第25話 突然の再会

 あれから絵里は俺に絡むどころか、話しかけても来なくなった。逆に不気味なほど静かだ。どういうことなんだろう。諦めてくれたのか?もしそうなら、それはそれで安心するべきなのかもしれない。だけど、今の俺には……。


「あ、小川さん、待った?」


 俺は教室の入り口で彼女に声をかけた。


「ううん、今来たところだよ」


 小川さんは微笑みながら答えた。


「じゃあ、一緒に行こうか?」


 俺は彼女に提案した。


 あれから小川さんとは仲良くなっていた。別に付き合っているわけではないけど、友達として共通の趣味や波長が合って、一緒にいる時間がとても楽しかった。彼女は亜美や絵里とは全く違うタイプで、俺に新たな刺激を与えてくれた。


 小川さんと一緒にキャンパスを歩きながら、俺たちはお互いの趣味や最近の出来事について話をした。彼女は話を聞くのが上手で、俺の話にも興味を持ってくれた。彼女と一緒にいると、なんだか心が安らぐ。


「ねぇ、来週のサークルのイベントに行こうよ」


 小川さんが提案した。


「結構楽しいと思うよ」

「いいね、行こう」

 俺は快諾した。


 俺たちは共通の趣味を楽しみながら、一緒に時間を過ごしていくことになった。絵里のことは少し心に引っかかるけど、今は小川さんと過ごす時間を大切にしたいと思った。


 この新しい関係がどこに繋がっていくのかはまだ分からないけど、今のところは、ただ楽しいだけで十分だった。



 これでよかったんだと自分に言い聞かせる。絵里のことも、亜美との過去も、もう全て忘れよう。これが俺の新しい道だ。強くならなければならない。決別し、新たな出会いを大事にしよう。小川さんとはまだ付き合ってはいないけど、いつかは……。そう強く思っていた。


 教室を出て、キャンパスを歩きながら、俺は新たな未来に思いを馳せた。絵里や亜美との関係が俺に多くのことを教えてくれた。人との関わり合いの中で、自分がどうあるべきか、どう強くなるべきか。それを深く理解した。


 小川さんとの関係はまだ始まったばかり。でも、彼女といると心が落ち着き、自分らしくいられる。それが、何よりも大切なことだと感じていた。


「小川さん、今度のイベント、楽しみだね」


 俺は言った。


「うん、私も楽しみにしてる」



 彼女が答えた。彼女の笑顔は、俺の心を明るく照らした。


 この新しい関係は、まだどこに繋がるかは分からない。でも、今はそれでいい。俺はこれから先のことを考えず、今を大切にしようと思った。


 小川さんとの会話を楽しみながら、俺は自分自身の新しい道を歩んでいく決意を新たにした。これから先、どんなことが待っていても、自分自身を信じて一歩ずつ前に進む。それが、俺の選んだ道だ。




 大学から出ようとした時。その瞬間は訪れる。

 ずっと続くと思っていた。この楽しい日々。でも、それは亜美との出会い、付き合い始めた時からの話もそうだった。


「……亜美?」


 そして今、再び彼女の姿が目の前に現れた。



 小川さんとの帰り道、そこに居たのは確かに亜美だった。俺は驚きのあまり、その場で立ち止まってしまった。


 亜美は俺を見つけると、挨拶した。


「久しぶり、友」


 その声を聞いただけで、俺の胸の中には複雑な感情が渦巻いた。同時に、吐きそうな感覚がした。亜美は変わらず美しかった。でも、彼女を前にすると、心の中にある古い傷が疼き始めた。


 そんな俺の心境を知る由もなく、亜美は何事もなかったかのように会話を続けた。


「どうしてたの? 元気そうでよかった」


 その瞬間、背後から亮介の声が聞こえた。


「おーい、友!」


 亮介は駆け寄ってきて、俺と亜美のやり取りに気づいた。


 亮介が亜美を発見し、驚いた様子で声をかけた。


「あれ? こちらは……って、こんな可愛い人をお前……どれだけ、あれ? 見覚えのある顔だけど、どういうことだ?」


 しかし、俺は何も言葉を返せなかった。亜美との過去が頭をよぎり、言葉が詰まった。


 そんな状況の中、隣にいた小川さんが俺より先に声をかけた。


「あなたが岩浪さんのお姉さんですね……初めまして、小川と言います」


 小川さんの声は穏やかだったが、その言葉には確かな意志が感じられた。彼女はこの状況を理解し、俺をサポートしようとしているようだった。


 亜美は少し驚いた表情を見せながらも、すぐに笑顔を取り戻した。


「あ、はい! 初めまして、岩浪亜美です」


 亮介は状況を把握し、軽く雰囲気を和らげようとした。


「岩浪……っておい! まさか!?」


 俺はその場の雰囲気に流されるように、ただ立っているだけだった。亜美との突然の再会に、心がざわついていた。でも、小川さんの存在が心の支えになっているのを感じていた。


「亜美さん、友くんとは以前からのお知り合いなんですか?」


 小川さんが穏やかに会話を続けた。


「ええ、そうなんです。ちょっと昔の話ですけど……色々あって会いに来ました」


 亜美が答えた。


 亜美の突然の登場に、俺の心は大きく動揺した。俺たちの過去が頭をよぎり、混乱が心を支配する。目の前にいる彼女は、昔の記憶と現在の姿が重なり、複雑な感情が渦巻いていた。

 色々じゃないだろう。どれだけ君は俺を苦しめれば気が済むんだ。

 俺は君のせいでここまで来て、考えただけで……はぁ、はぁ。

 呼吸が荒くなる。どうして、この場に現れたのか理解が出来なかった。


 一方、小川さんは落ち着いた様子で亜美と向き合っている。彼女の穏やかさが、この緊張した空気を和らげていたように思えた。


 その横で、亮介は状況を把握しようとしているようだった。彼の表情はきょとんとしていて、どう反応していいか分からない様子だった。


「えっと……とりあえず、どうしますか?」

「……そうですね」


 俺はただ黙って立っていた。言葉が見つからなかった。亜美との過去、それを前にして、何を話せばいいのか分からなかった。


「じゃあ、私たちはこれで、話すことは何もないでしょう」

 小川さんが俺を促すように言った。


「……うん」

 俺は自分の足を動かした。


「待って!」


 亜美の声が、俺たちの背後から聞こえた。彼女は立ち去ろうとした俺たちを呼び止めた。


「ちょっと、話がしたいの」


 亜美は言った。その声には、何かを訴えるような悲しげな響きがあった。


 俺は足を止め、振り返った。亜美の表情は、悲しみに満ちていた。彼女の目には、何かを求めるような切なさが浮かんでいる。


 小川さんは俺の様子を見て、静かに言った。


「大丈夫? 私、ここにいてもいい?」


「いや、大丈夫だよ! 少し話してくる……待ってて」


 俺は小川さんに言った。


 小川さんは俺に頷き、そこで待つことにした。


 俺は亜美に近づいた。彼女は、以前と変わらない美しさで立っていたが、その目は昔とは違う哀しみを秘めていたように見えた。


「何を話したいんだ?」


 亜美は一瞬ためらった後、言葉を紡ぎ始めた。


「友、ごめん、あの時は……」


 俺は亜美の言葉を静かに聞いた。彼女が何を言おうとしているのか、何を伝えたいのか、俺は知りたかった。

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