第26話 仕方がなかった

 亜美との会話の後、亮介と小川さんも加わり、場所を変えて4人で話すことになった。夕暮れのキャンパスを離れ、近くのカフェに落ち着いた。


 テーブルに着くと、亜美は少し緊張した様子で俺たちを見た。亮介はいつものようにリラックスしているが、小川さんは静かに亜美の様子を観察していた。


「いまさら、話をしたいなんて……いったいどういうことだ?」


 俺は落ち着きを取り戻し、亜美に真っ直ぐと質問した。


 亜美は少し躊躇してから、口を開いた。


「友、本当にごめん、あの時は私が間違っていた……友を傷つけてしまったこと、すごく後悔してるの」

「そんなこと言うなら、なんで裏切ったんだ?」


 俺は彼女に静かに答えた。


 隣の亮介はその様子を見て、何か言いたげだったが、言葉を飲み込んだ。

 そりゃそうだろうな。

 小川さんは俺を横目で見ながら、亜美に言った。


「岩浪さん、今ここで何を話したいのですか?」


 亜美は深呼吸をしてから言葉を続けた。


「私、あの時のことで、友に誤解を与えてしまったかもしれない……私たちの関係が終わったのは、友のせいではないの! 私自身が自分の気持ちに正直になれなくて……」


 俺は亜美の言葉を聞いて、少し思いを巡らせた。彼女の言葉には、過去に何かしらの葛藤があったことが感じられた。


「そんなの知らないよ、自分の気持ちって何なんだよ?」


 亜美は俺の問いに対して、「ごめんなさい」と言った。


 それだけだった。俺は心の中で思った。いや、謝るだけならここに来なくてもよかった。俺を煽っているのか?今の自分の幸せを自慢したいのか?そう思ったが、亜美の顔を見ると、そうではないようだった。


 会話が進まないので、小川さんが強気に質問した。


「話は聞いていますよ! あなたが名雲君を裏切った人ですよね?」


 その一言で、会話は一気に進んだ。亮介が口を挟んで、


「もう少しマイルドな言い方を……」と言ったが、小川さんは直接聞いた方が良いと言った。事実だからだ。


 亜美はその言葉に反応する。


「それは、仕方がなかったの」


 俺は深くため息をついた。


「仕方がなかったって、どういうことだ?」


 亜美は少し言葉を詰まらせながら答えた。


「友、私があの時選んだのは、自分の気持ちに正直になるためだったの……友には辛いことをさせてしまったけど、私には他に道がなかったのかもしれない」


 亜美の「仕方がなかった」っていう発言に、俺の中で何かがキレた。


「仕方がなかったって、なんだよ!」


 俺は声を荒げた。俺はありのままを話した。


「仕方がなかったって、他の男と浮気して、俺の部屋のベッドで快楽に溺れて、一方的に別れを告げて、いまさら何を言っているんだ?俺はもう全部知っているんだぞ!」


 俺の心は苦しくて、言葉が詰まった。亜美は驚いたように表情を変え、


「なんで知ってるの?」


 俺はそれに答えることができなかった。言えなかった。


 亮介が間に入って、雰囲気を変えようとした。


「まぁまぁ、そんなに熱くならなくても……」


 でも、その言葉も俺の心には届かなかった。


 小川さんが静かに俺の肩に手を置いた。


「名雲君、大丈夫?」


 俺は深く息を吸い込んで、落ち着こうとした。


「……大丈夫、もう、これ以上話しても仕方ないよね……亜美、君の選んだ道を歩めばいいよ! 俺も自分の道を歩くから」


 亜美は少し困惑した表情で、「友、本当にごめんなさい……でも、私も今は……」


 彼女の言葉は途切れ、何かを諦めたような表情を見せた。


 俺は深く息を吸い込んで、心を落ち着けようとした。地獄みたいな状況だけど、ここで決別しなければならない。


 亜美は泣きそうになっていた。彼女の涙を見て、俺の心は複雑な感情に満ちた。でも、小川さんがそこに割って入った。


「泣きたいのは名雲君の方ですよ」


 彼女は亜美に告げた。


 その言葉に、場の空気が一瞬にして張り詰めた。亜美は何かを言いたそうにしていたが、言葉にならないようだった。


「もう、いいんです。何を言っても、過ぎたことは変わらない。僕たちはもう別の人間だろ?」


 俺は亜美に向かって言った。


 亜美は唇を噛み、何かを言いたそうにしていたが、結局何も言えずにいた。


「友、本当にごめんなさい。あの時は……」


 亜美は涙を流しながら言った。


「謝っててばかりだね、謝れば……許されると思っているのか?」


 亜美の目には失望と諦めが浮かんでいた。そして、彼女は小さく頷いた。

 はぁ、出来れば来ないで欲しかった。

 でも、完全に決別するには必要なこと。

 だから、もう少し話をしよう。


「……亜美、実際に僕のことをどう思っているの?」


 これが聞きたかった。別に好きだと言っても元に戻る気はない。

 だけど、俺には確かめる必要があった。

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