【Episode9】神愛でる巫女の樹海
【1】私の呪いを軽くしてほしいと神様にお願いしてみるよ
「アタマ、見つからない。どこにあるの?」
ずっとカフェの中で呟かれるしわがれた声、私たちの席の横では地獄にいる
頭が見つからないと言う通り、女の頭の上半分は欠けていた。
もちろん生きている人間ではない。
「ねえ、なんでここドラマにできないの?」
切り分けたハニートーストをがっかりした表情で頬張りながら
私もギブスにフォークを取り付けた右手で切り分けてもらったハニートーストを口に運ぶ。
私の両手は先日ストーカーの呪いを受けた影響で骨折し、ギブスで固められていた。
私たちが今いるのは山間部の高級住宅街の中にあるカフェだ。
何でここをドラマにできないかとプロデューサーの
実際に店内を怪異と呼べる存在が徘徊しているのだから。
けれども、この山の神域は現在エマにかけられている呪いの根源なのだから、ドラマの撮影なんかしてしまったらエマにどんな影響があるかわからない。
事の始まりはエマが先日の撮影でうまくいった神様へのお願いを自分の呪われている土地の神様にもやってみたいと言い出したことだ。
その際、話を聞いた筧さんが一度その呪われた山を見てみたいと言ってきたのだ。
「まあ、でもパンドラファイルの最終回はすごい反響だったね」
エマがストーカーの呪いと対決する回の撮影はそのクオリティだけでなく芸能界を追放されたアイドル天野硝子が活躍したことでも大きな話題になった。
それに加えてロケ現場から本当に死体が出てパトカーが出動したことがニュースで取り上げられ、リアルさが増したことでシリーズ屈指の神回となったのだ。
その影響もあり、ドラマ『パンドラファイル』のシーズン2制作が決まったのは素直にうれしかった。
「じゃあ、最終目標はエマちゃん自身の呪いを解く回をドラマに収めることだね」
今更だったが、私と筧さんはエマとともにエマが呪われる元となった神霊地にやってきていた。
私が運転できないので、筧さんが運転する車で山道を進んでいると突然高級住宅地が現われた。
モダンなデザインでほとんど新しい住宅群と思われたのにまるで廃村のように空気が澱んでいた状況だった。
不穏な空気は感じ取っていたのにたまたまここの住人相手と思われるカフェを見つけて、エマはそこを神様にお願いする場所に選んだのだ。
『お店で使用している蜂蜜はこの山で採れたものです』の看板にエマが吸い寄せられたのはこの際気にしないことにする。
霊の姿をあまり視ることのできない私と筧さんもその姿を視ることが出来ているのは頭のない女の霊と波長があってしまったからだろうか。
どうも最近エマといつも一緒に過ごしているからか、前回のストーカーの呪い同様エマの霊力と同調するようになっている気がする。
まあでも、そのおかげでエマに向けられた呪いの危機を予見して肩代わりすることもできたのだ。
けれども、こんなお洒落の菜カフェの中でも怪異がうろついているなんて。
視えないふりをしないと憑きまとわれるよというエマから耳打ちされていた。
だから私も筧さんも何でもないように無視をしているが、その女が放つ気持ち悪い毒のような波動によって美味しいはずのスイーツを気持ちよく味わうことが出来ない。
まるで、お洒落なカフェの中を巨大な毒虫が這いまわっているようなおぞましさだった。
女の頭に目が残っていたなら、私の不快な表情を確認して、視えていることに気が付いたはずだ。
対して筧さんは当然この不穏な空気を感じているはずなのに何もないように厚切りハニートーストをまったりと味わっている。
心霊現象にも大分慣れたと自分では思っていたのに筧さんやエマに比べると私もまだまだだ。
「……これはいったい何なんでしょうか?」
なるべく平静を装いながら、単調な声で
「……推測だけど精霊から
「精霊から……堕ちた邪霊?」
「ほら、ファンタジー小説とかで登場したりする森に住んでいるあれだよ。日本ではむしろ大自然に宿る神様として崇められている存在だから、元々の霊格も高いし、当然祓えないよ」
「……全然イメージが違うんですけど」
「まあ、あれは人受けを良くしてるのもあるけど」
筧さんがカフェの中庭に視える石のオブジェを注視する。
そこではドラマの撮影と称して巫女装束を身につけたエマがお祈りをささげている。
普通巫女と言えば黒髪だが、栗色の髪のエマもまるで教会でお祈りする聖女のようにその神々しさは変わらないように思えた。
エマがこの神域の神様たちとどんな話をしているのかは分からないが、少なくとも今の呪われた状況を改善できればそれに越したことはない。
「あの中庭にある石造りのオブジェですけど、あれはお姉さんが作ったんですか?」
「いえ、最初からこの敷地にあったんですよ。雰囲気的にも合うからそのままオブジェにしたんです」
私が尋ねて答えたのはカフェの若い女主人だ。
長い黒髪を後ろでまとめたポニーテールの彼女はまるでモデルのようなどちらかと言うと硬質な美貌の持ち主だった。
最初店に入ってきたときは女子大生のアルバイトだと思ったのだが、店員が一人しかいないので聞いてみるとこのカフェは彼女のお店らしい。
「あれこそ……大昔の遺跡の一部かも」
再び筧さんは聞こえるか聞こえないかの小さな声で私に囁いた。
なるほど、ここは元々何かの古跡があった場所かもしれないというわけだ。
エマから神域を住宅地にしたとは聞いていたが、もっと言えば古墳や遺跡を壊して祟られていることもあるのかもしれない。
「だから、あの邪霊もこの遺跡に
「それにしたって、なんだって精霊がこんなひどい姿に……」
私が問いかけると、筧さんはカフェの主人であるお姉さんに声をかけた。
「お姉さん、もしかしてこの住宅地の森にはこういう遺跡が他にもあるんじゃないですか?」
「はい、森の中には他にも色々石造りの遺跡みたいなものがあるんですよ。でも遺跡のこと聞いてくるなんて、お客さんも何か感じるんですか?」
「……お客さんも?」
もちろんホラードラマ『パンドラファイル』の撮影の関連という説明はしていた。
そのため遺跡という単語が出ただけで、お姉さんは筧さんが心霊がらみの話を聞こうとしていることを察したようだった。
「いや、私元々こういうお店をもちたかったから借金とか結構無理してこのお店を開いたんですけど、最初から何か変だったんです」
店内には私たちしかお客さんはいないが、お姉さんは周りを一度見まわしてから声を潜めて話し始める。
「うまく説明できないけど、なんだかすごく雰囲気が悪いし、最近はちょっと落ち着いたんですけど、やたらお葬式が多かったんですよ」
葬式が多かった。いきなり告げられた不吉なフレーズに私はぎょっとしてしまう。
「あんまり人が死ぬもんだから、火山性ガスとかの発生も疑われて、ここの住人の誰かが要請して行政の調査が入ったこともあるぐらいなんです」
そう言ったあと、それでも何も出てこなかったと彼女は続けたが、それはこの住宅地の施工主がするべきこととも感じた。
「それとここの住宅地を造成した業者なんですけど……すでに倒産してるんです」
忘れていた。エマの父親がその施工主だったのだが、会社とその関係者がこの神域の神様に呪われえて今の状況なのだ。
筧さんはむしろやっぱりねという表情で納得している。
「業者の追求をしていた他の住人から聞いたんですけど、施工業者の担当者が変死したり、急に社長が変わったり、職員の家族の気がふれたり、かなりひどいことになっていたようです」
興奮してか目元が上気したように赤くなっているうえに、語尾がかすかに震えて、彼女は動揺を隠せていない。
「普通は何か昔の遺跡が現われたら、行政に届け出ないといけないはずだし、それでなくても神社仏閣に近い土地の造成は普通ならその筋の専門家が関わると思うんですね」
「お姉さん、詳しいですね」
驚いた表情で彼女は筧さんの顔をじっと見つめる。
「でも、そんなに不吉な場所なんだったら、住人はここを出て行ってるんですか?」
私は当然帰結するであろう状況を尋ねてみる。
「そう思いますよね。それがなぜかみんな出て行けないんです」
「出て行けない? 出て行かないじゃなくて?」
「家を売ろうとしたら買おうとした業者に不幸があったり、受け入れをしてくれる不動産が急に断ってきたり。まあ私は借金があるから、お金を貯めないとここを離れられないんですけど」
私たちにドラマの撮影地としてのアピールをしているのか、それともヤケクソなのかお姉さんは自分の店にも都合の悪いことも簡単にしゃべってしまっている。
「それにこのお店でも誰もいないのに時々女の声で話しかけられるんです。夜に人影が動いてるのも見たことあるし」
いや、それ目の前にいるんだけど、と教えてあげたかったが、エマから話題にしないように厳命されていたのでもちろん私からは何も言えない。
「それで、どうですか。うちのお店ドラマの舞台になったりしませんか?」
「……まあ、今は色々と次の撮影に向けての候補地をあたっているので、今の段階では明確なことはお応えできないんですよ」
「まあ、うちは元々町中を嫌がるお金持ちの住宅街ですから、ドラマの撮影で有名になったら苦情が来るかもしれませんよね」
「そうですね。やはり住民の理解は大切になってきます」
「でも、私もドラマ観ましたけど、今中庭でお祈りしている
やはり勘がいいのか、お姉さんはエマがいわゆる霊感が強い人間であると感じ取ったようだ。
なるほど、ここまで踏み込んだ話までしていたのはそれがあったからなのかと感じる。
確かに今中庭でご祈祷をしているのはいわゆる心霊案件の専門家だ。
筧さんもお姉さんから明確に指摘されてしまっては否定できないみたいだった。
「その言葉、私に対する怪奇現象解決の依頼と受け取っていいのかな?」
いつの間にか中庭からお店の中に入ってきていたエマがお姉さんに声を掛ける。
「えっ、はい、まあ……そうです」
「その依頼に私が対処して、どんな結果になっても責任はもてないけど、それでもかまわない?」
恐ろしげな言い回しで問いかけられてお姉さんも驚いた様子だったが、少し考えて口を開いた。
「そ、そりゃ何とかしてくれるんだったら、別に構いませんよ」
「……そう、わかったよ」
エマの方から依頼という単語を引き出したのに、なぜか彼女からはやりたくなさそうな雰囲気しか感じ取れなかった。
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