【Episode8】呪いを祈願する死者と葬送業者に聖女は葛藤する

【1】貴方の呪い、必ず送り届けます

 気が付くと私は暗い闇の中で立っていた。

 自分のいる場所がどこかもわからないが、周りは大きな木に囲まれていることから私がいるのは夜の森のようだ。

 私の前方には大きな物体が浮かんでいる。

 それは一見するとまるで巨大な毛虫のようだった。


 宙に浮かぶ花のような大きな物体は、よく見ると浮かんでいるのではなく木の上から紐で吊るされていることがわかる。

 私は吊るされた物体は人間ではないかと感じた。

 人が木の枝にロープをかけて首を吊り、その全身から針がまるで剣山のように突き出ているのだ。

 私にはその大きな針が虫の毛のように見えたのだ。


 誰もいないと思っていたが、突然釘だらけの首吊り人間の後ろから神社の神職のような装束を身に着けた中年男性が現われる。

 私は驚いて逃げようと思ったが、その時初めて自分の体が金縛りのように動けなくなっていることが分かった。

 やがて神職らしき男は吊り下がった死体から生えた大きな針を1本引き抜くと、ゆっくりと私の方に近づいてくる。


 距離が近くなって分かったが、針のように見えたのはかなり大きめの釘だった。

 恐怖で叫び声をあげようとするが、口も動かず声もあげられない。

 男は私の目の前まで来ると右手に持った木槌で私の左腕に釘を打ち込んだ。

 大きな釘は鋭い痛みとともに私の肌に突き刺さる。

 私は激痛に呻き声を吐き出し顔をゆがめるが、それでも体は固まったままなのでうずくまることもできない。


 私に1本釘を打ち終えると神主はゆっくりと吊り下げられた死体に戻り、また1本釘を引き抜いた。

 絶望的な予感しか浮かんでこない。

 予想通り神主は近づいてくるとまた1本釘を私の右腕に木槌で打ち込んだ。


 そこからはほぼ同じ行為の繰り返しだった。

 ただ違うのは腕と足、あとはお腹が中心で頭や心臓など急所となるところはなぜか避けられているようだった。

 10本目の釘が左足に打ち込まれたところで私は叫び声とともに夢から目が覚めた。



   ◇



 目が覚めたのはスマホの着信音に起こされたからだった。

 エマからだ。

 窓のカーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。

 もう夜は明けているが、朝焼けに染まっているからまだ6時ぐらいだろうか。

「夢……だったの? なんて不吉な夢」

 とっさに自分の体を確認するが釘を打ちこまれたような痛みや跡はもちろん存在しない。


 しかし、本当にリアルな夢だったのだ。

 エマが起こしてくれず、もっと続いていたと思うとぞっとする。

 先ほどの悪夢はまた何か不吉な出来事を警告した予知夢なのかもしれない。

 真っ先に思い付くのは昨日病院で雑誌記者の阿笠未知果あがさみちかから聞かされた話だった。

 私の霊視詐欺スキャンダルの発端になった暴行事件、その握手会で私を殺そうとした犯人が服役中に釘を大量に飲み込んで自殺を図ったらしい。


 あいつが自殺に用いたのが釘ということで先ほどの夢と無関係とは思えない。

 けれども、木から吊下がった人間に生えた大釘を打ちこむ神主なんていったい何の暗示なのかもわからない。

 呆然としていたが、エマからの着信は続いていたので私は慌てて電話に出た。


「エマ、大丈夫、また体に何かあったの?」


 昨日、私とエマは記者の未知果みちかが呪いで死にそうになっていたので病院を訪ねていた。

 そこであいつの話を聞かされたとき、エマの喉が赤く腫れあがったのだ。

 それはまるであいつが釘を飲みこんだという話と呼応するように。

 私の目にはエマの死相が視え始めていた。

 明らかに何らかの呪いめいた力が働いている。


 私はすぐに何らかの対処をしたかったが、呪いの元と思われる相手は刑務所に入っている。

 エマにも霊障と思われる体の傷は増えなかったので、その日は心霊案件対策組織のテンパランスへ相談の予約を入れるしかできなかったのだ。

 未知果みちかは自分の受けた呪いの影響で寝込んでいたのに特ダネの匂いがするとベッドから飛び起きてあいつのことを調べてあげると言ってくれた。

 病は気とはまさしくこのことだろう。


「硝子さん、ちょっとお願いがあるの」

 何か苦しそうな声だ。

「エマ、やっぱり具合が悪いの?」

 エマが強い呪いでもそんなすぐにで効くもんじゃないから大丈夫と言っていたから、私は昨晩エマの部屋で一緒には泊まらなかった。


「ううん、違うの。硝子さんビデオカメラを持って私の部屋に来て私を撮影してくれないかな?」

「えっ、エマを撮影? どういうこと?」

「来てくれたらわかるから。それと撮影するときは一切声をあげないでほしいの。次のドラマ撮影にも関係するから」

「ちょっとエマ、訳が分からないわよ」

「とにかく私の言ったとおりにやってくれたらわかるから、お願いね、硝子さん」

 エマはそこまで言うと通話を切ってしまった。

 突飛な行動をとるのはいつものことだけど、今朝のお願いもまた理解不能だ。

 ただ、エマの苦しそうな声が気になった私はハンディカメラを用意してすぐにマンションんのエマの部屋に向かった。


 同じ階の奥にあるエマの部屋のドアを合鍵で開け中に入るが見通せるところにエマの姿はない。

 エマが声を出さずにと言ったので、私は何も声をかけずにカメラで撮影しながら部屋の中へと進む。

 寝室に入るとエマがベッドに横たわったまま呻き声をあげている。


「ううう、いたいよう」


 思わず声をかけそうになったが、エマは私の姿を確認してかおもむろに起き上がるとベッドに腰かけた。


「いや、これ何!」


 エマがピンクと白のストライブ模様のパジャマをめくりあげるとお腹、腕、足に赤く腫れあがったような丸い跡がいくつもついている。


「あぐっ、また!」


 エマが小さく叫ぶと、エマの太ももにまた赤く丸い腫れが浮かび上がる。


「霊的な悪い気を感じる。これは誰かが私に呪いを飛ばしているの?」

 

 私は声をあげることができなかった。

 エマの奇妙な様子に驚いたからじゃない。

 エマの顔にかかる不気味な黒い影、エマの死相の程度が昨日よりかなり進んでいたからだ。


 もういつ死んでもおかしくないほどだ。


 事態が飲み込めず、絶望感で息が詰まりそうになった。

 私がずっと何も言わずに立ち尽くしていたからか、エマは右手をカメラの方に上げた。


「もういいよ。硝子さん、ありがとう」

「……エマ、もう声をあげていいのね。何があったの!」

「うん、ごめんね。無理なお願いをして、どうやら現在進行形で誰かに強烈な呪いを飛ばされてるみたい」

「……呪い」

 芸能界という人の思いが集まる世界にいる以上呪われることもある。

 それだけであれば私がされた直接暴力という手段に出ないだけましと思う。

 しかし、この呪いはエマに死相が出ていることから考えても明確に彼女を殺すほどの影響が出ている。


 そのうえ、呪いを発している本人は直接暴力をふるえない場所にいるからこそ、呪いという手段を使っているのだ

「いやな夢を見て、目を覚ましたら現実でも続いてたんだよ」

 エマは先ほどまで悪夢を見ていたという。

「えっ、それってもしかして大きな釘を木槌で打ち付けられるような?」

「うん、硝子さん、なんでわかったの?」

「さっきまで私が夢で見ていた光景よ」

「へぇっ、嬉しいね。硝子さんと未来視の能力と同調したのかな。それなら話が早いよ」

「どういうこと?」

「こんな体の異変が起こってるんじゃ、今日のドラマの撮影はできないでしょ」

「そ、そうね。じゃあさっそくスタッフに中止の連絡を」


「でも、ドラマの撮影スケジュールはぎりぎりだし、もうこの呪いを解く過程をそのまま編集してドラマにしようよ」

 エマは顔に冷や汗を浮かべながらも、はにかみながらとんでもない提案を出してきた。

「ばかじゃないの、そんなこと……」

「しつこいストーカーの始末とドラマの撮影が一緒にできて一石二鳥でしょ」

 登場人物は主演のエマが演じるパートがほとんどなので、セットなどが無駄になるということはないが、既に今日撮影する回の脚本もできている。

 早朝だったが、私はかけいプロデューサーに連絡を取ってみた。


「それいいじゃない。呪いの解呪探求リアルドキュメントだよ」

「え、ええっ!」

「監督は僕が説得するから、硝子ちゃんはできるだけ後でドラマに使えそうな映像を撮影しておいてよ」


 もうあきらめているが、なんでこの人はこちらの災厄に対してそんな生き生きした反応なのか。

「でも、かけいさん、脚本とかは」

「脚本は、今回呪いを解決するまでの映像を見て、どう編集してドラマにするかを逆から考えて後付けで脚本を作ってもらうよ」

 監督は脚本も自分で書くので、その辺の対応はできるのだろう。

 というよりこういう事態を考慮して、脚本も書ける監督を起用したのかと思うと少し怖い。


「けど、ひとつ条件があるよ、硝子ちゃん」

「は、はい、何でしょう?」

「聞いた状況だと、エマちゃんは呪いの影響でまともに動けないだろうから、解決に向けてサポートする役が必要だよね」

「そ、そうですね。その配役を今から決めるとなると」

「誰が今から決めるって言ったの。条件って言ったでしょ」

「えっ、条件?」

「硝子ちゃんがエマちゃんのサポート役としてまたドラマに出てよ」

「わ、わたしが!」

 確かに一緒に対処する場面をリアルドキュメントにするなら私がそのサポート役を演じれば一番手っ取り早い。


「前回の幽霊旅館のときと一緒で同僚のアナウンサーという役でお願いね」

 警察官や探偵みたいな専門性の高い設定よりはその方が無理な役付けがない分いいと思っていたが、それも今回のような事態を考えていたのだろうか。

 ネジがいくつか飛んでいるが、こういうことについて筧さんは何手も先を読んでいる。


「エマちゃんが名前を間違えても大丈夫なように役名も同じ『ショウコ』にしててよかったね」

 細かいところまで気が付く筧さんに私は思わずうなってしまう。


「それで、呪いのことはどう調べていくつもりなの?」

 そこで隣にいたエマが口を挟んできた。

「呪いの犯人かどうかはわからないけど、あの記者が手紙のやりとりをしてたって言ったよね」

 そう言えば私の殺人未遂事件後もあいつと手紙でやり取りをしていたと言っていた。

「それも含めてもっと詳細に教えてもらえば呪いの手掛かりが分かるかもしれないよ」

 それは確かめておく必要があるかもしれない。

 あいつがこれからやろうとしていることを記者の未知果みちかに伝えているかもしれないからだ。


 私はすぐさま未知果に連絡してみると、すぐ出てくれたうえに向こうからまくし立てて話してくる。

「硝子ちゃん、さっそく調べてみましたよ。そしたらね、あいつ2日前に死んでんですよ」

「えっ、死んだ?」

「うん、やっぱり前の釘を飲んでの自殺未遂の傷が死因らしいですよ」

「……じゃあ、それがエマの呪いに?」

 2日前に死んだというのであれば、今回のエマの霊障の時期と一致する。


「それがね、興味深い話があって……」

 未知果も筧さん同様変人なので、興味深いというワードは私たちにとってマイナスにしか聞こえない。

「あいつ身寄りがいないんですけど、その遺体をある団体が引き取りに来たらしいんですよね」

「団体?」

「『土と幸福の友人』っていう土葬を希望する人にその斡旋をする葬送団体なんですけど……」

 確か現在日本では土葬を希望する場合、埋葬地を含めて様々な手続きが必要になる。

 そのためにその団体へ生前から依頼していたということだろうか。


「それでここからが重要なんですけど、その葬送団体、呪い祈願業者という裏の顔があるみたいなんですよね」


 呪い祈願業者、全く聞きなれない不吉な言葉が飛び出して私は息が止まる。

 昨日の今日でそこまで調べ上げてしまう未知果の取材力と裏のネットワークに言葉を失ってしまう。


 呆然としている私とは反対に未知果の説明は本当に楽しそうな色を含んだ説明だった。


「呪い祈願、つまり自分の発した呪いを相手に届かせるための業者ですよ」

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