第2話 推しと私と転機
―――あの日、結愛がアイドルになると決意をした日から10年―――
私の妹は現在。
「ほわぁー、まーちゃんセンターになったんだねぇ。いやぁ、まぁちゃん、人1倍、うーん…5倍?は努力してたもんねぇ、今思えばとんでもないなぁ、体の丈夫な体力オバケとか…」
―――ニートになっていた―――
いや、正確にはまだ学生なのだからニートとは言えないのだが、半年前に結愛は諸事情ありアイドルをやめたのだ。
そう、結愛は願いを叶えたのだ。3年前にオーディションに応募し見事合格、そこから半年前までではあるが確かにあの子はアイドルをやっていた。
しかも生半可ではない世代のTOPと言えるようなレベルのアイドルに、やめた理由はここでは割愛するが、私からすれば芸能事務所が悪いの一言であった。
まぁそれはさておき、アイドル時代はなかなかに忙しい日々を送っていた結愛は、実家のリビングのソファーにうつぶせに寝転びながら、アイドルをやめても維持しているきれいな脚のライン…もとい、足をぷらぷらさせながら雑誌の記事を読んでいた。
まぁちゃんことアイドルのマイ。結愛が所属していたアイドルグループ、フェイムの同期にしてにして友人だそうな。
結愛が読んでいる記事を横から覗き込むとキリっとした、ポニーテールのかわいい子のインタビュー記事が書かれていた。
内容はまぁ、マニュアル通りというかまじめな子なんだろうなぁといえるような内容、まぁグループ発足からほぼ常にセンターやってた結愛が半年前に抜けてから事務所も慎重に、騒がれないようありふれた内容を返すように指示しているのだろう、今の私たちには関係ないことだが。
私の方は去年芸能マネジメント科を卒業し、現在は高天原芸能プロダクションという会社に勤務している。
本当は本当は結愛のサポートをしようとあの子がいた芸能事務所に応募したんだけど、落ちたのだ。
まぁ別に家でサポートすればいいと、アイドルのこと以外には割とずぼらなところがある結愛の私生活のサポートをこなしていた訳ではあるが。
さすがに妹につきっきりなのが目に余ったのか、就職しろと親に言われてしぶしぶ高校生の時から続けていたバイトをやめ、今の職場に就職することになったのだ。
今の仕事も特にミスをすることもなく順調にこなしている。
会社所属のアーティストの子、のマネージャーをしているのだが…まぁこの子が厄介なのだ、自分が気に入った仕事しか受けない、基本的に怠惰、かなりの美人なのだが美人の前に残念が付くタイプの人間である。まぁ結愛もたいがいにずぼらなので面倒見るのは特に苦でもないけれど。
今日は仕事も休みの日で、結愛と一緒に過ごしていたのだが、ふと、結愛がぼーっっと顔をこちらに向けている事に気付く。
「どうしたの?結愛、何か私にしてほしいことある?」
「えっ?…あ、えーっと……。」
結愛は私を眺めていたことに自分で気付いてなかったのか、私の言葉に驚いた表情を浮かべると、しばらくあーっ、とかえー、とか悩む姿を見せていたが考えがまとまったのか口を開いた。
「あのね、おねえちゃんはさ、芸能の勉強をしてた理由って最初は私のため…だったんだよね?}
「ん?今でも結愛のためのつもりだけど、なんならうちの芸能事務所に結愛のことを売り込んでも良いよ!」
とは言ったものの残念ながらうちの会社には現在アイドル部門は存在しない、もしあったら結愛のやる気しだいだけど推した。
能力は世代TOPクラスの私の最大の推しだ。ガンガン売り込みをしたことだろう。アイドル部門作ってくれって陳情出すか?結愛ならソロでも全然いけると確信できるし。
「えっと、違うの、そうじゃなくって…、お姉ちゃんはずっと前から私の事応援してくれてたよね。結愛は私の最推しだーって言ってくれてたけど…それって家族だったからなのかなって…」
結愛は寝転がってた姿勢を正して私に向き直りそう言った。
家族だから、これも無い訳でもない、かわいい妹がアイドルになったら普通の家族だったなら応援するだろう。だけれど、それだけではなかった。
「結愛、家族だから応援したっていうのは間違ってないし嘘でもないよ、だけどね、それだけじゃないの、結愛の頑張りを傍で見てきたから。」
結愛は黙って私の言葉を聞いている。真剣な表情で私の目を見ながら。
「今ではちょっと申し訳ないなって思うんだけど子供の夢だって思ってたの。途中で飽きちゃうだろうって思ってたんだよ。」
ごめんね?と謝ると結愛は、まぁしかたないよね実際に子供だったし、と苦笑する。
「だけど私が言った体力作りとか好き嫌いなくすとか本当に実践して見せた。少しずつ病院に通う頻度が少なくなった。その頑張る姿を見て結愛の本気さを見た。」
身体が弱い子だったのに、発作にに倒れて病院に行くたびに、結愛が死んでしまうんじゃないかって思っていた。そんな子が今では健康優良児だ。私より健康かもしれない。
「弱かった結愛が、絶対に諦めないって頑張る姿を見てね、私も本当に応援したいって思ったの、その時はまだ家族としてって感じだったけど。」
かわいいとか私のアイドル!とは思っていたけど本当になれるとは思ってなかった。それほどに結愛のハンデは大きかった。
だけどその考えは、結愛の才能を見たときに消え去った。
☆ ☆ ☆
「おねえちゃん!みてみてー!」
かわいらしく踊る12歳の結愛、体も丈夫になり踊ることも苦ではなくなった姿にほっこりとしながら眺めていたが次第にその姿を見て私は背筋をゾクリとさせた。
「結愛…えっとそのダンスは…?」
「これね!優美ちゃんさっきの新曲のライブで踊ったやつだよ!さっきテレビでやってたー」
そう、赤石優美の新曲の初お披露目のライブ映像、それを私と結愛は一緒に見ていた。つい先ほどまで。
それを目の前の結愛は完璧にトレースしていた。録画したものを何度も見たわけでなく初めて披露したダンスを一発で見て覚えたのだ。拙いものではなくほぼ完璧な形で。目が離せなくなるような赤石優美のパフォーマンスも込みで。
天賦の才、私の頭に浮かんだのはそんな言葉である。結愛には間違いなくアイドルの才能がある。
体力の問題も徐々に改善されてきた。カラオケとかも一緒に行って分かったことは結愛は歌唱力も高いと言うこと。
容姿も元々かわいらしいながら、私が協力して美容にも力を入れている。そして極めつけは先ほどのダンス。
この時の私はただ茫然としていた。目の前の少女の踊りを目に焼き付けることしか考えてなかった。
「うーん、でもこれじゃ優美ちゃんが踊ってこそだよね。私なら…―――じゃあこうしよう!」
ただでさえ完成度が高かったそれを自分用に、自分が一番映えるように改良したのだ、即興で、それを目の前で見た私は。
「―――――――。」
言葉が出なかった、頭も背筋も震える、脳が焼かれるとはこういうことだろうとはっきり理解できた。正直に言おう、この時私は結愛の潜在的な才能は赤石優美を上回ると思った。間違いなくアイドルとして大成すると。
そう、この時私は結愛のファンになった。妹の結愛としてだけではなく、未来のアイドルのユメのファンに。
そして私は結愛に”夢”を見た。この子はどこまでいけるのだろうか、アイドルという業界においてこの子は何か大きなことを成すのではないか。
他人に夢を押し付けるのはよくないことだ、だけれど夢を見るというだけならばかまわないと思う。
目の前で踊る少女を眺めながら私は自分に”夢”ができたことを理解した。
―――この子を応援したい
―――この子を傍で支えたい
―――この子が何を成すのかを傍で見届けたい
そう、私が、私こそがこの未来のアイドルの姉にしてファン1号であると、彼女が輝くためなら身を粉にして全力でサポートしようと、私の未来がはっきりと決まったのはこの時だった。
☆ ☆ ☆
だから私が結愛に伝える事は―――
「結愛はね、私に”夢”を見せてくれたの。」
「…ゆめ?」
まぁ言葉だと分かりづらいよね。名前と読みは一緒だし。
「うん、夢、結愛が赤石優美ちゃんに夢をもらったのと一緒で、私は稀石結愛に夢を見たの。結愛がどんなアイドルになるのか、アイドルとしてどんな活躍をするのか、それを姉として、そしてファン1号としてそれを傍で見届けるのが私の夢。」
そういうと結愛は申し訳なさそうな顔をして口を開いた。
「そう、だったんだ…私を応援するのがおねえちゃんの夢…。」
何故か結愛が気を病んだような顔をしたので慌ててフォローする。
「別に結愛がアイドルじゃなくったって私は応援するよ、あなたはいつだって私のアイドルなんだからね。」
そっか、と一言言って結愛は何かを考え始める。
そして一つ深呼吸すると意を決したように口を開いた。
「あのね、私もう一度夢を見せたい、アイドルの私を応援してくれたファンの皆に、私を支えたいって言ってくれたおねえちゃんに。」
ああ、この目だ、アイドルをやっていた時のようなキラキラ輝くこの目、それを私に向け結愛は言葉を続けた。
「あんな形でアイドルをやめたし、元の事務所に出戻りもできない、だから…また、一からやり直したいって思うんだ。」
冷めていた心が熱さを取り戻していく、かつての思いを取り戻すかのように。
「私自身は夢を叶えた、だから今度は皆に私が夢を見せてあげたいと思う。」
その熱に私は焼かれる。かつてのように。
「じゃあさ結愛、アイドルのユメじゃなく、顔を隠して名前を隠して全部0からもう一度やり直してみる?」
そう尋ねる、決意は変わらないようで、結愛は頷く
「うちの芸能事務所にそういうのにうってつけの新規事業がこれからできるの、Vtuberっていうんだけどね、興味があるなら教えてあげる。」
「教えて、もう一度最初からやり直すその方法。」
私は、今新しい未来を推しと共に歩もうとしていた。
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