番外編 ウィラクル・バレンタイン

バレンタインに間に合わなかった…許してくだしあ…。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

鐘都優美の場合


 いつものようにぐっすりと寝て目を覚ましたのはお昼過ぎ、今日もだらだら一日を始めますかぁ、と思ったのだけど、何を思ったのか久々に部屋の掃除や自炊がしたくなった。


 いや、こういうのたまーにない?唐突に部屋の汚れが気になったりとかそういうの、今回もそういうものだと思って取り合えずご飯を作ってお腹を満たしてから掃除をしようと決意。


 家事出来るのかって言われそうだけど、こう見えてやらないだけで普通にできるよ、実家にいたときは私家事炊事やってたからね。自分だけの為にそういう事すんのめんどいからやらないけど。


 そんなことを考えていると作っていた料理が出来上がる。うん、我ながらなかなかの出来だ。


 そして、自作の料理を食べる…うん…味もまぁまぁ…いや、普通においしいんだよ?だけど私の我儘な舌はあの有能完璧スパダリ(女)にぶっ壊されてしまっているんだ、あいつのせいで私は自分の料理に満足出来なくなってしまった。責任を取れ。


 まぁまぁの出来かつまぁまぁの味の食事を終え家の掃除をすることにする。私の自堕落ぶりはほっとおけば年に数回するかどうか、たまにしるべが来て部屋の惨状を見てため息をつきながらやってくれるのだ。私よりテキパキ出来るんだから私がやらなくてもよくない?…まぁ甘やかされてるなぁとは思う。こんなことをされると離れられなくなるから勘弁して欲しい。


 部屋の掃除をしていると部屋の隅に紙袋を見つけた、なんだっけ、あれ、と思いつつ中身を見てみると、そういえば昨日ウィラクルの合同レッスンの時にしるべに渡されたものだ。


 いくつかある箱のようなものの中から一つを選び包装を開ける。そこには。


 かわいくラッピングされた箱が出てきた。なんだろこれ。


 更に箱を開けると、そこから出てきたものは。


 おそらく手作りのチョコレート。


 え?なんで?と思ってよく考えてみる、あれそういえば今日って…。


 …バレンタインじゃん!やっば忘れてた!


 おそらく複数の箱はメンバー全員から…だろうか?


「えぇ?…こんなに貰っちゃって…。」


 去年は確かにしるべから貰ったけど、今年は数が多いな…これじゃお返しするのも大変だよ。


 そう思いながらチョコレートの箱を優しく抱きながら私は小さく笑みを浮かべていた。



国陽舞の場合


 今日はバレンタイン。


 まぁ世間では大切な人にチョコレートをプレゼントする日になっているけどあたしにとってはいつもの日常と変わらなく。


「あら、舞さん。これ、余りもので申し訳ないのですがバレンタインチョコレートです。どうぞ、お受け取り下さいませ。」


 …まぁ、仲良くさせてもらっている同居人からチョコを貰うことくらいは普通の日常だよね、うん。


「…ありがとう、のぞみ、申し訳ないけどあたしは昨日優美さんに適当に上げた市販のチョコレートでもうチョコはないんだ、だからホワイトデーにはきちんとお返しする。」


「別に無理にそこまでする必要はありません、と言いたいところですがそれでは舞さんが納得しなさそうなので、ホワイトデー楽しみにしておきますわね?」


 にこりと笑い、遠慮しながらもこちらの気持ちを汲んでくれるいい女だよね。


「わたくしこれから少々出かけますから。後の事はお願いしますね?」


 そう言いながら家を出ていくのぞみ、例の想い人とバレンタインデートをするのであろう、勿論手作りの本命チョコレートを持って。


 そう思いながらあたしは準備を終え戸締りをしてから高天原プロダクション、ウィラクルのオフィスに向かう為家を出る。


 すると同じようなタイミングで隣の部屋の扉が開きしるべさんが中から出てくる。 


「あ、舞さんどこかお出かけ?」


 そう言ったしるべさんはどうやらあたしに用があるようで、ちょうどよかったと持っていた袋から何かを取り出す。


 それはおそらくだけど手作りのチョコレートだった。それも二つ。


「はい、バレンタインのチョコレート、もう一つは結愛からね。」


 そういいながら予想通りにバレンタインのチョコをあたしに手渡す。え?結愛も?


「結愛も作ったんですか?」


「そう、私もまーちゃんにチョコあげたーいって言ってね?私に教わりながらだけどきちんと手作りだよ?」


 なんと、結愛も作ってくれたようだ、こんな事だったらあたしも用意しておくんだったな、当分補給用の市販のチョコは昨日優美さんに上げてしまった、こんなんだったらもっと買っとくんだったな、と思う。


「ありがとうございます。後で必ずお返ししますので。」


「うん、そういえば何か用事あったんじゃない?出かける様子だったし。」


 うん、あたしは今日もいつも通りにウィラクルのオフィスに行ってレッスンであるそう伝えると、しるべさんは少々顔を引きつらせて程々にね?といった。


 あたしはしるべさんに別れを告げ、ウィラクルのオフィスに向かう。


 いつも通りに、毎日通っている道だけどどこか今日はいつもと違うように感じられるのだった。



神目のぞみの場合


 

「待ったか?」


 そう声が聞こえた方を向けばわたくしの待ち人、裕司さんがそこには居ましたわ。


「いえ、そんなに待ってはませんわ、待つのも楽しみですからお気になさらず。」


 そう言うと裕司さんは、少々気まずそうな顔をする。


「…はぁ、こういう日に自分の会社のタレントと、娘ともいえる歳の差の子とデート…だなんてなぁ。」


「それ、今更ですわよ?わたくし達クリスマスも初詣もデートしておりますし、気持ち的にはもうお付き合いしている気分ですわ。」


「流石にごまかしなく言うのは勘弁してくれ…、かっこ悪いとは思うがな?まだ、口に出せば決定的になると言う関係をはっきり口にするのは…。」


 言いたいことは分かります。ですけどわたくしは気持ちを変えることはあり得ないでしょうし、心の中では裕司さんもまんざらではなさそう…少々ズルをしている気もしていますけど…使えるものは何でも使います。それだけ本気ですから。


「それで、今日はどこに?」


「悪いがいつものカフェだ、まぁ一応普段とは違う準備はしてあるが…。」


 お前が満足するかはわからんがな、と言いながら彼はわたくしに背を向け、少し離れたところにある車へと向かう。


 わたくしは彼の後を追いながら、車に乗り込み目的地に向かいました。


 ☆ ☆ ☆


 しばらくすると、目的地に到着いたしました。


 いつものデート場所、わたくしと彼の秘密の逢引きの場所。


「それじゃ…行こうか。」


 そういいながら彼と一緒にカフェの入り口に入ります。準備をしている…とは言っておりましたが何の準備なのでしょう。


 そのまま案内されいつものように椅子に座ると、裕司さんは店員さんに例のものを頼む。と一言言いました。


 例のもの?と私が考えているとしばらくして店員さんが戻ってくる、トレーの上には一つのカップが乗っていた。


 どうぞ、とカップがわたくしの前に置かれる。店員さんはごゆっくりどうぞ、と言いながら戻っていきました。


 おかれたカップから甘い香りが香るこれは…。


「…チョコレート…ですか?」


「当たり、流石にわかるか、正確にはチョコレートドリンクっていうのかな、ここはカフェだからな、ちょっと洒落たものを用意してみた。」


 …メニューにないものを用意させるのは簡単ではない、事も無げに言っているけれど、店側から特別な客として思われていないとできない事です。そしてその特別の権利をわたくしのプレゼントに使ったのだこの方は。


 せっかくですのでチョコレートドリンクをいただきます。


 …ん、これわたくしの好きな味ですわ。


「一応君の好みに合わせて作ってもらったものだけど…どうだ?」


「ええ、好みの味です。とってもおいしいですわ。」


 そう言うと彼は表情を和らげる。ホッとしてる表情が少しかわいいですわね。


「…まぁ、とりあえずは俺からのバレンタインチョコレート…といったところだ、まぁ喜んでもらえたようでよかったよ。」


「ふふ、とてもいいプレゼントでしたわ、まさかデートだけでなくバレンタインにチョコをいただけるとは思いませんでした。」


 嬉しい誤算でした。しかも思い出の場所で、とても好きなシチュエーションですわ。


 その後はいつも通りのデートをして、ちょっと早めに家路につくことになりました。


 そして別れ際。


「ふふ、今日はありがとうございます。素敵なプレゼントでした。」


「喜んでもらえたようで何より。それじゃ、気を付けてな。」


 そう言って帰ろうとする裕司さんを呼び止める、わたくしの用事はまだ終わっていませんわ。


「裕司さん。」


「どうした?」


 いざ渡すとなるとこんなに恥ずかしいのか、好意が強いほどにドキドキが強くなるのかもしれない。


「はいどうぞ、手作りの本命ですわ。」


「…ありがとう。」


「ふふ、今ホッとしましたわね?チョコレート貰えないと思いました?」


「いや、渡してくるなら最初と思っていたからな…まぁ君がこういうイベントで忘れ物をするはずもないか。」


 そう言いながら流石に渡されると照れるようで、少し視線を背けながらチョコレートを受け取りました。


 初めての本命チョコレートを渡したわたくしは少し気持ちが高まっていることを感じながら口を開く。


「裕司さん。」


「ん?」


「ハッピーバレンタイン…。ですわ!」


 そう、心からの最高の笑顔を大好きな人に向けました。



稀石姉妹の場合


 今日は一緒に暮らして居ながら今まで何故か一緒に出掛けていないことに気が付いた私が、久しぶりに結愛を外に遊びに行くのを誘った事から始まった。


「うぅーん、よし!皆にチョコレートも渡したし後はのんびりできるねぇ、おねえちゃん!」


 現在私の手に入歳の妹から貰った大事なプレゼント、バレンタインのチョコレートが存在する。


 一緒に作ったとはいえ、大事な妹の手作りだ、それを渡されて喜ばないわけがない。


 すでに結愛は私から受け取ったチョコレートを食べたようでおいしーと顔を綻ばせていた。


 今日は皆配信もなく私にとっても休みの日となる。となると暇が出来る訳だが…そこで私ははっとする。


 あれ?私…引っ越してから結愛と仕事以外で出かけたことあったっけ?


 ふと、思い出そうとしても思い浮かばない、私が結愛との思い出を忘れるはずがないから間違いなくここ一年間結愛と一緒に出掛けしていない。


 これは由々しき事態だと、そう思った。結愛は昔から出不精の気質がある、故に洋服やコスメなどの買い物は私が連れ出して結愛に会うものを見繕ったりしていた。


 それがここ一年間無い…それだけ忙しかったという事実だけれど、それは言い訳にしかならない。


 だから私は決断した。


「結愛、せっかくの休みだし久しぶりに一緒に買い物に行こう。」


「え?おねえちゃんと一緒にお出かけ?うん!いくいくー!」


 わぁいとでも言いそうなほどに嬉しそうな我が妹の姿。こういう顔が見られるならいくらでも時間を作って見せよう。


 とりあえず出かける準備をしながら、ふと今日は珍しく皆お出かけだなーと思った。


 のぞみちゃんは社長とデート、舞ちゃんは…まぁアレも本人にとっては有意義な時間と言えるのだから好きにさせてはいるけど…まぁ私が良く見ていれば問題はないか。優美は…どうせ寝ているだろう、あれは怠惰の化身みたいなものだからね。


 考え事をしているうちに準備が終わる。結愛の方も準備が終わったようで、私に向かって笑顔で手を差し出してきた。


「さぁ!おねえちゃん!一緒にお出かけの時間だよっ!楽しみー。」


 差し出された手を握りながら私達は家を出る。今日はとても充実した日になるだろう。


 ☆ ☆ ☆


 久々のお出かけだ、結愛に似合いそうな服がある店を探し、良さそうな服を見繕う。


 結愛の服はいつも私が選んでいる気がする、結愛自身もセンスがないわけじゃないのだけれど結愛自身もいつも私に選ばせがちだ。おねえちゃんが気に入ってる服が一番だよ、といつも言っているが本当にそれでいいのだろうか。


 次にコスメを買い集める、結愛の肌質に合うものは熟知しているのでささっと選んでいく、お、これ最新の出てたんだ。買ってみよう。


 そうしていると結愛が私に近付いてきて紙袋を差し出す、ん?どうしたのかな?


「はい、おねえちゃんに私が選んだ奴、あげるね?おねえちゃんの普段使ってるやつに近い奴だから使用感は変わらないと思うな、プレゼント…だよ!」


 なん…だと…?結愛が私にプレゼント。正直めっちゃ嬉しい、ここで遠慮するのも結愛に失礼なので喜んでいただくとしよう。出来た妹がいて私はものすごく幸せだ。


 お互いの買い物を済ませるとなかなかいい時間になっていた。まぁ、家を出たのは昼過ぎだったしね。


 という訳で今から家に帰り夕食を作るとなるとかなり遅くなってしまう為、今日は外食することにした。たまにはこういうのもいいだろう。


「なんていうか二人だけで外食するのって初めてかもしれないね?いつもは家族かウィラクルの皆がいたし。」


「そういえばそうかもしれないね、結愛はあんまり外歩かないけど、いざ出かければ常にだれか一緒ではあった気がするし。」


 何気にこの子は一人でいることが少ない、身体が弱かった時代の事からこの子は結構寂しがり屋なところがある。常に懐いた誰かの傍にいることが多い。


 基本的にそういう時は私が傍にいるようにしている、結愛を寂しがらせることはしたくないし、寧ろ私が傍にいたいから。


 そうしてここ最近の皆の話や配信の話をしながら食事を済ませ、私達は家へと向かって歩いていた。


「いやー暗くなっちゃったねぇ、こんな時間まで外にいるのって珍しいかも?」


 確かに、というかそもそもこんな時間に私と一緒以外で外に出さないしね、過保護…と思うかもしれないけど結愛は美少女だ、心配なものは心配なのだ。


「えへへ、おねえちゃん、今日はとっても楽しかったよ。誘ってくれてありがとうね!」


 その言葉に私はこちらこそ、と返す。こっちも楽しんでいたのだからお互い様である。


 この一年で変わったことはいろいろある。結愛も私もなかなかに重いものを背負うことになってしまった。けれど私達は特にそれを苦に思っていなかった。二人で一緒にいられるだけで幸せだったし、何より楽しかったしね。


 私達はゆっくりと家に歩いていく、この楽しい時間がもっと続きますようにと、お互いの指を絡ませながら。


 

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