【2】神の世界で創られる呪い合いに人はいらない
「あいつとやり取りした手紙? ええ、もちろん捨ててないですよ」
私は記者の
「中身? ほとんどエマちゃんに対するファンからの愛の文章ですよ」
意味深に笑いながら未知果は通話を終える。
私は
そうして私はエマを車に乗せてテレビ東西に向かった。
今回も一連の経過はドラマに編集するので、もちろん移動中も車内にはカメラを回している。
その途中、未知果から私のスマホにあいつの手紙を取り込んだ画像が送られてきた。
気持ち悪いだろうが、私は何か呪いの手掛かりがないかエマに手紙を見てもらった。
「これね、ファンレターと言ってもうほとんど脅迫文だよ」
エマが脅迫文と切り捨てたその手紙にはどれだけエマのことを想っても自分の想いが届いていないので一緒に死ぬとか書いてあったようだ。。
特に気になったのはエマを愛の釘で串刺しにして、純白の肌を赤く染め上げるという文言だ。
今回の呪いを示唆しているとも読める文章だ。
「エマはこいつのこと知ってたの?」
私は呆れながらもエマに確認する。
「……知らなかった。ファンだったら見たことあるかもしれないけど、少なくとも硝子さんが襲われた時は気が付かなかった。ごめんなさい、硝子さん」
エマの拙い認識に私が不満の声をあげるつもりはない。
むしろ知らなくてよかったと私は感じたぐらいだ。
もしこいつが自分のファンであることをエマが知っていれば、私が襲われたことで自分を責めることになっていたかもしれないのだ。
「エマ、何も気にする必要はないわよ。ドラマの撮影で忙しかったし、ストーカーまがいのファンなんて日常茶飯事のことだから」
私の言葉にエマは微笑むが、時々上げる痛そうな呻き声から、その都度呪いの釘を刺され体の痛む箇所は増えているようだ。
「それであいつの死体を引き取った葬送支援団体『土と幸福の友人』についてなんだけど、未知果が連絡を取ったけど遺体のことは教えてくれなかったみたい」
そうなるとあいつの遺体を含めて呪いの発信元は現在不明で、居所を知っていそうな人間とも接触ができていないことまでは未知果が教えてくれていた。
「あらためて読んでも本当にバカね。想いが届いていないから振り向いてくれないんじゃなくて、想いがエマに届いたって明確に拒絶されるのよ!」
私は忌々しい気持ちを隠さず吐き捨てる。
「ちょ、ちょっと硝子さん、言い方……」
私の雰囲気が普段とは違うものになっていたのか、被害者のエマの方が私をなだめてくる。
「あっ、ごめんね。いつものことだけど執着する人間というのは時として異常に自分勝手な考えをするものだから」
私の雰囲気に気おされながらもエマもその意見には相槌を打つ。
「本当に割に合わないよね。私たちからすれば理不尽なファンからの攻撃は完全に防がないといけないのに、攻撃する側はラッキーパンチ1発届けば勝ちなんだから」
私自身アイドル時代にたった1回ファンからの暴行を防げなかったことがきっかけで芸能界を一度引退に追い込まれたのだ。
その経験があるからか、台本なしのアドリブで出されているはずのエマのセリフにも重みが感じられる。
「それに……呪い祈願業者だったっけ。もしかするとかなりヤバい連中かもしれないよ。呪いのレベルが人間のそれじゃないから」
ふと呟いたエマの一言が気になった。
「どういうこと?」
「大体呪いなんてのは割に合わないやり方でね。普通の人間が相手に影響を及ぼすぐらいの呪いをやっちゃったら自分もタダじゃすまないのよね」
エマの説明によると相手に効果が期待されるほどの呪いというのはそれに見合うほどの悪念を放出しているらしい。
普通の人間がそれほどの念を出してしまうと自身の生命力がすり減るなどのダメージを受けてしまうようだ。
「おまけに運よく相手に害を与えても自分が放った呪いの念は最後には自分に戻ってきちゃうからね」
「ああ、人を呪わば穴二つというわね」
「もっと詳しく言うと呪いが聞かない、返されるリスクを考えられると最高の成果で相打ちなんだよ」
そう言えば、以前私を殺そうとしていたマネージャーの呪いも最後は自分のところに帰っていったのだ。
「じゃあ、その呪い祈願業者があいつの悪念を増幅か誘導したりしてるってこと?」
「それでも何だか腑に落ちないなあ」
私の問いかけにエマの眉間にしわが寄る。
「もし、ホントに呪いをうまく利用して、害より利益の方が大きいんだった世界は呪い関連業で溢れてるよ」
それはそうだ。何せ現在では呪殺は法律で罰せられないのだから。
「だから、まだ何か今回の呪いには隠されたからくりがある気がするよ」
私がエマの推察に頷いていると、エマが新しい情報を口にする。
「それと、もしかするとあの夢は現実とリンクしてるかも」
「どうして、そう思うの?」
「夢の中で空に浮かんでいる月が現実と同じ満月だったから。だから昨夜なんかは満月の光で釘の間から死体の顔が照らし出されて見えちゃうぐらいだった」
エマの話によると釘の間から見えたその顔が私を襲った犯人の顔だとわかったのだろうか。
また樹海の木立の間に見える高台には神社らしき建物も確認することが出来たらしい。
そこで私とエマは東西テレビに着くと、夢の記憶をもとにネットで近隣の神社を中心に調べてみた。
すると、夢とよく似た本殿の神社を見つけることが出来た。
確認後、私たちと撮影班はネットで調べた情報を頼りにその神社に向かった。
その神社は山の上に位置し、石造りの階段を上らないといけないので、体の痛いエマは車の中に残していこうとしたが、本人が意地でも付いていくという。
仕方なく私が脇を抱え、石段から落ちないように撮影班が後ろから遠巻きに見張るようにして登り始めた。
痛む体を引きずりながらゆっくりと石段を進むエマにさきほど口にしていたことを私はもう一度尋ねる。
「さっきただの呪いじゃないかもしれないと言ったけど、あれはどういう意味?」
確かに身体の痛みなどから相手の呪いの力が強いことは解るが、エマが私に説明したのはもっと違う側面のことだった。
「普通ね、呪いによる人への影響というのはもっと抽象的なものなんだよね」
「抽象的?」
「意味が分からないよね。わかりやすくたばこの煙にでも例えればいいのかな?」
「いや、たばこの煙って言っても全然わかりやすくなってない。もっと詳しく教えてよ」
「要するに呪いというのは人間の悪念を何らかのエネルギーにして相手に害を与えるということなんだけど、まあ普通の人間の悪念だったら、ゆっくりと相手に影響を浸透させていくようなものしかできないのよね」
「だから……たばこの煙のようなものってことね」
たばこの煙はすぐには身体に影響が出ないが、吸い続けているとゆっくりと害が出てくる。
私を呪い殺そうとしたマネージャーの呪いも擬人化した呪いがだるまさんが転んだをしながら私を追いかけるという非常に回りくどいものだった。
「だけど今度の呪いでは本当に大きな釘を刺されているような傷が現われてる。こんな鋭い呪いは人間の想いだけでは難しいと思うんだよね」
「だから何か別の力が働いているってことね。いったいどうやって」
「まあ、だいたいの予想はついているけどね」
エマ曰く、まず考えられるのは呪いに精通している専門家が代行していることだ。
夢の中でエマに釘を刺しているのはストーカー本人ではなく着物を着た男なのだから。
そうこうしているうちに私たちはなんとか石段を登り切り、神社の鳥居までたどり着いた。
鳥居をくぐって見たその神社はやはりエマの夢の中で見たものと似ているようだった。
そのときちょうど社務所から神主らしき初老の男性が出て来たが、その姿を見たエマと私は声を漏らした。
「あの人、夢の中で私に釘を刺してきた人だ」
私たちに気が付いたのか神主らしき男が近づいてくる。
私とエマはその神主が呪い祈願業者かもしれないので身構えるが、痛みにひきつっているエマの様子に何かを察したのか神主は口を開いた。
「どこかでここの神社のことを知りましたか?」
「……ど、どういうことですか?」
「いえ、彼女が
「
私たちの質問に神主の表情が暗くなる。
「恥ずかしながら、当神社は丑の刻参りで有名な神社です」
丑の刻参りで有名な神社……私は警戒しながらも神主の男にエマの夢と体の異常のことを話した。
神主さんとしては全くの不本意なことだが、神域ともいうべき裏の樹海に藁人形や紙の人型が釘でよく打ち付けられているらしい。
呪いをかけようとする人が真夜中に森へ入っていくのもよく近隣の人に目撃されているようだ。
その呪いの対象になった被害者の方も時々この神社に訪れて、夢の中でこの神社を見たという人もいるらしい。
私たちはエマに釘をさしていた着物の男が呪いの代行者だと考えていた。
しかし、神主さんの説明によるとこの神社の神様が神主さんの姿を借りて夢の中に出てきているのではないかということだった。
つまり、呪いの代行をしているのは人ではない。
その話を聞いて、エマも納得したようだ。
「まあ、あんな鋭い呪いを飛ばしてきたんだから何かしてなきゃ無理とは思ってたけど、案の定神様の力を使って呪いをかけていたなんてね」
エマは平然と神様が呪いを代行したと言う。
「神様? 神様がなんで個人的な呪いを叶えたりするの?」
神様が人を害する呪いの力を増幅させるなんて、ちょっと自分達の常識からするとかけ離れているような気がする。
「神様の中での善悪は人間のそれとは微妙に違うから、必死に願われたらその想いを拾ってしまうこともあるんだろうね」
痛みからか時々体を震わせながらエマは続ける。
「おまけにここの森は呪いの有名どころとして認知されていたから、神様が呪いの願いを聞く下地はできていたと思うよ」
確かに今回の呪いはエマのストーカーが起こしたのが初めてではなく、この神社では多くの人間が呪いを行使して人々の災いと不幸を願っていたのだ。
だからこそ、あいつからの呪いは神罰の鋭さを帯びていたのだ。
そして、神主さんの言う通り、神社裏の森が呪いの場として有名なのであれば、夢で見た木から吊るされたあいつの死体が本当に裏の樹海にある可能性が高い。
「どうする硝子さん、たぶん森に呪いの元の死体があるよ。もう警察呼ぼうか?」
これは恐らくドラマの演技が入っている。
エマも私と同じ考えに至ったのだろうが、本当に警察を呼んで死体が見つかれば撮影自体が止まってしまう。
どうしようか考えているそのときだった。
(もういい、もっとエマの苦しむ姿を見たかったけど、もう、終わりにするぜ)
頭の中に禍々しい声が響く。
突然エマに現れていた死相がより濃く黒く染まった。
「おげぇ!!」
苦しそうな響きとともにエマが胸を押さえて膝から崩れ落ちた。
呪いの釘が心臓に刺さったのだと直感で分かった。
私たちが呪いの本丸に近づいたからだろうか、今までゆるゆるとエマを苦しめていた呪いがいきなり殺しにかかっている。
「だめ、硝子さん、これもうもたない。悪意でわかるよ。今からこいつは急所しか狙ってこない」
「どうしたらいいの!」
「私にもわからない。漠然と警察が死体を処理したらと思ってたけど、そんな猶予もないみたい」
「いいよ、わかった」
「……しょ、硝子さん?」
私はできる限り力強く微笑んでエマの恐怖心にとどめを刺したかった。
「私が、エマ、あなたを守るわ! 来なさいよ。お前なんかにエマは殺させない!」
(あはは、おもしれえ。面白すぎるぜ。詐欺予言者にやれるもんならやってみろ!)
あいつが魂を売り渡した相手は悪魔より質の悪い連中だったのだろう。
そして今私たちの前には神罰の呪いが降りかかろうとしている。
こちらも人間の力ではいけないのだ。
私は今日ここで未来視の力すべてを使ってもいい。
このさき未来視の力が使えなくなっても。
神域の中心で創られるこの呪い合いは既に人間のものではないのだから。
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