6-3.約束と平穏

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 あまり来ないエリアなので馴染みがないが、繁華街の駅前は昼過ぎでも人が多く、カップルの割合も高い。クリスマスの陽気にあてられてか、それとも単に生活圏なのか、わずかながらホームレスの姿も散見された。

 とりわけ待ち合わせでごった返している駅前広場で、カイネの姿を探す。

 …………どこだ?

 待ち合わせ場所は間違えていないはずだが。散々放課後に付き合わされたから、カイネが遥空のようにすぐ道に迷う間抜けじゃない事は充分知っている。

 周囲に視線を巡らせる中、ふとナンパしている男が目に入った。待ち合わせ中の相手を口説いても成果は得られないと思うのだが……相手の女性の背格好がカイネに似ていたからつい見てしまったけど、違うな。

 外出時に必ず身に着けている白いキャスケットが目印だが、やはり見当たらない。

 見落としたかと思ってもう一度見回していると、ナンパされていた女性が近付いてきて――

「――待ち合わせで気付かないなんてひどい人ですね。それもイブに。減点です」

「びっくりした」

 カイネだった。いつもの申し訳程度の変装はせず、しているのを一度も見たことがないメイクまでしていた。

 ……率直な感想として、待ち合わせ中だろうと、こんなのが一人でいたら、声を掛けられるのもむべなるかな。

 とか思っていたら、ナンパ男がカイネを追いかけてきた。トラブルの気配に周囲からの視線が集まり始める。

「ちょっとちょっとちょっと待ってって。え、なに、それ彼氏? いやいやいやセンスないって! そんなガキよりオレの方が楽しませてあげられるって!」

 ……んー……うーん……過大評価する気はないけど、僕の方がマシだと思う。かなり。

 男は身なりこそ小綺麗にしているが、日サロ感の強い肌、キメすぎて少しの崩れも目に付いてしまう金髪、アクセサリーの主張が強すぎるブランド感、ファッション誌に載っていたのだろう細身の一式に微妙に合っていない太身……勇気を振り絞ってナンパに踏み切ったのだろうと捉えてみたら、ウザさより哀れみが勝ってしまう、絶妙なダサさ。

「初対面でウザ絡みするメンタルは尊敬に値しますね」

 カイネが無表情な笑顔で突き放すが、男が退く様子はない。

「えー? ウザいってオレのコト? 初対面でそれこそナシっしょ? いやめっちゃキズつくわマジ。ねー責任取ってさ、オレのコト慰めてよ? ほらオマエ邪魔帰れ」

 最後のは僕に向かって。ここまでタチの悪い振る舞い、いっそ感動すら覚えてしまう。

 ……でもさすがに止めないとな。一応はデートなのだし、僕の出る幕か。

 けど、間に割って入ろうとした僕を手で押し留めたのは、カイネ自身だった。

 強引に腕を掴まれた彼女は、後ろに下がって距離を取りながら、思いっ切り蹴り上げる。男の股間を、爪先で。

 倒れ込んだ男が体を丸めて悶える。呼吸もうまく出来なくなったのか、ひゅー、ひゅー、という音がかすかに聞こえた。

「こんな日にしつこいナンパとか、寂しいことするからですよー?」

 カイネがわざと周りの人達に聞こえるよう大声で言うと、様々な反応があった。

 笑うのを我慢している人、もう腹を抱えている人、手を叩いたりわざとらしい口笛を吹いて盛り上がる人、痛そうにしている男性。

 スマホのカメラを向けてくる人もいた。ああ、だから手を出させたのか。

 駅前広場には何十人もの人がいて、もっと多くの人達が行き交っているのに、地面に額を擦り付けながら涎を垂らす男を助けようとする人は、一人もいなかった。

 その分、広場に集まる人々の視線が僕達に、というよりカイネに集中する。

 ……ギャラリーがどう思っていようが、お世辞にも良い状況とは言えない。

「カイネ、面倒になる前にさっさと行っちゃおう」

「賛成です。エスコート、お願いしますね?」

 差し出された手を繋いで、小走りにその場を去る。



 追いかけて来るような人がいない事を確認して、足を緩める。

「すいません、ヒーローの見せ場とっちゃって」

「無事なら別にいいけど。あいつで試し撃ちでもしたらどうしようかと思った」

「持ってきてませんもん。シノさんがやるなら止めませんでしたけど」

「僕はカイネより常識人のつもりだよ」

「どの口で言ってます?」

 ……いまとなっては、否定しようもないな。

 にしても、と思いながら改めてカイネを見てみる。

 質素な装いしかほとんど見たことがないけれど、いまはどこを取っても洗練された華やかさがあった。

 外出用の帽子も眼鏡もなく、うなじまでの短い髪をしっかり整えている。

 元から端正な顔立ちは、主張しすぎず、それでいて目鼻立ちの美しさを際立たせるナチュラルメイク。化粧映えしそうだとは前から思っていたけど、ここまで印象に差が出るとは。

 服装も、細身の体型に合わせた大人びたコーディネートで、見覚えのあるアイテムは一つもない。

 つい見入ってしまっていると、ばっちり目が合ったカイネが悪戯っぽく笑う。……いまそんな表情をされると、落ち着かない。

「見惚れちゃいました?」

「まあ、ね。正直、驚いてもいる」

「ふふ、シノさんが頑張っていたので、私も特訓した甲斐がありました」

 準備しておくって、この事か。普段しないメイクを練習したり、似合う服を見繕ったり。

 外見ではない意味で似合わない、気合の入った準備。

 僕の思い過ごしって事は、万一にもなさそうだ。

「今日は、そういうつもりってことで、いいんだね?」

「もちろん」

 細かい確認など、今更僕達にはいらなかった。

 出会った頃は、こんな形になるなんて想像もしなかったけど。

 ……まいったな。少し後悔してしまう。拳銃製作にキャパシティを割きすぎた事を。

「なので、覚悟してください」

「とっくに腹は括ってるよ」

「そうじゃなくて、私のわがままですよ」

 言っている意味がわからなくて眉根を寄せると、カイネは笑った。いつか見せたような、胸を締め付けるような、とても綺麗で想いの乗った笑顔。

「今日ぐらいは我慢してくださいね。私は我慢しませんから」

 そう言うと、繋いだままだった手を引き寄せて、腕を抱いてきた。

 ……まあ、君が死にたいほどの幸せを得られるなら、僕が死にたいほどの苦しみを味わうのも、悪くはない。

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