらだらと緩いカーブの続く山道を走り、なんとか無事に、小さな集落の集会所の庭に車を乗り入れた。

「すみません!こちらの集会所に、冬の期間だけ、管理人としていらっしゃる、山小屋の従業員の方はおられませんか?」

車を降り、集会所の玄関口を掃除している老人にリョウが尋ねた。

「山小屋の……?ああ、大山さんか!珍しいこともあるもんだ!十何年、誰も訪ねてくる人もいなかったのに、今日一日で二組目だよ!」

老人が、箒の手を止めて言った。

「我々が二組目なのですか?では、一組目は、どのような人たちで、その大山さんに何のご用があったのでしょうか……?」

と、政雄が確認する。

「若い男女のふたりだったよ!たぶん、大山さんが昔、離婚して、離ればなれになった娘さんと、その恋人なんじゃあないかな……?ところで、あんたたちは……?」

と、老人は訝しげに尋ねる。

「僕は、こういう者です」

そう言って、政雄は名刺入れから、例の変名の名刺を差し出す。

「なに、なに、『犯罪研究家、私立探偵、荒俣堂二郎』?探偵さんなの?大山さんが、何か仕出かしたのかい?あの人は春から秋までは、山小屋にいて、冬に山小屋が閉まったら、ここで寝泊まりしているんだよ!下世話な世の中とは、縁を切っているよ!」

「大山さんという方は、この人ではありませんか?若い頃の写真なんですが……」

と、政雄は大学時代の写真を見せた。

「ああ、この人だよ!十何年前の顔だね?今じゃ、髭だらけだから、会っても別人に見えるよ……」

老人は、写真の中の嶋岡雄大を指さして、そう言った。

「それで、大山さんは、どちらへ行かれたのですか?」

「さあ?車で来た、若いふたり連れと、しばらく話しをしていて、リュックを背負って、三人で車で出かけちゃったよ!そうだ!立山のほうへ行く道を運転する若い男に説明していたっけ……。大山さん、以前、立山連峰のロッジで働いていたことがあるそうだから……」

「やっぱり、立山連峰か……」


拾九

「ここが、美女平駅だ!立山には、山小屋やロッジはたくさんあるから、どう行ったらいいのか……?」

レンタカーを返して、美女平駅前まで一瞬にテレポートしてきた政雄が、ダッフルコートのフードを外しながら言った。

「スターシャ!リズさんとテレパシーはつながらないかい?」

首から提げている、毛糸の袋の中に丸くなっている白猫にリョウは尋ねた。

「うん!リズはいつもバリアを張っているから、向こうが受信する気がないと、つながらないわ!」

「困ったな……」

「そうだ!スターシャ!フーテンの頭に刺激を与えるってのは、どうだい?フーテンはバリアを張る能力はないだろう?ただし、リズさんが、そっちも警戒はしているだろうけど……」

「そうね!フーテンはバカだから、四六時中、警戒はしていないわね!よし!ちょっと刺激的な映像を送りつけてやるか!」

「へえ!どんな映像を……?」

「オトがキャット・ウーマンの格好をして、フーテンに甘い言葉を囁く場面よ!」

「そりゃあ、いい!バッチリだよ!」

「ダ、ダメだ!フーテンが本当にオトを女房にする!って言い出しかねない!」

と、政雄は慌てて反対する。

「大丈夫よ!そのあと、ビンタを喰らわす場面を送るから……」

「ビンタ……をね?フーテンが余計に惚れなきゃいいけど……」

政雄の悪いほうへの想像を、リョウとスターシャは無視して、フーテンへの映像発信のテレパシーに集中している。

「きゃあ!」

と、突然、スターシャが悲鳴をあげた!

「スターシャ!どうした?」

「酷いわ!リズったら、急に狼が大きな口をあけて、襲いかかる映像を送ってくるんだもん……」

「ふん!スターシャ!それは、こっちのセリフだよ!いったい、フーテンにどんな夢を見せたんだい?急にあたしにキスをしてくるんだよ!往復ビンタを喰らわして、やっと正気に戻ったんだ!」

スターシャの頭と、リョウの頭の中に、リズからのテレパシーによる会話が聞こえてくる。

「リズさん!ごめんなさい!どうしても、リズさんに連絡が取りたかったんです!」

「おや?リョウが考えたのかい?フーテンに刺激的なメッセージを送るってのは……?リョウなら、あたしに呼び掛ければ、ちゃんとあたしとテレパシーがつながるよ!リョウだけは……ね!それで?あたしに用ってのは……?車で逃げたふたりのことかい?それなら、今、移動中だよ!なんでも、立山の◯◯ロッジってところに、知り合いがいるようだよ!ヒゲヅラのおっさんと三人で、移動中さ!着いたら、スターシャにテレパシーを送るよ!その発信を遡って、三毛猫にテレポートしてもらいな!フーテンに連絡に行かしたけど、若い男が、現金の残り、五十万円を懐に入れているよ!女の子は、現金のことは知らないみたいだね!ヒゲヅラの男を『お父さん!』って呼んでたけど……、怪しいもんだね!海に落ちた男を殺したのは、若い男のようだよ!ただし、死体を海に落ちるように細工したのは、別人のようだね……」

「若いふたりは、名前を呼び合っていませんでしたか?」

「ああ、男は女の子を『マコ』って呼んで、男は『トオル』って呼ばれているよ!」

「マコさん……?嶋岡真湖のことか……」


弐拾

「ここが、リズからテレパシーで伝えてきたロッジかい?」

美女平駅前で食事をしていると、スターシャにテレパシーが入ったのだ。食事を終えると、人目につかない場所から、一気に立山◯◯ロッジの裏庭にテレポートしてきたのだ。

政雄が確認したのは、リズもフーテンも姿が見えなかったからだ。

「シイッ!小屋の中から、話し声がするよ!どうやら、今到着して、大山と名乗っていた男が、ロッジにいた男に話しかけているみたいだ!」

「サンシロウ!小屋の中にテレポートして!ただし、大山たちに気づかれない場所で、話が聞こえる所よ!」

と、スターシャが三毛猫に言った。

「久しぶりだな!まさか、お前が生きているとは、思わなかったよ!」

と、いう言葉が隣の部屋から、ドア越しに聞こえてくる。リョウたちは、食堂の隣の厨房にテレポートしたようだ。隣の食堂をガラス窓越しに覗くと、ヒゲヅラの男と若い男女が、分厚いダウンジャケットを脱ぐところだった。もうひとりは、背中が見えている。鹿革のベストを着て、頭には、ニット帽をかぶっている。部屋には薪ストーブが燃えている。

リョウたちが訊いた声は、ヒゲヅラの男が発した言葉のようだった。

「それは、こっちのセリフだ!あの雪崩の中で、よく無事だったな?まるで、雪崩が起きるのを、知っていたかのようだな……?」

「どうやら、お互い、同じことを考えていたらしいな……。お前と俺は、考え方がよく似ていた……。好きになった女も同じだったし……な!」

「やはり、そうか……、お前も俺に『死んで欲しかった』ってことだな……?」

「あの雪崩は、偶然じゃなかったのさ!前日、雪崩が起きそうな気象条件だったから、山小屋の上方に、トランシーバーを置いていた!小屋のラジオ放送が始まると、もうひとつのトランシーバーから、大音響が流れるようになっていたのさ!」

「そうか……、俺は、ザイルを伸ばして、雪崩の原因になる雪の塊が、ザイルを引けば、始まるように細工していたよ!」

「しかし、何で、お互いがお互いを殺そうなんて考えたんだ?あんたらぁは、高校時代からの親友なんだろう?」

と、もうひとりの男──少年を卒業したばかりの──が会話に割って入った。

「君は、こいつの甥っ児らしいな?トオル君だっけ?君には『好きな女』がいるかい?そこの真湖とは、もう、男女の深い関係になっているのか?」

と、鹿革のベストの男がトオルに尋ねる。

「お、俺と真湖は、そんな関係じゃない!それと、この雄大という男は、義理の伯父だ!母親が再婚した相手がこの男の弟だっただけだ!」

と、トオルは慌てて否定した。

「そうかい?まだ、『オスとメスの関係』にはなっていないのか……?じゃあ、わからないかも、な……。俺と雄大は、同じ女に惚れたのさ!」

「それなら、その女性に、どちらかを選んでもらえばいいじゃないか!」

「何を基準に選ばせるんだね?外見の容姿かね?それでは、収まらないんだよ!特に、お互いの嫌な内面を知っている者としては、ね!こいつと俺なら、絶対、俺が上だ!彼女を幸せにできるのは、俺のほうだ!と、わかっていたから、ね……。こいつには、容姿では負けているが、あっちの太さなら負けていないよ!」

「けっ!何を言いやがる!それは、こっちのセリフだ!内面だ、って?真面目人間を装って、歯の浮くような『男は優しくなければ……』なんて、誰かのCMみたいな文句で彼女を口説きやがって……!」

「ああ、キザなセリフで彼女を口説いたさ!ちゃんと、言葉でね!彼女は俺の愛を受け入れたんだ!それをこいつは……、力ずくで、唇を奪って……!」

「力ずく、じゃあねぇ!彼女がその素振りをしたんだ!キッスも嫌がらず、受けてくれた!」

「ウソだ!お前は、彼女を身動きできないほど抱きしめて、既成事実を作ってしまったんだ!彼女は、俺と結婚するつもりだったんだ!そして、受け入れてくれた!最後の行為まで……」

「けっ!やっぱり、彼女とやっていやがったのか?俺がした時は、処女じゃなかったからな……!」

と、大の大人の言い争いが続けられている。それを打ち切るように、少女が初めて、言葉を発した。

「じゃあ!結局、わたしは、どっちの娘なの……!」


弐拾壱

「お取り込み中のところ、お邪魔をするわよ!」

ロッジの食堂のドアが開いて、まだ、少女から大人に成りかけと思われる容姿の女性が、いやに艶っぽい声で語りかけた。中の四人は、呆気にとられている。

現れた女性は、ブロンドのショートカットの髪に、碧い眼、毛皮のコートの下は、ドレス姿だ。とても、周りは雪の積もっている、山小屋に現れる格好ではない!

「だ、誰だ!」

と、訝しげに女性を眺めながら、怯えたような声で、山小屋の管理人が尋ねた。狐の化け物か?まさか、雪女か?っと考えたのだ!この世のものとは思えない雰囲気が漂っていたのだ。

「わたし?わたしは、リサ!探偵よ!」

と、女は答えた。

「探偵?探偵さんが、こんな山小屋に何の用だね?」

どうやら、人間らしいと、少しは安堵して、守男は尋ねる。

「あら!探偵よ!犯人を逮捕に来たに決まっているでしょう?」

「逮捕?逮捕状を持っているのか?そしたら、女刑事なのか?」

と、ヒゲヅラの雄大が確認するように訊いた。

「あっ!そうか!探偵には、逮捕権がないのね?まあ、いいわ!逮捕できなくても、まずは、お金を返してもらうわ!それから、手紙、ってやつも回収したいわね!たぶん、ここには、持ってきていないでしょうけど……」

「お金?手紙?何のことだ?」

と、守男が問う。

「そこの若い『僕』には、わかるはずよねぇ!お金は、胸のポケットに入っているわね!仲間をナイフで殺して、汚れたお金が、ね……!」

「な、何をいうんだ!俺が、誰を殺した、というんだ!」

「あら?シラを切る気?『さん・ふらわぁ号』の船上で、コックのアルバイトをしている、山内拓也って男の子の背中にナイフを差し込んだのは、誰だっけ?ほかの誰かが、死体を上手く、海に落ちるように細工してくれたおかげで、死体の発見が遅れて、助かったわねぇ!でも、今頃、巡視船が、死体を発見しているはずよ!」

「何を言っているのか、よくわからないが、その殺人の犯人が、何故俺だ!と決めつけるんだ?証拠でもあるのか?」

「あるわよ!まずは、これよ!」

と、リサはハイヒールとは思えない素早さで、トオルの前に身体を寄せて、右手を伸ばす。その手が戻された時、手には、白い封筒が揺れていた。

「あら?少し足りないわね!使っちゃったのね?でも、これが、嶋岡真澄を脅迫して、手に入れた、百万円のうちの四十何万円だというのは、わかるわ!紙幣の通し番号が控えているのよ!」

「チエッ!そんな小細工をしていやがったのか……」

「ほら、白状したわね!でも、あんたの罪は、それだけじゃあないのよ!もうひとりの仲間に、現金の受け取りに使った『オレンジ色のハンドバッグ』を回収するよう、頼んだわよね?山内から回収した現金を山分けする条件で……。三十三万が、五十万になるんだから、猫が持って行ったバッグを回収するくらいなら、二つ返事で引き受けたでしょうね?罠とは知らずに……。その罠にかかって、犯人のひとりが断定できたのよ!犯行がバレた、と思った男は、慌てて逃亡を図る。そして、トラックに跳ねられて、瀕死の重症よ!おそらく、助からないでしょうね!でも、『エミに頼まれた!』って、最後に証言するかもね……。あんたに殺されたと、言っても、決して間違いではないはずよ、ね……?」

「コ、浩次が跳ねられた?」

「ほら、また白状したわね!わたしは、誰だと、名前は言ってないのに、ちゃんと、『浩次』って、正解の名前を言ってくれたわね!そうよ!轢かれたのは、遠藤浩次!あんたのお友達よね?N大の同窓生?」

「そ、そこまで、知っているのか……?」

「お嬢ちゃん!あんた、こいつに、なんて言われてここにいるのか知らないけど、こいつは、あんたのママを脅して、百万円を騙し取ったのよ!しかも、山内拓也って男を使い捨てのように、口封しか、山分けの金が惜しくなったのか……、バッサリ、殺(や)っちまったのよ!その、脅迫のネタに、このおっさんふたりが、関係しているようなんだけど……」

「トオル!あんた、わたしが預けた、ママの手紙を、脅迫に使ったの?わたしは、自分の本当の父親を知りたいだけなのよ!」

「い、いや、脅すだなんて……。君の頼みを訊くための費用を出してもらっただけだよ!探偵を雇わないと、いけなかったし、ね……」

「そうね!あんたのママが探偵を雇って、この山小屋に、青柳守男が生きていることを突き止めたのよね……。でも、その費用は、ママのお財布から、支払われているはずよ!」

「お、お前は、『麻布探偵社』の回し者なのか……?」

「麻布探偵社?ああ、あんたのママが雇った探偵ね?そんなヘボと一緒にしないで欲しいわ!その探偵社が、どうやって、フェリーの船上で起きた『殺人事件』や『脅迫状』のことを知ることができるのよ!バッカじゃないの?わたしは『名探偵、荒俣堂二郎』の助手、リサよ!さあ、トオル君!もう観念して、警察に自首しなさい!未成年だから、殺人犯でも、更正のチャンスはあるわ!そこのおっさんふたりも、殺人未遂の時効は、まだよ!あんたたち、お互いの殺人未遂じゃないわよ!雪崩に巻き込まれて、半身不随、記憶も一部喪失して、廃人同様にしてしまった、保森祥一に対する罪よ!あんたたちふたりが生きている、と知ったら、保森の家族が復讐に来るわよ!死んでいるはずの人間を殺しても罪には、ならない……かも、ね……」

「や、保森の家族?」

「た、確か、妹がいた!アスカって名前だ!」

と、守男と雄大は、顔を見合わす。

「ヤバいぞ!保森は、妹思いで、妹も兄を頼りにしていたはずだ!両親を早くに亡くしていて、妹の学費まで、バイトで稼いでいるって訊いたぜ!」

「ああ、俺たちの所為で、兄貴が廃人同様になった、と知ったら、あの妹なら、復讐するだろうな……」

「おっさん!簡単さ!この女の口を封じればいいんだよ!そして、この山小屋から、おさらばすれば、おっさんたちは、幽霊と一緒さ!死んでいることになっているんだからな!たとえ、そのアスカって妹が、知ることになっても、それは、まだ先の話さ!その時は、おっさんたちの行方なんて、探せやしないよ!事件は、時効になるさ!」

「おや?悪知恵を働かせるんだね?子供のクセに、大胆にもホドがあるよ!わたしを殺そう、っていうのかい……?」

と、どう見ても、トオルより年下に見える女性が碧い眼を光らせて、凄味のある言葉を発した。

「面白いねぇ!人間風情が、このあたしを……、殺(や)れるもんなら、殺(や)ってみな!反対に、自分のメンタマが飛び出すか……?ハラワタが飛び出すか……?試してみるかい……?」


弐拾弐

「ようし!話し合いはここまでだ!」

食堂と厨房を結ぶドアが開き、颯爽と荒俣堂二郎(=政雄)が登場する。隣から、リサ(=リズ)と、トオルたちの会話を訊いていたリョウが、「ヤバい!」と口にしたのだ。リズが本気になれば、トオルなどは、細切れにされそうだ!そこで、このタイミングで、『名探偵の登場シーン』となったのだった。

「だ、誰だ!お前たちは……?」

呆気にとられていた、リサを除く食堂の中のメンバーの中で、雄大がやっと声を出した。

「何処から入ってきたんだ?いや、この山道をどうやって登って来た?車の音はしなかったぞ!」

雄大の声に、正気に戻ったのか、守男が真っ当な疑問を投げかけた。

「そうだな?悪人を凝らしめるために、空からやって来た、名探偵『荒俣堂二郎』だよ!結論は出ている!麓の警察に自首することだ!我々は真実を確かめに来ただけだ!逮捕、いや、警察に通報する気は、今はない!君たちの未来のために、ね……」

「荒俣堂二郎?あっ!ママが友達に紹介された、タダで調査をしてくれる、イケメンの探偵さんね?凄いわ!ここまで、真相に迫るなんて……。しかも、ヘリコプターを使って、この近くに降りたんでしょう?資産家なのね……?」

と、真湖が変な勘違いをしてくれる。おかげで、ヘリコプターによる移動だった、とほかの連中も納得した。

「リサさん、ご苦労様。なかなかの名探偵ぶりでしたよ!」

と、リョウが言った。

「この子は?」

と、真湖が毎回繰り返される質問をする。

「名探偵、荒俣堂二郎の助手!少年探偵団団長のリョウです!」

と、いつもより、肩書きが増えた。

「少年探偵団団長?あら、小林君ね?でもまだ、小学生よね……?」

「おい!真湖、感心している場合じゃないぜ!こいつら、俺を捕まえにきたんだぜ!警察に捕まったら、少年院行きか、ヘタすりゃ監獄だぜ!」

「それだけの罪を犯したんでしょう!当然の報いよ!この名探偵さんの言うとおり、自首すれば、減刑になるわ!お父さんたちも、罪になるかどうか、わからないけど、警察に行って、真実を話すべきだわ!」

「イヤだ!自首はしない!さあ、金を返して、そこを退(ど)くんだ!」

ダウンジャケットのポケットから、ジャックナイフを取り出し、真湖の身体を背中側から抱きすくめ、刃物を彼女の頬に当てながら、トオルが言った。

「ト、トオル!何をするの?イヤよ!放して!」

「悪あがきはヤメロ!逃げられやしないよ!罪が重くなるだけだ!」

「うるせぇ!ゴタクは訊き飽きたぜ!ひとり殺しているんだ!拓也の奴、山分けの額が不満だとぬかしやがて、『浩次にやる必要はねぇ!万札二枚で上等だ!あとは俺が貰いてぇ!イヤなら、彼女にバラすぜ!』って脅かしたんだ!だから、殺したんだ!捕まったら、人生終わりだぜ!このおっさんたちのように、死んだふりして、逃げ伸びてやるのさ!おい!おっさん!そこのザイルでこいつらを縛りあげるんだ!おっさんたちも、逃げたほうが無難だろうが……?」

「おや?あたしたちをこの小屋に監禁して、逃げる時に火をつける気だね?そこの薪ストーブを蹴っ飛ばす気かい?」

と、リサが怖い眼でにらみながら、トオルにつめよった。

「動くんじゃあねぇ!そうだな?そいつはいいアイディアだ!そうしよう!」

「ヤメて!これ以上、人を殺そうなんて……!悪魔よ!」

「ああ、俺は、悪魔と契約したのさ!どんな手を使っても、金持ちになって、おもしろ、おかしく、人生を暮らせるように、って、な……!」

「バカだねぇ……!そんな願い事を叶えてくれる、悪魔や神様なんていないよ!人間って、なんて騙され易い生き物なんだ!でも、人間は、夢が見えるんだよ!その夢を実現するために、小さなことから……日々努力するんだ!その過程こそが、人生ってもんさ!あんた、大学生だろう?誰のおかげで、大学まで行けたんだい?親のおかげだろう?例え、『嫌いな親』だったとしても、さ……」

「お、お前、何者だ!俺より年下のようなのに……?それに、俺が親父を嫌っていることを、どうして知っているんだ……?」

「そんなことは、どうでもいいことさ!自首する気はないようだね?おい!フーテン!あんたの出番だよ……!」

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