第5章 続・荒俣堂二郎の冒険 壱 プロローグ

 プロローグ

「マサオさん!あら、探偵の時は、荒俣堂二郎さんでしたわね?」

と、白髪の上品な老女が、緑茶の入った唐津焼の湯飲みをテーブルに差し出しながら、スーツ姿の政雄にいった。

従妹のオトの家の近所に住む、金持ちの未亡人、大森清子が、探偵の用がある、ということで、大森家を訪れたのだ。スーツ姿なのは、先日が成人式だったからだった。母親がクリーニングに出す前だから、お金持ちのお家に伺うなら、スーツにしなさい!と言ったからだった。

「急に呼び出して、ごめんなさいね!前に言ってた、探偵さんを紹介して欲しい、って方から、緊急事態になった、って連絡があったのよ!」

「はい、去年の暮にお話があった件ですね?」

と、政雄は確認した。

去年の暮、大森清子の親戚筋に当たる、『橘家』の事件を解決した後、清子から別の依頼を紹介されていた。それは事件というものではなく、得体の知れない、不安による相談だった。

清子の娘、清華さやかの高校時代の友人で、嶋岡真澄ますみという女性からの依頼だった。

「数日前から、変な手紙、というか、封書が届くんです!」

と、喫茶店で清華と三人で会った日、真澄が話し始めた。

「手紙の文書はなくて、ただ写真が一枚だけ、白い、普通の封筒に入っていて……。宛名はわたしの住所、氏名、差し出し人の名前はありません。消印は、中央郵便局のものでした……」

「写真というのは?」

政雄は(浮気現場のものか、あるいは、卑猥なものか……?)と、想像しながら、尋ねた。

「ただ、封筒の表側、つまり、宛名の書いてある部分の写真です!」

「宛名の部分の写真?」

意外な回答に、つい、声のトーンが大きくなる。

「いや、失礼!それで、その宛名というのは?」

「わたし宛ですの……」

「はあ?あなた宛の手紙、というか、封書に、あなた宛の封書の写真が入っていたのですか?何のために……?」

「ただ、写真の宛名の名前は、わたしの旧姓でした。村上真澄です……。でも、何のためなのか、は……わかりません……」

「なるほど、旧姓でしたか……。では、確認の意味かもしれませんね?『嶋岡真澄さん!あなたの旧姓は村上真澄さんで、間違いないですか?』という……。本文の手紙を入れ忘れた、慌て者の仕業ですよ!多分、同窓会の案内が返送された、とかでね!」

「まあ、素晴らしい推理ですわ!さすがは『名探偵』さん!」

「いや、簡単な推理ですよ……」

「でも、違っていますのよ!」

「違う?」

「ええ、封書は、それだけではなくて、一週間後──昨日のことですが──にも届きました。同じように、写真が一枚入っていました……」

「また、宛名の写真ですか?」

「ええ、でも、宛名は、わたし宛ではありませんでした。『青柳守男』というものでした……」

「青柳守男?知り合いの方ですか?例えば、同窓生で、同じように、住所がわからない人間、とか……?」

政雄は、同窓生にこだわっている。まあ、今度の年始に、同窓生が集まることになっているからだ。

「知り合いといえば、知り合いですし、同窓生ではありませんが、同じ高校の先輩、だと思います。同姓同名の先輩がいましたから……」

「それなら、その高校の創立何周年かの記念の集まりか……、そうだ!卒業生のアルバム作りか、名簿作成の案内ですよ!前の封書が返送されなかったので、あなたが村上真澄さんで、その高校の卒業生とわかった!だから、次に不明の青柳さんのことを教えてもらおうと、あなたに封書を送った!」

「また、案内の文書を入れ忘れてですか……?」

「あり得ません……ね……?」

「高校時代の案内なら、わたしにも来るはずでしょう?」

一緒にいる、清華がそう言って、コーヒーカップを口元に運んだ。

「ああ、そうでした。大森さんも同じ高校でしたね?案内などないのですね……?」

「ええ、我が高の創立五十年は、四年前でしたよ!卒業生の名簿もその時に作成されました。今頃、宛名不明の調査などしませんよ!しかも、その名簿には、真澄の名前と住所も、今のものが掲載されていましたし、青柳先輩も……」

と、言いかけて、清華は言葉を濁した。

「青柳先輩も?どうだったのですか?」

「青柳先輩は……。真澄、言ってもいい?」

清華は、隣にいる真澄の顔色を伺いながら、尋ねた。

「青柳先輩は、亡くなりました。いえ、正確に言えば、亡くなった、と認定されています!」

「大学の山岳部に入って、北アルプスに登山中、雪崩に合って……。遺体は、発見できていません……」

「それと、その時、一緒に登山していたのが、真澄の夫の嶋岡雄大ゆうだいだったのです!卒業前の山岳部のメンバーのうち、ふたりが雪崩で遭難して、ひとりが生き残りました……」


「緊急事態というのは?」

と、政雄が清子に尋ねる。

「脅迫状が届いたのよ!」

「脅迫状?誘拐事件ですか?」

「違うわ!手紙よ!例の宛名の写真は、昔、真澄さんと青柳さんが書いたものだったのよ!まあ、お互いの気持ちを伝える、恋文ね!その手紙を公開されたくなかったら、いえ、文面は違う……。買い取ってもらいたいよ!でも、その裏はやっぱり、『公開されたくなかったら……』なのよ!」

「その手紙が公開されたら、何かマズイことがあるのですか?お金を出してまで、買い取らなければならないほどの……?」

「まあ、詳しくは、わたしにもわからないわよ!その手紙は『恋文』ってところがミソね!つまり、個人的な秘め事のことが書かれてあった、ってことね!」

「でも、十年以上前の話でしょう?真澄さんの学生時代のことのようですから……。大の大人が……?」

「真澄さんに、再婚話があるのよ!しかも、相手は『大物代議士』の息子で、次回の選挙で、父親に代わって、立候補をする予定の男性よ!だから、その時期を狙っての脅迫だと思うのよ……」

「なるほど……。それで、金額は?身代金ではないですけど?」

「百万円よ!手紙だから、人質ほどは、ふっかけなかったようね!」

「でも、高額ですよ!親父の年収の半分以上だ!」

「お金は、用意したのよ!それで、あなたにそのお金を持って行ってもらいたいの!つまり、手紙を買い取って来て欲しいのよ!相手がどんな奴かもわからないから、真澄さんには、行かせられないわ!真澄さんの身体が目的かもしれないでしょう?ここは、信用のおける、『名探偵、荒俣堂二郎』にお願いするしかないでしょう……?」

そう言って、清子は、一万円札の束が入った白い封筒を、政雄の前に差し出した。

「指定された場所へ行ってちょうだい!あまり、時間はないのよ!今夜9時発の『フェリー・さん・ふらわぁ号』の停泊している桟橋よ!細かい指示は、この手紙を見て!今朝、真澄さんに届いた、『脅迫状』のコピーよ……」

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