第7話 推しと謝罪と新たな生活

「はい、結愛?私に言うことは?」


「申し訳ございません…相談もせず勝手なことをしてしまってごめんなさい…。」


 先ほどの配信、ゆめのマナがやらかしたことで私は結愛を叱っている最中である。

 途中からヤバいなと思っていたけど、予想通りにやらかしたようだ、思った以上に結愛は彼女、神目さんを気に入っているようだ。

 

 今回で一番まずかったのはアレをやることで、ゆめのマナが終わってしまう事である。

 ただでさえプリムラの復帰までの時間稼ぎも兼ねてのゆめのマナの配信だったのに、その配信が原因でゆめのマナまで潰れたら何の意味もないのだ、せっかく生まれたV部門が完全消滅も十分ありうる。

 

 社長には誠心誠意謝罪した、社長の方も完全消滅の可能性を考えて流石に冷や汗をかいたらしいが、結果良ければ良しとし、マネージャーからタレントへの厳重注意のみで今回は水に流してくれるそうだ、懐が広くてこちらは大変助かる。


 さて、先ほど結果良ければ、といったが問題を起こして何故結果がよかったかというと、配信から1時間たった今、配信を見ていた誰かが配信の切り抜き上げたのだろう、その動画がかなりバズっているのだ。

 その動画のタイトルは「最強(V)アイドル降臨、今期最強アイドルグループフェイム越え」である。

 

 そう、実力で確かめて欲しいといったゆめのマナはまさしく実力でリスナーを黙らせたのである。

 

 彼女のリスナー辞めますと言っていたリスナーも手のひらを返し、配信のコメ欄を見ると、ゆめのマナ最強!ゆめのマナ最強!や俺が敗北者でした。取り消しませんこの言葉、ほかにも持ち歌歌ってたユメちゃんよりうまいとすら言われていた。

 声色を変えてたとはいえ、手を抜かざるを得なかった現役時代と比べると3割増しで歌えたといえばどれくらい変わるかがわかる、アイドル時代が60、さっきの配信が90、そしてありのままの結愛が100といった感じだろう。

 

 それと、配信で歌った”夢の未来へ”は、有名作曲家に結愛の持ち歌として作ってもらったものであり結愛が辞めるまでに、ライブでたった一度だけ披露されたファンの間では幻の曲である。

 

 実質フェイムではなく、結愛の持ち歌とされていたのであちらの事務所では扱いに困っていただろうその曲の権利を買い取って欲しいと社長に頼み込んだのだ。 

 あの曲は復活した結愛の、ゆめのマナとしての再出発と未来にふさわしい曲だと思った、だから今度はユメではなくゆめのマナの持ち歌としてう能わせてあげたいと思ったのだ。

 

 幸い作曲者さんがいろいろ融通を聞かせてくれ間に入ってくれたのと、実際に歌うのが結愛であることでOKを出して貰えたのだ、あの子が気に入られて姉として誇らしく感じる。


 まぁとりあえず切り抜きが上がったことでバズり今現在もチャンネル登録者が増え続けていっている。

 配信前は970だったその数現在は1600、まだ増えているからかなり効果があったのだろうことがわかる。


 まだ業界からしたら底辺もいいところだが期待値自体はかなり上がったといえる。後はこれに続く神目さん次第だろう。


「まぁ、本人も分かってるから今回は良いとして、次からは絶対に私に相談する事!何のために私がいるのかを考えて欲しいかな。」


「…うん、ごめんね。本当に反省してます。」


「まぁこれ以上ぐちぐち言ってても時間の無駄だしね、でも社長の恩情で今回はペナルティ無しって事なんだからね?」

 

 しゅんとした結愛の様子を見てこの話は終わりだと終わらせる。

 そういえば気になることがあったんだった、その事について結愛に聞いておこうと口を開く。


「結愛、そういえば神目さんの様子はどうなの?予定してるアレには間に合いそう?」


「うん、のぞみちゃんはね…うーん想像以上だったかな?」


 もちろんいい意味でね?と結愛補足するように付け足した。

 ここ最近、結愛の曲の事や後に予定していることの準備があり時間が取れなくなったので結愛に決して無理はさせないことを念入りに伝えておき、しばらく任せておいたのだ。

 

「いい意味で想像以上…って事は予定通りいけそうな感じかな?」

 

「私たちの3Dモデルってまだないんでしょ?となると予定変更でやることだけ伸ばせば本番までに私に並ぶかも。」


 え?結愛に並ぶってそれって神目さんも才能の塊って事?予定は2か月後だけど2か月で結愛に並ぶってかなりの化け物具合だと思うんだけど。


「アイドルとしての武器は人に世て違うからね。私は何でもそこそこ出来るタイプ、まぁちゃんは身体能力系が得意でダンスとかに特化したタイプ、そしてのぞみちゃんは…歌だね。」


 元々結愛の声よりも、神目さんの声の方が通りがよく、歌に関しては適している。との評価をトレーナーさんからは貰っていた、ただし、圧倒的な経験差と技術力不足で二人が並ぶのは当分先とまで言われていたのに。


「教えれば教えるだけ伸びるから教えがいあるよー、まぁ多分レッスン後も練習してると思うよ?あの様子だと。」


 そこも考えたうえで調整してるから体は大丈夫だと思う、と言う結愛に対し、根性お化けはヤバいと心からそう思った。才能を努力と根性で乗り越えていくとか。


「はぁ…近くの部屋に住むことになったらそこのところもよく見てないと駄目だね…私は神目さんのマネージャーでもあるから監督不行き届きなんて簡便してほしいし。」


「あはは…まぁ無理して体壊して失敗したら後がないんだから注意してね、とは口を酸っぱくして言ってるから大丈夫じゃないかな?何かあったらおねえちゃんに頼るんだよって言ってはあるけど。」


 あの子からは何か壁を感じるところがある、嫌われているわけではないけど根本的なところで人を信用していないんじゃないかと思う、何が原因かは分からないけれど、そこはプライベートなところだ、おいおい壁を取り除いてくれるとこちらからすると助かる。

 ビジネスライクな関係ではあるけどそれはそれ、仲がいい方が問題は少ない、悪意を持たれれば結愛には第2のフェイムという絶望の未来が待っている。


 でもまぁ、そんな子じゃないか、他者を傷つけてまで這い上がる、そんな性質にはとても見えなかったし、どっちかというと正々堂々打倒してやるってタイプだ。

 あ、それと結愛には言っておかなきゃいけないことがあったんだった。


「結愛、再来週の土曜日に引っ越しの予定だけど準備はしておいてね?直前になって慌てないように今のうちから少しずつ準備しておいて。」


「わぁー、そろそろ引っ越しなんだねえ、お父さんもお母さんも寂しがりそうだね。私はのぞみちゃんと近くに住むの楽しみだなあ。」


 両親はそろそろ子離れしていただきたいものだから丁度いい、むしろ私が結愛離れできてないって逆に思われそうだ、し、仕事に都合がいいから仕方ないし…別に結愛と一緒にいたいわけでは…あるけれども。


 そう思いながら、私も引っ越しに向けて準備をしていくのだった。


 ☆ ☆ ☆


 そして、引っ越し当日、現地にて。

 荷物を部屋に積み込んでる途中インターホンが鳴りカメラで確認するとどうやら神目さんが来たらしい、珍しくあちらも動きやすそうなパンツスタイルである。

 外で待たせるのもあれなので、扉を開け中に招き入れる。


「ごめんね、まだ荷物が片付いてなくてあまりおもてなしも出来ないんだけど…。」


「いえ、おかまいなく、こちらがお邪魔しにきたのですからお気になさらないでください。」


 相変わらずの柔らかい物腰でふわりと微笑む神目さん、彼女と少し談笑していると奥から結愛がこちらへ向かってくる。


「あっ、のぞみちゃんいらっしゃい!お引越し祝いに来てくれたの?」


「ふふ、そうですわねお祝いついでに私も引っ越しなので一緒にお祝いしようと思いまして。」


 そういう神目さんは、さっと手に持っていたビニール袋を見せてくる。中にはジュースやお菓子やらが入っているようでちょっとした引っ越しパーティーが出来そうである。


「わぁ、お菓子だっ、おいしそう!ね、おねえちゃん!片付けは後にして引っ越しパーティーしようよ!」


 そうこちらに期待しているようなキラキラした目を向けられると…隣の神目さんもそんな結愛にやわらかな微笑みを向けている、やれやれどっちが年上なんだか。


「わかった。片付けは明日でもできるし、なにか軽くご飯も作っちゃうから神目さんも食べて行って、家も隣なんだしね。」


「うんうん、のぞみちゃん、おねえちゃんのご飯はおいしいんだよ!遠慮せず食べて行って!」


 私と結愛がそう言うと流石に断り辛くなったのか、わかりました、と苦笑しながら了解してくれた。

 まだ神目さんは遠慮がちではあるものの楽しそうな二人を見ながら私は笑みを浮かべるのであった。

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