第26話 ”普通”だった黒曜石(前)

 高天原に来てあたしが感じたことは自由だという事だった。


 どういうことかというと、キャラのイメージを壊すな、スケジュールはこの通りにやれなどと言った指示が殆ど無い事、基本的に自分が好きなようにやっていいし、極論配信だってあまりしなくたっていいらしい。


 もちろん配信者という側面もある為、あまりにも配信しなさすぎるのも問題だけれど、一番大事なのは配信者本人の健康とモチベーションである、という事だそうだ。


 そういうわけであたしが現在一番力を入れているのは、高天原スタジオで行われる集団レッスンだ。


 今まで他人に合わせることを強要させられていた結愛がのびのびと楽し気にやっているのを見ながらあたしは自然にに笑みがこぼれていた。


 明らかに以前より上がったレベル、いや、抑えられていた実力なのかもしれない、あの頃の、記憶の中の最初にやったライブの時のあの子はこんな感じだったと思ったし。


 そして次に鐘都優美。


 かつて一世風靡した、最高のアイドル、ブランクがあるのにもかかわらずその実力は結愛にも劣らない、錆落とし…などと本人は言っているけれど、過去の映像を見る限り当時よりも切れ味が鋭く見える。


 問題なのが唯一、体力のなさ、ブランクと本人曰く怠惰な生活が続いていたせいでこのメンバーの中でもダントツに体力がない。…怠惰な生活関係なしにただの年齢…いや…これ以上は辞めておこう…。


 そして最後。


 個人的にすごくシンパシーを感じる子、神目のぞみ。


 この子はあたしとどこか似ているように感じる、性格や容姿はもちろん心に持った信念も全然違うけれど、結愛に追いつきたい、追い越したいという想い、そして凄まじいほどの諦めの悪さ、そいうところを鏡を見ているような気分にさせられる。


 そう思って話しかければ、今まであったことのないタイプで驚いた、良家のお嬢様のような慎ましさ、綺麗な動作。


 なんでこんな所に居るんだろう、こういう子はお金持ち学校でキャッキャウフフしているものでは?と思ったものだ。


 そして、あっさりと話された彼女の過去、正直あたしもドン引きするくらいの内容だったが、それ普通に言っていいのか?とも思ったのだけど。


「舞さんならと思いまして、それほど口が軽いと思いませんし…それに貴方とは仲良くなれそうだと感じましたので。」


 …まぁ人の事をべらべらしゃべる趣味もないし、軽々しく言える内容でもないし、それは間違ってないとは思うけど。


 あたしに似てる、とは言ってもあの子とあたしには大きい違いがある。


 そう、あの子は才能がある、という事だ。アイドルとして魅せる才能がある。


 あたしにはあって結愛にあるもの、それと同じモノをあの子は持っている。


 羨ましいかと言えば…まぁ羨ましいんだろう、あの子の…結愛の隣に立てる才能だ、羨ましくないわけがない。


 だけど私があの子にそれほど嫉妬心を感じていないのは何故か、似ているからだ、諦めの悪さが、そしてリスナーには見せない泥臭い努力。


 そう、諦めたやつらとは違いあの子は努力をし続けている、そこにあたしは好感を持っている、曲がらない信念を持っている子は好きだ、たとえそれが色恋が理由だったとしても。


 あたしの同僚はこういった子達なんだけど、あたし達にはいわゆるマネージャーが付いている。


 稀石しるべ…稀石つまりは結愛の実の姉だ。


 髪色や顔立ちは若干姉妹と感じるところがあるけど普段の表情が全く違うから似てる、と感じることはあまりない。


 キリっとして仕事が出来そうなタイプ、いや実際に優秀でフェイムの時は個人にマネージャーが付いてたけど、高天原ではあの人一人でほぼ全員の面倒を見ている感じ。


 あの人が倒れたらウィラクルボックスはどうなってしまうのだろうか?多分業務が止まると思う、あまりにもワンオペすぎるから社長は何かしら対策を講じるべき。


 そして今現在あたしは自分の配信者としての方向性を迷っている、配信者とは…以前と違ったファンサービスが必要になる、アイドル時代よりコメントとはいえ直接やり取りするのだ、若干距離が近く感じるかもしれない。


 そのことであたしは迷っている、ウィラクルメンバーでリスナーがあたしに対して思っている印象は”普通”なのだそう。


 配信業はいわゆる派手なエンタメが必要だと個人的には思っている、配信者は皆普通の人が思いもよらない事、または思いついても絶対にやらないことなどそういったものに大きな数字が付く、その行為が良いことにしろ悪いことにしろだ。


 ならばあたしも何かそういった事をやった方が良いのでは…?と感じることがあったので、しるべさん(結愛と苗字が同じだし名前を呼ぶ許可をもらった)に相談してみたところ。


「貴女にはもう武器があると私は思っているけどね…ん?…はっきりと言って欲しい?…うーん…これって自覚しちゃったら逆に面白くなくなっちゃうところがあるからね。なら…こうしてみようか?」


 と言われ、案を出してくれたのだが…それをやって怒られないだろうか?上には言っておくと言っていたから大丈夫だとは思うんだけど…。


 そういう事で改善案通りに以前結愛とのぞみ(名前で呼んで欲しいと言われた)がコラボでやっていたゲーム、リングマッスルアドベンチャーを配信でやることになっているのだけれど…本当に大丈夫だろうか?配信タイトルに耐久とつけておいてとは言われてるけど…。


 うーん…ここ最近慣れていないことをやっているせいか不安になることが多いな、配信も慣れれば問題ないのかもしれないけれど…もしかして慣れていないからリスナーに若干遠慮しがちなのもよくないのだろうか…いやでも普段通りの無愛想さは出してしまっているし。


 そしてあれこれ考えてしまい気が付けば配信時間間近、こんなに不安になったことはあまりないかもしれない、一人でやっていた事があまりないからこそいざという時あたしは弱い。


 どうしても不安が消えず、ライバーに悩みを聞かせるのも何か違うと思い、あたしはしるべさんに電話をかける、あたしどうしてこんな不安なんだろう。


「はい、しるべです。どうかしたの?国陽さん。」


「えっと…あの、どうすればいいか、わかんなくなっちゃって…ごめんなさい…。」


 頭の中がうまくまとまらず要領の得ないことを言ってしまう、こういう言い方じゃ何も伝わらないのに。


「?……あー、私のせいか…ごめんね、中途半端に言ったせいで何かしなきゃって思っちゃったんだね?」


 なんで言いたいことがわかるんだろうこの人は、まったく伝わらない言葉だったのに。


「国陽さんはそのままでいいんだよ、寧ろそのままもっとさらけ出しちゃってもいいくらい、普通って言われてるのは自分をセーブしているから周りに比べて普通ってなるだけだから、普段の国陽さんを出していけばそれもなくなるはずだよ。」


 …結愛がこの人を好きに思う気持ち、わかるかもしれない、相手の事をよく理解しようとして、適切な手助けもしてくれる…そして何よりも。


「そろそろ配信だね。大丈夫。あなたなら大丈夫だよ、面白いことしようと思わなくったって視聴者は楽しんでくれる、応援してくれる、もちろん私も応援してるよ。」


 あたしを、応援してくれる。


 この温かい気持ちはとても安心する、あんなに焦っていたのに心が落ち着いていく。


 ああ、理解出来た、高天原には、ウィラクルボックスにはこの人がいないとダメなんだって、あたしには変わりはいてもこの人の変わりは誰にも出来ない、そう確信できた。


「わかりました、えっと変なこと言っちゃってごめんなさい、落ち着きました…初配信でもないのに恥ずかしいです…」


「ふふ、元々は私が混乱させちゃったからだしね、失敗を恐れないで、何かあれば私達が支えるから。」


「はい、ありがとうございます。」


 それでは、と言って通話を切る、もう時間だ…同期のように遅刻などするわけにはいかない、あたしはそう言ったキャラじゃないし。


 よし、いつも通りのあたしだ、これならいける、そう思ったあたしは配信を開始した。

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