6-2.約束と平穏
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実作業に入って約二ヶ月 。期末試験も明けて、ようやくだ。
思い付きで、ついでに作ろうと思った物があったので余計に時間を食ったが、間に合った。
「おまたせ。完成したよ」
完成品を持って地下室からリビングに戻ると、ソファに寝転がってうとうとしていたカイネが飛び起きた。火をつけたばかりの煙草をくわえながら。危ないな。
テーブルに置くと重厚な音がした。僕の分と、カイネの分。
驚いてか、カイネは目を見開いて煙草を落としかける。危ないな。
「わぉ…………え、これ本物ですか?」
「なんともいえない質問だ」
手間暇も金も惜しまずつぎ込んだ甲斐あって、我ながらかなりの完成度だ。
シングル・アクション・アーミー……いわゆる回転式拳銃。
もちろん、実在するモデルのデザインや構造を参考になるべく再現しただけで、本物ではない。それでも弾丸を発射する充分な殺傷力は備えていて、そういう意味では本物。
回転式は構造がシンプルな分、発射機構の精度と強度さえ確保できれば、素人の僕にも難しくはなかった。自動式というのもあったけど、そちらは細かい部品が多く、手作業では加工精度に不安があるから構想段階で除外した。
カイネは煙草を灰皿に置いて、手に取った本物さながらの実銃の出来に感嘆している。
危ないな――とは思わない。弾は入れてないから。いつぞやのネイルガンと違って、安全装置はないのだ。
「西部劇に出てきそうです、この感じ」
「まさにそれを目指して作ったからね。実銃は、製品としての名前とは別に、ピースメーカーって通称があるらしいよ」
灰皿に置いた
「粋ですね。それとも皮肉と言うべきでしょうか?」
「こういう時ぐらい、験担ぎみたいな事をしてもいいかと思って」
まあ、銃を作るのはそう難易度の高いことではない。ちゃんとした正規の設計図があったなら、一週間もあれば事足りただろう。
もうひとつ、セットでなければならない品もテーブルに広げ、お披露目する。
緩衝材で保護した弾薬。
銃本体より何倍もの苦労を要したのがこれだ。むしろ銃などおまけで、弾薬の性能が全てを決めると言っていい。
弾体の工夫、雷管と薬莢の製作、火薬に関しては製造、配合、保管、全てにおいて手間暇と神経を使い切った。
あくまで自害のために自作したものなので、規格に基づいた物とはだいぶ異なる。
カイネが、おそるおそるという風に一つを摘み取る。
先端にいくつものヒビが入ったような見た目の弾丸は、拡張弾頭というのを意識してみた。着弾すると弾が裂ける仕組みだ。貫通力を低減して二次被害を抑えつつ、被弾部位の加害範囲を広げる。銃など扱ったことがない僕達が使って、多少狙いがズレたとしても、致命的な部位に損傷を与えやすい。
「エグい形してますねこれ……ちなみに、弾の重さってどれぐらいですか?」
ふと思い付いたような彼女の問いに、僕は首を傾げる。
「二十一グラムだけど……」
拳銃弾としてはかなり重い部類。戦闘用ではない使用目的から、重量や形状、火薬の組み合わせを考慮して僕なりに最適なパターンを選んだ結果だ。
「ふふ、そんなところも気が利いてますね」
「……なぜ?」
「ご存じないですか? ヒトの魂の重さは二十一グラムって説。デタラメだそうですけど、それを題材に映画が作られた事もあるみたいですよ」
それは初耳だった。色々と観たり読み漁ったりしているだけあるな。まったくの偶然だけど、お気に召したようで何よりだ。
弾の入っていない銃口をこちらに向けてきて、楽しそうに「ばーん」と、大して真似する気のない音真似をしながら撃つふりをした。
「これで死ぬんですね、私達」
頷いて、僕も銃を手に取る。見た目通りの金属の塊はずしりと重いけれど、命を刈り取るのはたった二十一グラムの弾丸。その軽さが命の価値と同じように思えて、気楽だ。
「きっと、大騒ぎです」
「かもね」
「いいんですか? あなたの死の影響を最小限に、の真逆になりますけど」
「日本で自作の拳銃を使って自殺、ってインパクトに覆い隠される。そう信じる事にしたよ」
カイネはまだ、デザイン的にも細かく作り込んだ銃をまじまじと眺めている。
「……また自分で試し撃ちするとか言わないでよ。もう充分テストしてるから」
「わかってますって」
約束通りの手筈なら、カイネを殺すのは僕で、僕を殺すのも僕。本当はカイネの分まで作る必要はなかったけど、予備も兼ねて一応。それに今更、僕の分だけを作るというのも水臭い。
そっと、カイネの左手に視線をやる。
まだ包帯は取れていないけど、もう固定具も外していて、ほとんど完治している。
……ついでに作った物は、当日にサプライズとして渡すか。いま渡しても恥ずかしいし。
大して意味はないけれど、ほんの数日でも、左手が回復している事を願って。
カイネがすると言っていた準備が何かは知らないけど、そっちも間に合わせてくれるだろう。
準備は万端だ。
約束した灰の日、僕達の終着点は、もう目の前にある。
●
終業式が終わり、友人達が突発的に慰め会を企画する教室からひっそり抜け出し、予定のある生徒、予定はないがイベントに興味のない生徒らに紛れて、一人帰路につく。
その途中でカイネから『先に行ってますから、現地集合でお願いします』とメッセージが届いた。今日のプランを一任された僕は、行先だけあらかじめ伝えていた。
『一旦帰って支度するから、一緒に出ればいいのに』
『わかっていないですね。デートは待ち合わせも楽しむものなんですよ』
デートという言葉にむず痒さを覚える。それは同時に緊張を生むものでもあった。何の緊張かは、色々だ。
『語ってるところ悪いけど、実は初心者なの知ってる』
『お互い様です。それじゃ、また後で』
……腹、括らないとな。
帰宅した後、着替えて、最低限の荷物だけ持って行く。
財布と、拳銃と、おまけ。
カイネと過ごしてきた部屋を見渡してみると、こころなしか、片付いていた。
普段から掃除はしているけれど、ゲーム機は部屋の隅に寄せられ、放りっぱなしになっていることが多い文庫本も、ミニチュアワイン樽の灰皿も見当たらない。
生活の、人の生きた痕跡が、さっぱり消え失せてしまったよう。
遺書ぐらいしたためておこうかとも考えたけど、やめた。
誰かに伝えたい事なんてないし、僕の頭の中身を知って得する人間もいやしない。
僕の我儘でやる事なのだ。思い残す事はなく、余興など必要ない。
誰かのためじゃない。人が死んで喜ぶ者などいないのだし。そんなことがあるとしたら、死んだのがよっぽどの悪人って時ぐらいか。
僕もまあ、悪人のつもりはないけれど、犯罪者ではあるな。
危険物の製造に所持、そしてこれから人を一人と、自分を殺すのだから。
玄関を出て、鍵を閉めて、生まれ育った我が家に一礼する。
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