第30話 高天原とカウントダウンライブ
聖夜の配信も終わり、今年ももう残すこと後僅か。
世間ではもう仕事納めの時期であるのだが、年末のカウントダウンライブを控えた我々にとっては、寧ろ今現在かなり忙しい。
といっても配信者なんて実質仕事納めとかないからそのサポートをする私も同じなのだけど、まぁサポートが必要ない時は実質休みだから問題ない。
そんな私は現在、打ち合わせが終わった所、流石にカウントダウンライブの準備を私一人でやるのは無理なので、あちこちに働きかけをしているのだ。
年末年始なのに実家に帰らないで作業をしてくれているスタッフさん達には本当に感謝しかない、彼らも仕事というだけではなく我らがライバーたちを応援…というか推しながら全力でサポートをしてくれている、同志だな!
そんな思ったよりアットホームな現場であるが、やはり仕事となると完璧を目指すことになる、もうほぼ後はライバーたち次第というところまではもう進んでいた。
「明日、カウントダウンライブがあるんですよね…結愛ともう一度一緒にライブが出来るなんて思わなかった。」
今日も遅くまでレッスン室に居残り練習をしていた国陽さんが、私と一緒にスタジオのセッティングを見ながら口を開く。
「あたしは…あの娘がフェイムのメンバーと拗れているときに何もできなかった、いえ…何もしなかったんです。あの娘が辞めた後は正直後悔しかなかった。」
「…あの娘が悪いっていうところもあったから私からは何も言えないけど、でも一番悪いのはマネジメントを間違えた事務所側だから国陽さん達は気にしなくてもいいよ、それに結愛が気にしていないならそれでいいと思うし。」
私がそう言うと国陽さんは、罵ってくれた方が気が楽です、と俯きながら口にした。
「国陽さんは…結愛と一緒にライブできるの楽しみかな?」
「えっ?」
別に慰めようと思ったわけじゃない、けれど、彼女がカウントライブ本番にベストコンディションで挑めないのは、良くないと思ったから。
「結愛はね、貴方と一緒にもう一度ライブが出来るのを凄く楽しみにしてる、アイドル時代全力を出し切れなかったから、今あなたと一緒に出来る事が嬉しいみたいなの。」
その言葉を聞いた国陽さんは顔を上げてこちらを見た。
「私から得ることはただ一つ、何も気にせずに楽しんじゃえばいいんじゃないかなって事だけだよ、念願が叶うのならなおさら。」
「…楽しむ…楽しんじゃっていいんでしょうか…。」
あまり強引な手は使いたくなかったのだけど仕方ない、私はうつむいた彼女の頬に手を当て強引に私と視線を合わせる。
「いいんだよ、私達もライバーの皆に楽しんで欲しいと思ってやってる、あなた達が楽しめなくっちゃ見てる方も楽しめないよ、だから楽しんじゃいな。」
そういいながら私は笑う、それを見て国陽さんは顔を赤くしておどおどし始めた、やり過ぎたかな…?と思ったけど、これくらいやらないとずっと悩み続けそうだったから。
「ん…はい、とりあえずは、分かりました。今のあたしが出来る全力で…やってみます。…後…そのこれからは名前で…舞でいいです。」
「うん、楽しみにしてるね。舞さん。」
私はそれだけ言うと、作業を続けるスタッフさん達のもとに向かった。
☆ ☆ ☆
仕事も終わりそろそろ帰るかぁ、と思っていたらスマホから着信音が聞こえてきた。
なんだろう?と思ういながら画面を見ると鐘都優美の名前が、なんか幼児でもあるのかな?ライブ前日に不安になった?あいつが?
取り合えず理由は思い当たらないが電話に出ることにした。
「もしもし?何か用?今から家に帰るところなんだけど。」
「ありゃ、自宅じゃなかったのか、ごめんごめんお仕事ご苦労様。」
そうやっておどけた様子の優美、いつもと変わらずあっけらかんとしていた。
「それでさー、明日私がライバーになってからの初ライブじゃん?なんか応援の言葉ないのー?」
「何言ってるんだこいつ、頭湧いてんの?」
「いやいや、声に出てる。ええぇ…いつも思うんだけどなんで私にだけこんなに辛辣なの?」
日頃の行いだよ、あんたのマネージャーになってから最初のころ私がどれだけ苦労したか、慣れて対応の仕方がわかってからは気にしなくなった…というかよほどの事じゃない限り大体のことに対応できるようになった。
こいつのおかげで鍛えられたと思うのはなんか納得いかないけど、でも色々と臨機応変に動けるようになったのも事実、今の未来はこいつのおかげなのもあるのかもしれない。
「過去の自分に聞いてみたら?…もしかして…アイドルとして人前に出るの久しぶり過ぎて不安になっちゃった?」
まさかとは思うけど…本当に不安になったのだろうか?
「え?!…いや、まっさかー!この私が今更ライブくらいでビビる訳ないじゃんって!今も昔もどれだけ人前に出たと思ってんの?」
それはそうなのだが、ならなんで今特に用事もないのに電話をかけてきたのか。
「…はぁ…、大丈夫、皆、赤石優美を見に来るんじゃなくて、ヴァーチャルアイドルのガーネットを見に来てるの、一番じゃなくったって誰も文句言わないよ。」
そう言っても電話の向こうでは納得がいってないらしく、うーとかむぅ…とか聞こえてくる…はぁ、なんで今日はこんなに私らしくないことをしなきゃいけないのか。
「いい?あなたはいつも通りにやればいいの、赤石優美ではなく新しいガーネットとして、型にはめられた貴女ではなく自由な貴女で、そういうあなたが私は一番好きだよ。」
そう言うとなぜか電話の向こうでせき込む声が、なんで?むせる要素あった?
「…はぁっ、いやまぁ、そういう意味で言ったんじゃないってわかってるけど!本当にこいつはいきなりこういうことするからなぁ…。」
このタラシ、と言われる。いや言葉選びは悪かったかもしれないけど本心だし…
。
「後で妹ちゃんに言っちゃうから、それと…。」
小さくありがと、という声が聞こえる、それだけでいいのに何でいつも余計なこと言うかな?
「なんか言いたいこと言ったらすっきりしたし、聞きたいこと聞けたからもういいや、ありがと、明日は好きなようにやらせてもらうよ、それじゃバイバイ。」
そう言って電話を一方的に切ってしまった、まったく荒らしのようだと思いながら私は家路についた。
☆ ☆ ☆
「あ、おねえちゃんお帰りー、今日はね!のぞみちゃんが晩御飯作ってくれたよ!」
「勝手してしまって申し訳ございません、ですけど今日は帰りが遅いようだったので…お疲れかと思いまして。」
家に帰るとなんと神目さんが晩御飯を用意しいてくれたらしい、帰ったら食事が用意されてるっていいね、なんか嬉しくなる。
「ううん、ありがとう神目さん、ちょっと遅くなっちゃったしこちらとしても助かるよ。」
そう返すと神目さんはニコリと笑顔を見せ、ならよかったです。と清楚に返す。相変わらず所作がきれいな娘だ。
「そういえばさおねえちゃんも結構のぞみちゃんと付き合いが長くなってきたじゃない?そろそろ名前で呼んだら?」
そう言われるとそうかな、でもまだ1年たってないけどどうなんだろう、いや近くに住んでるしお互いによく顔も合わせるから密度で言うなら結構あると思うけど。というか今日舞さんに名前で呼んでって言われたばかりだったわ。
「そうだね、神目さんさえよければ名前で呼ばせてもらっていいかな?」
「はい、わたくしは全然問題ありませんわ、寧ろ嬉しいくらいです。」
本当に嬉しそうに笑うのぞみさん、そう思ってくれるのだったらもう少し早く名前で呼んであげるべきだったかとちょっと反省、でも結構距離感が難しい娘だったからなぁ。
「えへへ、これでもっと仲良しさんだね!なんか家族が増えたみたいで嬉しい!」
「家族…ですか…、いえ、ふふ…それもいいものかもしれませんね。」
のぞみさんの家庭事情は少々どころではなく複雑だ、本名ではなく母方の名字を名乗っているし名前も読みは一緒であるけど変えたらしい、理由は分からないけれど本人がそう望んだという事なので、いずれは教えてくれるだろうか?
「そういえば、舞さんにも名前で呼んで欲しいって言われたね、今日だけで皆名前呼びになったのなんだか不思議だね。」
「…え?…まぁちゃんが?…―――。」
なんだか結愛が少し驚いた顔をした後になんだかぶつぶつ言っているけど声が小さくてよく聞こえない、どうしたんだろう。
「とりあえず明日のライブの為に、皆英気を養っておきましょう、絶対に成功させる為に頑張りましょう!」
うん、その通り。ウィラクルボックスとしても今年の総決算になるライブ、大成功で終わらせたい、その為にも。
「じゃあのぞみさんの作ったご飯、頂こうかな?まずは着替えてくるから。」
そう言いながら準備を終えて、のぞみさんのおいしい料理を食べて大変満足した。
いやぁ、のぞみさんは良いお嫁さんになれるねぇ…社長が羨ましく思うよ、なんてことを考えながら私は明日の為に体を休める事にした。
☆ ☆ ☆
日付は変わり、カウントダウンライブの準備も終わった。
あと数時間で日付が変わる、つまり年が変わるという事だ、現在スタジオではあの娘達が最終リハーサルを行っている。
これが終われば後は配信でライブを行うだけ、である。
機材などの準備はもう終わっているので、私が出来る事はもうない。
最悪を考えた準備も完了している、それでも何かしたいと思ってしまう、彼女たちの為に出来る事が何かないだろうか。
しばらくしてリハーサルが終わる。
その様子を見て私は彼女たちに近付いていく。
「皆、いい感じだったよ…でも本当にそれで行くの?」
「あったり前!私達に上下関係は無し!好きにやっていいって言ったのは社長だよ?」
「社長はそんなこと言ってませんよ…諦めた様子で好きにやってくれとため息はついてましたが。」
「あまり社長の事はいじめないでくださいね?私達が好きなように出来るのもあの方のおかげなのですから。」
彼女たちが行うライブは前代未聞だ、見方次第では酷い出来になってしまうし一つのミスで大変なことになる。
最悪お互いに臨機応変に…最悪フルアドリブになりかねない、かなりの高難易度になるだろう。
「えへへ、無茶言ってるっていうのは分かってるよ、だけどね?私皆なら出来るって思ってるんだ。」
結愛は、自信に満ちた笑顔を私に向ける、そんな顔されたら何も言うことはないか。
「うん、なら後は任せた!ガーネットと黒曜歩の3Dのお披露目でもあるからね。出来る限り派手にお願い。」
もう決まったことだ、なら後は彼女たちに任せるしかない、私に出来る事は一つだけだ。
「あなたたちのライブ、特等席で見てるから、最高のものを見せてね?応援してるから。」
全員私に向けて笑顔で頷く、そして結愛はもう一度口を開く。
「見せてあげる!ウィラクルボックス4人の初めての、そして最高のライブを!」
★ ★ ★
『みんなー!集まってくれてありがとー!わっ…3万人も来てる!?すごいすごい!…っといけない、夢の世界からあなたに夢を!ウィラクル1期生のアイドルVtuberのゆめのマナです!今日はウィラクルボックスカウントダウンライブに来てくれてありがとう!』
『皆様、ごきげんよう。ヴァーチャル世界から希望の光をあなたに、ウィラクル所属、アイドルVtuberのプリムラ・モンステラです。この時間にこれほどの人に集まっていただけるなんて感無量ですわ。ありがとうございます。』
・こんばんはー!
・告知があってから結構騒がしかったよね
・ガーネットがアイドル復帰でライブっていうので赤石優美がトレンドにのってたな
・そのこともあって結構人が来てる、今も増えてるな
『えー?私もしかして期待されちゃってるー?おっと。輝く宝石にもう一度磨きをかけて、ウィラクル2期生、ガーネット・ポリッシュよろしくねー?』
『ウィラクル2期生、黒曜歩、よろしく。』
・なんていうかこういう形でもアイドルをやってくれるってだけで嬉しい!
・生でも見たいけどまぁ、ガーネットちゃんが選んだことならそれでええ
・いつも以上に簡潔すぎる自己紹介…!
・この簡潔さが癖になる
普段よりも多くの人が集まる配信、前情報を出していたせいかかなりの人が集まった。
『うん、皆が期待してくれたように今日の羅生はすごいものにしようって思ってるよ!…ただし!少しだけ変則的なものになるからそれだけは注意!』
・変則的?
・普通のライブじゃないって事か
・へー楽しみだな
・どんなんでも応援してるで!
『うんうん、それじゃライブが終わった後にカウントダウンもしたいからね!そろそろライブを始めるよ!』
ゆめのマナは、他の3人に目を向ける、プリムラは笑顔を、ガーネットはふふんと言いたげな自身に満ちた表情、黒曜歩は口元にうっすらと笑みを。
4人は頷きあい位置につく、センターはゆめのマナ。
そしてライブが始まった。
『『『『新世、開幕!』』』』
メインボーカルはゆめのマナ、視聴者は全員がこのライブはゆめのマナがセンターとして行うライブだと思った、しかし。
ゆめのマナが歌う、所謂歌詞の区間が変わる瞬間、ゆめのマナが息を入れた瞬間にゆめのマナの前に、中央所謂センターにプリムラがするりと入り込んだ。
視聴者たちは息を飲んだだろう、つまり何が起こったかというと、プリムラがゆめのマナからセンターを奪い取ったのだ。
そして今度は、プリムラが歌いだす、ゆめのマナは全員のポジションのバランスが崩れないようにちょうどいい場所に入り込む。
そのままプリムラが歌い同じようにプリムラが息を入れた瞬間に。
ガーネットがプリムラの肩を抱く、そしてダンスをするかのように自分とプリムラの位置を入れ替える、センターが変わる。
その時になってようやく視聴者は気が付く、このライブにセンターは存在しない、いや違う、全員がセンターなのだと。
位置を入れ替えたガーネットが歌いだす、アイドルのライブのセンターとは目立つものだ、故にアイドルのライブはまずセンターに目が行く、しかし。
そう、全員を見るのだ、そして誰が一番すごい、などではなく全員のパフォーマンスを見て、彼女たちのライブを見たものはが感じたことは。
誰も劣っていない。
ゆめのマナは正統派アイドル然とした可憐なパフォーマンス。
プリムラ・モンステラは派手さはないがどこか優雅な府に気を。
ガーネット・ポリッシュは逆に派手に。
そしてセンターが変わるごとに周りのパフォーマンスも変わり、中心に合わせた動きに代わる。
めちゃくちゃなのに統率が取れている、おかしく見えるのに正しく見える、まさに視聴者は混乱していた。
ガーネットが切りのいいところまで歌うと、黒曜歩が飛び上がりながらガーネットからセンターを奪う。
始まる黒曜歩のパフォーマンスは、アグレッシブに、ダイナミックに、オーバー気味に動き視線を奪う。
それでありながら、きちんと歌うのも忘れず個人がかなりの技能を持っているのがわかる。
視聴者全員が思った。
誰を推せばいい?
全員が誰にも劣らない、だからこそ迷う。
そこで歌はサビ部分に入る、4人が前に出る、今度は誰が歌うのか。
『『『『皆!私(あたし)を見て!』』』』
そう、全員が歌う。
その瞬間視聴者側ももう自棄になった。
思い思いの人を応援する者。
もういっそ全員を推す者。
唯一単推しを貫く者。
このライブを見たものの想いは一緒だった。
めちゃくちゃなのになぜか最高だったと。
★ ★ ★
もはやめちゃくちゃだったライブが終わると、一息ついてからゆめのマナが声を上げた。
『みんなー!どうだったー?楽しめたかなー?』
彼女が声を上げると次々とコメントが流れていく、もはや早すぎて読み切れないけど殆どがライブを称賛するものだった。
『あー、こんなに好き勝手やるの初めてよー、くくっ、現役時代こんなことやれたらもっと楽しかったでしょうねー。』
堪えきれずガーネットは笑う、もうこの配信は好き勝手にやると決めているのだ。
『本当にメチャクチャ、構成も何もあったもんじゃない、だけど視聴者もびっくり箱みたいで楽しかったでしょ?』
黒曜歩は、興奮が冷めず普段より饒舌になる、被る仮面がどんどん外れていく。
『今回のライブはライバー4人の意見をそのまま取り入れた形になっておりました。だから構成がメチャクチャなのですね。ですけれどメチャクチャでありながら誰もが楽しめるものが出来ました。』
プリムラは満足そうに微笑む、文句なしの最高のライブだったと。
そして。
『みんな!気付いてる?もう年明け間近だよ?なのでそろそろカウントダウンをしようと思いまーす!』
コメント欄も皆今気づいたかのような反応をしていた、それほどライブの余韻が凄かったからだ。
『それじゃ、私がカウントダウンするから皆はコメントしてね!』
10、9とマナがカウントをしていく、横目でちらりとライバーと視線を合わせながら。
『4,3、2,1!』
『『『『HAPPY NEW YEAR!!!!』』』』
その言葉と共に、この配信に集まった人々は新年を迎えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます