第42話 総括と金剛と真珠と

 身体が強張る。


 原因不明の腹痛と吐き気がする気がする。


 大谷茉莉こと私は今、高天原プロダクション、ウィラクルボックスの事務所にいる。


 理由は簡単、合格したことでこの日に会社に来てくださいと言われたんだ、そしてウィラクルの事務所の入り口で待っていてくれた面接官の人、どうやらこの人がマナちゃんのおねえちゃんこと総括マネーちゃんだそうな。


 あっ、流石にそれは失礼か…本名稀石しるべさん。


 妹を最推しとしてウィラクルを陰から支える超人マネージャー。


 ウィラクルボックスはこの人に支えられていると視聴者界隈では噂されている。


 そのしるべさんに案内され、おっきいソファーがあるお部屋に案内される、っていうかでけえ、なんだべこれ…いくらぐらいすんのかな?


 そんな感じで放心しているとその大きなソファーに座っていた少女がこちらを向いた。あ!あの子!


「おおー!久しぶり!…えっと…あこやちゃん!」


「あ、うふふふ、覚えててくれたんだね。お久しぶり、大谷さん。」


 あの時と同じようにふわりと笑顔をこちらに向けてくる。ほっとするような思わずママって言っちゃいそうな…。


「…ママ……。」


「えっ?」


 やべえ、口に出してた。これじゃ同じくらいの女の子に母親呼ばわりするヤバい女じゃないか。


「ううん、何でもない。あこやちゃんも合格してたの?凄いねぇ、流石だよー。」


「ふふふ、そう言う大谷さんも合格したからここにいるんでしょ?」


 くすくす、とこちらに笑みを浮かべたまま笑うあこやちゃん、そうなんだよね、なんで受かったのかわからないけど私がここにいる理由は合格したからなんだよなぁ。


「…こほん、お二人は顔見知りだったんですね。なら自己紹介も簡単でよろしいでしょうか…。」


 一緒に入ってきたしるべさんが仲良さげにおしゃべりする私達を見て、そう言った。


「改めてもう一度自己紹介させていただきます。ウィラクルボックス総括マネージャーを務めさせていただいている稀石しるべと申します。これからよろしくお願いしますね?」


 そう言って少し顔を綻ばせるしるべさん、この人が超人マネージャーさんなのかぁと思うとなんか感慨深い。


「改めまして、茅野あこやです。高校2年生です。よろしくお願いします。」


 同じくらいって思ってたけど一つ上なんだ…先輩って呼んだ方が良いのかな?


「えっと…大谷茉莉15歳です。趣味はえっと…ウィラクルの皆の配信を見る事…です。よろしくお願いします!」


 うう…あこやちゃんみたいにキリっと出来なかったよ…。


「実は本日もう一人紹介する予定だったのですが…。」


 そういえば新人は3人って配信で言ってたよね。という事はもう一人もここにいる予定だったのかな?


「声はかけていたのですが…どうやらまだ来ていないようですね…。」


 ふぅと小さく息を吐いて困ったような表情を浮かべるしるべさん。もしかして問題児なのかな?


 問題児だったらやだなぁと思いながら、とりあえずあこやちゃんが座っていたソファーに座るように言われたので座ることにした。


「さて、それでは皆さんウィラクルボックスにようこそ、そして合格おめでとうございます。」


 いかにも仕事ができますと言った風貌の女性が僅かに顔を綻ばせながら小さく笑う、うわ…こりゃギャップが凄いなぁ満面の笑みとか浮かべたらやばそう。


「合格した皆さん、3期生は所謂テストモデル、になります。どういう意味かというと0からVアイドルとして育成していくという事がコンセプトになっています。」


 そうだよね、素人である私が合格したんだもん、合格基準は分かんないけどね。


「そして、意欲があること、強い個性があることを基準に3期生を募集し、合格者があなたたちになります。」


  ですが…とひと呼吸おいてしるべさんは口を開いた。


「今から私はお二人に少々きついことを言います。…よろしいですか?」


 え?やっぱり合格は無しとか言われる?…じゃあ何でここに呼ばれたって話になるか。


「あなたたち3期生は努力をしても1期生、2期生に実力で追いつくことは難しいでしょう、これは配信者としてではなくアイドルとして、という点でですね。」


「……。」


 …そう…だよね…そもそも私達は素人だし、プリムラちゃんたちと同じ舞台に立つのもおこがましい…一緒にお仕事したいとは思ったけど、あの年末カウントダウンライブを見てアレのマネが出来るかと言われると…絶対に無理だとしか言えない。


 そう思う私の横であこやちゃんは目をつむりながら一呼吸して、口を開く。


「…では3期生はどういった形で活動することになりますか?」


 そう、私達は素人だ。0から育成する、とは言われても結局はあの天才たちの劣化品としか思われないだろう。私にアレに追いつけると思えない。


「はい。3期生には連携、チームという形で1・2期生と差別化していきたいと思っています。」


「チーム…ですか…?」


 思わず口から言葉がこぼれる。


「はい。彼女たちは全員で年末カウントダウンライブを行いました。結果は成功と言っていいのですが、グループとして見るならどう思いますか?」


 グループ…?どういう事だろうと私が考え込んでいると、あこやちゃんがなるほどと言いながら一つ頷く。


「バラバラ…でしたね。いえ、悪い言いかたじゃないです。あれで盛り上がったのは事実ですから。」


 あ、そうか…みんな個人の個性が強すぎてバランスという面ではグループというのは怪しいのか。


「そう、あの子達は皆、得意分野が別ではありますが天才です。その尖った部分が人を魅せる武器にもなりますが、協調性といった点では致命的です。それをあえて崩し一芸にすることも出来ますが、あくまで最終手段。常に最終手段を取り続ける訳にもいきません。」


 それに、元々あの子達はデュオ、ですからね。と言った。そういえばそうだった。


「えっと…じゃあ私達は個人ではなくグループという別の形でやって行くという事なんですかね?」


「はい。もちろん人間だれしも得意不得意がありますし、他人に合わせると言うのもなかなかに難易度が高いと言えます。だからこそこうして未経験の方を集めたという事になります。」


 成程、伸び率に差があっても出発点が近ければバラバラにはなりにくい…って事かな?


「成程、方針と最終目標については分かりました。という事は私達3期生はお互いに仲良く…見かけ上でも不和を起こさないように、していた方が良いという事ですね?」


「…正直に言えば、不和が起きた時点で私は厳しいと思っています。解消できるならば可能性はありますが、抱えたままズルズルと引きずっていけば間違いなくろくな結果になりませんから。」


 そう言いながらしるべさんは何かを思い浮かべているのだろうか、目と閉じながら何かを考えている様子だ。


 私はちらりとあこやちゃんを見てみる。と、どうやらあこやちゃんも私を見ていたらしいお互いに目が合ってしまった。


 なんだか気恥ずかしくなり、あははーとごまかすように笑う、それを見たあこやちゃんはくすくすと笑っていた。


「…どうやら大谷さんと茅野さんは大丈夫なようですね。顔見知りだったという事もありますが、相性も悪くないようです。問題は最後の一人なのですが…。」


 そう、しるべさんが口にするとノックの後扉が開く、え?返事も聞かずに開けたの?


「マネージャーに呼ばれてきたんだけど…誰?あんた達、え?もしかしてこいつらが残りの3期生メンバー?」


 いやそうに顔を顰めながらこちらを見る気の強そうな桃色ツインテールの美少女、もしかしてこの子が…?


 もしかしてこれって、前途多難ってやつなんだろうか。私は落ち着いてきたはずの胃に痛みを感じるのだった。

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