第2話 おかしな夢

起きたら大手さんの新刊を握ったままベッドにいた。

どうやら疲れ切って寝落ちたらしい。服もそのままだった。


「あー・・・やっちゃったー。電気もつけっぱじゃん」


枕元のリモコンを操作し部屋の明かりを消す。

しかし、カーテンも閉めないで寝てしまったのか明かりを消してもやたらと明るい。


「眩し・・・」


のそりと起き上がり、カーテンを閉める為に窓際まで歩く。

シバシバする目を擦りながら布の端を握った瞬間、思わず「は?雪?」と声が出た。

天気予報ではそんな事は言っていなかった筈なのに、見渡す限り視界が真っ白。


「え?マジ?」


都内でこんなに雪が積もるなんて、引っ越してきてから初めての事だ。

どうして信じられない物を見ると触れてみたくなるのだろうか。

絶対寒いと思いながら少しワクワクした気分で窓を開ける。

だが。


「・・・?寒く、ない?」


入ってきた風は爽やかで、すうっと吸い込んでも肺の中は冷たくならない。

とても年末大晦日の温度じゃない空気が通り抜ける。

なのに、目の前は真っ白。

そりゃもう、ペン入れしただけの、トーンもフラッシュもベタも何にもない仕上げ前の原稿のように真っ白世界。

あ、よく見れば影はあるのか。



―――――つーか!!ここどこだよ!?



俺んちはガッツリな都会ではないけど、駅もスーパーもコンビニもそこそこ使い勝手のいい場所にあったいわゆる住宅街に建ってた筈だ。

それが。

窓を全開にして、よーく見なくても周囲はだだっ広く何にもない・・・原っぱか?

聞こえてくるサワサワとした音は風の通る草原のようだ。はっきりとした輪郭は無いけれど、揺れる影も草の形に見える。

雪が積もっている訳ではなく、ここは色がない世界らしい。


「・・・うん。夢だな」


シャッと分厚い遮光カーテンを閉めれば部屋の中は睡眠に適した暗さになる。

とりあえず着たままだった服を脱いでベッドに入った。

夢の中でもう一回寝るっていうのも変だけど。

多分冬コミ新刊で頑張ったから疲れが溜まってんだな。

戦利品の確認はまた後でにして、もうちょっと寝よう。

今度は変な夢見ませんようにー。











って、祈ったのに。











―――――・・・・。

俺、まだ寝てんのかな。

景色、変わってないんですけど。


ガッツリ寝て、なんなら寝過ぎて頭が痛いぐらいに寝て起きても、窓の外の景色は変わっていなかった。


「はあ!?ナニコレ!?俺まだ夢ん中なの?

こんなペン入れだけ世界嫌なんですけど。何?トーンでも貼れって事!?それともカラー!?こんな草しかない画面、表紙に耐えられんわ!!」


はっ!いかん。

こんなパンピーさんが分からんオタクなセリフ窓全開で叫んだら、ご近所さんに変な目で見られてしまう。

ご近所さん、見渡す限り一軒も建ってないけど。


「えー・・・・と」


これは、どっち?

俺さっき起きたよな。

夢の中で起きたって事?これまだ夢の中?

っつーか、現実世界でこんなのありえん。

そうだな。うん。

って事で、これは夢だ。

夢の中でも昨日買ってきた新刊置いてあるって、どんだけ楽しみにしてた俺(笑)

読んだら奈々子に貸すって約束してたなそういえば。

する事無いから今読んじゃうか。

昨日の戦利品を何冊かベッドに広げ、寝そべりながら読む。うん。正しい冬コミ翌日だ。本当は昨夜からこの姿の予定だったが寝落ちた為に繰り越しだ。

別に家族がいる訳でも無し、大晦日だからって何をやるでもない。

明日誰かから誘いがあったら初詣くらい行こうかな。無きゃ無いで三が日の間にお参りすりゃいっか。

そうして、考え事をしながらペラペラとページをめくる。やがて紙面に夢中になりじっくり読んで、ちょっとエッチな同人の世界に沈み込んでゆく。

それから数時間、昨日手に入れてきた同人誌約50冊を読み切って、ふうと息をつくと同時に腹の虫がグウーと鳴った。


「夢の中でも腹減るのか」


初体験。いやん、えっちな響き。アホか。

なんか簡単に食えるもんあったかなあ。

ぺたぺたと裸足で歩き、寝室を出る。


「おお、さすが夢。部屋の外が寒くない」


この時期、いつもなら寝室を出た瞬間に寒くてぶるっと震えてしまうのだが、扉を開けても感じる温度の変化が無い。

夢の中って素敵だ。毎日こうならいいのに。冷え性なんだよ俺。


「しっかし、本当に真っ白・・・」


階段を下りた先にある窓から見える景色も二回から見た景色と同じ。

何もかも真っ白だ。それはまるでぬり絵のように。


「変な夢ぇ」


なんなんだろうなあと思いながら戸棚に入れてあるカップ麺を取り出し、電子ポットでお湯を沸かす。カップ麺くらいの量なら1分もあれば沸く。冷蔵庫からペットボトルのお茶を出し直に口をつけた。気を使う人なんていない。

そうしているうちにお湯が沸き、カップ麺に注いで待つこと3分。

ダイニングの椅子に座り、食べ始める。


「あ、あちっ!」


ちょっと勢いよく口に入れ過ぎて舌先焼けたけど、普通に美味い。

味覚もあった。つーか火傷した舌まだちょっとピリピリする。

夢の中なのに感じる感覚鋭すぎないか。

今まで夢なんてそんなに気にした事が無い所為で、これが普通の夢なのかよく分からん。

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