第3話 何でも知ってますよ

 翌日、俺は頭が痛かった。あまり眠れなかったからか、それとも昨日の絵里ちゃんとの出会いからか。どっちもだろう。心は憂鬱で重かった。


 授業が終わり、一人でキャンパスを歩いていたとき、再び絵里ちゃんが現れた。彼女はいつも通り元気よく挨拶をしてきた。


「先輩、こんにちは!昨日はどうして急に逃げちゃったんですか?」


 彼女の問いかけは、俺をさらに追い詰めた。絵里ちゃんは気付かないのか、それともただ純粋に知りたいのか。


「ああ、ごめん、ちょっと……」


 俺は言葉を探しながら、どう答えればいいのか迷った。彼女の前で弱音を吐きたくなかった。


 絵里ちゃんは心配そうに俺を見つめてくる。


「先輩、何か悩みがあるなら、私に話してください。私、先輩のこと、応援しているんですから」


 俺は彼女の言葉に心を動かされた。絵里ちゃんは亜美とは違う、新しい存在だ。彼女の前向きな姿勢が、俺の心に少しの安らぎを与えてくれた。


「ありがとう、絵里ちゃん。実は、昨日のことで、ちょっと動揺してたんだ。亜美とのことがまだ心に残ってて……」


 どうしても忘れられない。亜美との思い出は、まだ俺の心に深く刻まれていた。それにしても、こんな偶然があるなんて。まさか、元彼女の妹が同じ大学に入学してくるなんて。


 やっと大学生活に慣れ始めた矢先のことだった。絵里ちゃんの突然の登場は、俺の日常に小さな波を作った。


 絵里ちゃんは、亜美とは違う。彼女は明るく、前向きで、新しい風を運んできてくれる。でも、彼女が亜美の妹だという事実は、俺を過去に引き戻す。


 運命か、それともただの偶然か。俺は考え込んでいた。そんな時、絵里ちゃんが俺に近づいてきた。


 彼女の服装は露出が多く、そのたわわに実った胸が強調されていた。明るい性格の彼女は、間違いなくモテるタイプだ。亜美とは正反対の感じだ。亜美は大人しくて、あまり感情を表に出さないタイプだったけど、優しかった。その優しさが、俺を引きつけていた。


「先輩、どうしたんですか? 考え事?」


 絵里ちゃんの声が俺の思考を遮った。


「ああ、いや、ちょっとね……」


 俺は言葉を濁した。絵里ちゃんの前では、亜美との思い出がよみがえる。彼女との時間、共有した喜び、そして別れ。


 その時、俺は気がついた。自然と涙があふれていた。亜美との思い出が、心の奥底から湧き上がってきたのだ。


 絵里ちゃんは驚いたように俺を見つめてくる。


「先輩……」と声をかけたが、言葉を失っていた。


 俺は涙を拭いながら。

「ごめん、絵里ちゃん。まだ、亜美のことが忘れられないんだ」


 絵里ちゃんは静かに頷いた。


「先輩、辛かったですね。私がここにいるから、大丈夫ですよ」


 絵里ちゃんは、俺を優しく慰めながら甘い声で言った。


「先輩のことは何でも知ってますから」


 その言葉に俺は驚いて顔を上げた。


「知りたいですか? 好きな食べ物はカレー。ゲーム好きで、特に対戦ゲームがお好き。私の姉とは高校時代に、姉の方から告白されて付き合ったんですよね。それから……」


 絵里ちゃんは早口で、俺の情報を次々と話し始めた。彼女はどうして俺のことをそこまで詳しく知っているのだろう。俺は恐怖すら感じ始めた。


「待って、絵里ちゃん。どうしてそんなに俺のことを……?」


 俺は彼女に尋ねた。彼女の知識の深さに驚き、少し怯えていた。


 絵里ちゃんは俺のことを詳しく知っているようだった。彼女は続けて言った。


「先輩の身長は175cm、体重は68kgでしょう?」


 俺は驚いて彼女を見つめた。どうして彼女はそんなに詳しく知っているのだろう?


「えっと、絵里ちゃん、どうしてそこまで……?」俺は不安げに尋ねた。


 絵里ちゃんはニコリと微笑んで、「自分で全部調べたり聞いたりしたんです。それから、今はネットがありますからねー」


 その言葉に、俺は寒気を感じた。彼女の知識の深さは、ただの好奇心の範囲を超えているように思えた。


「それって、ちょっと……」


 俺は言葉を失った。絵里ちゃんの行動は、俺にとって少し怖いものだった。


 絵里ちゃんは少し心配そうに俺を見つめてくる。


「先輩、怖がらせるつもりはなかったんです。ただ、先輩のことが気になって……」

「うん、わかったよ。でも、そんなに詳しく調べなくても……」


 俺は微笑みながらも、内心では彼女の行動に不安を感じていた。


 絵里ちゃんの執着心は、俺に恐怖さえ覚えさせた。彼女はなぜそこまで俺のことを知っているのだろうか?


「絵里ちゃん、なんでそんなに俺のことを知っているんだ?」


 俺は彼女に直接尋ねた。彼女の行動は、ただの興味を超えていた。


 絵里ちゃんは真剣な表情で答えた。


「そりゃ、先輩のことが好きですから! 好きな人のことをすごく調べるのは当然でしょ?」


 その言葉に、俺は驚きと同時に戸惑いを感じた。好きな人のことを調べるのは分かるが、絵里ちゃんのやり方は少し行き過ぎているように思えた。


「絵里ちゃん、それはちょっと……」


 俺は彼女の熱心さに圧倒され、どう反応していいかわからなかった。


 絵里ちゃんは俺の戸惑いに気づいて、「ごめんなさい、先輩。私、ちょっとやり過ぎちゃったかもしれませんね」


 少し落胆した様子で言った。


 彼女の真剣な気持ちは伝わってきたが、俺には彼女の行動が重く感じられた。絵里ちゃんは優しいし、明るいけれど、彼女のこの側面は俺にとって少し怖かった。


「絵里ちゃん、俺たちはもう少し、ゆっくりとお互いを知っていこうよ。」


 俺はそう提案した。彼女の気持ちは嬉しいけれど、急いで深い関係になることには慎重になりたかった。


 でも、絵里ちゃんの言葉には、確固たる意志が感じられた。


「好きな人だし、私は姉のこと許してませんから」


 その言葉に、俺は混乱した。彼女は何を考えているのだろうか。


 そして、絵里ちゃんは突然提案した。


「あ、そうだ! 先輩が望むなら、復讐とか報復とか手伝ってあげてもいいですよー破滅させます? 先輩の為なら私は犯罪でも何でもしますよ」


 その言葉を聞いた瞬間、俺はまた逃げることしかできなかった。彼女の提案は、俺にとって考えられないものだった。


 キャンパスを走り抜けながら、俺は頭の中で絵里ちゃんの言葉を反芻した。


「どういうつもりなんだ、あの子は……」


 絵里ちゃんの執着と提案は、俺にとって重すぎた。復讐や報復など、俺には考えられないことだ。亜美との過去を乗り越えるためには、そういう方法ではなく、自分自身で立ち向かう必要がある。


 俺は一人、深くため息をついた。絵里ちゃんとの関係は、思っていたよりも複雑だった。彼女とどう向き合うべきか、俺はまだ答えを見つけられていない。


 俺は逃げるように寮に戻り、自分の部屋でひとり静かに考えた。絵里ちゃんの情熱には感謝するけれど、俺自身がどう動くべきか、もう少し考える必要があると感じた。


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