第11話 姉と妹

「先輩、これ見てください」


 絵里ちゃんはスマートフォンを差し出し、隼人に関する情報を見せてくれた。画面には彼のプロフィールや彼と亜美との関係に関する詳細が表示されていた。


 俺は画面を見つめながら、心の中で複雑な感情が渦巻くのを感じた。亜美が今、他の男とどのような関係にあるのか、その実態を知ることに、どこか不安を感じていた。


 絵里ちゃんは俺の反応を見て。


「姉、最近変わっちゃったんです。隼人先輩と付き合ってから、なんか……」


 言葉を濁した。彼女の声には心配が滲んでいた。


 俺は絵里ちゃんに感謝の気持ちを伝えた。


「ありがとう、絵里ちゃん。亜美のこと、心配してくれて」


 俺は彼女の心遣いに感謝し、同時に亜美への気持ちに再び向き合うことにした。



 絵里ちゃんから受け取った風間隼人の情報を見て、俺は乾いた笑いを漏らした。


「はは……」


 風間はサッカー部のエースで、高身長のイケメン。さらに頭も良くて、男女問わず人気がある。まさに俺とは違う世界の人間だ。


「そうか、俺とは住む世界が違うんだな……いや、亜美とお似合いじゃないか」


 俺は心の中でそうつぶやいた。しかし、その言葉の裏では、とてつもない敗北感を感じていた。


 風間は俺とは比べ物にならないほど完璧な男だ。エッチの技術も、あれも大きいらしい。俺は男としての自信を完全に失ってしまったような気がした。


 俺は泣きそうになった。


「もう俺は死んだ方がいいんじゃ……」


 という惨めな思いが心を支配した。俺は自分自身に価値を見出せなくなっていた。


 絵里ちゃんが心配そうに俺を見ていた。


「先輩、大丈夫ですか?」


 彼女の声が俺の心を少し和らげた。


 絵里ちゃんは、俺が自分の心の葛藤に苦しんでいるのを見て、そっと体を寄せてきた。彼女の優しい気遣いに、俺は心が温かくなるのを感じた。弱々しい男として自分を見下していた俺に、こんな可愛い子が寄り添ってくれるなんて。


「私も先輩と同じです」


 絵里ちゃんはそう耳元でささやいた。その言葉には何か意味があるように感じた。同じ、とは一体何を指しているのだろう。


 絵里ちゃんの吐息が耳にかかり、俺は思わずぞわっとした。彼女の存在が、この瞬間、俺にとってとても大きく感じられた。


「同じって、どういうこと?」


 俺は彼女に尋ねた。彼女の言葉には、何か重要な意味が隠されているような気がした。


 俺が質問した後、絵里ちゃんは少し離れて天井を見つめながら話し始めた。


「私は姉と違って優秀ではないんです。勉強も運動も、全部、姉より劣ってる。周りも私なんか見ていないし、期待もされていない。いつも劣等感で押しつぶされそうになるんです」


 彼女の言葉には、深い寂しさと自己否定が込められていた。絵里ちゃんは、姉の亜美と比べられ続ける中で、自分の価値を見出せずにいた。


「でも、先輩がたまたま家に来た時に私と話してくれたんですよね……その時に先輩が言った言葉、『そのままの君でいいと思うよ』って」


 絵里ちゃんはそう言って、俺を見た。


 ああ、確かに俺はそんなことを言ったような気がする。その言葉が、絵里ちゃんにとってとても印象深かったらしい。


「その言葉が、私にとってすごく大きなものだったんです。誰かが私をそのままで受け入れてくれるって、思ったら、すごく救われた気がしたんです」


 絵里ちゃんはそう続けた。


 俺は彼女の言葉を聞いて、胸が熱くなるのを感じた。俺が何気なく言った一言が、彼女にとってそんなに大切だったなんて。


 俺は、絵里ちゃんからの言葉を受け止めながら、心の中で自分自身を責めた。


「いや、自分としてはそんな大したことは言っていない」


 俺はただ、彼女に対して普通に接しただけだった。


 でも、知らないうちに絵里ちゃんの中で、俺というちっぽけな存在は大きな存在になっていたらしい。彼女の心の中で俺は、彼女を支える重要な人物になっていた。


「だからこんな無茶を……」


 俺は自分自身につぶやいた。絵里ちゃんが俺にこんなにも想いを寄せていたことに、俺は気づかなかった。自分がどれだけ無神経だったかを思うと、胸が痛んだ。


 そう思ったら、亜美への後悔も大きくなった。


「だから亜美も俺のことを……」


 俺は彼女との過去を思い返し、自分を責めた。俺は亜美の心にも、もっと気を配るべきだった。


 俺は自分の無力さと無神経さに落ち込んだ。絵里ちゃんや亜美、彼女たちに対して俺は何をしてきたんだろう。俺はただ、自分自身の感情に振り回されていただけだ。


 絵里ちゃんがそんな俺を見て、優しく手を握ってきた。


「先輩、自分を責めないでください。先輩は私にとって、本当に大切な人ですから」


 俺は彼女の手の温もりを感じながら、心の中で葛藤した。俺はこれからどうすればいいのだろう。絵里ちゃんの優しさ、亜美への思い、そして自分自身の未来。これらすべてが俺の心を混乱させていた。


 俺はまだ、自分の心と向き合わなければいけない。

 亜美と絵里ちゃん。二人の姉妹が俺を惑わせる。

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