第6話 推しと友と私と願い

「―――こんなものなの?この程度で音を上げるの?のぞみちゃん。まだやれるでしょ?」


「ぐっ…底無しなのですか…げほっ、はぁ…はぁ…いいえ、まだ終わりませんわ、わたくし諦めることは大嫌いですのよ。」


 目の前で繰り広げられるこれはいったい何でしょうか、言葉だけなら何かのバトル漫画かな?とか思えそうな様子である。

 実際には高天原プロのVアイドル課のオフィスにあるレッスンルームである。私達はここで何をしているのかというと。


「ふーっ…こんなものかなぁ、うわぁ…やだなぁ…やっぱり鈍ってる、早く勘を取り戻さないとなあ…あっ、のぞみちゃんはもう終わりね、これ以上やると明日に響くし、クールダウン終わったらシャワー浴びてからおねえちゃんにマッサージしてもらって、おねえちゃんのマッサージプロ級だから翌日には疲れとれちゃうから。」


「ふぅ…はい、わかり…ましたわ、しるべさん後でお願い致します。」


「うん、了解。ゆっくりでいいからね。」


 結愛教官による、ブートキャ…もといレッスンである。今日のボイトレ、ダンスなどのトレーナーの方からの指導を受けた上でこれ、過剰運動では?と思うかもしれないが一応私も見てるし本気でやばそうなら止める。

 それとあまり大きな声では言えないが、トレーナーのレッスンよりも結愛一緒にやる方が成長してるような気がする。

 ただし、これはおそらく神目さん個人の気質によるものだ、負けず嫌いと絶対に折れない根性を兼ねそろえた根性お化けだからできることである。

 まぁ、結局のところ私に出来ることはこの子たちのケアだけなんだけど、この子らを手助けするのが私の仕事だからね。


「…っは、よし、柔軟終わりましたわ、結愛さんは…まだやっていますのね、体力お化けなのでしょうか?」


「効率よく動くとか無駄を無くすとか言ってるけど、まぁ今ののぞみちゃんよりは体力あるだろうね、アイドル時代の仲間には体力だけであの子に追いつこうとしてたヤバい子がいるらしいよ。」


「アイドルって…相当なタフネスが必要なんですわね、わたくし少々甘く見てましたわ。」


 神目さんにぬるめのスポドリとタオルを渡すとゆっくりと時間をかけながら飲み干したその後、失礼いたしますとシャワーを浴びに向かった、流石に結愛を基準にするのはあれだけど根性は結愛も認めていた、さっきも床にへたり込みながらも目は死んでいなかった。


 しばらく踊り歌う結愛を眺めているとシャワーを浴びてきた神目さんが戻ってくるゆったりとした服装だ…というか

 でかい、何がとは言わんが、トレーニング用の服を着てた時も思ったがかなりの大きさだ、何を食ったらそこまで大きくなるんだろうか、私の知り合いの誰よりも大きいんだが最年少なのに、いままでは和服を着てたからわかりづらかっただけで巨が付くレベルだ。

 結愛もまぁまぁある方なんだがあれには負ける、正直神目さんはスタイル、容姿、声どれをとってもアイドル出来そうである。


「ふーっ、まだいけそうだけど終わりにしよう、あ、のぞみちゃん戻ってきてたんだね。いやぁー、体が鈍っててまいっちゃうよ。」


 結愛がそう言いながら私からスポドリとタオルを受け取る、汗をぬぐいながら鈍ったという結愛に神目さんはあれでですの?、とドン引きしている。


「まぁこれくらいのぞみちゃんも余裕になるよ、その内ね。」


 なってくれないと困るし、と副音声が聞こえそうな視線を神目さんに向けるそれを真っ向から見つめ返す神目さん、結愛、まさかそれをかつての同期にやってたんじゃなかろうな、仲間外れにされるても文句言えんぞ。


 その後、念入りに我がアイドル達のマッサージを施すのであった。


 ★ ★ ★


『はい、こんばんはー、高天原プロ所属ヴァーチャルアイドルのゆめのマナです。私の配信を見に来てくれてありがとうございます。』


・こんー

・おじさんお仕事疲れたよ…

・まだ2回目だけどもう慣れたもんだね

・こんどりー

・こんどりってなんや鳥か?

・今日は何するん?

・マナちゃんはほかのライバーみたいに固有のあいさつとか口上とか作らないの?


 ふぅ…まだ2期目の配信だけど、落ち着いて出来てる、というかほとんど敬語風味以外はありのままの自分でやってるから演じてるって感じはないんだけど、おねえちゃんがありのままでやった方が自分も楽だし見てる側も楽しいからそれでいいよって言ってくれたからそうしてるけど…

 それと口上かぁ…口上ってあれだよね?なんか、なんかキャラの自己紹介挨拶的なあれ、うーんいきなり言われても思いつかないなぁ。


『口上…他のライバーさんが始めたときにやるあれですか、うーん、そうですね、やっぱりそういうのあった方が良いですかね?』


・あった方が良いかなぁ

・あったほうがこう、V配信者って感じはする

・今の挨拶お固い感じするしね、悪いわけじゃないけど

・まぁ難しく考えないで適当でいいと思うよ


 とはいってもそのライバーにとっては大切な挨拶だからなぁ…ある意味そのライバーのキャラのイメージが付くものだし適当にはしたくない、うん、よし、後でおねえちゃんと一緒に考えよう!


『うーん、そうですねえ、じゃあ今度の配信までに考えておきますね?とりあえず今日はアイドルらしく歌配信をしようかなぁと思ってるんですけれども。』


・おうたきちゃ!

・歌配信マ?

・そういえば同期の子大丈夫なん?初配信でやばいこと言ってたけど

・どんな歌うたうん?やっぱアイドルソング?


 …来た。

 この質問絶対に来ると思った。おねえちゃんも絶対に来るって予想してたからこういうのはスルーした方が良いって言っていたけど。

 だけど私は。

 私も炎上しちゃうかもしれないけれど、あの子はもう私にとって大切な仲間だから、友達だから。

 なんというか気に入ってしまった。普段は清楚なお嬢様みたいなのに、倒しても倒しても起き上がってくる雑草みたいな子。

 諦めないとこちらを見つめる瞳は猛獣のように鋭く。

 かつてフェイムの同僚にしてあそこの唯一の友達と言っていい子のまぁちゃんのように見えて、だからそう、気に入ってしまった、だからあの子を一人にはしたくない。

 …ごめんねおねえちゃん、社長さん。


『プリムラちゃんはちょっとお休み中です。私よりアイドルとして未熟なので猛特訓中ですねー。』


・え、あの子続けるの?

・アイドルなのに好きな人がいるって矛盾してない?

・あえて避けるような話題拾うんだ

・アイドルとして未熟って初心者とかそのレベル?よくそんなの入れたね


 …予想通り若干とげとげしくなった。

 あの子は諦めていないむしろ始まってすらないだから辞める訳ない、好きな人がいるって言っただけで恋人がいるとは言ってない、今言わないとしこりが残りそうだから今言うことにした、そして、初心者?あの子が?


『未熟って言っても私から見たらッて感じですね。並のアイドルなら妥協点貰えるレベルです。ですけど私にとっての最低ラインに至っていないので未熟という言い方をしました。』


・並のアイドルってことはマナちゃんは相当なレベルってコト?

・流石に盛り過ぎあまりそっちの業界とか馬鹿にしない方が良い

・一例としてどのレベルならパートナーとして認める感じ?

・ん?思ってたよりふわふわしてないなこの子


 まずいかな?ちょっとイメージ壊しちゃったかもしれない、でも私にとってのアイドルは大事なものだから譲れない、アイドル時代本気を出せたのはデビューから半年間だけ、そこからは周りに合わせるよう言われてみてくれてるファンの皆には申し訳ないと思いながら周りに合わせた。

 その結果、調和が生まれたことでファンからはより良いものになったと判断されたのが少し悲しかった。私の全力を見せられないことが。


『私が望む最低ラインはフェイムのマイちゃんレベルです。あの娘レベルじゃなければ私には並べません。』


 こういう事言うから嫌われるんだろうなぁ、いやアイドル時代こういう事言ったことはないんだけどね。


・うわぁ…ビッグマウス…

・人気アイドルグループのセンターレベルを要求ってwww

・推しを馬鹿にされた気がした見るのやめるわ

・高天原終わったな

・それだけ自信あるの逆に期待出来る

・おうた期待


 うわぁ、やっぱりそうなるよねぇ…ごめん皆、無くてもいい薪を燃やしちゃった。

ああ、せっかく来てくれてたリスナーが40人くらいいなくなっちゃった…。 

でも、それでも譲れないものはあるんだ、今の私はフェイムという過去ではなく高天原として、プリムラの相棒として生きている。

 だから私は…


『うん、皆も私がどれだけ出来るのか気になると思う、だから歌わせてもらうね。それで私の実力を判断して欲しいな。歌う曲は……そうだねフェイムの夢の未来へにするよ。』


・そうだね聞いてから判断するのが一番よ

・たとえ思ったほどじゃなくてもワイはドリみんよ

・期待以上だったら、切り抜いて拡散したるわwww

・大丈夫や!マナちゃんはすごいってわかってる!


 アイドル時代全力を出せなかった、ダンスも込みで見せられないのは残念だけど、久しぶりに何も煩わされずに好きに出来るのは嬉しい。

 さぁ、見せてあげる、アイドルの…ううんゆめのマナの全力を!


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