第4章 荒俣堂二郎の冒険 四 探偵、事件を解明す
拾五
「ごめんなさいね、わざわざ我が家まで来てもらって……」
と、大森清子が言った。そこは、大森家の応接室。ソファーに向かい合う形で、政雄とリョウが座っている。清子から電話があり、大事な話があるから、来てくれないか?と、政雄は依頼されたのだ。
「大事なお話と伺いましたが、やはり、橘家の事件についてでしょうか?」
「ええ、そうよ。まずは、これを受け取って……」
そう言って、清子は白い封筒をテーブルに差し出す。
「これは?」
「探偵料よ!」
「探偵料?僕は営業はしていませんよ!趣味というか、成り行きで事件に関わりましたけど……」
「口止め料ですか?」
と、政雄の言葉の後に続いて、リョウが言った。
「いえいえ、リョウ君、あなた方、お二人の労力に対する、報酬よ!少ないくらいだわ!だって、警察では、こんな解決法はあり得ないわ!自らが、囮になって、誰にも内緒で、犯人に罠を仕掛ける。しかも、犯行を事前に察知していた、としか思えないやり方でね……」
確かに、清子が言うとおり、警察では、こんな罠は仕掛けられない。陽一郎が、次のターゲットだと、わかるわけもないし、病棟で襲われることを事前に知る術(すべ)などあるわけがないのだ。政雄には、スターシャとサファイアという、エスパー・キャットがついているのだ。
「おばさま、今回の犯人については、恭一郎さんが殺害された時点で、ほぼ確定されていたのですよ!ですから、その人物が次にどういう行動をするのかは、予測しやすかったのです」
「まあ!最初の事件で犯人が特定できていたの?凄い!名探偵だわね!」
「ただし、証拠はなし!状況による仮説に過ぎませんけどね……」
「それより、おばさまの用件を伺いましょう!ただ、報酬を渡すだけが用件では、ありませんよね?」
「あらあら、政雄さんだけでなく、リョウ君も名探偵なのね?そう、あなたたちに伝えておくことがあるのよ!それが、今回の事件の動機につながるかは、あなたたちの判断に委ねるわ!実は、金八さんの両親についてよ……。五郎八さんに尋ねたそうね?でも、金八さん本人の前では、言えないことなの。だから、わたしから、伝えて欲しい、と五郎八さんに頼まれたってわけよ……」
「つまり、金八さん本人は、ご自分の両親について、知らされていないことがあるんですね?」
「そう、彼は自分の名前が金田金八ということしか知らないの……。彼の両親、父親は、金田一郎。豪三郎さんの次兄、栄次郎さんの、若い過ちで産まれた子供よ!ただし、認知はされていないから、戸籍上は、他人……」
「つまり、血縁関係では、豪三郎さんの甥。金八さんは弥生さんの従兄の子供になるわけですね?」
「父方から見ればね……」
「父方?すると、母親のほうに、問題があるのですね?」
「そうよ……。ここからは、内緒の話よ!絶対、他言無用!」
「わかりました!」
「金八さんの母親は聖子さん、わたしの従妹よ!」
「ちょ、ちょっと、待ってください!聖子さんっていうのは、豪三郎さんの奥さんのことですよね?つまり、弥生さんの母親……。それだと、異父兄妹が結婚したことになりますよ!」
「ちょっと違うのよ、詳しくは、後で話すけど、戸籍上は、母親は別人なのよ!」
「よく理解できないのですが……?」
「先に結論をいうと、病院で、取り違えが起きたのよ!聖子の産んだ子供が、金田一郎の奥さんの産んだ子供と入れ替わったのよ!同じ病院で、ほぼ、同じ時刻に二人の子供が生まれた。しかも、血縁関係があったのよ……」
「取り違えがわかったのは、何時なんですか?」
「まず、聖子の子供とされた子供は、一歳未満で亡くなったわ。金田一郎の奥さんの純子(すみこ)さんは、産後の肥立ちが悪くて、乳飲み子を残して亡くなったの。一郎さんは豪三郎さんに相談したのよ、乳飲み子のことを……。それで、聖子さんが、お乳を与えた……。その時、気づいたのよ!赤ちゃんに、自分と同じ、痣があることに……。ほかにも、豪三郎さんとの相似点も見つけて、出産した病院で調べてもらったら……」
「取り違え、と、わかったのですね?」
「いえ、病院は認めなかったわ!でも、同じ日に、この病院で、金八さんが生まれたことはわかったわ。聖子さんは確信したの!それで、一郎さんと相談して、金八さんを拾った──捨て子──として、身近で育てることにしたのよ!三年待ってね……」
「自分の子供を取り返すのに、そんな手間をかけたのですか?」
「だって、自分の子供は亡くなったのよ!それに、聖子さんのお腹に赤ちゃんがいたの。弥生さんが……」
「つまり、金八さんを橘家の子供にはできなかった。後々の相続に問題が起きる。金八さんは、あくまで、一郎さんの息子として、養育しなければならなかった……」
「元々、金田一郎の存在を知っているのは、豪三郎と五郎八だったの。わたしは後から、聖子さんに訊いて知ったのよ。表向きは、親族でもないんだから……。一郎さんも、奥さんの純子さんが亡くなって、生活も荒れてしまって、渡りに船だったのよ……。まあ、その一郎さんも、すぐに、亡くなったんだけどね……」
「血縁関係では、弥生さんと金八さんは、兄妹。結婚には、絶対反対しますよね?」
「確定ではないし、秘密の事柄だったから、弥生さんにも、金八さんにも、反対する理由は伝えられない……」
「弥生さんには、言っても無駄だった、と思うわ!だって、結婚の話をした時、弥生さんのお腹に、金八さんの赤ちゃんがいたのよ!ただし、流産してしまったんだけどね……」
※
「それで?殺人事件の動機はわかったの?もうひとつの、加奈子さんの毒殺のほうは、どうなるの?」
と、大森家から帰ってきた、リョウと政雄にオトが尋ねる。
「姉貴、そう簡単に、判明するような動機じゃないよ!動機はひとつでは、ないかもしれない……」
「加奈子さんの殺害も同一犯なんだろうかな?何時、チョコレートを入れ替えたんだろう?」
「状況から判断して、恭一郎さん殺しと加奈子さん殺しは、別人の犯行だと思うんだ。それが、共犯関係がある人間なのか、単独犯が、偶然重なったのか……?」
「偶然?あり得ないでしょう?」
「まあ、連続殺人事件だと考えるのが、普通だよね……」
「しかし、恭一郎殺しの犯人と、共犯関係になる人間がいるのか?」
と、政雄が疑問を呈した。
「まあ、いないことはないよ!三、四人は容疑者がいる。動機はまるでわからないけどね……」
「動機がわかれば、犯人も特定できそうだよね……」
「また、スターシャとサファイアを使ってみる?」
と、オトが、座布団の上に丸まっている白い子猫に視線を向けながら言った。
「スターシャ!何か、未来が見えないかい?」
と、政雄が尋ねた。
「無理よ!もう一度、関係している人間の首実検をしてみないと……。過去と未来が、複雑に絡み合っている感じだわ。誰かは、過去の出来事を、勘違いしているみたいだし……」
「勘違い?それ、どういう意味?」
と、オトが尋ねる。
「たぶんだけど、橘家の家族構成。つまり、あなたたちが言っている、血縁関係を誤解している人がいるのよ……」
「妾の二人が、息子は豪三郎の子供だとは、言っているね……」
「リョウ、それは、勘違いじゃなくて、確信犯よ!二人とも、息子は豪三郎さんの子供ではない、とわかっていて、なお、主張しているだけよ」
「そうだ!加奈子さんは、それを認めて、恭一郎さんは、豪三郎の子供ではない、と言いだした……」
「その二人が殺されたんだ!動機は、そこにあるのかもしれない……」
「マサさん、かなり、いい線にいっているわ!でも、動機は、その先にありそうよ……」
「それが、スターシャの未来予知なんだね……?」
拾六
「政雄君、我々は困っているんだよ!」
と言ったのは、北村刑事だ。場所は、県警本部近くの喫茶店だ。
「君たちの言ったとおり、彼女の手首辺りに、猫の咬み傷が、しかも、新しい傷があったよ。だから、君たちの主張を否定はしないんだ。と、いって、彼女が恭一郎殺害犯人と、断定するには、証拠が足りない。彼女にその能力があったとしてもだ。動機がわからないんだ。それと、一番不思議なのは、君たちがどうやって、彼女があの夜、陽一郎君を殺害しようとするのがわかったのか?どうやって、陽一郎君と入れ替わったのか?それを説明してくれないか?」
と、刑事は疑問を投げかける。
「次のターゲットは、陽一郎さんか、聡一郎さん。病棟にひとりで泊まる夜は、何日かに、一回。その一回のチャンスを彼女が見逃すはずはない、と考えたのです」
「なるほど、そういう考えがあったのか……?で、どうやって、入れ替わったんだ?陽一郎君は、君が先に病棟に入っていて、自分はどうやって出たのかわからない。たぶん、院長と話がついていたのだろう、と言っているんだが、病院側は、誰も入れ替わりを知らない。看護婦は、最初から、政雄君、君が陽一郎として、病棟に入ったんだろう、と言っている……。もし、君が誰にも知れずに、病棟に入って、陽一郎を出すことができるなら、犯人もその方法で、病棟に出入りした可能性があるんだよ!」
「出入りする方法は、ひとつ。看護婦が巡回している間は、鍵はかかっていないのです。看護婦の眼を掠めて、ドアを出入りすることは、不可能ではありません」
と、リョウが言った。猫がテレポートの能力を持っているなんて、言えるわけがない。
「ナース・ステーションの職員の眼を掠める?できるかなぁ?」
「たまたま、できたのですよ!見つかったら、犯人逮捕のための秘密の行動だ、といって、内緒にしてもらうつもりでしたから……」
「つまり、リョウ君の計画だったわけか……?偶然、見つからなかったのか……」
刑事は、納得仕切れないが、他に出入りする方法はない、と考えるしかなかったのだ。
「あとは、動機だが、名探偵君は、どう考えているんだね?」
「そこなんです!僕らも、動機については、確信がありません。会社、あるいは、橘家の遺産に関わる、継承者問題と考えていたのですが、どうも違うみたいです。ひとつ、ヒントになりそうなことは、加奈子さんが、息子の恭一郎さんは、豪三郎氏の子供ではない、と言い始めたこと……。つまり、継承者としての資格を放棄する態度を見せたこと……、そして、殺されたのが、その二人だった……」
「資格を放棄したから、殺された、というのかい?反対のような気がするなぁ……」
「あっ!そうか!資格放棄じゃなくて、血縁関係の解除だったのかもしれない……」
と、急にリョウが閃いたような言葉を発した。
「血縁関係の解除?それは、どういう意味かな?」
と、刑事が尋ねた。
「つまり、豪三郎氏の息子だと、豪三郎氏の娘、または、孫娘とは、結婚できないってことですよ!」
「そ、それって、瞳さんのことを言っているのか?」
「現状のまま、豪三郎氏と妾さんの間に生まれた子供だと主張しても、まず、後継者にはなれない。後継者は、未成年ながら、瞳さんと決まっている。そこに、金八さんという、後見人が現れた。自分が後継者になるには……」
「瞳さんの夫に収まること……。そのためには、豪三郎氏の息子では、叔父と姪の関係になる血縁は、かえって邪魔になる、ってことか……」
※
「橘瞳さんですね?」
校門を出たところで、瞳に声をかけてきたのは、ブロンドと赤毛の中間くらいの髪の毛をショートカットにしている、妖精のような美少女だった。しかも、両腕で、薄いシルバーブルーの毛並みの子猫を抱いている。まるで、西洋の童話から、飛び出してきたような雰囲気だった。
「ええ、そうだけど……、あなたは?」
と、瞳は少し、警戒気味に尋ねた。
「わたしは、大森ルナ。あなたのおばあさまの聖子さんの従姉が、わたしの祖母にあたる、大森清子なの……」
と、美少女が笑みを浮かべながら答えた。
「ああ、大森のおばあさんの……、そうか、ひとり娘がフランス人と結婚した、と訊いたことがあるわ!それで?その遠い親戚が、わたしに何の御用かしら?」
「大事な、お話があるんです!少しお時間をいただけますか?」
「大事な話?立ち話、できないことなの?いいわよ!家に帰っても、線香臭いだけだから……。じゃあ、パーラーにでも行く?喫茶店は、校則で、禁止されているのよ……。でも、猫は、入れて、もらえないかな……?」
「大丈夫です!この子は入れなくても、外で遊んでいますから……」
「そう?賢い猫なのね?じゃあ、ついて来て、すぐそこだから……」
セーラー服に、茶色の学生鞄を提げて、学校近くの商店街にある、フルーツパーラー店に瞳は向かった。店の前で、振り返ると、美少女の腕から、子猫は消えていた。
「この店は、チョコパフェが美味しいのよ!」
二階の窓際の席に向かい合って座ると、メニューを見せて、瞳が言った。
「じゃあ、それで……」
と、ルナが答え、瞳は、ウェイトレスに、チョコパフェをふたつ注文したのだ。
注文の品がテーブルに運ばれた時、ルナの視線に、リョウと政雄が店に入ってくるのが写った。ふたりとも、帽子をかぶって、眼鏡をかけている。瞳に気づかれないように、配慮した格好だ。そして、瞳の背後のテーブルに座った。
「それで?わたしに大事な話って何?」
運ばれてきた、チョコパフェをスプーンで一口食べたあと、瞳が、ルナの顔を覗き込むような視線を向けた。
「瞳さんのご両親のことです!それと、この前に起きた、殺人事件にも関わる話です」
「わたしの両親?それがあなたと何の関わりがあるの?」
「わたし、祖母がある方に話しているのを偶然訊いてしまったのです!あなたのご両親に関することです。そして、それが、殺人事件の動機に繋がっているのではないか、と思うんです!刑事さんに話すほうがよいのかもしれないけど、まず、瞳さんにお話ししたほうが、いいと思ったんです!」
「ふうん、事件の動機……?面白そうね?どういう内容かしら?」
「わたしの祖母は、橘聖子さんと、双子のような従姉妹同士で、お互いの秘密まで、共有していたようです!そのひとつが金八さん、あなたのお父様の出生の秘密です!」
「父の出生の秘密?父は孤児(みなしご)のはずよ。ただ、肌守り(はだまもり)の中に『金田金八』って、名前の書かれたメモが入っていて、名前はわかったけど、両親のことは、不明のままだった、と訊いているわ」
「名前は確かに、金八さんです。しかし、両親はわかっているのです。父親は金田一郎。母親は、純子。聖子さんの最初のお子さまが生まれた同じ日に、同じ病院で生まれています」
「それを、大森のおばあさまが、誰かに話していたのね?でも、単なる偶然でしょう?当時だから、産婦人科も限られていただろうし……」
「そう、その時は偶然だったのでしょうね?ふたりのお子さんが、入れ替わるまでは……」
「入れ替わる?って、どういうこと?まさか、金八がおばあさまの子供ってことなの?それじゃあ、母の弥生は、兄妹同士が結婚したことになるのよ!わたしは、その兄妹の娘ってことになるわ!」
「たぶん、違います。取り違えが起きていないか、もうひとつは、瞳さん、あなたは金田金八の娘では、ないか、どちらか、或いは、その両方です……」
「な、何が言いたいの?じゃあ、わたしの父親は、誰だっていうのよ!それに、そのことが事件と、どう関わるの?あなた、何の目的で、そんな話をするの?」
と、瞳は、気色張った口調で問い詰める。
「わたしの祖母以外に、取り違えが起きたと思っている人がいます。聖子さんと、五郎ハさん。そして、あなたのお母さまの弥生さんです。ただし、弥生さんが知ったのは、金八さんと結婚してからだと思います。ほかにもいるかもしれません!『人の口に、戸は立てられぬ』と、言いますからね……」
「母が、知っていたら、わたしを産むわけがないわ!」
「弥生さんの最初のお子さんは、流産だったそうですね?その子は間違いなく、金八さんと弥生さんの、お子さんだったのです!それから、十年以上経って、あなたが生まれていますよね?そして、金八さんは離婚届を置いて、失踪……」
「母が不倫をした、っていうの?それを父が知って、失踪した、と言いたいの?」
「そこまでは、わたしには、わかりません。弥生さんは、不倫ではなく、金八さん以外の男性の精子を提供してもらって、人工受精によって、妊娠したと思います」
「じゃあ、わたしは、名も知らない男の娘、ってこと?」
「そうですね、一般的な精子の提供者は、名前を匿名にしていますから……」
「まあ、いいわ!金八が本当の父親でなくても、戸籍上は、わたしの父親なんだから……。それで?事件との関わりが、まだだったわね?」
「加奈子さんと恭一郎さんが、何故殺されたのか……、それを考えたんです。加奈子さんは、恭一郎さんをあなたと結婚させようとしましたね?」
「はあ?恭一郎とわたしを?誰がそんなことを言ってるの?」
「誰も言っていませんよ!言われたら、困るから、殺したんでしょう……?」
拾七
「ちょっと!あなたたち、ルナちゃんにそんなことさせたの?下手したら、毒を盛られるか、ナイフで刺されていたわよ!」
いつもの、テレビのある畳の部屋で、オトが眼の前の、ふたりに小言を言っている。その横で、ルナは笑顔を浮かべていた。
「まあ、白昼、人目のある場所では、犯罪行為はしないと、わかっていたからね」
と、政雄が髪の毛をかき回しながら、言い訳じみた言葉を発した。
「政雄さんとリョウ君が、側の席にいたから、不安はありませんでしたよ。でも、あの時の瞳さんの表情が、般若のお面みたいに眼が吊り上がっていった時は、怖かったです……」
と、ルナが素直な心境を伝える。
「ほら、ご覧なさい!ルナちゃんの心に、トラウマができちゃうかもしれないでしょう?リョウ!責任取りなさい!」
「はい、はい、食べれなかった。チョコパフェをおごるよ!大森のおばあさんから、探偵料を頂いたからね……」
「わあっ、嬉しい!実は、チョコパフェが心残りだったんだ!」
「じゃあ、オトには、僕がおごるよ!四人で行こう……」
「あら、わたしは、何にもしていないけど……、スターシャとサファイアに、鰹節をあげてね……。それより、事件の結末は?警察には、何て説明したの?」
「恭一郎さんを殺害したのは、橘弥生さん。加奈子さんのチョコレート・ボンボンのケースに、毒入りの物を入れたのは、橘瞳さんだと、北村刑事に報告してきたよ。弥生さんは、亡くなったし、瞳さんは、未成年。証拠も限られているから、不起訴になるんじゃないかな……」
「瞳さんは?自首しないの?」
「さあ、五郎ハさんと、靖子さんが、弁護士と相談しているんじゃないかな?僕の役目は、警察より早く、犯人を突き止め、自首を促す、ってことだったから、役目は完了したってわけさ……」
「それで、よくわからないのは、金八さんの出生と、瞳さんの出生よね?スターシャが、勘違いしている人がいる、って言ってたでしょう?本当は、どっちで、勘違いと殺人の動機が、どう絡んでいるの?」
「スターシャ、どうなんだい?」
「あら、あんたたち、それを知らずに、ルナちゃんを使ったの?」
「犯人は、弥生さんと瞳さん母子(おやこ)だと、見当はついていたのさ。だから、瞳さんと直接話をして、サファイアに、心の中を探ってもらったんだよ。直接と言っても、僕やマサさんの前では、仮面をかぶっていそうだから、ルナちゃんにお願いしたんだよ!サファイアとスターシャはテーブルの下に、テレポートしてきたんだよ!」
「スターシャ、勘違いの話をしてくれる?こいつら、探偵じゃなくて、エスパー・キャットを使っただけなんだ!」
「ふふ、ルナちゃんにも、わたしが人語を喋ることを知られてもいいの?サファイアは、まだ、喋れないけれど……」
「いいのよ!フーテンが喋るのを知っているから……」
「やっぱり、オッド・アイの猫って、賢いんですね?こんな子猫が人語を喋るんですもの……」
「オッド・アイというより、猫屋敷で生まれ、育ったからなんだけどね……」
「じゃあ、話を始めるわよ!わたしとサファイアが関係者の心の中を覗いた時、金八さんと弥生さんが、実は兄妹関係、と思っている人は、五郎ハさんだけ。瞳さんが金八の子ではない、と思っているのも、五郎ハさんだけ……」
「まあ、弥生さんは、その場にいなかったし、聖子さんは亡くなっているから、それはそうなるわね……」
「いや!姉貴、おかしいよ!瞳さんが金八の子ではないと思っている人間が、もうひとりいるはずだよ!」
「えっ?誰が?」
「金八さん自身さ!瞳さんが人工受精で生まれたなら、金八さんは自分の子ではないことを知っているはずだよ!失踪の理由が、そこにあったんだと、僕らは思ってたからさ……」
「じゃあ、瞳さんは、弥生さんと金八さんの子だっていうの?近親相姦よ!」
「近親相姦じゃあないと、わかったんだよ!十年以上経ってからね……。だから、瞳さんを産む決心がついたんだよ!」
と、政雄がリョウの代わりに憶測を語る。
「ああ、病院での取り違えが、間違いだったのね?でも、人工受精したんじゃないの?」
「そう、金八さんの精子を採取してね!」
と、政雄が結論を出した。
「何で、人工受精なんて、面倒なことをしたの?」
「ふたりが兄妹でないことを確認したんだろう、何かの検査──DNA検査かもしれない──をしたんだろうね。それで、兄妹ではなく、従兄の子供──弥生さんからすれば──だと、わかった。しかし、内緒にしたんだ!金八さんが、豪三郎氏の実子かもしれない、という後継者の順位を保存しておくために……。まだ、豪三郎さんも、聖子さんも、ご存命だったから、他人の精子による、人工受精で後継者の孫をつくることを提案したんだよ!金八さんの精子を使ってね……。人工受精が成功する確率は、そう高くない。本当は、ちゃんとした、夫婦の行為で、できたのかもしれないよ……」
「そうなると、殺人の動機があやふやになるわね!恭一郎が瞳さんに結婚を申し込んだとしても、断れば、おしまいでしょう?」
「ここからは、もう、想像するしかないけど、加奈子と恭一郎は、瞳さんに結婚を承諾しなければ、瞳さんの出生の秘密を親族にバラす、と脅迫したんだと思う。瞳さんは、両親が実の兄妹かもしれないということも、人工受精による出産も知らないから、驚いただろうね!」
「まさか、それをネタに、恭一郎は瞳さんと肉体関係を持った、なんて言わないよね!」
「あり得るんじゃないか?成功したかどうかは、疑問だけど、やろうとした……。それで、殺されたんだよ……!」
※
「荒俣さん、事件の顛末の報告書を拝見させて頂きました。わたしには、理解に苦しむ内容でしたので、祖父と、金八さんを交えて、瞳さんと話をしました……」
望月靖子が政雄とリョウを見つめながらで会話を始めた。ルナと瞳がパーラーで話をした日から、数日が経過している。場所は、橘家の別荘。カウンター・バーのある娯楽室のテーブルに向かい合って座っている。
「瞳さんは、加奈子さんのチョコレート・ボンボンのケースに、弥生さんから渡された、五個のチョコレート・ボンボンを入れたそうです。ヒ素化合物が混入しているとは、知らなかったけど、何らかの薬物が入っている、とは、思っていたそうです」
「それは、弥生さんが事故で入院される前のことですか?」
と、リョウが尋ねた。
「そうだと思いますよ!だって、弥生さんは、ずっと、意識がなかったんですから……」
「いえ、弥生さんは意識のないフリをしていたのですよ!瞳さんは、それを知っていたはずです。ならば、殺人の計画は、『ネハン病院』の病室で策定されたのでは、ないでしょうか……?」
「そういえば、僕が靖子さんに案内されて、金八さんと病院に行った時も、病室に、弥生さんと瞳さんがふたりだけでいたんでした……」
と、政雄が回想して言葉を発した。
「じゃあ、弥生さんの事故も、狂言だった、とおっしゃるの?」
「いえ、事故は、本当に起きて、ある一定期間、弥生さんは意識不明だったのですよ。しかし、意識を取り戻した時、その状況が、殺人計画に利用できる、と考えたのです。それで、意識不明のフリを続けたのです」
「意識不明の人間には、人は、殺せない……。完璧なアリバイかも、しれませんね……」
「本当に、弥生さんが恭一郎さんを殺害したのでしょうか?凶器のナイフはどうやって処分したのしょう……?」
「凶器は、弥生さんが使っている、杖に仕込んでいたのです。僕が病室で陽一郎さんの身代わりをして、襲われた時、犯人は、僕のボディーガードをしていた猫に手首を咬まれて、凶器を落としました。その後、僕が犯人を捕らえようとすると、反対側の手、右手に持った杖で、僕を突き飛ばしたのです。つまり、犯人は左利き。弥生さんは、どっちでしたか?」
「左利きです!しかし、彼女は、杖など使っていませんよ!そんな歳でもありませんし……」
「そう、不自然ですよね?凶器でなければ、不要な物です!病室に持ち込んだのは、瞳さん。犯行後には、病室から持ち出していたのでしょうね……」
「犯行は、母子の共謀……?でも、動機がわかりません!何故、加奈子さんと恭一郎さん、それに、陽一郎さんまで殺そうとしたのでしょう?」
「瞳さんは、そのことについて、何もおっしゃいませんでしたか?」
「はい、瞳さんは、母親の指示に従っただけ、と……」
「そうですか……。だとしたら、最悪のケースかもしれませんね……」
「最悪のケース?どういう意味です?」
「瞳さんは、恭一郎さんに脅迫されていたと思います。両親のこと、本人の出生に関わることで、ね。そのことを黙っている代わりに、結婚するよう迫ったのです。それで終われば、恭一郎さんは殺されるまでは、ならなかったでしょうが……」
「つまり、それ以上の行為をした……?」
「強引に関係を持とうと……した、かもしれませんね……。最後のラインを越えたかは、わかりませんが、瞳さんにとっては、殺されるに等しい、恐怖、屈辱だったと思いますよ……」
「では、陽一郎さんも?」
「いえ、彼はそんな行為はしていません!謂わば、濡れ衣です!陽一郎さんと恭一郎さんは、表面上はライバルですが、仲の良い友人です。弥生さんは、それを知っていた。恭一郎さんが、瞳さんに乱暴したこと──関係を持ったこと──を、得意気に話す畏れがある、と考えたのです。実際は、陽一郎さんは知らないことなのですが……」
「たぶん、弥生さんは、自身の犯行が、完全犯罪だと、思い込んだのですね。だから、陽一郎さんを殺しても、誰も自分を疑わない、と……。ひとり殺したから、ふたり、三人も、同じ……」
と、リョウが政雄の話に註釈を加えた。
「その完全犯罪を、どのようにして、見破ったのですか?弥生さんが、意識を取り戻していることは、医師も知らないことなのに……」
「それは、簡単です!病棟は密室だったのです!ならば、犯人は、病棟の中にいるはずです!病棟にいたのは、患者が三名。あとは、巡回した職員。その中で、恭一郎さんと関係がある人物は、弥生さんだけです。たとえ、意識不明でも、犯行が可能な人間は、ただひとり!ならば、意識不明のほうが、嘘になる……」
「でも、病棟の鍵を閉め忘れていたのでは、なかったのですか?密室ではなかったのでしょう?」
「あれは、警察の誘導尋問ですよ!合鍵が作られた状況がなかったから、あとは、鍵の閉め忘れ……。朝、鍵を開けた──死体を発見した──看護婦に、強面の刑事が、鍵は、かかっていなかったんだろう?と、問い詰めた所為で、そんな証言が出たのです!夜の巡回をした職員は、鍵を確認した、と言っているのですから……」
「でも、あなたは、陽一郎さんと入れ替わることが、できたのでしょう?密室なのに……。陽一郎さんは、どうやって、病棟を出たか、記憶がないそうです!たぶん、麻酔で眠らされたんだろう、と言っています」
「それは、企業秘密です!ナース・ステーションの職員の眼を掠める方法、それは、まあ、忍びの術なんですけど、ね……」
拾ハ
「探偵さんよう、わざわざ来てもらって、すまねぇな……」
と、金八が言った。靖子に事件の解明を説明した数日後、場所は、金八が住んでいた、安アパートの一室だ。部屋には、家財道具がない。畳の上に、直接腰をおろしている。
「ここは、今日で引き払うんだ!家財、というほどの物もないが、布団や服、食器類くらいは、引っ越し先に送っちまったよ!お茶も出せないで、すまねぇな……」
と、金八は二度謝った。
「弥生さんのマンションへ引っ越しするんですか?」
と、政雄が尋ねた。
「いや、弥生のマンションは処分したよ!瞳はアメリカのハイスクールに留学することになったから、住む人間がいなくなったからね……。弥生の位牌は、橘家の本家の仏壇に祀られている……。俺は、元の金田金八に戻るんだ!まあ、タチバナ組に、就職はしたけど、しばらくは、一兵卒だ。ここは、不便だから、会社の近くにマンションを借りたんだ。いずれ、瞳が帰ってくるかもしれないからね……」
金八が語ったように、結局、瞳の犯行は、証拠がなく、立証できないと判断された。事件は未解決のまま、迷宮入りの状態だ。瞳は、環境を変えるために、アメリカ留学を決めた。タチバナ組の代表取締役には、五郎ハが就任し、元お妾の夫の内、加奈子の夫、翔平が、専務に、あとのふたりも取締役に就任した。
靖子は退社したそうだ。もともと、祖父の五郎ハに頼まれて、社長秘書を務めていただけなのだ。本来は、幼稚園の保育士になる予定だったから、新たな職場を見つけた。
「将来は、金八さんが会社を継ぐんでしょう?あなたは、豪三郎さんの次兄の孫なんですし、先代社長の弥生さんの夫なんですから、その資格はありますよね?」
と、リョウが言った。
「俺の両親のことを調べたのか?いろいろな噂があっただろう?弥生と兄妹だ、と、五郎ハさんは思い込んでいたらしいな?弥生と俺は、血縁関係はあるが、従兄妹以上の関係はない、と判定されたんだ!だから、金田一郎と純子の子供、っていうのが、本当のところだろうな!ただ、一郎が、豪三郎さんの甥かどうかは、不確実だがな……」
「それで、僕らに用というのは?引っ越しを知らせるなら、ハガキで充分ですからね」
「まず、靖子から頼まれてね……。靖子は退社したから、これを探偵さんに渡してくれ、と言ってね……。俺のボディーガード料と、事件の解明に対する報酬だ!少なくて、すまない、と言ってたよ……」
と言って、白い封筒を差し出した。
「靖子?金八さん、靖子さんを呼び捨てですか?」
封筒を受け取っている、政雄の横で、リョウが金八の言葉に反応した。
「あっ!それと、これは招待状だ!是非出席してくれ!来年の春だから、まだ、予定はないだろう?」
金八は、そう言って、別に封筒を差し出た。
「何の招待状ですか?あっ!まさか……、結婚披露宴の……?」
と、政雄が驚きの声を上げた。
「ああ、靖子と結婚することになったんだ……、歳は、かなり離れているがな……」
※
「結局、事件は、『うやむや』か……。タチバナ組にとっては、ラッキーな結末よね……」
弥生の四十九日の法要が終わり、事件も風化した休日。いつもの座敷に、オトとリョウの兄妹と、政雄、それに、大森ルナがちゃぶ台を囲んで座っている。
菓子盆に入った煎餅をつまみながら、オトが会話を切り出したのだ。
「でも、まさか、金八と靖子が結婚するとは、思わなかったわ!靖子さん、マサさんに振られて、自暴自棄状態だったんじゃあないの?」
「姉貴は、金八さんと会ってないから、わからないだろうけど、金八さんは、映画スター並のハンサムで、格好いいんだよ!顔だけなら、マサさんより上だね!」
「あら、そうなの?でも、中年なんでしょう?靖子といくつ違うのよ?」
「まあ、親子ほどは、違っているね!しかも、金八さんは再婚で、子持ち。靖子さんは、初婚だからね……」
「怪しいわね!政略結婚の臭いがプンプンしているわ!」
「確かに、靖子さんは、現社長の孫。金八さんは、前社長の夫で、創業者の一族。会社経営を安定させるには、有力な選択だね!ただし、ふたりは、相思相愛だよ!」
「へえ、リョウ君って、大人ね!」
と、ルナが感心する。
「ルナちゃん、この情報は、スターシャから仕入れたものよ!リョウもマサさんも、男女の機微には、疎いことで有名なんだから……」
「オイオイ、リョウはともかく、僕は違うだろう?もうすぐ、二十歳(はたち)だぜ!」
「精神年齢は、十二歳でしょう!」
「フフフ、政雄さん、オト姉さんと結婚したら、かかあ天下は、間違いなさそうですね?」
「オト姉さん?ルナちゃん!もう、リョウの奥さんになる、と決めているのか?まだ、早すぎるよ!リョウはルナちゃんが理想の女性らしいけどね……」
「ゴホン!僕のことより、マサさん、自分のことだろう?姉貴を見返すくらいの成果を出さないと……」
「そうですね!探偵、荒俣堂二郎さんとして、開業されてはどうですか?エスパー・キャットがいるから、どんな難事件でも、アッという間に解決ですよ!」
「そうだよ!ねえ、スターシャ、荒俣堂二郎の未来は、どうなっている?」
と、リョウが、座布団の上に丸まっている白い子猫に声をかけた。
「さあ?名探偵には、ならないと思うけど、依頼人は現れそうね!大森のおばあさんのおかげで、ね……」
白い子猫がそう答えた時、勝手口から、オトとリョウの祖母が、買い物籠を提げて入ってくるなり、政雄に声をかけた。
「マサちゃん!今、大森さんに会ってね、また、探偵の依頼があるそうよ……!」
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