28歳

「倫音、久しぶり」


 振り向くと、巳来みらいがいた。


「久しぶりって、さっき会ってたじゃん」


 倫音と巳来は同棲していた。それも今日で交際3年が経っていた。


 友達から始まる関係も悪くない。巳来とは、初めて会ったときから、上手くいく気がしていた。大学時代に出会ったときはお互いに付き合っている人がいたから、そんなに親密にならなかった。しかし、社会人になって久しぶりに会うと、趣味も食事の好みが合うことに気が付いた。倫音は少しのろけつつ、巳来と職場へ向かった。


 恋人と別れてから、友達として飲みに行き初めてほどなく、二人は付き合った。


「お弁当忘れてたよ、今日は頑張ったから久しぶりに誉めて」


 巳来は料理が上手だった。それに味付けも色どりもなにもかも倫音の好みだった。交差点で別れてから、会社に着くと、倫音は作業着に着替えた。


「倫音ちゃん、今日も愛情弁当なんだ」


 先輩がからかってくる。職場は介護センター。倫音の真面目な仕事ぶりや丁寧な受け答えは、職員だけでなく、介護されるおじいちゃんやおばあちゃんからも信頼を得ていた。


「倫音ちゃん、いつ結婚するの?」


 おばあちゃんを食堂へ連れていく最中に言われた。


「やだ、そんな」


 倫音は少し照れていたが、内心そろそろだと確信を持っていた。



「お疲れさまです」


 倫音は帰宅の挨拶をして、職場を出る。しかし、直後なにかヌルっとした気配を感じた。少し早歩きで、家に帰った。途中で、突然後ろから、男が前に出てきた。


「倫音、俺だよ」


 別れた元カレだった。昔、倫音に手を挙げて逮捕された男だ。


「お前のせいで、俺の人生めちゃくちゃだよ」


「通報したの私じゃないし、アンタが勝手に奇声を上げて通報されただけじゃない」


 目が血走っているのが見えて、倫音は少し焦った。人通りの少ない時間で、通行人もいなかった。男が懐から包丁を取り出し、倫音は足がすくんでしまった。


「...巳来」

 倫音は巳来に抱きかかえられていた。巳来は涙を流しながら、謝っていた。血が付いた手で顔を拭い、涙を流す顔を見て、倫音はゆっくりと目を閉じた。

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